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スキナー以後の行動分析学(10)

高齢者福祉におけるセラピーの2つの役割

〜心理学はどう関われるのか〜

岡山大学文学部紀要, 36号, 27-48.(2001年12月発行)

 本稿は、世間一般で広く行われている各種の「セラピー(therapy)」★#1の役割を問い直し、心理学、特に行動分析学がそれらにどう関われるのかを論じることを目的とする。
 
 第2章で事例を示すように、「セラピー」は、何らかの治療目的がありその手段として位置づけられている場合が多かった。しかし、老化により、非可逆的な心身の衰えが避けられない高齢者の場合には、治療を唯一の目的としたセラピーだけを実施することには大いに問題がある。また、各種多様なセラピーの中には、医療効果が明確に検証されたものもあれば、宗教活動に近いものもある。何をどのような基準で選べばよいのかをはっきりさせることも本稿の目的である。
 
1.セラピーにもいろいろある
 
 さて、国内あるいは海外ではどのぐらいの種類のセラピーがあるのだろうか。
 まず、2001年8月5日現在でインターネットで検索したところでは、
 
●Yahoo★#2の「健康と医学:各種療法」カテゴリーに登録されているサイト数135
●Google日本語版★#3でヒットした数は、「療法」が約368,000件、「療法、協会」が約26,600
 
となっている。
 
 次に、大学生協の和書検索★#4を行ったところ、
 
●「セラピー」を含む和書 1999年8月〜2001年8月5日57件/発行日指定無し191件
●「療法」を含む和書:1999年8月〜2001年8月5日 327件/それ以前は件数オーバー
 
となっており、2001年8月5日までの過去2年間におおむね500冊以上が刊行されていることがわかった。
 
 同様に、洋書検索を行ったところでは、過去1年間に期間を絞っても300冊以上がヒットし件数オーバーとなった。なお2001年1月以降2001年8月5日まででは47冊が発行されている。
 
 これらの書籍タイトルから「○○セラピー」、「○○療法」、「○○therapy」にあたる語句を機械的に切り出した結果を表1に示す★#5。 大ざっぱな集計になるが、和書、洋書とも、書籍のタイトルとしてはそれぞれ150種類程度が用いられていることが分かった。
 
表1. 和書・洋書タイトルから検索した「療法」、「セラピー」、「Therapy」の種類
「○○療法」(63件) 「療法」は「R」と略す
ソフトカイロR オ−ラR 「クライエント中心」作業R プラ−ナR BGR 
HDFR CRR 前世R 音楽R ツボR 呼吸R 生きがいR やすらぎR  
やる気
R  イメ−ジR  箱庭R コラ−ジュR ストロ−R 
トランスパ−ソナル心理R 自然R ビワの葉R フラワ−セラピ−花R
ホメオパシ−R 家族R 現実R  ライフスタイルR 宝石R ハーブR 園芸R 
温泉R 可能性R 家族R  科学的薬物R R 関係状況R  MMKR 元返しR作業R 認知運動R  森田R 手技R 集団精神R 焼灼R  足もみR 表現R 
R R 箱庭R  催眠R 戦略的心理R 組みひもR 早起き健康R 吸玉R 
断食R 吸入R 超心理R 描画R 混合教育・生活R  慢性脳刺激R 遊戯R 
力動的精神R 論理R 萬月R 
「○○セラピー」(91件)「セラピー」は「T」と略す
う−んと
T うらないフラワ−T なないろT  ア−トT アストロT アニマルT アロマ&クレイT アロマT アンコモンT イメ−ジT イルカT 
インプラントT ウォ−タ−T エンジェルT オランダ式倹約T 
カイロプラクティックT  カラ−T キャンサ−T クライオT 
クリニカル・ファーマコT グル−プサイコT コスメティックT コスモT 
サポ−ティブペリオドンタルT シネマT  ス−パ−・ゾ−ンT  スピリチュアルTスペ−スT セックスT セルフT  ゾ−ンT タッチT  ダイエットT ダンスTツボT テレフォンT トラウマT  トランスパ−ソナルT ドリ−ムT
ナラティヴT ニューT ニュ−・セックスT ネオモリタT ネットワ−クT
ハ−トT ハ−バルエッセンスT ハ−ブT  ハコミT ハンドT バランスT 
ヒプノT フェミニストT フットT フラワ−T ブリ−ジングT 
ブリ−フサイコT ブリ−フT プラクティカルT プレイT  ペリオドンタルT 
ペルビックT ホストT ホリスティックT ボディーT  ボディワ−クT マザ−TマニュアルT メイクT ヨ−ガT ラブT ロゴT  ワインエンドドンティックT 愛のT 音楽T T フラワ−T  解決志向ブリ−フT 楽天主義T 禁煙T 
呼吸T 手もみT 笑顔T 植物T 色彩T 心T 心身免疫T 新応用クライオT 
生まれ変わりT 戦略的T 聴覚T 恋愛T 
洋書「○○セラピー」(153件) Therapy」は「T」と略す

ActionT ActionT ActivitiesT ActualizingT AdvancedT AfterT Ancient Art of ColorT ArtT Aspiration and InjectionT Attachment-Enhancing PlayT Aversion T BabyT
Be Good to YourselfT Be-Good-T o-Your-FamilyT  BehaviorT BehavioralT
Biofeedback BehaviorT Biologic and GeneT BiologicT Bioresonance & MultiresonanceT Body-FocusedT Brief StrategicT BriefT Bright LightT  CampingT CareT Celebrate-Your-WomanhoodT CellT CellularT ChildT Children inT Christ-CenteredT Client-CenteredT Client-Centered, Outcome-InformedT  Clinical BehaviorT Clinical DrugT Clinical InterviewT  Cognitive R estructuringT CognitiveT Cognitive-BehavioT Cognitive-BehavioralT CombinationT Conditioned R eflexT  Conjoint MaritalT
Coping StrategiesT CoupleT Creative ArtT Creative MusicT CrystalT CurrentT DanceT Dance/MovementT Developmental PlayT DevelopmentalT Deviance and EnforcedT DeviceT DietT  Direct DecisionT DramaT Dynamically Oriented ArtT  ElectroconvulsiveT EnvironmentalT Everyday-CourageT  FamilyT Feminist FamilyT FetalT FluidT  GeneT GersonT Gestalt FamilyT Gestalt SelfT GestaltT GriefT GrooveT Group PsychoT GroupT  Happy BirthdayT HearingT HomeT Imaging-GuidedT Infectious DiseaseT
Innovative CognitiveT InsideT Integrating CoupleT IntegrityT Intensive FamilyT
Interactive GroupT Interpretive ArtT Jungian Past LifeT  Learning-Based Client-CenteredT LoveT Lsd PsychoT  MagnetT MaintenanceT Making Sense Out of SufferingT ManipulationT ManualT MaritalT MilieuT Minimal AccessT MoneyT MovementT MusicT Mutual NeedT NaturalT New MoodT OccupationalT  OcularT Panic ControlT Past LifeT PeaceT PhilosophicalT PhotodynamicT PhysicalT PlaceboT PlayT PoetryT PolarityT PositiveT PowerfulT ProtonT Psychiatric MusicT RadicalT Rational Emotive BehaviourT RationalT Rational-EmotiveT RealityT  Reflex ZoneT RegressionT Speech and HearingT StressT StructuralT Structural YogaT Structured LearningT SystemicT Take-Charge-Of-Your-LifeT TeacherT TextT Thought FieldT Trust-In-GodT UrbanT UrineT VoiceT Waking DreamT WaveT ZoneT
Note:
・特定疾患の治療を目的としたものは原則として除外した[癌Cancer、血管・血液(Intravenous、Antithrombotic、Antiplatelet、Chelation、T halassemia)、高血圧hypertensive、内臓、関節Articulation、栄養Nutrition、放射線Radiation、痛みChronic Pain Therapy、ステロイドSteroidなど、ホルモンHormone]。
・Newやtheをつけたものは省略
・PsychoTherapy、Medical Therapy、Drug Therapyなど、総称的なものも除外した。
 
2.セラピーのキャッチフレーズと本来の定義
表2に紹介したセラピー(療法)の中には、それを実施するための国家資格が定められていたり、保険点数として認められているものもあるが、大部分はいわゆる「民間療法」のカテゴリーに属するものである。
 
 
2.1.キャッチフレーズ
 特定の民間療法を普及させようとする理由としては
 
●営利目的
●何らかの信念に基づき、報酬を期待せずに普及活動を行う
 
の2つが考えられる。いずれの場合も、初めて関心を示した人たちを勧誘するためのキャッチフレーズを用意している場合が多い。ネット上で公開されている各種療法の中から、それらをいくつか拾い上げた結果を表2に示す。
 
表2. 「セラピー」案内サイトに見られたキャッチフレーズの例


















 

1).不安と緊張がほぐれる
2)創造的な表現ができるようになる
3)衝動を抑えることができるようになるフラストレーションに耐えられるようになる
4)計画・順位・判断ができるようになる
5)自分の行動やその結果に対する自己評価ができるようになる
6)○○の作用を高齢者や障害者、社会的に不利な立場にある人々の心や体のリハビリ、社会復帰、生きる力の回
 復などに役立てる
7)○○の治癒力を使って、体の不調、皮膚のトラブル、病気 の予防などに活用していく
8)対象者の、生活の質の向上、情緒的な安定、また教育やレクリエーションが目的
9)対象者の身体的機能、社会的機能、精神面の向上・回復等が目的
10)○○の持つ生理的、心理的、社会的働きを応用し、心身の障害の軽減回復、機能の維持改善、生活の質の向上、
 問題となる行動の変容などが目的
11)心身の健康の回復、維持、向上をはかる治療手段
12)リラクセーションやリフレッシュなどの効用を楽しむ
13)身体や精神の恒常性の維持と促進を図る
14)身体や精神の不調を改善し正常な健康を取り戻す
15)深層心理を活用して、人の心を癒す

 
Note趣旨を変えない範囲で文体や語尾を変更した。また、療法名はすべて削除した。
 
 
 このように、治療、健康回復、行動改善など、何らかの有効性を強調したキャッチフレーズが数多く見られた。
 
2.2.本来の定義
 園芸療法に関連して松尾(2000)★#6
 
(1)療法とはもともと治療法からきたものであり,医療的なかかわりを要する人を対象として,治療を目的として行われる一連の手続きであった。
(2)治療は急性期のごく一時期だけで,その後の介護やケア,リハビリテーションが大きな比重を占めて<るようになるにつれて,医療的措置よりも生活指導に重点がおかれるようになった。.....【中略】.....つまり,療法のねらいは,、医療的措置から生活指導まで拡張されることになった。ここには,その対象者の生活の質の向上,あるいは人間らしい生き方の推進が含まれてくる。
(3)このほかに,療法の要件として,療法とは「その道の専門家が,対象者のどこをどう改善するかを理解したうえで,その目的にあったプログラムをつくり,これを検証しながらよりよい方策を探る手続きである」ということを忘れてはならない。
 
 この定義は園芸療法のみならず、セラピー(療法)★#7に幅広く適用できる要件を含んでいる。このうち(2)〜(3)については第4章以下で再度取り上げる。本稿ではまず(1)に関連して、有効性検証の限界について考える。
 
 
3.実験心理学はセラピーの有効性を検証できるか
 
3.1. 「精神的な効果」を検証する場合の諸問題
 
 上に事例を挙げたように、セラピーの紹介記事では何らかの有効性が強調されることが多い。となると、それをどのような形で実証するかが次の課題となる。
 科学的方法で有効性を検証する手段として最もよく用いられてきたのが次のような実験的方法である。
 
(1)被験者(体)を実験群と統制群(対照群)にランダムに割り付ける
(2)実験群に対しては介入、統制群には介入せず(もしくは偽薬型の介入)
(3)両群のあいだで指標値に有意な差が認められれば、介入の効果が実証されたと結論
 
 このような群間比較による検証方法は、介入の効果がシンプルであり、薬のように生理作用が把握できている場合には有用である。しかし、精神的な効果をねらったセラピーのように、効果が多様であり、かつ個体差が大きい場合の検証手段としては種々の問題を抱えている。以下、それらを指摘してみよう。
 
3.1.1.万能性への過剰な期待
 薬のように明確な生理的作用をもたらす場合や理学療法のように身体機能回復の度合いが客観的に示される場合は別として、精神的な効果を狙ったようなセラピーにそのような「万能性」が期待できるものなのだろうか。
 実験群と対照群の間で有意差があったからといって、「誰にでも有効」という保証はない。個体差を考慮した場合、100人のうち95人には有効であっても残りの5人には有害になるセラピーがあるかもしれないし、逆に、100人のうち95人には無効でも、残りの5人にはすぐれた効果を発揮するセラピーがあるかもしれない。要するに、あるセラピーが「誰にでも効くかどうか」などは極端に言えばどうでもよいことなのだ。特定の人間にとって、どういうセラピーが有効であるのかを確認することのほうがよほど大切となる。
 
3.1.2.実験におけるパラメター設定の恣意性
 心理学における実験では、独立変数が実験者によってシステマティックに変更され、被験者側の反応等の従属変数yがどのように変化したのかが観測される。に依存した変化が確認された場合は、という要因の関与が結論づけられることになる。
 しかし、セラピーの有効性を実証しようとする場合には、これではまだ不十分である。
一般に、実験的方法においては独立変数をきめ細かく変化させることは時間的にも被験者の負担上からも不可能。実際には、予備的な実験で見通しを立てた後、効果が最もあらわれやすいと予測される固定条件のもとで従属変数の変化が観測される。それゆえ、有意差があった場合の正しい結論は、
 
●独立変数をaという値に固定した条件のもとでは、統制群に比べて有意な効果が認められた
 
となるべきであって、
 
●独立変数として任意の値を設定しても、統制群に比べて効果が確認される
 
と言っているわけではないのである。つまり、実験的方法は、セラピーが有効であるという一事例を示せるだけであって、変数を色々に変化させた時にも同じように効果があるというところまで実証しているわけではない。極言すれば、実験者は、自分の仮説が成り立つと考えられる最適の条件でそれを示しているに過ぎない。
 豊田(1998)が
 
 「実験的研究ではライバル仮説を排除する手立てが提供される可能性が高い」と述べたが、論理的には、非常に高次なベクトル空間のほんの1点において、そのきわめて近傍に位置したライバル仮説を排除しているにすぎない。非常に多くの要因が影響している研究領域では統制による実験的方法のみで因果関係を導くことは難しい。
 
と指摘しているように、実験的方法で確認できるのは、実験者が恣意的に設定した1点およびその近傍に限られている(長谷川, 1998参照)。セラピーが1つの要因ではなく、複数の介入のセットであることを考慮するならば、何が有効に働いたのか、有効性はどの範囲まで及ぶか等について慎重な検討が必要である。
 
3.1.3.効果の持続についてのあやふやさ
 実験的方法を用いる際、通常は介入の直後に効果の測定が行われることが多い。しかし、セラピーの性格上、実施から数時間も経たないうちに効果が消失してしまうというのでは実用上の価値はない。かといって、長時間にわたる測定や、被験者に何度も何度も足を運ばせることには限界がある。
 上記の問題は、生理指標の測定ばかりでない。不安、ストレス、気分などを測る心理テストを実施した場合にも同じことが言える。セラピーの実施後にテストスコアが有意に変化したと言っても、それがどの時点の心的状態を示すスコアなのか、その状態がどれだけ持続するのかは定かではない。
 松尾(2000)が指摘しているように[2.2.参照]、セラピーでは、治療後の介護やケア、リハピリテーションといった、長期的かつ安定した変容効果を確認していく必要がある。実験室内でごく短時間内における変化しか確認できないとするならば別の方法に頼らざるを得まい。
 
3.1.4.想定外の有効性や副作用
 そもそも「有効性を確認する」というのは、あらかじめ「何についての有効性であるか」が確定している場合に議論できることである。ところが、精神的な効果をねらったセラピーの場合には、実施後に想定外の変化が見られることがある。その中にはポジティブな場合もあるし、ネガティブな副作用が生じる場合もあるが、いずれにせよ、事前に用意された測定指標やチェック項目だけで効果を云々することには問題がある。対象者の日常生活行動をできる限り幅広く把握し、小さな変化も見逃さないような観察方法を導入する必要がある。
 
3.1.5.介入とそれがもたらす結果についての「多対多」の関係
 セラピーの有効性の検証には、脈拍、血圧、瞬目、体温、α波、筋電図などの生理指標がしばしば用いられる。しかし、これらの生理指標は単一の原因だけで変化するとは限らない。その測定値が有意に変化しても、精神的効果の証明には直ちにはならないという点にも注意を向ける必要がある。
 例えば、ストレスが大きい時と小さい時では脈拍数に違いがあったとする。つまり
 
●ストレス大→脈拍増加、ストレス小→脈拍減少
 
となることが確認されていたとしよう。しかし、あるセラピーを実施した群のほうが実施しなかった群よりも有意に脈拍数が少なかったとしても、「セラピーはストレスを解消する効果があった」と言えるとは限らない。脈拍数は、ストレスの大小だけで変わるものではないからだ。例えば激しい運動の後でも脈拍は減るし、風邪の熱が下がっても減少が認められる。脈拍が減ったという事実をもって、直ちにストレスが解消の証拠にするわけにはいかない。同じような問題は、他の生理指標すべてに言えることだ。 つまり、
 
●ストレスが大きいと生理指標Aは増加する
 
という実験的証拠は、
 
●生理指標Aは増加しなかった(もしくは減少した)のはストレスが解消したためである
 
という証拠にはならない。それが成り立つのは、ストレスと生理指標Aの間に一対一の単調増加(減少)の関数関係がある場合に限られる。
 
3.1.6.人工的にストレス状態を作り出す実験の問題
 卒論や修論研究などで、大学生を被験者とする場合には、さらに別の問題点が生じてくる。例えば、ストレスの解消を目的としたセラピーの技法(あるいはリラクセーション法)を検討する場合、 実験に協力するような学生は、どちらかと言えば精神的に健康な人たちばかりである。改善を必要とするような慢性的なストレス状態には陥っていない。
 実験室は元来、静穏で心地よい環境になるように作られているので、被験者は実験開始前からすでにリラックスした状態になっている。
 そこでしばしば行われるのが、人工的にストレス状態を作り出す実験である。しかし、実験で用いられる操作がある種のストレス状態を作り出すことが確認できたとしても、それ以外に複合的にどのような変化をもたらしたのかはチェックされない。3.1.5.に述べたように、生理指標は単一の原因だけでは変化しないからある。
 これに似た問題点は、心理学の実験研究で広くみられる。すなわち、
 
(1)ある実験操作を行う。
(2)実験的操作が正しく機能したか、を確認する。
(3)実験操作を行った条件と行わなかった統制条件でターゲットとする課題のスコアに有意差があることを確認。
(4)この有意差は上記の実験操作が原因であると結論する。
 
というロジックが抱える問題点である。
 
 あくまで話を分かりやすくするための仮想の実験であるが、たとえば、記憶の保持に「怒り」がどういう影響を及ぼすかを実験したとする。
 
(1)被験者全員にある記憶課題を実施したあとランダムに2群に分ける
(2)実験群については「怒りを引き起こす操作」として被験者を殴った。
(3)殴ったことで被験者が怒りを発生させたかどうかを質問紙で調査する。
(4)殴られた実験群と殴られなかった統制群で、記憶テストのスコアに有意差があることを確認する。
(5)有意差は、怒りの発生が原因であると結論する。
 
この場合、「被験者を殴る」という操作は、被験者に「怒り」ばかりでなく、それ以外の変化(恐怖、悲しみ、物理的な傷害..)も同時に引き起こすだろう。それらが原因となって有意差が生じた可能性は否定できないのである。たとえば、殴ったために被験者が脳震とうを起こし、短期的な記憶喪失に陥るということもありうるだろう。
 
3.1.7.漠然とした定義
 表2に示したように、和書、洋書いずれにおいても実に多種多様なセラピーが紹介されているが、その内実はきわめて曖昧である場合が多い。
 
(1)園芸療法の場合
 高齢者の福祉施設では「園芸療法」を導入する動きがあるが、何をすることが園芸療法に含まれるのかは漠然としている。この現状を批判する松尾(2001)は、園芸療法の定義に関連して
 
園芸療法の重要性と専門性をアピールするには、園芸療法がもっていて、ほかの療法にはない特徴とはなんであるかをきちんと理解していなけれぱならない。その特徴は媒体となる園芸のなかに存在するはずである。それがなければ、園芸の特徴を最大限に活かす園芸療法の特殊性も出てこないし、その専門性もありえない。ひいては、その専門家である園芸療法士もありえないことになる。
 
と述べ、さらに
 
・ひとくちに植物に関わるといっても、生きた植物の生長にかかわるか、そうでないかという点で本質的な違いがある。
・園芸活動の本質は、生きた植物を「育てる」こと、言い換えれば栽培活動を行うことであり、その効用を療法的に活用するのが「園芸療法」であると定義される。
・となれば、生け花をはじめ、花絵、クラフト、草木染め、藤工芸などは園芸療法には含まれない。
 
という基準による区別を提唱している。★#8
 もっともこのような形で園芸療法の範囲が明確にできたとしても、その中のどのような介入が有効であるのか、どの範囲まで及ぶのかは依然として不明である。例えば、半年間朝顔の苗を育てたことが高齢者にポジティブな効果をもたらしたことが確認されたとする。その場合でも、「どのような植物でも、育てることは効果がある」と直ちに一般化することはできない。まして、「園芸療法の有効性が証明された」と一般化することは不可能である。要するに、園芸療法について、種々の効用を列挙することはできるが、1つの実験により療法全体を肯定的に評価することは原理的にできない。
 
(2)音楽療法の場合
 音楽系の大学を中心に教育の整備が進められている「音楽療法」でも同様の曖昧さが残る。例えば東京音楽療法協会(2001)の定義では
 
音楽療法とは、障害や疾病を持った人たちを対象に、音楽の生理的・心理的・社会的な影響を応用して、 心身の健康の回復、維持、向上をはかる治療手段です。
 
とされているが、これは、音楽の利用法に言及しただけであって、具体的な方法や有効性についてまでは触れていない。
 
  この漠然とした定義内容は、岐阜県音楽療法研究所(2001)で自認されている。
 
音楽療法の定義は、自分たちのニーズに合わせて修正されるものであり、いつの時代でも一定とは限りません。
「音楽療法とは、おんがくりょうほう(音楽利用法)」
これは、老人クラブの人が提案して下さった理解の言葉です。
音楽療法は目的をもった音楽の利用法の一部であり、相手の向上や改善という目的をもって音楽の力(機能)を活用していくものと考えます。(音楽の利用すべてを音楽療法とは言わない例えば、軍歌やコマーシャルソングは音楽の利用ではあるが、音楽療法ではない)
 
 仮に、「ベートーベンの第九を10分間聴かせること」のリラクセーション効果が実験的に確認されたとしても、それをもって音楽療法全般の有効性が証明されたわけではない。「カラオケで演歌を歌うこと」、「童謡の合唱をすること」などの効果は別個に検討されなければならない。
 
(3)セラピーは「介入のセット」である
 一般に「セラピー」と呼ばれるものは、種々の介入を複合したセットのようなものである。これに対して、実験的に操作できるのは、そのセットの中から切り取られた一要因にすぎない点を忘れてはならない。
 
3.2.実験的検証と商業宣伝
 健康心理学ブームの中で、ある種のセラピーの有効性を「実験的に検証」しようという試みはますます増えるだろう。そういう研究題目は助成を受けやすいし、卒論で扱うテーマとしても評価されやすい。しかし、100も200も検討を繰り返すわりには、大した成果は得られない。しょせん、実験的方法でできることは、「有効性の検証」ではなく、「有効であったという一事例の提示」にすぎないからである。
 そういう実験研究は、学術研究の積み重ねにおける価値よりも、そのセラピーを商売の道具にしようと考えている人々にとって好都合である。なぜなら、ちらし広告などでは、治った人の体験談(じっさいには作り話が多い?)を満載するよりも、「○○大学の△△研究室で行われた実験研究で有効性が確認された」という記事を載せることのほうが権威つけになるからである。
 
4.高齢者におけるセラピーの別の役割
 第3章では、多くのセラピーにおいて
 
●治療、健康回復、行動改善が目的とされていること
●何らかの有効性が強調したキャッチフレーズが用いられていること
 
という点を指摘した。
 
 若者の場合はリハビリに多大な時間を費やすことにそれなりの意義がある。なぜならば、その後何十年にもわたり、回復した機能を活かしてより能動的な生活を営む機会を得ることができるからである。
 しかし、老化により、非可逆的な心身の衰えが避けられない高齢者の場合には、治療を唯一の目的としたセラピーだけを実施することには大いに問題がある。趣味として楽しむ時間を削ってまで機能回復に多大な時間を費やすことが本当に本人のためになるのか、見直してみる必要があるのではないだろうか。例えば、一日の大半を歩行機能の回復のための訓練に費やし、その結果自力で歩けるようになったとしても、その後の生活の中で自由に散歩できる空間・機会が与えられていなければ、なんのためのリハビリであったのか疑問であろう。
 
4.1.手段としてのセラピーと、それに関わること自体が楽しみとなるようなセラピー
 何らかの回復や改善を目的として実施されるセラピーは、「手段としてのセラピー」と呼ぶことができるだろう。ここで、「手段」の本質はどこにあるのか、考えてみることにしよう。
 岩波国語辞典によれば、手段は「目的を達するためにその途上で使う方法 」として定義されているが、手段を手段たらしめている最も本質的な特徴は、
 
●代替性(いつでも、別の方法に取り替えられる)
●合理的選択基準(倫理的に許容されていることを前提とした上で、目的達成の有効性、安全性、信頼性、コスト等が選択の決め手となる)
 
という2点に集約されるのではないだろうか。
 
 例えば、大阪在住者が上京する場合を考えてみよう。この場合、大阪から東京まで行くには、航空機、新幹線、高速バス、フェリーなどの公共交通機関、あるいは自家用車で高速道路を利用するといった手段が考えられる。どの手段を選ぶかは、所要時間、経費、安全性や確実性などによって決められる。万が一地震で陸路が断たれた場合には航空機を利用するというように、状況に合わせて代替手段を選ぶことができる。
 これに対して、目的地にたどり着くことよりも、飛行機の上から下界の景色を楽しむという旅行スタイルもあるだろう。この場合は、新幹線や高速バスでは目的は満たされない。代替性を失うことになる。
 
 セラピーの場合にもこれと同じことが言える。例えば、痴呆性高齢者を対象に過去記憶を取り戻すセラピーを実施する場合、記憶回復が目的であるならば、
 
●童謡の合唱をする
●過去のアルバムを見せる
●着物の着付けの講師をやってもらう
 
というセラピーのどれを選ぶかは、有効性やスタッフの手間のかかり方によって決められるであろう。しかし、その高齢者が童謡を合唱することそれ自体を楽しみとしているのであれば、記憶回復に効果があるかどうかは選択基準にはならない。代替性は無いということになる。
 
4.2.有効性の検証にこだわらない領域
 前節で、治療の手段として用いられ有効性の比較や検証を必要とするセラピーとは別に、それに関わること自体が楽しみとなるセラピーが存立しうる点について述べた。
 じっさい、結果としての効用が強調されつつ、有効性が必ずしも実証されていない領域は、現にいくつも知られている。以下、温泉利用とスポーツ活動の2例を挙げてみよう。
 
4.2.1.温泉の「効能」
 全国の天然温泉施設では、浴場の入口に成分や効能書が掲示されている。これは、温泉法★#9第十三条において、
 
 温泉を公共の浴用若しくは飲用に供する者は、施設内の見易い場所に、総理府令の定めるところにより、温泉の成分、禁忌症及び入浴又は飲用上の注意を掲示しなければならない。
 
と定められているためである。一般に「効能」と呼ばれているのは「泉質別適応症」が正しい呼称であり、平成57年(1982年)の環境庁自然保護局長の通知★#10に基づくとされている。
 温泉の「効能」のうち、皮膚や消化器等への効果については、成分の化学的・生理的作用からある程度根拠づけられるとは言え、例えば「疲労回復」など精神的効果を含むものについては、有効性が実証されているとは言い難い。
 
 にもかかわらず、多くの利用者が温泉旅行を楽しむのは、泉質成分の有効性そのものよりも、仕事を離れることによる休息効果による部分が大きいためであると考えられる。
 
4.2.2.スポーツの「効能」
 減量やリハビリなど特別の目的でジョギングや水泳をする人もいるが、一般のスポーツ愛好家は「このスポーツには○○という効能がある」という手段としてスポーツをやっているわけではない。
 保健体育審議会(2000)の「スポーツ振興基本計画の在り方について−豊かなスポーツ環境を目指して− 」答申の中には、スポーツの「効能」について次のような記述がある[長谷川が要約、箇条書きした]。
 
 スポーツは、体を動かすという人間の本源的な欲求にこたえるとともに、爽快感、達成感、他者との連帯感等の精神的充足や楽しさ、喜びをもたらし、さらには、体力の向上や、精神的なストレスの発散、生活習慣病の予防など、心身の両面にわたる健康の保持増進に資するものである。
 
 これらの「効能」に対して反対意見を述べる人はまず居ないだろうが、厳密に目を通してみると、「精神的充足精神的なストレスの発散生活習慣病の予防」について、必ずしも十分な証拠が集められているわけではない。にもかかわらず、大多数の人がスポーツに参加するのは、それに関わること自体が楽しみがとなるためであろう。つまり、スポーツには行動内在的な強化因が含まれていること、例えば「練習努力の量と質に応じて成果が上がる」といった努力達成型の好子や、連帯感や一体感など社会的好子が含まれているためであると考えられる。
 
4.3.「手段」と「生きがい」の両立あるいは対立
 以上述べたように、温泉旅行をしたりスポーツに参加するのは、治療や健康保持のための手段とは必ずしも言えない。手段としての有効性の実証が不十分であっても、それ自体が強化的であるがゆえに参加するのである。じっさい多くの民間療法は、「それ自体が楽しみ」というプラス面に、「おまけのプラスα面」として「何らかの有効性が期待できる」が付加されているために、目立った成果が得られなくても詐欺や誇大広告として訴えられることが少なかったと考えられる★#11
 
4.4.「手段」と「目的」は必ずしも別物ではない
 以上、「手段としてのセラピー」と、「それに関わること自体が楽しみとなるようなセラピー」に分けて考察を進めてきたが、温泉療法やスポーツの例に見られるように、それらは必ずしも対立的なものではない。また、一般に「目的」と言われるものは、いったん達成された後では、次のステップに進むための手段であったと見なされる場合も少なくはない★#12
 しかし、形式な目標が別にあっても、途中の段階で種々の好子(強化子)が随伴するような手段もありうる。
 その1つとして「努力達成型」の手段、つまり、最終目的の実現性がどうあれ、それに向けて努力し、過渡的な目標が次々と達成されていくような随伴性を含む手段であるならば、それ自体楽しみとなる可能性がある★#13。例えば歩行計のカウント数が100万歩に達することは、歩行機能が完全に回復できなくてもそれ自体強化的となるはずである。多くの宗教的行為にも似たところがある。「地獄ではなくて天国に行かれるように」という最終目的は生前には決して達成されることが無いが、そのために行う善行や修行はそれぞれのプロセスの中の到達点において段階的に強化されているはずである。
「努力達成型」のセラピーを行う場合は、結果としての効能よりも、プロセスの中での強化に重点を置くべきである。仮にそのために遠回りして時間がかかっても、途中での過渡的な達成が目に見える形で随伴するようなプロセスを選ぶべきである。つまり、効率性よりも、努力達成を確実に強化するような随伴性の配備を重視すべきである★#14
 このほか、セラピー自体は手段であっても、それを遂行する際に必要なコミュニケーションや協力行動が好子をもたらす場合もある。親睦を目的に行われる団体競技はこのような要件を満たすものである。
 
5.ダイバージョナルセラピー
 前章で、「手段としてのセラピー」とは別に「それに関わること自体が楽しみとなるようなセラピー」が存在しうることを示唆した。そのような視点を体系的に取り入れているセラピーの1つとして、ダイバージョナルセラピー(Diversional Therapy、以下『DT』と略す)がある。2001年6月、オーストラリアでこのセラピーについて研修を受ける機会があったので、以下にその一部を紹介させていただく。
 
5.1.DTの定義
 DTは、オーストラリアの高齢者福祉施設で広範囲に取り入れられているセラピーであり、日本では次のように紹介されてきた。
 
【DTは】回想法、音楽療法、運動療法、陶芸療法、趣味活動、バス旅行など様々な手法が使われるがいわゆる「治療」という目的で実施されるのではない。個人が自己実現を感じ、自分の価値の向上を目的にプログラムが実施される15
 
DTは作業療法の"精神的ケア"の部分を特化させたもので,趣味創作や音楽,ゲーム,工作などを通して文字通り"気晴らし"を図り,精神のうつ状態を防ぎ,積極的に自己開発やQOLの向上に向かわせるよう働きかけるのが目的だ. 16
 
WHAT IS DIVERSIONAL THERAPY?
Diversional Therapy involves the study of health and leisure, and has an important role in the provision of leisure and recreation services to older people - particularly those in Aged Care facilities17.
 
5.2.DTの特徴
 このセラピーの名前「diversional」は日本語では「気晴らし」と訳されることがある★#18
岩波国語辞典によれば、気晴らしとは「ふさいでいる気分を直そうと、心を他のものに
向けること。気散じ。」というように説明されているが、芹沢(2000)が、
 
【DTは】「その人が何をしたいと望んでいるか」が基本で,あくまでも利用者の意思を尊重し,利用者自身がプログラムを選択することで,自信につなげるのだという.ある痴呆専用デイサービスセンターではDTのリードでボーリングゲームが行われ,別の部屋ではクラシック音楽,別の部屋ではポピュラーソング…と,全員で同じことを一斉にするということはなく,1人の大人として個人の好みと選ぶ権利がDTによって守られ,多様なプログラ ムが提供される.
 西シドニー大学でDTの育成にあたっているスクロピータ氏は「高齢者がその時点でできるかぎり自立し,人生のバランスを保つために,また在宅の痴呆症高齢者が自立して暮らすため,そして家族の癒しにとっても,DTは大きな役割を果たすでしょう」と語っている.
 
と特徴づけられていることからも分かるように、単なる気分転換ではなく、自信や自立を念頭においた、より質の高い「diversion」を目ざしているものと考えられる。
 
5.3. レジャーの本質
 以上紹介したように、DTは少なくともその一部に「レジャー&健康セラピー」の内容を含むものである。しかし、「気晴らし」と同様、日本的な意味での「レジャー」もまた誤解を生じる恐れのある言葉であることに留意しておく必要がある。岩波国語辞典によれば、
 
●レジャー:余暇。ひま。余暇の遊び。
 
とされており、対応する日本語の「余暇」は
 
●余暇:仕事をはなれて、自分の勝手に使える時間。ひま。
 
となっており、これだけでは引退して年金生活を送っている高齢者は何もしなくてもレジャーを楽しんでいるように思われかねない。
 
 もちろん英語的な意味も日本語とそれほど異なるわけではない。ただ、ランダムハウス英語辞典(小学館、1998、CD-ROM版)にもあるように、「leisure」には
 
●ゆったりした気楽さ[気安さ] <ラテン語 licere 許される
 
という意味もあり、要するに、
 
●義務的な労働から切り離され、「しなくてもよいが、行動すれば好子(positive reinforcer)が伴う」能動的な行動
 
という要素が多分に含まれているように思われる。となると、「レジャー」産業の宣伝に惑わされて、受身的に選択させられるような娯楽はレジャーとは言えない。一日中テレビばかりをみてゴロゴロしているのもレジャーとは異なるようにも思える。
 
 じっさい、アデレードの州立高等教育機関「Douglas Mawson Institute of TAFE」の教室には、次のようなポスターが掲げられていた。
 
Leisure is ..... a vital force that influences everyone's life. It is essential to happiness, to a sense of belonging, to creativity, to accomplishment and to satisfaction in living.
 
こうなってくると、レジャーは単なる「暇つぶし」ではなく「生きがいの必須要件」もしくは「生きがいの本質そのもの」であるということになる。また、別のポスターには、
 
It is useful to view leisure experiences as taking place along a continuum, with the individual progressing from outer-directed activities undertaken in their obligated time through to motivation which is inner-chosen recreation activities. 19
 
とあり、ここでも、自主的能動的な活動という側面が強調されていた。
 
 
6.高齢者向けセラピーに、心理学や行動分析学はどう貢献できるか
 
6.1. 「セラピー」と「福祉」との区別
 第4章で、「手段としてのセラピー」とは別に「それに関わること自体が楽しみとなるようなセラピー」があることを論じたが、後者は、セラピーではなく「福祉」と呼ばれることがある。
 松尾(2000)は、園芸療法および園芸福祉に関連して、まず、その共通した目的・ねらいとして
 
●園芸を媒体として心身の状態の改善、発達、人間的成長、生活の質の向上
 
を掲げ、その上で、
 
園芸福祉:すべての人が対象。園芸をしながらその効用を享受する
●園芸療法:何らかの障害、ハンディなどをもつ人が対象。ひとりでは自由に園芸をできないので、専門家(園芸療法士)の支援で園芸の効用を享受する
 
という区別を行っている。この考えを受け入れると、セラピーについて次のような一般化が可能である。
 
(1) セラピーは、治療や改善などの有効性の有無だけによって評価されるものではない。生活の質の向上をもたらす活動、つまり「それに関わること自体が楽しみとなるような活動」もセラピーに含めることができる。
(2). 但し、第三者の助けを借りずにそのような活動を行う限りにおいては、それらは「療法(セラピー)」ではなく、「福祉」として位置づけられる★#20
(3)何らかの理由でそのような活動に自立的に関与できない人々に対して、その活動内容および福祉や医療の専門的体系的知識を身につけた者(「療法士」)がサポートを行うことは、セラピーに含まれる。
(4) 上記(3)の実践においては、対象者の現状と可能性を把握し、目的にあったプログラムを立案、またそのプログラムが有効に働いているかどうか★#21を評価できる能力が要求される。
 
 ここで、対象者の活動を単に補助するだけではセラピーとは言えない点に留意する必要がある。上記の(3)や(4)から強調されるように、セラピーの内容および福祉や医療一般についての専門的知識を前提としてサポートが行われてこそ初めてセラピーになりうるのである。
 この点について松尾(2000)は、船大工と家大工の違いを挙げて次のように説明をしている。
 
.....ここで留意しておかねぱならないことは,「船大工は家をつくれるが、家大工は船をつくれない」といわれるように,「園芸療法を学んだ人は園芸福祉の分野で十分に働けるが,園芸福祉を学んでも園芸療法ができるとは限らない」ことである。なぜなら,園芸療法にかかわるには,園芸とともに,福祉や医療に関する専門知識が求められるからである。それだけ園芸療法には専門性が求められ,これにかかわる専門家(園芸療法士)の養成が必要となる。
 
 この考え方は、信頼できるセラピーのすべてについて言えることだ。問題は、当該のスキル(「園芸療法=園芸学」、「音楽療法→音楽」など)とともに、福祉や医療に関してどういう体系的知識が要請されるかということにある。次節では、こうした異分野の融合のプロセスに心理学がどう貢献できるかについて考えてみることにしたい。
 
6.2. 心理学あるいは行動分析学はどう貢献できるか。
 これまで心理学は、各種セラピーの精神的効果の検証に一定の役割を果たしてきた。なぜなら、実験心理学は、有効性を厳密に確認する有用なツールであるし、気分を測定する各種心理尺度は、対象者の言語報告やセラピストの直感に比べてより客観性のある指標として有用であったからである。
 しかし、すでに第3章で指摘したように、実験により平均値の有意差で比較するような方法では、確認できる内容が非常に限定されてしまう。しかも、実験的方法で確認できるのは変数が固定された特定条件のもとでの有効性であることに加えて[3.1.2.参照]、「セラピー」と呼ばれるものが種々の介入を複合したセットのようなものである以上、そのセットの中から切り取られた一要因について有効性を論じても、説得力に欠ける。
 そのような検証に莫大な時間、研究費、人的コストを投じるよりも、もっと他に、貢献すべき役割が心理学に残されているのではないだろうか。
 
6.2.1. アセスメントの重要性
 5章で述べたように、セラピーの「万能な有効性」を実験的に検証することには限界がある[3.1.1.参照]。必要なことは、セラピーが、全体的な生活の質をどのように向上させたのかを知ることは個人レベルで把握することであろう。
 個人の生活全般を客観的に知るためには、信頼性、妥当性の高いアセスメントの方法を確立する必要がある。前章で紹介したDTにおいても
It is extremely important to assess each individual person, in order to determine individual needs. By doing this, a program that includes a variety of activities may be created. Re-assessments may also help to determine when a person's needs have changed, or whether the Diversional Therapy program is effective.
 
として、その重要性が強調されている★#22
 
 同じ資料によれば、DTでは以下のような活動(activity)がアセスメント項目の例として挙げられている。
 
身体状況/今日の精神面/積極的か消極的か/一人でいる時間が良いのか/選択性のある活動を取り入れているか、2カ月ごとにメモリーチェック/興味の対象
 
 アセスメントは、個人のADLやQOL★#23向上のために活用されるばかりではない。高齢者福祉施設の場合は、適切なケアが実施されているかどうかの目安にもなる★#24
 では、上記の「積極的か消極的か」、「選択性のある活動が取り入れられているか」などを客観的に評価するにはどうすればよいか。次節以下に述べるように、ここで、行動分析が得意とするスキルが活かされることになる。
 
 
6.2.2. 個人本位のアセスメントと単一事例法
 
 セラピーが本質的に個人に属するものであるとすると、誰もが楽しめるとか、集団内の全員が同じことをすべきだといった発想は否定される。DTの案内文にも
An integral part of an individual's well being; it is a subjective, esperiential phenomenon, which does not neccessarily have to be defined in terms of the what, when, etc. of a specific event. 25
といった記述を見ることができる★#26
 
 個人本位のアセスメントを確かなものにしていく上で、行動分析学は次の点で貢献することができる。
 
(1)行動の記述
エピソードばかりでなく、ある時間帯にどういう行動がどのぐらい生じたのかを客観的に記録する方法が確立している
(2)単一事例法★#27
あるセラピーが個人の行動にどういう影響を及ぼしたのかを客観的に把握できる。
(3)行動随伴性の分析
それぞれの行動にどういう結果が伴ったのかを客観的に把握できる。
 
 もっとも、これまで行動分析は、どちらかと言えば特定の一種類の行動だけをとりあげて強化や弱化の手続を行うのが殆どであった。生活行動全般を把握する場合には、個別的な随伴性のほか、行動相互の競合・依存関係にも注意を向ける必要がある。
 
6.2.3. 行動随伴性に基づく評価基準
 いくらアセスメントが厳密で客観的に行われたとしても、それだけではQOLの維持・向上にはつながらない★#28
 では、食事のメニュー、居室の備品、安全管理、衛生管理が完備していればそれでよいと言えるのか。否である。もしそれだけで良しとするならば、利用者を拘束し、口から食物を流し込み、おむつを強制着用させても何ら変わらないことになる。
 個人本位のQOLを把握する方法として、対象者に直接面接し言語報告を求めるという方法もありうる(長嶋紀一・内藤佳津雄, 1999参照). しかし、言語報告を主体とした方法では、痴呆性高齢者の実態を把握することはできない。
 
 ではどうすればよいのか。ここで基準づくりに貢献できると思われるのが、Skinner(1990)の幸福(生きがい)の定義 である。
 
Happiness does not lie in the possession of positive reinforcers; it lies in behaving because positive reinforcers have then followed. /生きがいとは、好子(コウシ)を手にしていることではなく、それが結果としてもたらされたがゆえに行動することである★#29
 
 この定義を受け入れるならば、福祉施設で生活する高齢者のQOL評価では
 
(1)能動的な行動がどれだけたくさん自発されているか。
(2)能動的な行動にはどれだけの多様性があるか。
(3)能動的な行動が強化される機会が保障されているか。
 
を客観的にとらえ、向上させることが求められるようになる。
 この場合、入所者を拘束することはもちろん、入所者に過剰な手助けをするあまりに、自立的な行動が強化される機会を奪うこともまた、QOLを低下させるという点に留意する必要がある★#30★#31
 
6.2.4. 行動随伴性の適切な整備
 「能動的な行動が強化される機会」を保障するためには
 
(1)その行動が自発できるオペランダムを用意
(2)何らかの障害により、物理的に自発が困難な人には、それを補助する
(3)スムーズに結果が随伴するような配慮
 
という3点セットがぜひとも必要である。
 例えば、高齢者が将棋を楽しもうとするためには、将棋盤と駒が必要である。これが(1)のオペランダムに相当する。しかし、集会室の片隅に将棋盤を置いておくだけでは、楽しむことはできない。対戦する相手が求められるし、また、相手があまりにも強すぎたのでは、「勝つ」という好子を得ることができない。
 集会室に、将棋盤に限らず、オセロ、室内ゲーム器具、簡単なアスレチック器具などが多様に用意しても、肝心の入所者が全く興味を示さずソファに座ってじっとしているだけというのでは用をなさない。その場合、「興味がない」と考えるのは性急すぎる。それらで遊ぶ行動が適切に強化されていないことに主たる原因があると考えるべきである。
 また、高齢者は、健常な若者に比べると、行動の自発頻度(オペラントレベルの頻度)がきわめて低い。また、助力無しには自発できない場合もあり、だからこそ(2)が求められる。さらには、身体機能の障害から、それらの行動が自然に強化されるレベルにまで達することが難しい。時には、スタッフが人為的に好子を付加することも必要になってくる★#32
 
6.2.5. 強化スケジュール、あるいは累積的強化システムの重視
 これまでの話では、
 
●1回の行動→結果
 
という枠組みを基本として強化の意義を論じてきた。しかし現実に生じる行動はそのような単発的なものではない。
 
(1)複数の行動の間で、一方の行動に従事することが他方の行動の強化子として機能する場合がある。しかもその関係は相対的であって確立操作により逆転する(Premack, 1962. ; 1965.)
(2)園芸作業、農耕作業、年中行事のように、1年間のサイクルで、同じタイプの行動が、循環しながら続いていくケース★#33
(3)あるステップから次のステップへと質的に転化していくケース★#34
(4)個々の行動の累積的な効果が価値をもたらす場合がある★#35
 
 また、強化スケジュールとして知られるように、反復的に行われる行動においては、どのようなパターンで結果が随伴するのかも大きな違いをもたらす★#36
 
 このほか、作業そのものは単純でも、集団における役割付与や協力関係づくりが社会的好子をもたらす場合もある★#37
 
 セラピーのプログラムを立案するためには、こうした特徴についての体系的知識を身につけることが必要であろう。
 
7.おわりに
 
7.1.教育上の課題
 6.1.に記したように、セラピーを実施するにあたっては、
 
・そのセラピーの内容に対応した専門知識やスキル(例えば園芸学や音楽)
福祉や医療の専門的体系的知識
 
の両方が必要とされる。心理学はこのうちの後者に役立つものであるが、逆に言えば、いくら心理学を学んでも、園芸についての体系的知識の無い者には園芸療法はできないし、音楽を知らない者には音楽療法はできないとも言える。これら両者を身につけさせるためには、例えば、大学において「園芸学専攻・心理学副専攻」といったダブルメジャーを可能にするような教育システム、あるいは、学部でどちらかの専攻を学んだ者が大学院でもう一方の専攻に進学してそれらを統合した研究を行うといった、視野の広い人材を求めるような大学院制度を実現していく必要がある。
 
7.2.行政上の課題
 高齢者施設の「善意」に頼るだけでは、QOL向上に資するようなセラピーを積極的に実施することはできないし、スタッフを養成しても活躍の場は保障されない
6.2.1.の脚注でも述べたように、各施設に対して、定期的な適格認定(accreditation)が実施されその結果が公開されること、かつその評価項目の中に、セラピーの実施状況と成果評価を取り入れること、さらには、セラピーを実施している施設に対してそれに見合った公的補助が受けられるような制度を確立することが必要である。
 
7.3.研究上の問題
 第2章で指摘したように、治療、健康回復、行動改善など、何らかの有効性を強調したセラピーは数多く見られるが、科学的に実証されたものは少ない。しかし第3章で論じたように、実験的方法を用いてそれらを検証することには限界がある。実験的方法は、セラピーが有効であるという一事例を示せるだけであって、変数を色々に変化させた時にも同じように効果があるというところまで実証しているわけではない。極言すれば、実験者は、自分の仮説が成り立つと考えられる最適の条件でそれを示しているに過ぎない。
 このような問題は、より一般的には、近代科学がもつ分析的方法の限界にも通じるところがある。進士五十八氏が人間・植物関係学会設立総会・基調講演★#38で指摘したように、
近代科学は研究対象をモノとして扱いがちである。対象を要素に分け、特定の要因だけを取り出して効果を分析するという方法を繰り返すことによって、研究対象の細分化がおこり、その結果「木を見て森を見ない」という弊害が生まれる。セラピーの効用を検討する時にも、実験的方法に頼る限りは、「要因を見て人を見ない」という誤りをおかす恐れがある。
 「集団の平均値ではなく、個人本位で変化を捉える」という方法は、6.2.2.に述べた単一事例法を採用することである程度解決するが、個人の生活全体と関連づけながらセラピーの効用を把握するようなアセスメント手法は未だ確立できていない。「モノではなく関係を見る」というアプローチがますます重要になってくるものと思われる。
 
 
引用文献
 
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★1 「セラピー(therapy)」と「療法」完全に同義ではないが、いずれも多種多様に用いられ厳密に定義されてはいない(2.2.および3.1.7.参照)。本稿では便宜上「セラピー」の呼称を用いることにする。
★2 http://www.yahoo.co.jp/
★3 http://www.google.com/intl/ja/
★4 http://shop.seikyou.ne.jp/shop/default.asp
★5 機械的な集計を原則としたが、明らかに特定疾患の治療を目的としたもの、「PsychoTherapy」や「Medical Therapy」など総称的なものは手作業により除外した。「呼吸療法」のように、呼吸器系疾患の治療を目的としているのか、呼吸を整えることによる心理効果を狙ったのかが呼称だけでは判断つきかねるものは残した。
 
★6 長谷川による抜粋、箇条書き
★7 松尾(2000)では「セラピー」ではなく「療法」という呼称が一貫して使われているが、本稿では便宜上すべて「セラピー」に置き換えて引用させていただく。
★8 長谷川による抜粋、箇条書き化。この基準を厳格に適用した場合、高齢者施設などで、単に花壇を整備することはもちろん、入所者にポット苗を寄せ植えして飾りつける行動をとらせても園芸療法にはあたらない可能性が出てくる。寄せ植えだけでは「育てる」ことにはならないからである。
★9 昭和二十三年七月十日法律第百二十五号 最終改正 平成五年十一月十二日法律第八十九号。
★10 平成57年(1982年)の環境庁自然保護局長『温泉法第十三条の運用について』昭和五十七年五月二十五日 環境庁自然保護局長通知では
 温泉の医治効用は、その温度その他の物理的因子、化学的成分、温泉地の地勢、気候、利用者の生活状態の変化その他諸般の総合作用に対する生体反応によるもので、温泉の成分のみによって各温泉の効用を確定することは困難であるが、療養泉の適応症はおおむね別表1一般的適応症及び別表2泉質別適応症によること。
と記されている。
このほか、「伝統的適応症」について
・単純泉については泉質別適応症を定めていないが、アルカリ性単純泉については伝統的適応症があることにかんがみ、適応症の決定に当たっては、この点に留意すること。
特定の源泉について別表1及び2に掲げる一般的及び泉質別適応症のほか伝統的適応症を適応症として決定する場合は、専門的知識を有する医師の意見を参考にすることが望ましい。
と記されている。
 しかし、2000年5月1日付で各都道府県地方分権担当部長に宛てられた“「地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律」の施行に係る通達の見直し等に関する調査結果について(送付)”によれば、「従来から助言・勧告として出されていた通知については、従来どおり助言・勧告として位置づけられるものである。」という整理結果の中に温泉法関係諸通知が含まれている。環境庁(当時)の通達は「助言・勧告」として受け止めるべきであろう。
11">★11 もちろん「有効性」と「楽しみ」がプラスマイナスの方向に相反するケースというのもありうるはずだ。例えば、ガン治療中の7人が1987年にモンブランに登山したことで知られる「生きがい療法」(生きがい療法実践会, 2001)の場合を考えてみよう。この療法の関連サイトには、
 
生きがい療法は、病気や人生の困難を乗り越える技術を学ぶ、生涯学習といえるかと思います。
 また、こうした学習訓練をいたしますとガンの再発率が低く抑えられたり、生存率が大幅に高くなったり、治療効果が促進されたりという医学効果があるという事が世界的に注目されています。
 
という紹介文があるが、ここに記された医療効果を目的に登山を行うのであれば、登る山の種類や回数は当然制限されてくるはずである。ところが、もし山登りだけを生きがいにしているような患者が、医者の制止をふりきって何度も山登りにチャレンジした場合はどうなるだろうか。この場合は、治療の有効性という点ではマイナス効果、しかし本人にとってはそれが「生きがい」としてプラスに働くかもしれない。
12">★12 受験生にとっては大学合格は1つの目的となるが、入学後に振り返れば、専門教育を受けるための手段であったと見なされるかもしれない。
★13 「努力達成型」の手段がしばしば生きがいを与えるのは、刹那的な喜びとは異なる累積的な喜びが結果として伴うためであろう。どんなにわずかでも、努力の積み重ねで回復、改善が見られることは大きな喜びとなるはずだ。そういう累積的な喜びで強化されるような動物が進化の中で淘汰され生き残ってきたとも言える。
★14 山登りに例えるならば、同じ登山道でも、道のりの短さよりも、途中の景色や、到達度を示す案内板が整備された道のほうが強化的である。
★15 福井県立大学社会福祉学科の舟木氏による[http://www.s.fpu.ac.jp/u-funaki/nhome/dt.html.htm
★16芹沢(2000)による.
★17 オーストラリア・アデレードのマソニックホームズ社(NPO)の研修で配布された資料。
★18 このセラピーはなぜ「diversional」あるいは日本語の「気晴らし」と呼ばれるようになったのだろうか。アデレードにある州立高等教育機関「Douglas Mawson Institute of TAFE」(日本の短大や専修学校レベルに相当する教育機関)で、DT協会の代表の女性に直接このことを尋ねてみたところ、オーストラリアの中でも「diversionalという呼称をハイト(hate)している人々もいます。必ずしも呼称にはこだわらない。」というお答えだった。実際、このTAFEの履修 コースは「diversional」ではなく、「リクリエーション&レジャー&健康」をテーマにしていた。
★19 2001年6月オーストラリア研修の際に入手した資料では、「behavior」のかわりに「activity」という言葉が使われるのが殆どであったが、実質は同じものを意味しているようだ。
★20 したがって、4.2.に述べたスポーツや温泉療養の場合、健常な人々が自立的に参加する限りにおいてはセラピーには含まれない。見た目には同じでも、専門家の助けを借りて参加する場合は、セラピーになりうる。
★21 念のためお断りしておくが、上記(4)における「プログラムの有効性」というのは、治療効果の有効性とは異なる。「楽しみ目的」であるならば、そのプログラムが楽しみを十分に与えたかが評価対象となる。
★22オーストラリア・アデレードのマソニックホームズ社(NPO)の研修で配布された資料。
★23 ADL:Activities of Daily Living. QOL:Quality of Life.
★24 じっさいオーストラリアでは高齢者福祉関係の施設に対して定期的に、適格認定(accreditation)が実施されている。もし「不適格」と判定されるとその施設は公的補助を受けられなくなり、たちまち閉鎖に追い込まれることになる。そして、その監査の項目の中には、施設が、入所者個々人の状態について定期的なアセスメントを行っているのかどうか、アセスメントに基づいてどういうプログラムを実施しているのかが含まれており、介護の質が一定水準以上に保たれることが保証されているのである。そういう意味では、アセスメントは、クライアント自身のためばかりでなく、公的な補助金を公正に配分する基準として、また施設の運営を維持するためにも必要な作業になっていると言えよう。
★25アデレードの州立高等教育機関「Douglas Mawson Institute of TAFE」で入手した教材資料。
★26 但し、いくら個人本位で多様であるべきとしても、我々は、一人で好き勝手に楽しめるわけでない。この点については、
 
No person is absolutely independent; we are all social beings and thus dependent on others to varying extents and in various ways throughout our lives.
 
と強調されていた。
★27 バーロー,. & ハーセン (1993)、南風原朝和・市川伸一・下山晴彦 (2001)参照.
★28  医療に例えるならば、「元気になったように見える」という主観的な印象よりは、体温、脈拍、血圧などの客観的指標で捉えたほうが病態を正確に把握することができる。しかし、それらの数値がどういう方向に向かった時に回復と見なすのかという基準が無ければ、治療に役立てることはできない。
★29 佐藤方哉氏の日本語訳を長谷川が一部変更]。
★30 Skinner(1990)は、別の所で、自立的な行動が強化されることこそ、最も価値のある権利であると強調している。
A humane society will, of course, help those who need help and cannot help themselves, but it is a great mistake to help those who can help themselves. .....【中略】.....Those who claim to be defending human rights are overlooking the greatest right of all: the right to reinforcement. 
★31 こうした発想は、実は、第5章で紹介したDTの理念に合致するものである。2001年7月27日に来日したジョン・バーキル氏(オーストラリア高齢者介護施設マソニックホームズ社の経営最高責任者)は講演の中で
・高齢者福祉の基本精神は、「何かをしてあげる」のではなく「何かをするのを手伝う」 である。
・介護スタッフの側からみても、入所者(あるいは利用者)の椅子を動かしてあげたほうが、彼らが自分で動かすのを手伝うよりはよっぽど手間が省ける。しかし、そういう過度のサービスは、当人の選択の権利を奪い、尊厳を失わせるものである。
・マソニックホームズの施設はスタッフの仕事場ではない、入所者(利用者)の生活しているところにスタッフが訪問する場である。
と強調しておられたが、これらはまさに、Skinner(1990)が説いた「能動的に働きかけ強化される権利」に一致する発想である。
 
★32 6.1.で松尾(2000)は、「ひとりでは自由に園芸をできない人が専門家(園芸療法士)の支援で園芸の効用を享受する」ことを園芸療法の定義に含めていたが、この場合の支援とは、能動的な働きかけをスムーズに自発できるようにするための支援ということになるだろう。指導者の指示に従って園芸作業を行うだけでは、能動的な行動は強化されない。
★33 園芸作業や農作業の場合には、四季の変化に合わせて、種蒔、栽培、収穫のサイクルが循環する。
★34 大学受験の場合は入試合格が1つの目的となるが、入学後は、今度は資格取得、卒論完成、就職試験が次の目的となる。さらに、卒業後は職場で別の目的をたてるというようなケース。あるいは、自動車教習所を例にとれば、通っている時は免許取得が目的となる。取得後に、商品配達のアルバイトをする時には運転は労働という目的の手段となる。貯めたお金で世界一周旅行をする時には、労働は旅行という目的の手段となる。
★35 通算本塁打数、登山回数など、1回ごとの行動で得られた結果が累積的に強化力を増すことがある。
★36 ギャンブルが強化的であることからも分かるように、「変比率」、「変時隔」のスケジュールなどは、高頻度かつ消去抵抗の大きい行動をもたらす。
★37 もっとも、高齢者の場合には必ずしも社会的外向性が求められるわけではない。若者の場合には人付き合いを楽しめる人のほうが社会的に適応しやすいが、高齢者の場合は、一日中籠もって読書をすることがあっても何ら問題にはなりえない。
★38 進士五十八「ランドスケープ分野における人と植物の関係」. 人間・植物関係学会設立総会基調講演. 2001年9月30日..三田市:兵庫県立「人と自然の博物館」