国立大学法人 岡山大学

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No.15 老い・看取り・死と向き合う

focus on - Masahfumi Motomura

No.15 老い・看取り・死と向き合う

大学院ヘルスシステム統合科学研究科 本村 昌文 教授

 日本人には、老いや死を迎える際に「周りに迷惑をかけたくない」という意識が広くみられます。日本思想史を専攻し、これまで過去の日本人の死生観を研究してきた大学院ヘルスシステム統合科学研究科の本村昌文教授は近年、この「迷惑をかけたくない」という意識の構造や起源、プラス面・マイナス面などを、看護学や心理学など諸分野の研究者と協働しながら探求に着手しました。超高齢社会を迎えようとする現代で、精神的なQOL(生活の質)を高める方法を模索しています。

-現在取り組んでいる研究内容について教えてください。

本村教授

 これまで私は江戸時代を中心に、過去の人々が老いや死をどのように捉えてきたかということを研究してきました。しかし近年は、現代日本のケアの現場と過去の思想史研究とを往還させながら、新たな課題を見いだし研究していく必要性を感じています。病気を患ったお年寄りが、「家に戻ると家族に迷惑をかけるから、入院している方がよい」と言うことがしばしばあります。この話を聞いて、「日本人なら誰しもそういう意識はあるよね」と感じる人が多いのではないでしょうか。この「迷惑」を忌避する意識は、要介護者や高齢者の精神的QOLの低下や、病気や老いへのネガティブイメージの形成につながっていると考えられますが、高齢化が進んだ現代になっても、このテーマに体系的に取り組んだ研究はほとんどありません。この意識は本当に日本特有のものなのか、あるいは現代に特有の問題なのかといった本質を探ることは、非常に意義深いことだと考えられます。
 時代をさかのぼれば、「徒然草」の第172段に「老いぬる人は、精神衰へ、淡く疎(おろそ)かにして、感じ動く所なし。心自ら静かなれば、無益のわざを為さず。身を助けて愁(うれひ)なく、人の煩(わずら)ひなからんことを思ふ」という一節があり、これも「年老いた人は、他人に苦労や迷惑をかけないようにと心がける」という意味です。中世からこのような考え方は一般的だったのかもしれませんし、同じように見えても現代の考え方とは異なっているのかもしれません。人々の生活の中にこの考え方がどのように現れるのか、多くの研究者と協働で広い地域や時代の情報を収集して分析し、得られた知見をもとに人文学的アプローチから「老いや看取り、死とどのように向き合うべきか」という新たな精神的基盤を構築することを目指しています。

―このテーマの研究に取り組もうと考えたきっかけは。

北京万明医院
中国のターミナルケア施設訪問(北京万明医院)。写真は、敷地内に併設された亡くなった方へ念仏を唱える施設。

 大きなきっかけの一つとなったのは、身内が急に倒れ、「手術をしなければこのまま亡くなり、仮に手術が成功しても意識が戻る可能性は極めて低い」と医師から告げられて、「いのち」の選択に直面したことです。それまで私は過去の日本人がどのような考えをもっていたかを探究し、日本人の死生観について研究をしてきました。しかし、身近な人の「いのち」の選択に直面したとき、今まで自分のやってきた死生観の研究が机上の空論で、いかに空疎なものであるかということを痛感しました。この経験から、過去の素材を扱いながらも、今生きている人たちに何か寄与できるような思想史研究を行いたいと考えるようになりました。
 現在行っている研究では、文献資料を扱うだけでなく、介護する人が集まる場づくりを行い、介護者の悩みなどを共有する機会を作ったり、国内外の施設やホスピス(終末期医療)を見学したりして、「現場」に根ざした視点を取り入れるようにしています。超高齢社会を迎えた現代の日本において「どのように老い、死を迎えるか」を考えるにあたって、人文学はもっと大きな役割を持てるのではないかと考えています。

―研究の進捗状況は。

 まだ始まったばかりであり、さまざまな時代や地域における「迷惑をかけたくない」という意識について資料の収集をしている段階です。私は主に専門の江戸時代について、文献をもとにそのような意識についての記述を集めていますが、他の研究者は他の時代の文献調査や、高齢者や医療・介護関係者への聞き取り調査を行ったり、文化圏による意識の差異を探るため、マレーシアに移住した日本人などに調査を行う予定です。日本思想史の分野だけでなく、看護学や哲学、科学技術史、宗教学、日本史、心理学、文化人類学など、幅広い分野の研究者と協働で進めている最中です。
 個々の調査を積み重ねながら、各分野の成果を突き合わせ、現代日本との共通点や差異、この意識が形成された歴史的背景などを解明していきます。多くの時代や地域、分野にまたがる研究なだけに、それらを一つにまとめる方法も手探りで、数年程度掛けて検討する予定です。しかしその分、他の研究にも生かせそうな知見が見つかる可能性もあります。一例として、高齢者にインタビューをとる際、同じインタビューを、さまざまなジャンルの専門家が同時に聴き取って分析するという手法を検討しています。これによって、一人では見えなかった新たな視点が見えてくるのではないかと考えています。互いがばらばらに研究した成果を持ち寄るだけでなく、こういった手法から新しい協働の形を生み出すことを目指しています。

―人文学の新しい手法にもつながり得る、大きな可能性のある研究ですね。実社会にはどのような形で還元できる予定でしょうか。

 「迷惑をかけたくない」という意識は重層的な構造をもち、構成要素のそれぞれにプラスの面もマイナスの面もあると考えています。例えば、「迷惑をかけたくない」という意識が、実は「自立した存在でありたい」という思いであるというケースがあります。この点はプラスに働くことも多いと思われますが、それが叶わない状況になってしまえば、「迷惑をかけたくないにもかかわらず、迷惑をかけて生きている」という多大な精神的負担をもたらすはずです。このように老いや死に対する考え方の要素と、それが人に与える影響を分析することで、個々人の老いや死に対する考え方を可視化する指標を作成することができるのではないかと考えています。この指標を用いて「この傾向をもつ人にはこういったケアが有効」といった方向性を示すことができれば、現実に老いや死に直面する人のQOLの向上に貢献したり、医療・介護従事者のケアの質を高めたりすることが可能になるのではないでしょうか。

―研究に取り組む際に心がけていることはありますか。

著作
本村教授の著作

 学部生や大学院生だったときに、指導を受けていた先生からはよく「今まで誰もやっていないことをやりなさい」「自分なりの問題意識を持ちなさい」と言われていました。これらは、今でも研究を行うときに心がけていることです。私の専門である日本思想史は、過去の日本人がどのような考えをもっていたかを探る学問ですが、粘り強く調査し考える努力を惜しまなければ、特別な才能がなくても必ず自分なりの新しい成果を見いだすことができると思います。どんな時でも新しいテーマを探し、研究を第一に全力で取り組むことが、何より大事なことではないでしょうか。
 学生のみなさんは、人と違うオリジナルの研究を始めるのに躊躇してしまうところもあるかもしれませんが、研究の醍醐味を感じられるのは、むしろ何か新しいものが見えそうだと感じたところからだと思います。新しい成果を見いだす作業は、楽しいことばかりでなく、苦しいことも数多くあります。ただ、こうした苦しみを突き抜けたときに見える地平は、何にも代え難いものです。自ら常に新しい研究に取り組み続ける姿を学生に見せることで、研究の魅力に一人でも多く気づいてもらえたらと思っています。

略歴
本村 昌文(もとむら・まさふみ)
1970年生まれ。東北大学大学院文学研究科博士課程後期3年の課程修了。博士(文学)。専門は日本思想史。東北大学大学院文学研究科助手、東北大学百年史編纂室教育研究支援者、岡山大学大学院社会文化科学研究科准教授、同教授を経て現職。

(19.1.25)