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No.2 イメージの中の建築物を読み解く

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No.2 イメージの中の建築物を読み解く

大学院社会文化科学研究科芸術学研究室 本田晃子 准教授

 19世紀後半には、写真や映像の誕生によって、人々は実際に訪れることなく建築物を見る・知ることができるようになりました。20世紀には現実の建築物よりも、イメージ上の建築物が影響力を持ち始め、政治や社会にも密接に関わってくるようになります。イメージとしての建築物が人々にどのように影響を与えたのか。表象文化論を研究する大学院社会文化科学研究科の本田晃子准教授に聞きました。

―表象文化論とは、どういった学問なのでしょうか。

 表象(representation)とは、“presentation”(現前=目の前に見えているもの)に“re”が付き、「再現されたもの」という意味を持ちます。例えば、目に映る風景そのものではなく、その風景を描いた(再現した)絵画やテクストなどのことを指します。表象文化論は、このように人の手によって作り出されたイメージやことば、さらにはそれらによって組み立てられた世界や世界観を研究する学問です。

―表象文化論を研究しようと思ったきっかけは何ですか。

 大学生の頃に、ロシアの美術に興味を持つようになったのがきっかけです。ロシアの場合は、絵画における革命と社会における革命が密接につながっているところが面白いんです。例えば、ソ連誕生前後(1910年代~20年代)には、前衛的・抽象的な「ロシア・アヴァンギャルド」という芸術運動が展開されたり、スターリン政権成立後(1930年代以降)には理想的な社会主義国家を描き出す一見写実的な「社会主義リアリズム」芸術が出現したり。
 特に1917年の十月革命以降、画家たちは、単に何かを描く(再現する)のは時代遅れであり、「すでにあるものを再現する《絵画》ではなく、新しいものを一から作り出す《建築》こそが我々の使命だ」と考えるようになりました。そして最終的にはキャンバスを捨てて、建築設計を始めてしまうんです。ただし、もちろんプロの建築家ではありませんから、そこで描かれた建築物は実現されずに終わります。それどころか、当時は政治的・経済的な理由で、プロの建築家が設計したものすら、なかなか実現されませんでした。しかしそれにもかかわらず、1920年代から30年代にかけてのソ連では膨大な建築物のイメージが描かれ、来たるべき社会の指標として機能しました。
 このような背景から、絵画だけでなく描かれた建築、つまり建築の表象についても興味を持ち始めました。ただのイメージに過ぎない建築が、どのように当時の人々に影響を与え、どのように受容されていたのか。その謎に迫るため、新聞や雑誌、映画といったメディア上で取り上げられた建築表象について研究するようになりました。

―現在はどういった研究を行っているのでしょうか。

 1920~60年代の映画の中に出てくるソ連建築について研究しています。1920~30年代の映画の中では、都市や建築物のイメージが特に重要な役割を果たしました。この時期はソ連という国家の建設期にあたり、特にその首都モスクワは、新しい国を象徴する場所として、重点的な再開発の対象になっていました。
 しかし一方で、ロシアは国土が非常に広いために、シベリアなどの僻地では「自分の国の首都が今どうなっているか」を知らずに過ごす国民もいます。そのような国民に対して、現在再開発中のモスクワの偉大さを知らしめ、国民としての意識や一体感を醸成するために使われたのが、映画でした。ただ映画の中では編集技術や特殊効果が利用され、時に現実よりもより理想的な首都の姿が描かれることがありました。当時多くの国民は直接モスクワを訪れることができなかったため、おそらくこのような現実と虚構のギャップには気づかなかったでしょう。私の研究では、このようなスクリーン上の建築・都市イメージの編集や操作が、どのような意図の下で、どうやって行われたのかを論じています。

―具体的に研究はどのように行っているのですか。

研究資料

 ソ連時代の出版物や映像資料を中心に当たります。もちろん、現地を訪れることもありますよ。今でも年に1、2回はロシアに行っています。現在は、ソ連時代の地下鉄の駅を背景にして撮影された映画を調べていて、実際にいろいろな駅を見に行きました。

―地下鉄駅はなぜ特別なのでしょうか。

 十月革命後、ソ連は社会主義国家となり、労働者こそが国の主人であるとされました。そのような中で、他の資本主義国とは異なり、ソ連では地下鉄は国の主人である労働者が利用するにふさわしい立派な空間にしようという動きが出てきました。その結果、地下鉄駅は教会や神殿、美術館を思わせる、豪華な造りになっているのです。装飾は駅によって全部違っていて、彫刻やレリーフなどさまざまです。たとえば、モスクワの中心に位置するマヤコフスカヤ駅の天井には、地下深くに降りるという経験があまりない当時の人びとの恐怖心を和らげようとするかのように、ソ連の空の様子を描いたモザイク画が飾られています。

―なるほど。当時の地下鉄駅には重要な意味があったんですね。

 そうなんです。他にも、プラットホームにはしばしば国の英雄や理想化された人民の像が置かれました。通行人にあるべきソ連人のモデルを示すためです。豊かな農村、たわわに実った果樹園、健康的にスポーツをする人などもよく描かれ、これからソ連はこういう豊かな国を作りますよ、という理想を示すプロパガンダ(主義・思想の宣伝)の役割を果たしていました。今でもこれらの地下鉄駅は見ることができます。

―今後はどういった研究を進めていく予定でしょうか。

 今は30~60年代の映画の中の地下鉄表象を扱っているので、今後はもう少し後、90年代以降のソ連崩壊後のロシア映画内における地下鉄も見ていきたいと思っています。ソ連時代とロシア時代の映画での地下鉄の描かれ方の違いは明白で、ソ連時代の地下鉄はある種神聖な場として描かれていますが、ソ連崩壊後は暴力的なシーンが描かれたり、犯罪がテーマの作品も撮影されたりしているんです。

―最後に、表象文化論の魅力を教えて下さい。

本田准教授

 人文学系の学問はすべてそうだと思いますが、純粋に楽しいということがまずあります。それまで何気なく見ていたものの背後に、実はものすごく複雑なメカニズムが隠されているのを発見したときは、ミステリーを読むのと同じような面白さを感じます。
 また、普段映画を見るとき背景はあまり意識しないと思いますが、撮影者は場所や時間、カメラの位置などを計算し尽くした上で撮影していて、観客の映像に対する印象をそれと悟らせずに方向付けていることがあります。表面的なストーリーや台詞だけでなく、構図や背景を通しても、映像の見方はコントロールされているんです。CMや広告も手法は同じ。表象文化論ではイメージの文法を学ぶことで、「なぜこのイメージがここで、このように使われているのか?」ということを意識し、イメージ全般を批判的に見る方法を習得します。表象文化論は単に楽しいだけでなく、イメージにあふれる現代を生き抜いていく上で必要不可欠な学問でもあるのです。

略歴
本田 晃子(ほんだ・あきこ)
1979年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学修了。博士(学術)、専門は表象文化論。北海道大学スラブ研究センター非常勤研究員、早稲田大学高等研究所助教などを経て現職。著書『天体建築論 レオニドフとソ連邦の紙上建築時代』がサントリー学芸賞(2014年)、東京大学南原繁記念出版賞(2014年)、日本ロシア文学会賞(2015年)、表象文化論学会賞(2015年)を受賞。

(17.09.29)