じぶん更新日記1997年5月6日開設Y.Hasegawa |
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【思ったこと】
981208(火)[心理]ストーブに火をつけるのは何故か(1) このところ寒い日が続いている。8日の岡山市の気温は最高が11.4度、最低が7.5度。最低気温が平年より3.9度も低い。我が家ではエアコンもあるが、主として石油ファンヒーターで暖房をとっている。息子が生まれた時に買った物で、この冬で13年目となる。 さて、ここで突然話題が心理学っぽい話になるが、寒い時にストーブの火をつけるという行動が起こるのはなぜだろうか。行動分析学的な視点でとらえるならば、これは、火をつけるという行動に何らかの結果が伴うことが原因であると考える。問題は、「暖かさ」という好子(“コウシ”=正の強化子)が出現するためなのか、「寒さ」という嫌子(“ケンシ”=負の強化子)が消失するためなのかということだ。 この問題については行動分析学の専門家のあいだでも未だに議論があり、完全には決着していないように思う。 まず、環境の変化を純粋に物理的な操作として考える。このばあい、ストーブに火をつけるということは熱エネルギーを出現させることになるので、「好子出現の随伴性」ということになる。しかしこの考えでいくと、暑い時にクーラーをつけるのは熱エネルギーを減らすことになるので「嫌子消失の随伴性」になってしまう。素朴に考えると、ストーブに火をつけるのもクーラーで涼しくするのも同じ随伴性で維持されているように思えるのだが、そのあたりがうまく説明できない。 次の考えは、物理的な操作とは切り離して、その人にとって具体的にどういう問題が存在し、どう解決したのかという視点からとらえるものだ。寒さも暑さも人にとっては具体性のある不快な現象だ。いっぽう快適な温度というのは具体性が無く、いわば平穏な何もない状況である。こう考えるならば、ストーブに火をつけるのもクーラーで涼しくするのも、不快な刺激(=嫌子)を消失させる結果をもたらす随伴性によって維持されると考えることができる。 では、2番目の考えに基づくと、空腹の時にリンゴを食べるのは、空腹という不快な現象を消失させる随伴性によって維持されているのだろうか。いや、そうは考えない。リンゴはあくまで好子である。リンゴのまわりに具体性のある不快な刺激状況は存在しない。これは、食物への接触が長時間絶たれたために、食物の好子としての機能が高められたと考える。このことは確立操作といって、随伴性の質とは厳密に区別されている。 もっとも、空腹を余儀なくされる環境に具体性があれば、それ自体が嫌子として機能することもあるだろう。例えば、人道的には許されないことであるけれど、捕虜収容所で「丸一日メシ抜き」という罰があったとする。捕虜たちは、その罰を避けるために重労働に従事するであろうから、この場合の「空腹をもたらす環境」は明確な嫌子となる。 このほか、「好子の出現」と「嫌子の消失」の区別は必要無く、生活体にとってポジティブな変化なのか、ネガティブな変化なのか、だけを問題にすればよいという主張もある。 時間が無くなってきたので、続きは明日以降に。 |
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【思ったこと】
981209(水)[心理]ストーブに火をつけるのは何故か(2) 12/8の日記に引き続いて、ストーブに火をつけるという行動は、暖かさという好子(正の強化子)の出現によって強化されているのか、寒さという嫌子(負の強化子)の消失によって強化されているのかという問題について考えてみたい。ここでいう、好子の出現による強化とは食物獲得によって強化されるような行動、嫌子消失による強化とは水の中に落ちた時に泳いで岸にたどり着くような行動のことを言う。 『行動分析学入門』(杉山ほか、産業図書、ISBN4-7828-9030-3)の原書版の執筆者であるマロットは、この問題について次のような見分け方を提唱している。 それによれば、好子出現による強化の場合には、その好子の効果を高めるような状況自体も好子になる。専門用語を使えば「当該の行動随伴性の確立操作自体が好子になる」(日本語版、143頁)。具体的に言えば、食物の強化効果が高まるような変化をもたらす行動、たとえばお腹を減らすために運動するような行動が起こるかどうかということだ。 おぼれかけている人が岸にたどりつく時の「岸」は決して好子ではない。もし好子であるならば、その人は何度も水に飛び込むであろうということだ。 で、もとに戻って、もしストーブに火をつける場合に「暖かさ」が好子であるとすると、「暖かさ」という好子の効果を高めるために、わざわざ外に出て寒さに身を晒す行動が起こるはずである。それが起きないのは、火をつける行動が、あくまで「寒さ」という嫌子が消失する随伴性によって強化されているためということの証拠となる。 ところで、このマロットのアイデアを適用すると、お金が好子であるならば、お金が好子となって働いている人は好子の効果を高めるためにわざとお金を捨てたり、盗ませたりすることになるのだろうか。このあたりの議論と、私自身のアイデアについては明日以降に述べてみたいと思う。 |
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【思ったこと】
981210(木)[心理]ストーブに火をつけるのは何故か(3) 12/9の日記で、 好子の効果を高めるような状況自体も好子にな る。専門用語を使えば「当該の行動随伴性の確立操作自体が好子になる」(日本語版、143頁)。 具体的 に言えば、食物の強化効果が高まるような変化をもたらす行動、たとえばお腹を減らすために運動するような行動が起こるかどうかということだ。というマロットのアイデアを紹介した。では、お金が好子であるにも関わらず、お金の好子としてのの効果を高めるためにわざとお金を捨てたり、盗ませたりする行動が起こらないのはなぜだろうか。 これは、お金が習得性の好子であることと関係していると思われる。習得性好子というのは、必ずその元に別の好子とのリンクがある。お金が好子になるのは、それが日常社会の中で、さまざまな別の好子、たとえば食料品とか衣料品、娯楽品、旅行などに交換できるからである。もし無人島に漂着して自力で生活しなければなくなったとしたら、お金には何の価値もない。その時点でお金は習得性好子としての機能を失うことになる。 食物とか性的刺激のような生得性好子の場合には、確立操作の1つとして「遮断化」(deprivation)が有効である場合が多い。断食をすれば食物を求める行動がますます増加するし、しばらくセックスをしないと性的な刺激への関心が高まるという意味だ。ところが、お金に対する接触をいくら断ってもそれだけでは、お金の好子としての効力は増加しない。これはいま上に述べたように、お金があくまで習得性の好子であることに起因している。 では、お金に対する確立操作はできないのか。直接は無理だろう。しかし、それとリンクしている元の好子への確立操作を行えば、間接的にその効力を高めることはできるであろう。たとえば、生活費を得るためにアルバイトをしている人が居たとする。その人がスポーツを始めて以前より腹が減るようになると、食料をたくさん買うためにより長い時間アルバイトをするようになるかもしれない。この場合、お金の好子としての効力は、お腹を減らすことに絡む確立操作によって間接的に高められたと考えることができる(もっとも、「お金→食料」という対提示の機会も同時に増えるので、これが間接的な確立操作の事例になりうるかどうかはもう少し考察が必要)。 元にもどって、今度は、こんな例はどうだろう。ヒマラヤの高い山に登った時に、酸素ボンベの栓を開けて酸素を吸うことがあるが、この場合の栓を開ける行動は、好子出現の随伴性と嫌子消失の随伴性のどちらによって強化されているのか。明日以降に続く。 |
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【思ったこと】
990202(火)[心理]ストーブに火をつけるのは何故か(4)随伴性のパズル? 今年の一般教育の授業では、ネット上に受講生専用の掲示板を開設したこともあって、受講生からいろいろな質問が寄せられた。そのなかでも、この連載で話題にした随伴性の分類をめぐる質問がかなりの数にのぼった。補講を前にとくに一般性のある問題について考えてみたい。 そのまえに、もういちど随伴性についてまとめておくが、「行動随伴性」(ここでは基本的な随伴性)というのは、「ある条件の下である行動をするとある環境の変化が起こる、という行動と環境との関係」(杉山ほか、『行動分析学入門』、1998)であると定義されている。いっぽう「阻止の随伴性」は、「ある条件の下である行動をしなければある環境の変化が起こるが、ある行動をすれば、環境の変化が阻止され同じ状態が保たれるという行動と環境との関係」というように定義できるだろう。 いずれの場合にも注意すべきなのは、ここで示される随伴性は、行動およびその直前と直後の関係を時間的に配置したものにすぎないということ。あくまで、行動の必要原因に言及したにすぎないという点に留意していただきたい。 特に人間行動の場合は、行動随伴性と言っても、行動の影響を及ぼす随伴性の大部分は「間接効果的随伴性」であって、それを有効たらしめるために、種々のルール支配、刺激反応連鎖、条件性強化などが関与しているという点である。いくら随伴性を正確に分類記述したとしても、間接効果的な強化(モドキ)をもたらしているプロセスを的確に指し示すことができなければ、行動の原因を指摘したとは言えないし、必要に応じてそれを変えることもできない。 そのことを念頭においた上でいくつかの事例を挙げると...
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