国立大学法人 岡山大学

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No.16 実社会における法の「現場」を追う

focus on - Ayako Hirata

No.16 実社会における法の「現場」を追う

大学院社会文化科学研究科 平田 彩子 准教授

 法律にはあいまいな表現が多く含まれており、法執行を行う実社会の「現場」では、その解釈に悩むことも少なくありません。大学院社会文化科学研究科の平田彩子准教授は、環境規制関連の法律を対象に、業者らの窓口として実際に手続きや処分などを行う自治体職員の実態を調査。あいまいな法律の具体的解釈が定まっていく過程を明らかにするとともに、人手や情報の不足に悩む自治体の課題と、その解決策を追っています。

-先生の専門分野について教えてください。

平田准教授

 私の専門は「法社会学」という分野です。法学というと、判例を基に法解釈について研究したり、六法を紐解いてみたりといったイメージが強いかと思います。一方、法社会学では、「社会と法は密接不可分である」という理解を出発点として、社会の中で法が生成し、使われ、発展していく過程を研究対象とします。「法」というものを、法文言といった法規範のみならず、裁判所や行政機関、弁護士など法を扱う人々や機関の行動も含めて「法システム」ととらえ、法システムの社会的意義を研究します。民事分野でいえば、トラブルに対応する際に人々はいつどのような場面で法的手段を用いるかや、それと弁護士相談といった司法アクセスとの関係性、ある法がトラブルを抑制する上でどのように機能しているか、などですね。法社会学という名称ですが、社会学のみならず政治学、経済学、心理学など広く社会科学の理論・方法論を用いて、社会における法現象を研究するのが法社会学です。対象が非常に幅広く、研究者によって扱う法分野は大きく異なります。日本では歴史的に民事分野において研究が進んでいますが、私は行政分野に興味をもって取り組んでいます。直近の研究では、環境規制法の法執行の現場について取り組みました。
 法律の文面は、読む人によって解釈が分かれるようなあいまいな表記を多く含みます。例えば、土壌汚染対策法4条2項には、一定規模以上の土地の工事を行う際、土壌の汚染の「おそれがある」と認められるときには、土地の所有者等に土壌調査とその結果報告を命じることができるという、一般的に「調査命令」と呼ばれる規定があります。しかし、どのような基準を満たせば汚染の「おそれがある」といえるのかどうかについて、法律は一般的・抽象的な文言でのみ書かれており、具体的な記載がありません。この判断は、建設工事等の届出が提出される自治体の担当者が行うこととなります。
 多くの環境規制法は執行者が自治体であり、解釈適用の仕方が各自治体に大きく委ねられています。地方自治の流れがあることと、事例ごと・地域ごとに実情が大きく異なることもあって、中央省庁に細かい判断を仰ぐことは困難です。自分たちで判断を行っていかなければならない上、自治体のリソースは減少し続けています。そのような状況の中、現状の課題を分析し、より望ましい体制づくりへの方策を提案することは非常に意義深いことだと思います。

―具体的にはどのように研究を進めているのでしょうか。

 直近の研究では、2010年代に大幅な改正のあった「土壌汚染対策法」と「水質汚濁防止法」の2つの法律をターゲットとし、2013~15年にかけてフィールド調査を行いました。改正直後ですので、まだ各自治体において「このような事例はこのように判断する」といった理解が確立していません。どのような事例が法に該当するのか、その解釈と判断が形成されるまさにその時期にフィールド調査を行いました。延べ88人を対象としたインタビュー調査や全ての自治体対象のアンケート調査を行ったほか、ある職場に2週間ほど滞在させていただき、職員の方同士の話し合いなどを直に見学させてもらったりしました。
 その結果、具体的な判断の形成には、他の自治体の担当者とのやりとりが大きく関わっているということが分かりました。多くの自治体では、年に1回程度、同じ分野の担当者同士が集まって会議を行っています。この会議を通じて担当者同士がつながり、困ったときに相談をし合うインフォーマルなネットワークが形成されます。私はこれを「自治体間ネットワーク」と呼んでいます。判断に迷う事例があったとき、このネットワーク内で似たような事例の有無などを相談したり、規制を適用すべきケースかどうか議論します。そのやりとりの積み重ねから一定の判断基準が生まれていくというわけです。その地域の環境や個別のケースごとの詳細な情報を共有できるよう、顔を合わせてのやりとりができる程度の距離内で構成されることが多く、2~3自治体程度、多くても10自治体程度からなります。

―自治体間ネットワークはなぜ必要とされるのでしょうか。

アンケート
自治体に行ったアンケートの用紙

 日本において、法の執行には一貫性や公平性が強く求められますが、小さな自治体であれば扱う事例の数も少なく、単独では一貫性や公平性のある判断が難しいことがあります。また人手不足が深刻化して、同じ自治体内でも情報共有や引き継ぎが困難になっており、中には同じ職場内にさえ相談相手がいないというケースもありました。それを解消するため、他の自治体間との情報共有が大いに役立っていると考えられます。実際に、自治体間ネットワークを持っている自治体ほど、積極的に処分などの法執行活動を行っているという調査結果も得られました。ただし、ひとたび生成し維持された法解釈はグループ内で固定化しやすいため、それが法目的に対して効果的でない場合、変えるのが難しいというデメリットもあります。

―困ったときに同じ分野の担当者同士で相談し合うのは、法執行に限らず他の職種でもみられることかと思うのですが、何かこの分野に特有の問題はあるのでしょうか。

 法の専門知識、特に日常的な法執行に関わる知識を持つ職員が不足しており、そのせいで自治体が与えられた権限を発揮しきれていない印象を受けています。例えば、土壌汚染関連の法に基づいて処分や手続きを行う際には、当然ですが土壌汚染と法律の両方の専門知識が必要になります。地方自治の流れで自治体に与えられている裁量は大きくなっていますが、土壌の知識があっても法律の知識がなければ被規制者側に納得をしてもらえず、なかなか柔軟な法執行を行いづらいと考えられます。
 弁護士といった法曹有資格者を採用する自治体も増えてきていますが、海外に比べるとまだまだ不足しているというのが実情です。

―今後はどのように研究を続けていく予定でしょうか。

 多くの職員の方々と接しましたが、皆さんとても一生懸命で、そのために自分たちの下す判断が適切なのかどうか非常に不安を抱えていました。中には、予備知識もないまま異動によっていきなり担当になり、誰にも相談できないというケースもあります。そういった方々の助けになれるよう、情報共有や判断を助けるサポート体制を提案できたらと考えています。担当者と専門家を交えたワークショップを定期的に開き、事例や見解を共有し合う場を用意するなどが考えられます。また、中央省庁内や自治体内に気軽に相談できる専門家がいると、担当者はもっと安心できると思いますので、そういった提案も行っていきたいです。ただ、どういう体制であれ、話し合いができる環境とそれを可能にする程度の時間的余裕が必要だと思います。
 今後は、行政機関で働く弁護士が、法の実施・執行にどのような影響を与えるかを調査したいと考えています。近年行政内弁護士が増えています。組織内弁護士の配置体制等によってどの程度現場担当職員が弁護士へアクセスできるかは異なりますが、1人いるだけで現場としては非常に心強いのではないかと思います。近々インタビュー調査を行えるよう準備を進めています。
 他にも、人口減少によって自治体の規模の縮小が続く中、法執行のあり方も変わっていく必要があると考えられます。望ましい法実施・法執行のモデルがどのようなものなのか検討を進めていきたいと思っています。ただ、この研究は海外を含めても先行研究が少なく、まだまだこれからといったところですね。

―学生に向けてメッセージをお願いします。

 社会の抱える問題に敏感になってほしいと思います。実社会の人々が何に困っているのかを知り、自らの課題に取り組んで、成果を社会に還元してください。人はルールを学ぶだけでなく、必要であれば自分たちでルールを作ったり、変えたりすることもできます。どうすればより良い結果につながるかを常に考えてほしいですね。

略歴
平田 彩子(ひらた・あやこ)
1983年生まれ。専門は法社会学。東京大学法学部卒。東京大学大学院法学政治学研究科修士過程修了、カリフォルニア大学バークレー校ロースクール法と社会政策プログラムを修了しPh.D. 取得。東京大学法学政治学研究科助教、京都大学地球環境学堂特定准教授を経て現職。著書『自治体現場の法適用:あいまいな法はいかに実施されるか』(東京大学出版会、2017年)は、藤田賞(後藤・安田記念東京都市研究所)、アダム・ポドゴレツキ賞(International Sociological Association, Research Committee on Sociology of Law)を受賞。

(19.2.28)