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No.4 体内時計の不思議に迫る

forcus on - Taishi Yoshii

No.4 体内時計の不思議に迫る

大学院自然科学研究科時間生物学研究室 吉井大志 准教授

 海外旅行をした時に「時差ぼけ」に悩まされたことがある人は少なくないでしょう。私たちヒトは昼に動き、夜に寝るという一日のリズムで生活しており、このリズムを生み出しているのが体内時計(概日時計)です。2017年ノーベル医学生理学賞は体内時計をコントロールする「時計遺伝子」を解明した米国の研究者3人に贈られましたが、実はまだその全容は解明されていません。皆さんも一度は聞いたことがある「体内時計」。その謎の解明に挑む吉井准教授に解説してもらいました。

―体内時計とは、そもそもどういったものなのでしょうか。

 私たちヒトは朝起きて、昼に働き、夜は寝ます。この一日のリズムを生み出すのが、一日の時間を計る体内時計です。
 現在は体内時計という言葉が一般的になっていますが、体内時計には一日の時間を計る「概日時計」、一年の時間を計る「概年時計」、潮の満ち引きを計る「概潮汐時計」などがあります。概日時計はヒトも持っているもので、私たちの言う「体内時計」は概日時計を指すことが多いですね。
 体内時計は私たちの生活リズムを生み出す役割がある一方で、海外旅行などで一気に光環境が変わることにより「時差ぼけ」などの問題が起きてしまいます。また、見過ごされがちですが夜勤などのシフトワーク(交代制勤務)による「社会的時差ぼけ」も問題となっています。本来ならば休む時間に働くことにより体内時計が狂ってしまい、睡眠障害やうつ病を招きます。この研究が進んでいけば、時差ぼけの抑制法なども開発できるかもしれませんね。

―ヒト以外の生物も体内時計を持っているのでしょうか。

 そうですね。1990年代後半から2000年代には、ショウジョウバエで見つかった体内時計の歯車が、種を超えほ乳類にあることも分かりました。
 46億年前に地球が誕生して、その後、生物が誕生します。酸素濃度が低く、オゾン層も少なかった時代、生物は紫外線から身を守るために昼間は海の深くに生息していました。生物が陸上進出すると、「この時間は捕食者がいるから逃げておこう」と敵から身を守る必要が出てきます。このように、さまざまな生態系に体内時計が重要な役割を果たしているといわれています。

―体内時計の研究で、現在分かっていることを教えて下さい。

 野生型のショウジョウバエは朝と夕方に活動し、昼と夜は寝るという生活リズムです。ところが、1971年に報告された突然変異体のショウジョウバエは大きな休憩がなく、断続的に寝るような生活リズムでした。この原因となる遺伝子はperiod(ピリオド)遺伝子と名付けられます。period遺伝子は他のさまざまな遺伝子と一緒に働き、mRNA(タンパク質が作り出される際に遺伝情報を伝えるもの)やタンパク質を作り出し、これらの発現量が24時間で増減します。これが体内時計の歯車であることが明らかになりました。
 また、period遺伝子が壊れた別の突然変異体だと、24時間ではなく19時間や28時間といった野生型とは異なるリズムで動き始めます。同じperiod遺伝子なのに、変異体がこういった行動を取るということは「概日時計は遺伝である」ということです。

―吉井先生が進めている研究について詳しく教えて下さい。

研究資料
一匹一匹のデータを収集する

 私たちの研究グループでは、ショウジョウバエの約150個ある時計細胞の役割を解明しようと研究を行っています。2015年4月には、時差ぼけに関わる時計細胞を発見しました。通常であれば、時計細胞はクリプトクロムと呼ばれる光に関係するタンパク質を持っています。私たちは、突然変異を起こし、クリプトクロムをなくしたショウジョウバエを用いて実験を行いました。すると、150個の時計細胞のうち特定の14個にクリプトクロムを持たせた個体は、野生型のショウジョウバエと同じように1日で時差ぼけから回復したのです。残りの時計細胞にクリプトクロムを持たせても回復しなかったため、この14個の時計細胞が、時差ぼけに関与していることが分かったのです。現在は、残りの時計細胞がどういった役割を持つのか研究を進めているところです。

―まだたくさんの謎が残っているんですね…。

 そうですね。体内時計に時計細胞が関わっていることはすでに解明されているのですが、その細胞がどうやって朝起きる、夜寝る、などの24時間の行動リズムをコントロールできるのかは分かっていません。
 ただ、少しずつ分かっていることもあります。時計細胞150個のうち8個はマスタークロックと呼ばれる重要な時計細胞で、他の時計細胞を制御している、いわば「本初子午線」のような役割を持っています。また、それとは別に4個の時計細胞は、マスタークロックに影響を与える働きを持っています。つまり、この4個の時計細胞があるから、マスタークロックが全体に影響を与えることができるのです。

―ショウジョウバエで研究を進める理由は何でしょうか。

 2017年のノーベル医学生理学賞を受賞した体内時計の研究も、キイロショウジョウバエが用いられました。ショウジョウバエは飼育が容易で、たった10日間程度で新たな親が誕生します。また、大腸菌や酵母菌とは違い、脳を持ち、行動をします。個性もあります。一方、マウスに比べて細胞の数も圧倒的に少なくゲノムサイズも小さいため、扱いやすいという一面もあります。あくまで昆虫の一種なので、全てのことが明らかになるわけではありませんが、圧倒的に研究スピードが早く、動物の中で遺伝学が最も発達しているのがショウジョウバエです。

―吉井先生の研究室でもショウジョウバエを飼育しているのでしょうか。

ショウジョウバエ
研究室で飼育するショウジョウバエ

 そうですね。私の研究室では、体内時計の研究に用いる突然変異体のほかにも、色素がないものや生まれつき羽が生えていないものなど150系統ほど飼育しています。酵母などの餌を与えて飼育しているんですよ。また、世界にはショウジョウバエのさまざまな系統を保存する機関もあって、そこから購入することもできます。

―吉井先生が体内時計について興味を持ち始めたきっかけは何でしょうか。

 元をたどれば小学生のときですね。自分が「したいときにしたいのに、そうならない」ということを不思議に思っていました。寝たくないのに眠気は来るし、勉強しないといけないのにテレビが見たくなるし。頭で考えていることと体が分離していて、なぜコントロールができないのか、真実がどうなのかを知りたかったんです。

―今後の展望について教えて下さい。

 私たちは24時間で動くということから逃れられません。その理由と、その背後にある逃れられないメカニズムを明らかにしたいです。私たちの体の中に「時計」があるという不思議を解明することが目標です。

―吉井先生の話を聞いていると、24時間で生きていることが不思議に感じてきました。

 私たちは自分の意識の中で生きていると思っていますが、実際は眠くなるしお腹は空くし、コントロールできないまま24時間というリズムの中で生きているんです。自分の意思で動いていると思い込んでいますが、実は脳というデバイスの中でちょっとだけ自分の意思が存在するという、地球上に捕らわれた悲しき生き物なんです(笑)。

略歴
吉井 大志(よしい・たいし)
1978年生まれ。山口大学大学院理工学研究科修士課程、岡山大学大学院自然科学研究科博士課程修了。博士(理学)。(独)レーゲンスブルク大学ポスドク、(独)ヴュルツブルク大学助教、岡山大学大学院自然科学研究科助教を経て現職。専門分野は時間生物学。

(17.12.28)