【長谷川(1995):日本創造学会第17回研究大会論文集, 157-159】
【インターネットホームページhttp://www.okayama-u.ac.jp/user/le/psycho/member/hase/h0u.html再録】
 

万能な拡散的思考能力は存在するか?


(2)知能・創造性・頭脳

Divergent thinking as a general, domain-transcending skill? (2)


長谷川芳典†
HASEGAWA, Yoshinori


†岡山大学文学部心理学講座 (Department of Psychology, Faculty of Letters, Okayama University) 〒7008530 岡山市津島中3−1
Key Words: Divergent thinking; Behavior analysis; Operant conditioning
 
 徐・長谷川が発表(1)で指摘したように、Baerのオリジナルの研究はかなりの問題点をかかえている。しかし、この著書の序論および考察部分には、創造性を研究する者が耳を傾けるべき貴重な視点が含まれている。その第1は、一部の研究者や世間一般に見られる“一般的能力”の過大視に関するものである。Baerは、まず、未だに根絶されないIQ信仰を批判している。Thorndikeは早くも1903年に、知能は高度に分化し独立した諸能力の集まりであると指摘し、これは教育心理学者のあいだでも広く合意されている。IQ信仰が根強く残っている理由の1つは、知能開発訓練プログラムなどで収益をあげている企業にとって都合がよいためであると言う。Baerは、一般的な創造的思考能力についても疑問を提示し、特に、その中核をなす拡散的思考能力に対する過大視に警告を発している。第2に、Torranceが彼のテストの予測的妥当性を実証するために行なった研究についての批判がある。Torranceの研究は、調査内容、IQ得点との多重共線性などにおいて重大な欠陥があるというのがBaerの主張である。さて、今回の学会は“創造的頭脳の創造”というテーマをかかげているが、この場合の“頭脳”には脳の神経生理学的メカニズムにからむハード的側面と、頭脳の働きにからむソフト的側面が含まれているものと思う。創造性をコンピュータによる情報処理に例えるならば、CPU自体の性能も重要ではあるが、最終的には、ソフト的な側面に依存する部分もかなり大きい。コンピュータであればCPUの交換もできるが、脳は取り替えるわけにはいかない。特定の訓練が具体的な創造的行為にどのように貢献するのかを明らかにするための実証的研究を積み重ねることが必要であると考える。
 
 本稿は、まずBaer(1993)1)の指摘の中から、今後の創造性研究を進めるうえで考慮すべき点をとりあげ、その意義を論じる。ついで、それらと関係の深い“創造性能力の一般性”に関する諸問題をとりあげ、新たな視点を提起することを目的とする。
 
1. 知能の一般性に対する疑問
 Baerは第1章の冒頭において、創造性研究の主要な論争点の1つが、創造性を万能な能力とみるか、それとも個々の領域それぞれで発揮される諸技能の寄せ集めと見るか、ということにあると述べている。そしてこれに関連して、知能についても同じような論争があった点を指摘している。
 私たちは、日常生活では、“○○をすると頭がよくなる”、“この訓練は「脳力」を高める”といった表現をつかう。しかし、これは「知能」という一
般性の高い能力があって初めて主張できることである。
 Baerは、IQ得点の一般性を主張する固定的な見解が根強く残っている現状に対して、(a)IQテストの考案者であるビネー自身が、“知能は不可分な単一体ではない”と指摘している点、(b)人間の認知はどのような一要因説でもうまく説明できないという証拠が1世紀にも及ぶ計量的研究の積み重ねのなかで集められている点を指摘している。さらに、Thorndikeが早くも1903年に“ある分野で成功をおさめた者は他分野でも成功するであろうという予測は、多少は的中する程度にとどまるのが関の山である”と知能の一般性を否定し、この正しさは教育心理学者のあいだで広く合意されている点を強調している。
 にもかかわらず、認知能力や特性の一般性と能力間の転移のおこりやすさを強調する理論がはばをきかせているのはなぜか。Baerは、その理由の1つとして、一般理論は教育産業界の宣伝上都合がよいということをあげている。確かに、“ある訓練をするとIQが20増える”とか、“タップダンスをすると心が鍛えられる”などという宣伝は、一般人には受けがいい。知能が個別能力の寄せ集めであることを受け入れてしまうと、訓練の効果がどのような技能の発達に貢献するのかを具体的に明示しなければならなくなり、簡潔な宣伝ができなくなるというデメリットがある。しかし、学問上の立場が宣伝上の都合に振り回されたのではたまらない。
 なおBaerは、発達心理学、社会心理学、教育心理学、臨床心理学などの諸領域でも、一般性を強調する脱文脈理論よりは文脈限定的な理論(情況主義理論)がもてはやされるようになってきた現状を指摘している。
 
2. 創造性の分類
 Baerは、情報処理の観点から、創造性を3種類に分類した。
2.1. リアルタイム(オンライン)創造性 即興的創造性と言ったほうがピッタリするかもしれない。ジャズ、モダンダンス、日常会話などにおける創造性であり、@やり直しの機会なし、A広範囲の解を思い浮かべてから選択する余裕なし、B課題の要件を満たすような解候補だけが生成される、C候補のうちのどれを選ぶかは任意的、といった特徴がある。
2.2. 多段階創造性 解(アイデア)の創出と評価選択という2段階からなる創造的パフォーマンスがこれに含まれる。この創造性では、解を評価したり修正する時間がたっぷりなければならない。
2.3. パラダイム転換創造性 創造的行為を続けるうちに分野(領域)の特性が根本から変わってしまうような創造性である。解の候補が創出される段階では何ら制限条件がつけられない。
 
 以上の3種類についてBaerは、これらは程度の差を示すものであって厳密なカテゴリー分けをしているわけではない、とことわっている。しかし、“創造性を伸ばす効果がある”と主張する者は、少なくとも上記のどの創造性を問題にしているのかを明記する必要があるだろう。
 
3. 創造性テストの問題点
 高野2)によれば、代表的な創造性テストとしては、@Guilford3)による創造的思考評価尺度、
AGuilfordの方法を発展させたTorrance4)のテスト、BMednick5)の遠隔連合検査、CFinkeらの研究6)、久米らの研究7)などがある。
 Baerは、このうち特に、Torranceのテストをとりあげ、そのテスト得点は知能との相関が非常に高く、その得点で創造性をIQ値以上に予測することはできないと指摘し、さらにその研究で用いた調査内容、あるいはIQ得点との多重共線性などにおいて重大な欠陥があると主張した。
 これ以外の創造性も、多かれ少なかれ、上記の問題をかかえている。そして、仮にIQ得点とは独立した得点を産み出すようなテストが開発されたとしても、それが、単一の能力(=万能な創造的思考能力)を測っているのか、それとも雑多な諸能力の合算値を産み出すものにすぎないのかは、さらに検討が必要になってくる。
 高野2)も指摘しているように、創造性テストの妥当性を外的基準によって検証することはなかなか難しい。徐・長谷川が発表(1)で指摘したように、Baer自身の研究においても、各作業課題における創造性の評価は、その分野の専門家の主観的評価に委ねられた。そのさい、創造性については、何の定義も与えられていない。自分のミステリアスな専門的センスで被験者の作成した詩や物語を評価し、その創造性を1〜25にランクづけしてもらうというような方法が用いられていたのである。
 創造性の評価基準のあいまいさは、ある意味では、“美しいもの”の評価と共通している。つまり、この世界には、確かに美しいものが存在する。しかし、これを客観的、安定的に数量的に評価することはきわめて難しい。創造性の場合も、この世界に、創造的な行為が確かに存在しているのだが、これを一律の基準で測定できるものなのか、検討の余地は多いように思われる。
 
4. 脳と創造性開発
 今回の学会は“創造的頭脳の創造”というテーマをかかげているが、この場合の“頭脳”には脳の神経生理学的メカニズムにからむハード的側面と、頭脳の働きにからむソフト的側面が含まれているものと思う。創造性をコンピュータによる情報処理に例えるならば、CPU自体の性能も重要ではあるが、最終的には、ソフト的な側面に依存する部分もかなり大きい。もちろん、“頭をよくする薬”を飲めば脳が活性化されるとか、ある種の脳外科的手術をほどこせば創造性が飛躍的に増大するという可能性もないわけではない。しかし、どのように科学が発達しても、脳を取り替えるわけにはいかない。創造性開発は、ハード面での制約をじゅうぶん考慮しつつも、ソフト面での開発に力をそそがなければ発展は望めない。
 
5. 個体差研究の限界
 Baerの研究は、基本的には、ある集団における創造的行為の個体差に基づく研究であった。すなわち、種々の課題の創造性得点と別のいろいろな従属変数との間の相関分析や重回帰分析を行ない、創造性の個体差をもたらしている原因をさぐるなかで創造的思考の特性を明らかにしようとするものであった。しかし、こうした個体差に基づく研究には一定の限界がある。
 まず第1に、小学校や中学校のごく普通のクラスを対象に調査を行なった場合、創造性(=と想定される何らかの能力)のレベルにほとんど差がないという可能性がある。そのような集団には、誰が見ても創造的であるような天才はおそらく含まれていないので、天才的創造性の本質を明らかにすることはできない。また、創造性のレベルが均質である場合、見かけ上の個体差は、@動機づけレベルの差、Aその日の体調、B集団テストの場合は他者の遂行具合、など、創造性以外の個体差を反映しやすく、何らかの相関が認められても認められなくても、創造性の本質の解明には結びつかない恐れが出てくる。
 第2に、そもそも、相関が高いということは因果関係を保証するものではない点に留意する必要がある。重回帰分析では、しばしば説明変数という言葉が用いられるが、これはあくまで目的変量をどれだけ予測できるかという意味である(例えば、ある人の首の長さを測れば身長の予測がある程度できるが、首の長さは背が高いことの原因ではない)。個体差の予測因を相関分析で明らかにするという研究をいくら行なってみたとしても、創造性(=と想定される何らかの能力)を高める真の原因が同定できるという保証はない。
 
6. おわりに
 Baerの指摘を待つまでもなく、そもそも、知能や創造性を単一かつ普遍的な能力として捉えることには無理がある。つまり、“○○をすれば頭がよくなる”、“△△をすれば創造性が伸びる”というように、特定の訓練に一般能力全体を押し上げる効果があるように吹聴するのは望ましくない。創造性訓練の開発者は、その訓練が具体的行為のどのような創造性を高めるのかについて証拠を示すべきであろう。
 現在知られている創造性テストは、何を測ろうとしているのか、という点で検討の余地が多い。それゆえ、特定の創造性訓練によって創造性テストの得点が高められたとしても、直ちに創造性を伸ばす効果があったとは言い切れない。単に、テストのための訓練、ちょうど受験技術を磨くための訓練にすぎないという可能性も残る。創造性テストの開発の努力には敬意を表するとしても、“どういう行動に効果があるのか”を直接知ることのほうが手っ取り早いかもしれない。
 近年、行動分析学において、オペラント条件づけを用いて選択行動の可変性(variability)を高める訓練方法が検討されている8),9).これらは、複数の選択肢が同時に与えられている選択場面で、特定の選択肢に偏らずかつ直前の選択内容にも依存しないような選択行動の形成を試みるものである。これらの訓練法が一般的な創造性を伸ばすものであるとの保証はまったくない。しかし、少なくとも、なるべく新しいパターンで選ぶという具体的な行動の形成には役立っている。このように、具体的な行動レベルで訓練の有効性を検討しそれらを積み重ねていくことのほうが、創造性開発の地道な発展につながるのではないかと考える。
 
引用文献

1)Baer, J. (1993). Creativity and divergent thinking: A task-specific approach. New Jersey: LEA.
2)高野隆一 (1994). 創造性を測る−−思考心理学.[浅井邦二 (編). こころの測定法−−心理学における測定の方法と課題 (p.151-171).実務教育出版].
3)Guilford, J. P. (1959). Traits of creativity. In H.H. Anderson (Ed.), Creative cognition.Cambridge, Massachusetts: The MIT Press.
4)Torrance, E. R. (1990).The Torrance tests of creative thinking: Norms-technical manual.Bensenville, I L: Scholastic Testing Service.
5)Mednick, S. A. (1962). The associative basis of the creative process. Psychological Review, 69, 220-232.
6)Finke, R. A., Ward, T. B., & Smith, S. M. (1992). Creative cognition. Cambridge, Massachusetts: The MIT Press.
7)相馬一郎・久米稔・小関賢・矢沢圭介・黒岩誠・三島正英 (1975). 創造的思考の評価基準について(1) ──そのT 用途テスト── 日本心理学会第39回大会発表論文集, 380. ほか多数。
8)長谷川芳典 (1994). 拡散的思考と創造性:乱数生成行動の学習要因の実験的分析.[日本創造学会(編) 創造性研究10: 異分野・異文化の交流と創造性 (pp.142-159), 共立出版]
9)Stokes, P. (1995). Learned variability. Animal Learning and behavior, 23, 164-176.