【徐・長谷川(1995):日本創造学会第17回研究大会論文集, 152-156】
【インターネットホームページhttp://www.okayama-u.ac.jp/user/le/psycho/member/hase/h0u.html再録】
 

万能な拡散的思考能力は存在するか?


(1) Baerの研究の意義と問題点

Divergent thinking as a general, domain-transcending skill? (1)

徐暁東†  長谷川芳典††
Xu XiaoDong and HASEGAWA, Yoshinori

†岡山大学大学院自然科学研究科知能開発科学専攻(The Graduate School of Natural Science and Technology, Okayama University)
††岡山大学文学部心理学講座 (Department of Psychology, Faculty of Letters, Okayama University) 〒7008530 岡山市津島中3−1
Key Words: Divergent thinking; Theories of Creativity; Creativity-enhancement training
 
 本発表は、John Baerが1993年に刊行した『Creativity and divergent thinking: A task-specific approach)』の意義と問題点を指摘し、創造性研究への貢献を論じることを目的とする。Baerのオリジナルの7つの研究は、小学生から成人までのいくつかの年齢層に種々の作業課題(詩創作、物語創作、数学文章題作成、数学等式作成、コラージュ創作のうちのいくつか)を与え、その作品について複数の専門家に創造性評価を依頼したものである。それらの得点間、あるいは言語流暢性テスト、IQ、学力(読解および数学)との間の単純相関を算出し、さらに重回帰分析により偏相関係数が求められた。研究6及び7では、拡散的思考力上達訓練を受けた場合の効果及びいま述べた種々の相関への影響が検討された。研究1〜5では、作業課題の創造性評価得点のあいだには有意な正の単純相関が見られた場合もあったが、IQや学力の影響を取り除いた偏相関では有意な正の相関は認められなかった。この結果は、種々の作業課題の創造性に共通して影響を与えるような万能な拡散的思考能力の関与を否定するものであった。また、研究7より、拡散的思考力上達訓練を受けると創造性テスト得点が有意に増加すること、しかしその増加は万能な拡散的思考能力の上達によるものであるとは必ずしも言えないという結論が得られた。Baerの研究は、万能な拡散的思考能力の過大視に大きな警告を与えるものであったが、次のような問題点をかかえている。@各作業課題の創造性評価が専門家の主観に全面的に委ねられていた点は、複数の判定者間の一致係数が高かったとはいえ問題である。ABaerは各課題の創造性評価得点間の相関が高いかどうかという結果から万能な拡散的思考能力の存在を論じているが、そのようなロジックは、統計学上かならずしも成り立たない(もしそのような能力が各課題の創造性に一定程度関与していたとしても得点間の相関が有意になるとは限らない)。B研究6及び7で使用された拡散的思考力上達訓練の再現性や一般性に疑義がある。
 
 本発表は、John Baerが1993年に刊行した『創造性と拡散的思考:課題限定的アプローチ(Creativity and divergent thinking: A task-specific approach)』(New Jersey: LEA発行)の意義と問題点を指摘し、創造性研究への貢献を論じることを目的とする。
 
1.序
 Baerは、多くの学問分野で共通している「一般性と特殊性」の問題視点から、一般的な創造的思考技能としての拡散的思考能力は存在するか否かとい
う根本的な問題を取り上げて論を展開してきた。一般論の方がふつう強力で効率的であるため、各分野の研究者をひきつけやすい。創造性の研究分野でも、万能な創造的思考技能があらゆる領域における創造的パフォーマンスに影響を与えると信じる傾向がある。この観点から構成された理論が拡散的思考理論である。この理論では、拡散的思考技能が人間の最も一般的な認知能力として、あらゆる領域課題の創造的パフォーマンスに効力を持つということが仮定されている。しかし、Baerは、自らの7つ実験データの相関分析の結果、及び6章にわたる幅広い理論的検討に基づいて、この一般的に受け入れられている主張に対して異議を唱えている。彼は、創造性は特定の課題領域にかなり限られた技能であるという立場を支持し、拡散的思考のような一般的な創造性思考技能は存在しないことを主張した。一般的な創造的思考技能の存在を否定することは、創造性における拡散的思考の重要性を否定することであり、拡散的思考能力の存在を肯定する現在の多くの創造性理論と創造性のテスト方法に対する大きな挑戦である。しかし、後述するように、Baerが自分の仮設を検証するために用いた実験研究のロジックにはいくつかの問題点がある。それはそれとして、Baerの主張は創造性研究における重要な意味を持っている。いったい、万能な拡散的思考能力は存在するのか?これは私たち創造性研究者の今後の研究の大きな課題である。
 
2.Baerのオリジナルの研究方法 
 創造性研究では、それぞれの分野で創造的偉業をなしとげた天才に研究の対象を限定する研究者もいるが、Baerは、日常の問題解決から傑出する才能に至るまでを1つの連続体として捉える立場から研究にとりくんだ。その前半では、主として普通レベルの児童や生徒の創造的パフォーマンスに焦点を当て、上述の疑問点を検討するための諸実験を行った。創造性テスト課題は時間制限のない状況のもとで行われ、各分野の複数の専門家による創造性評価が行われた。
研究1:8年生の場合
 被験者は50人の8年生。a)詩創作、b)物語創作、c)数学文章題作成、d)数学等式作成、及びe)言語流暢性テストの5種類の創造性テストと、言語IQ、数学的IQ、読解力、数学学力テストの4種類の標準化テストを実施した。これらのテスト得点をもとに相関分析を行い、次の3つの仮説の検証を試みた。
 1).創造性は領域から独立したものではないから(領域に依存するものであるから)、ある領域の創造性の高さから他の領域の創造性の高さを予測することはできない。特に、原得点からIQや学力の影響を取り除いた場合には、言語領域に属する詩および物語創作いずれかの創造性得点と数理領域に属する等式および数学文章題作成いずれかの創造性得点のあいだでは相関は見られないであろう。
 2).創造的思考技能は、同じ領域の中で効力がある。したがってある領域内の課題で創造的であれば、同じ 領域の他の課題でも創造的であるということが予測される。
 3).言語流暢性テスト得点は言語領域に関するものであるから、詩、物語作成の創造性テスト得点とはそれぞれ相関が見られるが、数学等式あるいは数学文章題作成の創造性テスト得点とは相関が見られないであろう。
 この研究の結果、1)と3)の仮説が支持された。これは、拡散的思考に代表される一般的創造的思考技能が、創造的パフォーマンスにはそれほど寄与していないことを意味している。また、この結果は万能な創造的思考技能自体が存在するかどうかに疑問を投げかけるものでもある。
研究2:4年生の場合
 被験者として19名の4年生を使用した。研究1と同じ課題、すなわち4種類の標準テスト、5種類の創造性テストを行った。研究1より低い年齢で、なおかつ能力差の大きい被験者に関して、万能な創造的思考技能の影響が見られるかどうかについて検討が行われた。結果は、研究1と同じく、4年生においても、万能な創造思考技能の存在は立証されなかった。
研究3:5年生の場合
 創造性テストの信頼性を調べ、これまでのテストで一貫した相関が見られないのはテストの信頼性の問題ではないことを示すために、研究2から11カ月後に同じ被験者で再テストした。その結果、創造性テストの信頼性は立証された。一方、一般的な創造的技能の存在は見いだせなかった。
研究4:2年生の場合
 目的は、研究1、2、3の結果を部分的に追試し一般性を高めることであった。被験者は2年生38名で、コラージュ創作と絵本を見て物語創作を話すという課題が個別的(1対1テスト状況)に行われた。仮説は、2つのテストの創造性得点には相関がないであろうというものであった。
 結果は、2つの創造性テストの相関は統計的に有意でもないし相関係数も大きくはない(.21)が、研究1、2、3より高い。2つの創造性テスト得点は部分的に、万能な創造的思考技能を反映するとも考えられるが、特殊的な実験環境による動機づけが、被験者のパフォーマンスに体系的に影響した可能性も大きい。いずれにせよ、研究4はサンプルも小さく、テストも2つだけであったという問題が残る。研究4から万能な創造的思考技能が存在する確かな証拠は得られていない。
研究5:成人の場合
 被験者は短大の夜間クラスの学生27名(平均年齢が28才)の成人であった。被験者は詩創作と物語創作を行い、その10週間後にもう一度詩を創作した。この研究の目的は、研究1、2、3の結果を部分的に追試して一般性を高めることである。併せて詩創作の平行系列信頼性を検討する。つまり、物語創作テストと詩創作の創造性得点間にはほとんど相関がないであろうが、2回の詩創作テストの得点間には有意な相関があるだろうと予測した。結果として、1回目の詩創作テストと物語創作テストとの間の相関(.07)は統計的に有意ではなかった。また物語創作と2回目の詩創作テストとの相関(.32)も有意ではなかった。1回目と2回目の詩創作テスト得点の間には有意な相関(.65)が見られた。サンプルも小さく課題も2種類だけなので研究4と同様に解釈が難しいが、詩創作と物語創作との間には相関が見られなかったことから、万能な創造的思考技能が存在するとは結論できない。詩創作テストの平行系列信頼性については検証された。
 
 以上のように、研究1〜5では、重回帰分析と相関分析を用いて、万能な創造的思考能力が種々の課題の創造的パフォーマンスに寄与するか否かを検討した。これらの被験者はいずれも特段の拡散的思考訓練を受けていない人々であった。研究6〜7では、拡散的思考力上達訓練を受けることの効果及び上述の種々の相関への影響について検討がなされた。
研究6
 被験者としては、研究4で対象とした小学2年生のデータを統制群として使用し、不規則ではあるが2年にわたって拡散的思考訓練を受けている小学2年生38名(統制群と同じ地域、同程度の経済・社会水準、読解と数学のテストでは平均以上の成績、学力テストでは幅広い成績)を実験群として使用した。実験の目的は、拡散的思考訓練を受けた群と受けていない群を比較することで訓練が創造的パフォーマンスに効果を及ばすのかどうかを検討することにあった。実験群の児童が在籍する学校には英才プログラム(Talented and Gifted program)に詳しい一人の教師がおり、幼稚園、1年生、2年生のクラスに時折出向いて、指導を行っていた。結果は、コラージュ創作、物語創作の両創造性テストは実験群の方が得点が高く、さらにそれらの得点間の相関は実験群が高い。しかしながら、2つ創造性テストとTorrance非言語性創造的思考能力テスト(Torrance test of Creative Thinking Figural Form)の得点間には相関がなかった。
研究7
 研究4で使った小学生の41名を被験者として使用し、実験群の21名、統制群の20名に研究の2週間前に読解と数学の学力テストを行った。実験群には、1日1時間ずつ週4日、4週間で合計16時間に、4種類の拡散的思考能力上達訓練プログラムを実施した。その後の週に、5つの創造性テストが行われた。目的は、研究6の結果を部分的に追試し、拡散的思考力上達訓練を受けると創造性テスト得点が有意に増加するかどうかを見ることである。結果は、16時間の訓練によって、実験群の方が統制群よりも創造性テスト得点が高かった。
 
3.Baerの結論
 以上の7つの研究の結果に基づいて、Baerは次の結論を下した。
 研究1〜5では、作業課題の創造性評価得点の間には有意な正の単純相関が見られた場合もあったが、IQや学力の影響を取り除いた偏相関では有意な正の相関は認められなかった。この結果は、種々の作業課題の創造性に共通して影響を与えるような万能な拡散的思考能力の関与を否定するものであった。また、これらの結果からは、広い意味での認知的領域内で機能するモジュールな創造的思考技能の理論を擁護することもできない。研究1、2、3、5で用いられた2種類のテスト(詩創作と物語創作の作業課題)は主に言語領域の課題であると考えられる。しかし、これらのテストの創造性評価からは一般的な領域の能力(IQや学力テストで測られるような能力)とはっきり区別される創造性に関連する技能は見いだされなかった。これは、少なくとも研究1−3でそうであり、多少あいまいさは残るが研究5でも検証された。実際、これらの2つの課題における創造性得点はほとんど共変しない。この現象は、研究1−3における単相関と偏相関の比較によって明らかなように、IQと学力テストによる分散を取り除いても取り除かなくても見られるのである。言語領域のテストで見られたのと同じような結果が、数学等式作成と数学文章問題作成テストの間にも見られる。
 結局、研究1−5は、単一の拡散的思考技能やあるいは、それぞれの領域に特有の拡散的思考諸技能のいずれであれ、拡散的思考技能が創造性に大きな効果を持つという主張と真っ向から対立することになった。
 なお、研究6、7は、拡散的思考力上達訓練を受けた被験者の方が受けていない被験者よりも各領域課題での創造性テスト得点が増加することを示したが、この差は単一の要因によるものではないことが明らかにされたので、その増加は万能な拡散的思考能力の上達によるものであるとは必ずしもいえない。
 
4.Baerの研究の問題点
 Baerの研究は、万能な拡散的思考能力(=単一かつ普遍性のある拡散的思考能力)の過大視に大きな警告を与えるものであったが、次のような問題点を抱えている。
@創造性評価の問題
 各作業課題の創造性評価が専門家の主観に全面的に委ねられていた点は、複数の判定者間の一致係数が高かったとはいえ問題である。創造性テストの遂行結果について何が創造的か否か、あるいはどの程度に創造的か、を評価する基準についての検討が十分なされ、それに基づいた評価方法が確立されていなければ、創造性テストの存在意義はなくなってしまう。
 以上の7つの研究では、作業課題の遂行結果の創造性を評価するのに、その分野の専門家グループに評価を依頼し、その平均点を創造性得点とするというAmabileの技法を採用し、その技法の信頼性と妥当性はAmabileの30を越す研究1)で立証されていると述べられている。しかし、専門家である評価者に与えられた教示を見ると、判定者には主観的判断が許容されている。例えば、詩、物語創作テストには、評価者が詩人や英語の先生で、美的訴え、構成、比喩的表現の豊かさ、表現の洗練性、言葉選びの斬新さや適当さなどについて、専門家に創造性の定義を要求せず、自分のミステリアスな専門的センスで被験者の作成した詩や物語を測定し、その創造性を1〜25にランク付けしてもらうことを行った。このように、被験者の創造性評価は評定者の主観的判断に全面に任せると明記されている。この点では、これまでの多数の創造性評価方法に比べて特に新しい工夫は見られない。
A研究のロジックにおける問題
 Baerは各課題の創造性評価得点間の相関が高いかどうかという結果から万能な拡散的思考能力の存在を論じているが、そのようなロジックは、統計学上かならずしも成り立たない。
 本書の第3章では、Torranceの創造的思考能力テストの予測的妥当性を実証するために行ったTorrance自身による研究2)が紹介されている。Baerは、そこで、Torranceのテストは知能との相関が非常に高く、その得点で創造性をIQ値以上に予測することはできないと指摘し、さらにその研究で用いられた調査内容、あるいはIQ得点との多重共線性などにおいて重大な欠陥があると主張している。つまり、この研究で創造性に影響したのは、実際にIQであって、拡散的思考技能と創造性の間の相関は、見かけの相関にすぎないということが考えられる。
 しかし、この結果は、意外にもBaerの研究1の仮説を検証するために重要な手がかりとなっている。そこで、Baerはこう考えた。「……それなら、創造性テスト得点から、IQ等によって変動する部分(分散)を取り除いてしまえばどうだろうか。もしも、創造性技能というものが存在し、それ自体が創造性に強い影響力を持つのであれば、IQ等の分散を取り除いたとしても、創造性テスト間の偏相関係数は高い値が得られるはずである。……」。
 この研究ロジックに基づく研究1では、創造性テスト間の偏相関係数はどれも低かった。それによって、1)領域に依存しないような一般的な創造性技能は存在しないという仮説は支持され、2)ある領域内で影響を持つような創造性技能は存在するという仮説を否定されることとなった。確かにBaerのロジックは、一見妥当性があるようにも思える。しかし、そのようなロジックは、統計学上かならず成り立たない。以下にその問題点を論ずる。
 偏相関係数は、ある変数の影響を取り除いた時の変数間の「純粋な」相関係数である。研究1〜5では、IQテスト、学力テストなどの標準化テストの影響を取り除いた時の、創造性テスト間の偏相関係数を算出し、もし、創造性テスト間に強い相関があれば、その背後に、拡散的思考のような領域を越えた一般的な創造的技能が存在する。逆に、相関が低い場合は、その背後に、拡散的思考のような領域を越えた一般的な創造的技能が存在しないと結論される。このように、創造性テスト得点間の相関から、拡散的思考技能の「間接的」影響について検討されている。つまり、Baerは、創造性テストの分散からIQと学力テストによって説明される分散を取り除いた残差分散は、創造性技能を反映するものと仮定した。しかし、残差分散の中には、測定誤差及び他の要因による分散が含まれている。系統誤差(本研究で用いられた学校という検査状況が被験者の反応に一定の規則的な影響を及ぼす実験変数以外の変数による変動)が含まれている可能性もあり、複数の要因が絡りあっているはずであるから、そこに創造性を特定することはできない。創造性が特定できないかぎり、創造性得点について偏相関を求めて有意性が認められなかったからといって、創造性技能の一般性の存在を否定することはできないし、創造的思考技能の一般性/特殊性の検討はできない。
 また、重回帰分析は、説明変数の間がほぼ一次結合で表わされる時、その推定値は不安定になる。つまり、データの小さな変化が推定値に大きな変化を引き起こす。また、この場合、推定値は大きな標準誤差を持つという現象があるため、説明変数を選択する一つ基準として説明変数間の相関はなるべく小さいことが要求されている。研究1〜5の重回帰分析で用いられたIQテスト、学力テストの間に高い相関を有するという多重共線性があるので、重回帰分析の結果に偏りの可能性が高いという問題が残っている。
B研究6及び7で使用された拡散的思考力上達訓練の再現性や一般性に対する疑義。
 研究6、7では、拡散的思考訓練を受けた群と受けていない群を使用し、訓練が創造性パフォーマンスに効果を及ぼすのかどうかを検証するため、創造性テストの成績、Torrance非言語性創造的思考能力テストの得点間の相関の大きさを、2群間で比較する方法が用いられた。その結果、創造性テストとTorrance創造的思考能力テストの得点はいずれも実験群の方が高かった。単純に結果だけを見ると拡散的思考訓練が領域を越えて創造性パフォーマンスを促進するように思えるが、Torrance創造的思考能力テスト得点と2つの創造性テスト得点には相関がないため、両群の創造性テストの得点の違いは拡散的思考訓練以外の何らか要因による可能性が大きいと予想される。実際には、創造的思考テストは副次的諸要因の影響をひじょうに受けやすい。研究6では、拡散的思考訓練の内容は創造的思考能力テストに影響(例えば、似通った種類の課題を含んでいたりすることによる影響)を与えたり、テストの実施状況、被験者への指示、実験実施者の知識や経験などという外的要因での動機づけなどによって、簡単に得点が増加する可能性が高い。さらに、両群は異なった学校からの学生であり、それまでの経験が違うし、創造性に対する学校の態度も違うから、創造性に対するパフォーマンスが変わってくる。従って、その得点の違いは単に拡散的思考訓練の効果によるものと言えないであろう。また、研究7で使われた被験者は、研究4と研究6で統制群として使われた同じ学生であったため、6カ月後に研究7を行われたとはいえ、前回の実験の効果が研究7にかなり影響を及ばすであろう。このように、実験以外の統制できない諸要因、あるいは恣意的要因によって、研究6、7の結果が左右された可能性があるため、拡散的思考訓練の再現性や一般性には疑問があると言わざるをえない。
 以上、Baerの研究より、拡散的思考というような、一般的な、領域を越える創造的思考技能は存在しないことが明らかにされたので、拡散的思考理論を保持する理由がほとんどなくなったようであるが、拡散的思考理論は、創造的思考訓練の研究を進める上での源として有用である。この研究では、決定的発見はなく、色々問題点が残され、問題も未解決で、どの結果も今後の研究を待たねばならないものであるが、更に研究が進められれば、この研究の仮説はきっちりと検証されるはずである。将来検討すべきことは、どの種類の拡散的思考訓練がどの特定の課題の創造的パフォーマンスを高めるのかを分離して確定することであろう。そのような研究によって、色々な創造的思考に影響する知識や認知的プロセスの種類を理解することができ、重要な課題に的を絞って適切な訓練を選択実施することができるようになるであろう。
 
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