遺伝子と難聴
喜多村 健(東京医科歯科大学耳鼻咽喉科・教授)
(きたむら けん)
1 難聴の遺伝性とは
難聴は様々な原因で生じますが、内耳由来の難聴は頻度の高い疾患で、約1000の出生当たり、1人は言語習得前に高度難聴あるいは聾となり、しかもその半数は遺伝性とされています。この遺伝性難聴では、遺伝子の異常が難聴の原因で、これらの遺伝子を難聴遺伝子と呼んでいます。そして近年の分子遺伝学の発展で、難聴遺伝子が次々と同定されています。遺伝性難聴は、難聴以外に症状がみられる症候群性難聴と、難聴以外には他の臨床症状を示さない非症候群性難聴の2種類に分類されます。どちらのタイプの遺伝性難聴でも多くの難聴遺伝子が見つかってきていますが、非症候群性難聴の難聴遺伝子は、難聴の原因あるいは治療を考える上で重要なものです。
難聴遺伝子は、メンデルの法則に基づいた遺伝様式で症状が生じます。すなわち、優性遺伝、劣性遺伝、X連鎖遺伝、母系遺伝です。優性遺伝では、両親のいずれかから難聴遺伝子を受け継ぎますと難聴を発症します。劣性遺伝では、両親の両者より難聴遺伝子が子孫に伝わると難聴となります。X連鎖ではX
染色体上に難聴遺伝子がありますので、XとY染色体を持つ男性に難聴が生じます。母系遺伝は、母親から子孫に難聴が遺伝します。非症候群性難聴は、ヒト・ゲノム機構で遺伝形式によって報告順に難聴遺伝子座が命名されています。優性遺伝はDFNA、劣性遺伝はDFNB、X連鎖遺伝はDFNです。2000年11月の時点では、優性遺伝では37遺伝子座、劣性遺伝では30遺伝子座、X連鎖では6遺伝子座が報告されています。そして、ミトコンドリア遺伝子を除くと非症候群性感音難聴の原因遺伝子として、現在は19個判明しています。
2 難聴遺伝子で何が分かるか
遺伝子はヒトの設計図によく例えられます。すなわち、丁度建物の青写真と同じように考えることができます。また、難聴遺伝子と言っても特別なヒトがその遺伝子を持っているのではなく、人類すべて同じくその遺伝子を持っています。たまたま、建物の青写真の一部に間違いがあるのと同じように、難聴遺伝子の一部に間違い(遺伝子の場合は変異)があり、建物では建築上の欠陥が生じ、耳では難聴が出現すると考えることができます。完成した建物の一部に欠陥があり、その修理をする際に青写真に間違いあるのがみつかれば、根本的な修理が可能となります。難聴の場合も、青写真に間違いがみつかれば根本的なところより直すことが可能になります。したがって、今後、難聴遺伝子の解明が進めば、現在は治療が不可能な多くの遺伝性難聴の治療に道を開くものとなります。
3 非症候群性遺伝性感音難聴
1)ギャップジャンクション β2遺伝子による難聴
細胞と細胞の間の物質交換の役割を果たしている構造物にギャップ結合があり、ギャップ結合を構成する中にコネキシン26という蛋白があります。この蛋白合成に関与している遺伝子が、ギャップジャンクション β2遺伝子です。この遺伝子変異では、優性ならびに劣性遺伝形式の遺伝性難聴が生じることが知られています。遺伝性感音難聴の難聴遺伝子スクリニーングとして、最も重要な遺伝子とされています。
劣性遺伝形式では、言語習得前にみられ両側性の高度難聴となります。難聴の原因は内耳由来と考えられています。優性遺伝形式では、難聴は多くの例で4歳までにあきらかとなり、症例によって進行性あるいは非進行性です。めまいはないとされています。
2) POU3F4遺伝子によるX連鎖難聴
X連鎖遺伝性難聴の大部分の症例がこの遺伝子異常に由来しています。難聴は進行性で、男性患者の難聴は高度となり、遺伝様式はX連鎖遺伝です。
4 症候群性遺伝性感音難聴
症候群性遺伝性感音難聴は、非症候群性遺伝性感音難聴よりは頻度が少ないのですが、疾患の数は多数あります。多くの場合は、難聴以外の症状から診断できます。例えば、Waardenburg症候群は、先天性感音難聴、前頭部の白髪、虹彩の色素異常を主な症状とする優性遺伝性疾患です。症状の程度は症例により様々ですが、前頭部の白髪と高度の難聴があると、容易に診断は確定されます。さらに、Waardenburg症候群のように、原因遺伝子が確定されますと、症状のみでなく遺伝子から疾患の分類がされるようになっています。
5 ミトコンドリア遺伝子変異による感音難聴
ミトコンドリアにも遺伝子のゲノムがあります。そして、ほ乳類の受精に際しては、精子のミトコンドリアは排除されるため、ミトコンドリア遺伝子変異は母系遺伝の形式となります。ミトコンドリア遺伝子に変異が生じますとミトコンドリアの機能障害が出現します。その際、主にエネルギーの供給が障害されます。その結果、エネルギーに大きく依存している骨格筋、中枢神経、心、内耳などにおいて様々な症状が出現します。
ミトコンドリア遺伝子変異で重要となるのは、ミトコンドリアDNA
の塩基番号3243における変異で生じる母系遺伝の糖尿病と感音難聴です。日本人の原因不明の両側性感音難聴の3%に、このミトコンドリア遺伝子変異が認められると報告されています。
ミトコンドリアDNA塩基1555位の変異で生じる非症候群性感音難聴は、アミノ配糖体抗生物質に感受性のある感音難聴、原因不明の感音難聴の原因の一部と考えられています。日本の原因不明の両側性感音難聴の約3%に1555変異があるとされています。
6 おわりに
分子遺伝学の発展により、難聴発症の原因となる遺伝子が同定され、難聴発症機構が解明されつつあります。難聴の原因同定のみならず、その原因に基づいた難聴治療が今後の課題ですが、そんなに遠くない将来に難聴遺伝子の障害による難聴の改善が現実となるよう期待されています。