国立大学法人 岡山大学

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“人類最古の農業”栽培オオムギの起源を解明-ムギ類の品種改良の効率を加速化-

2015年07月31日

 農業生物資源研究所の小松田隆夫上級研究員と岡山大学資源植物科学研究所の佐藤和広教授は、ドイツ、オーストラリアなど世界6ヵ国の研究機関との共同研究をリードし、実が落ちずに収穫できるオオムギ(栽培オオムギ)の起源を探索。欧州等(西)に分布する栽培オオムギが約1万年前に南レバント(イスラエル)で突然変異した子孫で、日本等(東)に分布する栽培オオムギがその後北レバント(北西シリアから南東トルコ)で起きた別の突然変異の子孫であることを世界で初めて突き止めました。“人類最古の農業”は、突然変異が起きたオオムギを発見し、栽培したことから始まったと考えられます。本研究成果は7月30日(米国東部時間正午)、アメリカの学術雑誌「CELL」に掲載されます。
 南北レバントで別々に生まれた栽培オオムギの子孫は互いに性質が異なっています。今後、それぞれの子孫の品種グループにない性質を積極的に交配することで、多様性が生まれるなど、品種改良の効率が加速すると大いに期待されます。
①栽培オオムギの起源(“人類最古の農業”の始まり)
・突然変異が約1万年前に南レバント(イスラエル)で起き、その後北レバント(北西シリアから南東トルコ)において別の突然変異が起きた。そのため、世界中のオオムギ品種は大きく2つのグループに分類される。
・突然変異の起きたオオムギの子孫を利用して古代の農業が始まった。
②実が落ちることに関わる2つの遺伝子(Btr1とBtr2)の進化
・ムギ類に特有で、数千万年前に進化が起きた。
・2つの遺伝子がセットで2つある(合計4つ)。そのうちBtr1とBtr2のセットでは塩基配列がわずかに変化し、新たな機能を持つ蛋白質を作る。
③2つの遺伝子(Btr1とBtr2)の働き
・2つの遺伝子が穂の軸の節でのみ働いて、細胞壁を薄くもろくする役割がある。

本資料は、岡山大学記者クラブ、文部科学記者会、科学記者会、筑波研究学園都市記者会、農政クラブ、農林記者会、農業技術クラブに配付しています。

<業 績>
 農業生物資源研究所農業生物先端ゲノム研究センター作物ゲノム研究ユニットの小松田隆夫上級研究員と岡山大学資源植物科学研究所の佐藤和広教授は、ドイツ、オーストラリアなど世界6ヵ国の研究機関との共同研究をリードし、①栽培オオムギの起源、②実が落ちることに関わる2つの遺伝子の起源、③2つの遺伝子の働きを世界で初めて突き止めました。

栽培オオムギの起源
 これまで、岡山大学では野生オオムギの実が落ちることに関わる2つの遺伝子(Btr1とBtr2)の存在を60年以上前から研究しており、祖先となった植物を推定しました。また、野生オオムギの実が落ちることに2つの遺伝子が関わっており、それらが野生オオムギの自生地の西と東で集められた栽培オオムギ品種で異なっていることを発見しました。しかし、現在私たちが利用しているオオムギがどこで、どのようにして生まれたかは分かっていませんでした。
 今回、本研究グループは、ゲノム情報、遺伝学的解析および分子生物学的な証明を組み合わせた最新の科学技術を用いて、2つの遺伝子のDNA配列を決定しました。さらに、多数の野生オオムギと栽培オオムギについて、2つの遺伝子のDNA配列の変化を比較。栽培オオムギの祖先となった野生オオムギが、約1万年前に南レバント(イスラエル)で突然変異し、その後、北レバント(北西シリアから南東トルコ)で別の突然変異が起こったことを世界で初めて突き止めました。現在、栽培オオムギの品種は大きく2つのグループに分類されており、両突然変異の子孫を利用して、“人類最古の農業”が始まったことも明らかになりました。
実が落ちることに関わる2つの遺伝子の進化
 本研究グループは、2つの遺伝子の起源を探るため、オオムギが持つ本遺伝子と、イネ科植物が持つ類似の遺伝子を比較。オオムギでは本遺伝子がセットで2倍(合計4つ)になっており、さらにそのうちBtr1とBtr2のセットでは塩基配列がわずかに変化し、新たな機能を持つ蛋白質を作ることを発見しました。コムギも同じ機能の遺伝子を持つことから、本遺伝子の進化はムギ類に特有で、数千万年前に起きたことが分かりました。
2つの遺伝子の働き
 野生のムギ類では実が成熟すると穂の軸の節々の連結がはずれてバラバラになります。これまで本現象は、木々の葉や果実が成熟して自然に落ちる際に作られる「離層」と同じ仕組みによると長く信じられていました。
 今回、実際はオオムギではこのような離層が作られず、その代わりに穂の軸の節々で細胞壁(植物の細胞のまわりにあるかたい物質)が極端に薄くもろくなることを発見。風や重力、動物が触れることなどによって細胞壁がくだけ、実が落ちることが分かりました。
 したがって、2つの遺伝子は穂の軸の節でのみ働いて、細胞壁を薄くもろくする役割があるといえます。穂の節ごとに実が落ちるのはムギ類に特有な現象で、数千万年前に起きた2つの遺伝子の倍加と性質の変化によって、ムギが成熟して実が落ちる特別な仕組みが作り上げられたことになります。

<背 景>
 野生植物から栽培植物が生まれた時代の推定方法は、出土品に最古の栽培植物の実が含まれる遺跡の年代を同位元素などで測定して、その直前とします。野生オオムギの実がみのって軸から離れ落ちた部分はなめらかで、栽培オオムギでは人が軸から折り取ったあとが残るので、実の形を比較することで野生オオムギと栽培オオムギを区別できます。
 イスラエルやシリアなどいわゆる「肥沃な三日月地帯」の有史以前の遺跡には、土器や泥の中に炭化したオオムギの実の痕跡がみつかっています。野生オオムギを集めて食用とすることは2万3千年以上前にすでに行われていたことが遺跡の調査から分かっていました。また、野生オオムギに栽培オオムギが1割以上含まれた1万年前ころの遺跡が発見されています。
 野生オオムギの実が成熟して散らばることは、自生地を拡大するうえで大事な性質です。しかし、実が成熟して収穫する際に落ちてしまうと収量は少なくなります。人類は収集した野生オオムギの中に実の落ちない突然変異が起きた植物があるのを見つけて、これを植えると収集しなくても実をたくさん収穫できることを発見しました。このようなオオムギを発見して栽培したことが“人類最古の農業”の始まりだと考えられています。

<見込まれる成果>
 私たちが現在利用しているオオムギは2つの突然変異が起きた植物のいずれかの子孫になります。子孫の持っている性質は突然変異が起きた植物の性質が大きく影響しています。たとえば、病気の抵抗性、ビールを製造する際の品質、家畜の飼料の栄養分などの性質は子孫によって大きく異なります。したがって、今回発見された遺伝子のDNA配列の違いは品種改良の親として使われる遺伝資源の効率的な保存と利用に役立ちます。さらに、それぞれの子孫の品種グループにない性質を最新のゲノム情報などを活用して積極的に導入することで、品種改良の効率が加速されると考えられます。

<お問い合わせ>
研究担当者:農業生物資源研究所農業生物先端ゲノム研究センター
      作物ゲノム研究ユニット 上級研究員 小松田 隆夫
     (電話番号)029-838-7482 

      岡山大学資源植物科学研究所 教授 佐藤 和広
    (電話番号)086-464-1244 

広報担当者:岡山大学広報・情報戦略室
     (電話番号)086-251-7292
      農業生物資源研究所 広報室 
     (電話番号)029-838-8469

<論文情報>
論 文 名: "Evolution of the grain dispersal system in barley"
「オオムギの種子分散システムの進化」
著   者: Mohammad Pourkheirandish1, Goetz Hensel2, Benjamin Kilian2, Natesan Senthil1, Guoxiong Chen1, Mohammad Sameri1, Perumal Azhaguvel1, Shun Sakuma1, Sidram Dhanagond2, Rajiv Sharma2, Martin Mascher2, Axel Himmelbach2, Sven Gottwald2, Sudha K. Nair1, Akemi Tagiri1, Fumiko Yukuhiro1, Yoshiaki Nagamura1, Hiroyuki Kanamori1, Takashi Matsumoto1, George Willcox3, Christopher P. Middleton4, Thomas Wicker4, Alexander Walther5, Robbie Waugh6, Geoffrey B. Fincher7, Nils Stein2, Jochen Kumlehn2, Kazuhiro Sato8 and Takao Komatsuda1* (*責任著者)
著者の所属
1 National Institute of Agrobiological Sciences, 305-8602 Tsukuba, Japan(生物研)
2 Leibniz Institute of Plant Genetics and Crop Plant Research (IPK), Gatersleben, 06466 Stadt Seeland, Germany
3 Archéorient CNRS UMR 5133, Université de Lyon II, Jalés, Berrias, France
4 Institute of Plant Biology, University of Zürich, CH-8008 Zürich, Switzerland
5 Department of Earth Sciences, University of Gothenburg, 405 30 Gothenburg, Sweden
6 University of Dundee, The James Hutton Institute, Invergowrie, Dundee DD2 5DA, United Kingdom
7 ARC Centre of Excellence in Plant Cell Walls, School of Agriculture, Food and Wine, University of Adelaide, Waite Campus Glen Osmond, SA 5066, Australia
8 Institute of Plant Science and Resources, Okayama University, 710-0046 Kurashiki, Japan (岡山大学植物研)

発 表 誌:CELL 
DOI:http://dx.doi.org/10.1016/j.cell.2015.07.002
http://www.cell.com/cell/current

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