腫瘍ウイルス学分野ではC型肝炎ウイルス(hepatitis C virus, HCV)に関する基礎研究を行っており、HCV感染により生じる肝疾患(肝炎や肝がん)に対する新たな治療法や予防法の開発を目指しています。


 C型肝炎はHCV感染により引き起こされる肝疾患であり、その感染者は国内で200万人以上、全世界では1億7,000万人以上と推定されています。

 HCVは非A非B型肝炎の原因ウイルスとして1989年に発見、同定されたフラビウイルス科に属するRNAウイルスである。HCVは主に血液を介する非経口感染により肝炎を引き起こし、その70-80%ではHCVの持続感染が成立してしまうため慢性肝炎の状態に陥ります。従って、治療によりHCVが体内から排除されない限り、10年以上の年月を経て肝硬変そして肝がんへと病態が悪化していきます。

 肝がんの発症にはHCV感染後、25-30年を要することが分っております。国内では毎年3万人以上の方が肝がんの犠牲となっており、このうちの8割以上にHCV の感染が認められます。また、肝硬変の段階においても、毎年2万人程度の方が犠牲になっています(図1)。このような点からも、HCVの持続感染が、がん化に深くかかわっていることが容易に想像されます。しかしながら、様々な仮説がこれまでに出されているにも係わらず、現時点においてもHCVがどのようなメカニズムにより肝がんを引き起こすのかについての明確な答えは得られておりません。

 肝硬変や肝がんの発症を予防するためには、慢性肝炎の段階でHCVを体内から排除することが重要であると考えられています。これまで、慢性肝炎に対する標準的な治療法として用いられてきたペグインターフェロンとリバビリンとの併用療法による治癒率は50%を少し上回る程度で、貧血などの副作用も高齢者、特に女性に多いことから、HCV特異的抗ウイルス剤の開発が嘱望されていました。2011年、HCVプロテアーゼ阻害剤(テラプレビル)が認可され、ペグインターフェロンとリバビリンに加えた3剤併用療法が開始され治癒率も70-80%に向上しました(図2)。しかしながら、副作用として重度の皮膚疾患や貧血の程度がさらに悪化することや耐性ウイルスの出現というマイナス面も明らかになっています。

 さらに、高い治療費(薬価)も問題になっています。このため、安価な経口薬の新規開発が必要となっています。このような社会的要請に応えるためには、HCVがどのようにして複製増殖するのか(HCVの生活環)、そして宿主細胞にどのような影響を与えるのかを解明することが重要であると考えています。

 HCVの全ゲノム構造は1990年に解明され、約9,600ヌクレオチドからなる1本鎖のプラス鎖RNAから10種類の蛋白質が産生されることが明らかになっています(図3)。前半部のコアやエンベロープ(E1とE2)からウイルス粒子が形成され、後半部の非構造(NS)領域からHCVゲノムの複製に必要な一連のNSタンパク質が産生されます。NS2からはシステインプロテアーゼ、NS3からはヘリケース活性を有するセリンプロテアーゼ、そしてNS5BからはRNA依存性RNAポリメラーゼが産生されます。それ以外のHCVタンパク質の機能についても解明されつつあります(詳細は図3を参照)。

 HCVの複製増殖機構の解明や抗HCV剤を開発するための実験系として、現在、国内外の多くの研究室では、HCVレプリコン(詳細な説明は図4図5を参照)が自律的に複製増殖できるHuH-7(ヒト肝がん由来の細胞株)由来の細胞(1999年に遺伝子型1bに属するCon1株でまず開発され、その後、幾つかのHCV株由来のものが作成されている)や感染性HCV粒子(遺伝子型2aに属するJFH1株)を産生するHuH-7由来の細胞(2005年に開発)が世界的に汎用されております。国内では7割程度存在し、インターフェロンによる治療に抵抗性を示すことが多い遺伝子型1bについては、未だに効率の良い感染性HCV粒子産生系が開発されておりません。マウスにヒト肝切片を移植した実験動物モデルも開発されてはおりますが、非常に高価であることから汎用されるには至っておりません。さらに、HCVの変異速度は早く、遺伝的多様性も高いため、HCVに対するワクチン開発も困難を極めています。

 当該分野では、HCVを体内から排除する方法や発がん抑制法の開発を目指して、現在、以下の5項目を柱とした基礎的研究に取り組んでおります。

1. C型肝炎ウイルス(HCV)の複製増殖機構の解析
 (Analysis of the mechanisms of hepatitis C virus replication)

 当該分野では2003年、HCVレプリコン(1b遺伝子型のHCV-O株)が自律的に複製増殖する細胞株の樹立に成功しました。そして、2005年には、 RNA複製の効率を亢進させる適応変異を組み込んだ全長HCV RNA(約11,000ヌクレオチド)が自律的に複製増殖する細胞株の樹立にも成功しました(図6)。これらの細胞株を用いて、HCV ゲノムの複製増殖に必要な宿主因子の探索など様々な実験に使用しております。これまでに、RNAヘリケースの一種であるDDX3や DNA損傷センサーであるATMやChk2がHCVゲノムの複製増殖に必要な宿主因子であることを見出しています。また、HCVがlipid droplet(脂肪滴)周辺に存在するP-body(mRNA分解に関与する多々の酵素が濃縮された細胞質集合体)やstress granule(ストレス顆粒:ストレスにより細胞質に形成される構造体)の成分を奪いとり、HCV自体の複製に利用していることも明らかにしています。
 HCVの複製が効率よく再現される細胞はこれまでヒト肝がん細胞株HuH-7に限られておりましたが、2009年にHCVの複製を許容する新規ヒト肝がん細胞株Li23を見出しました。このLi23由来の細胞を用いて、HCVレプリコンや全長HCV RNAが複製増殖する細胞株を樹立しました。さらに、感染性HCV粒子(遺伝子型2aに属するJFH1株)を持続的に産生させることにも成功し、HCVの生活環の再現がHuH-7以外の細胞株で初めて可能になりました(図7)。また最近ではLi23細胞のサブクローン化により得たD7細胞を用いて効率のよいHCV感染増殖系の開発に成功しています。このような新しいLi23由来の細胞システムを基盤として、遺伝子型1bの感染性HCV粒子を産生させることを目指して研究を進めています。
 培養細胞におけるHCVの持続的RNA複製によって生じる遺伝的変異性や多様性についても解析しています。培養期間に依存してHCV RNAに変異が蓄積していくことやその変異速度が約3×10-3塩基置換/ヌクレオチド/年 であることを明らかにしています(図8)

2. C型肝炎ウイルス(HCV)による肝発がんの分子機構の解析(図9) 
  (Analysis of the molecular mechanisms of
   hepatocellular carcinoma by hepatitis C virus)

 HCVに感受性を示すヒト不死化肝PH5CH8細胞(非がん細胞)や全長HCV RNA複製細胞を用いて、HCVの感染や増殖が細胞機能にどのような影響を与えるかについて分子生物学手法(ウイルスベクターによる遺伝子導入、マイクロアレイ、定量的RT-PCR、レポーターアッセイなど)により解析しています。これまでに、HCV RNAを3.5年間持続的に複製させたLi23由来の細胞で不可逆的に発現変動を来たした宿主遺伝子(発現上昇した5遺伝子と発現低下した4遺伝子)を同定(図10)しており、これらの宿主遺伝子がどのようにHCVによる病原性に関わっているかの解析を行っています。

3. 肝炎の治療法及び肝発がん抑制法の開発
  (Development of the treatment of hepatitis and suppression
   method of hepatocarcinogenesis)

 2005年に、全長HCV RNA(1b遺伝子型)の複製レベルを短時間にかつ簡便に定量評価できるHuH-7由来のOR6細胞アッセイシステムの開発に成功し,2007年に国内特許を取得しました(図11)。OR6の使用により、リウマチの治療薬として使われている「ミゾリビン」と高脂血症の治療薬である「スタチン剤」に抗HCV活性があることを見出しました(図12)。スタチン剤の中でも、特にフルバスタチン(図13,図14)については、現在の併用療法に追加する形での臨床試験が全国的に行われており、よい成績が得られています。また、食品成分のうち、リノール酸、βカロテンおよびビタミンD2に抗HCV活性があることを見出し、それらは酸化ストレスを誘導することにより抗HCV活性を示すことを明らかにしています。さらに、オンコスタチンMに強力な抗HCV活性があることや、胃炎や胃潰瘍の治療剤として臨床の場で用いられているセルベックス(テプレノン)も抗HCV活性があることを見出しています(図15)
 新たにLi23由来のHCV RNA複製細胞株を樹立したことから、これらの細胞株をベースにしてOR6に相当するLi23系の新たな細胞アッセイシステム(ORL8とORL11)を開発しました(図7,図16)。抗HCV剤の種類によっては、HuH-7とLi23系の細胞アッセイシステムにより得られる結果にかなりの違いが見られることから、HCV RNAの複製阻害を引き起こす薬剤の探索・評価には両アッセイシステムを併用して総合的に判断する必要があることを明らかにしています(図15,図17)。さらに、複数のHCV株を用いたアッセイシステムの構築も行い、現在までに2種類以上のHCV株を使った2種類の細胞株由来のアッセイシステムを完成さました。これらのアッセイシステムは抗HCV剤の探索・評価に大いに役立ち、これまでに幾つかの新規抗HCV剤候補を見つけております。その中でも、経口のヒト抗マラリア薬として岡山大学で開発中のN-89とその誘導体N-251に強い抗HCV活性があり、リバビリンと相乗効果を示したことに注目しております(図18)。現在これらの化合物の抗HCV作用機序の解析を進めつつ、N-251については岡山大学での臨床試験に向けて準備を進めております。

4. インターフェロンなどの抗ウイルス剤の作用機序の解析
  (Analysis of the mechanisms of antiviral drugs
   including interferon)

 ペグインターフェロンとリバビリンによる併用療法に対して患者の半数程度が抵抗性を示すことから、その原因を求めてウイルス側や宿主側因子の解析が集中的に行われています。最近では、HCVコアの70番目のアミノ酸の違いやIL28B(インターフェロンλ3とも呼ばれている)遺伝子近傍の一塩基多型によりある程度治療予測が可能になるという報告がなされています。しかしながら、依然としてなぜ患者により治療効果に差が出るのかは明らかにされていません。その原因を明らかにすることを目的として、当該分野ではHCVレプリコンや全長HCV RNA複製細胞株を用いて、インターフェロン抵抗性になる分子機構(宿主側要因とウイルス側要因)やリバビリンの作用機序の解析を行っています。これまでに、インターフェロンを長期的に投与すると、インターフェロン受容体の変異体が出現することやインターフェロンで誘導される遺伝子群の一部で発現調節領域がメチル化されインターフェロンによる発現誘導が起こりにくくなることを明らかにしました(図19)
 さらに、Li23由来の細胞アッセイシステム(ORL8やORL11)ではリバビリンに対する感受性が、HuH-7由来のOR6細胞アッセイシステムと比べて格段に高いことを見い出しました。これによりリバビリンの分子機序の解析が可能になりました。リバビリンの抗HCV活性の分子機序についてはこれまでに諸説ありましたが、ORL8細胞などを使うことにより、リバビリンの抗HCV活性はイノシン-リン酸脱水素酵素(IMPDH)の阻害に起因することを明確に示すことができました。IMPDHはプリンのde novo合成の律速酵素であることから、この酵素活性が阻害されると急速に細胞内のGTPプールが減少し、その結果、HCV RNAの複製が阻害されるものと考えています(図2021)。さらに、最近、リバビリンの抗HCV活性を決定する宿主遺伝子の同定に成功しました。この宿主遺伝子はアデノシンキナーゼ(ADK)という核酸代謝酵素の一種で、リバビリンをリン酸化します。リン酸化されたリバビリン(RMP)はIMPDHを阻害しますので抗HCV活性が発揮されることになります。解析の結果、リバビリンの抗HCV活性はADK遺伝子の発現レベルに依存していることを明らかにしました。さらに、ADK mRNAの翻訳は通常の翻訳機構とは異なり、IRES(internal ribosome entry site)という特殊な翻訳機構で行われていることも明らかにしました(図22岡山大学プレスリリース)。これらの研究成果は、肝炎治療におけるリバビリンの投与量の決定や治療効果の予測、さらには貧血等の副作用のコントロールに役立つことが期待されます。現在、リバビリンの抗HCV機構のさらなる詳細な解析を進めております。

5. C型肝炎ウイルス(HCV)による自然免疫撹乱機構の解析(図23)
  (Analysis of the disrupting mechanism of innate immunity
   by hepatitis C virus)

 ウイルス感染に対する非特異的防御機構(自然免疫)の中核となっているインターフェロン産生システムをHCVがどのようにして撹乱しながら無能化するのかを解析しています。当該分野ではインターフェロン産生システムが機能しているヒト不死化肝PH5CH8細胞を用いて解析を進めています。これまでに、HCVコアとNS5B(RNA依存性RNAポリメラーゼ)がインターフェロン産生システムを活性化することを見出し、その分子機構の解析を行いました。その一方で、既に報告があるように、NS3/4Aプロテアーゼがインターフェロン産生に重要な役割を担っているIPS-1分子を切断することでこのシステムに対して抑制的に働くことを確認しています。このような相反的効果がHCVの持続感染とどのような関係にあるのかを明らかにしようとしています。さらに、最近、感染細胞内でHCVが複製することにより生じる二本鎖RNAを「非自己」として認識する新たな宿主因子(クラスAスカベンジャー受容体)を同定しました(岡山大学プレスリリース)。この因子は二本鎖RNAを細胞外で認識して、その下流の抗ウイルス機構を活性化することに関与していました。また、この因子を介して、感染細胞から非感染細胞に抗ウイルスシグナルが情報伝達されていることも明らかにしています。

図一覧

Fig1

図1

Fig2図2

Fig3図3

Fig4図4

Fig5図5

Fig6図6

Fig7図7

Fig8図8

Fig9図9

Fig10図10

Fig11図11

Fig12図12

Fig13図13

Fig14図14

Fig15図15

Fig16図16

Fig17図17

Fig18図18

Fig19
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Fig20
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Fig21
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Fig22
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