国立大学法人 岡山大学

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No.19 ウイルスの未知の生態を探る

focus on - Suzuki Nobuhiro

No.19 ウイルスの未知の生態を探る

資源植物科学研究所 鈴木 信弘 教授

 自分では殻をもたず、他のウイルスの殻を奪うウイルス―。さながらヤドカリのようなこのウイルスを発見したのは、資源植物科学研究所の鈴木信弘教授。ウイルスは単純な構造ながら増殖・感染の仕方や起源など未知の点が多く、鈴木教授はウイルスを利用して植物の病気を防除する研究を進めながら、その謎に満ちた生活環・生態を探っています。

―鈴木先生の専門分野について教えて下さい。

鈴木教授

 植物病理学を専門としています。これは植物がどのようにして病気になるかを調べ、その防除策を研究する学問です。私は中でも、ウイルスを利用した防除策の研究を主なテーマとしています。例を挙げると、カビの一種、白紋羽病菌は果樹に感染し、衰弱させて木を枯らしてします。そこで、白紋羽病菌に感染して病原力をなくしてしまうウイルスを探し出しました。これを利用すれば、化学薬剤を使う場合に比べ、生態系への影響を大幅に抑えつつ病気を防ぐことができるようになるかもしれません。

 ウイルスを簡単に定義すると、「感染することのできる、ゲノム(遺伝子のセット)核酸を包んだ細菌より小さいナノ粒子」といえます。ウイルスは自身のゲノムを自力で合成する仕組みをもたず、宿主(しゅくしゅ、感染した対象)がもつ細胞の装置を利用して自身のゲノムを合成して増殖します。その構造は非常に単純で、試験管内で合成して作り出すこともできます。遺伝子を操作することで、ウイルスの感染力や感染したときの病状の強さをコントロールすることもできるため、カビの害を抑えるためのより効果的なウイルスの合成にも取り組んでいます。

―ヤドカリのような生態をもつ新種のウイルスを発見したと聞きました。

ヤドカリ・ヤドヌシ
「ヤドカリウイルス」と「ヤドヌシウイルス」

 ウイルスはキャプシドと呼ばれる殻を持つものがほとんどですが、殻をもたないものも近年見つかっており、私の研究で発見した「ヤドカリウイルス」もその一種です。

 2015年頃、最初にお話しした白紋羽病菌の研究(果樹研の兼松博士との共同研究)を行っていた際、2種類のウイルスに感染した白紋羽病菌を調べていたところ、なぜか殻が1種類しか見つかりませんでした。当時は殻を持たないウイルスはごくわずかな例外的存在としてしか知られておらず、不思議に思い調査を進めました。ウイルスが増殖する際には、自身の持つ殻をゲノム合成の舞台として使うのですが、なんとこのウイルス達のうち一方のウイルスは自分の殻をもたず、増殖の際にはもう一方のウイルスの殻を奪い取ってゲノム合成の場所として使用していたのです。両者には類縁関係はなく、全然似ていません。この、ヤドカリが他者の殻を借りるような奇妙な共生関係は世界初の発見であり、私はこの2種類のウイルスにそれぞれ「ヤドカリウイルス」「ヤドヌシウイルス」と名付けました。

 ヤドカリウイルスはヤドヌシウイルスの殻がなければ増えることはできませんが、ヤドヌシウイルスは単独でも増えることができます。その代わり、ヤドカリウイルスがいるとヤドヌシウイルスの増殖効率が高まることが分かっています。互いに利益がある相利共生の関係といえますね。現在では、「ヤドカリ」と「ヤドヌシ」の関係にあたるウイルスの組み合わせ(共感染)もたくさん見つかっています。スペイン人研究者との共同研究により、複数の「ヤドカリ」が1種類の「ヤドヌシ」の殻を利用していると考えられる例も見つかっています。

―面白い関係ですね。ヤドカリウイルスの祖先は、かつては殻を持っていたのでしょうか。

 殻をつくるための遺伝子をなくせばその分ゲノムが短くてすむため、「殻を持っていたウイルスが生存戦略として殻をなくした」というのも一つの可能性ですが、逆に「ウイルスですらなく、RNA(遺伝情報を格納する核酸の一種)の一部に過ぎなかったものが独立し、単独のウイルスに進化した」という可能性も考えられます。RNAの中には、自身を合成するはたらきを持たず、他のウイルスのRNAの中に入り込むことでそのウイルスと一緒に増殖する、いわばウイルスに寄生するRNAといえる「サテライトRNA」と呼ばれるものがいます。ヤドカリウイルスは、もしかしたら元々サテライトRNAだったものが、進化の過程で自身を合成するための遺伝子(RNA合成酵素)を取り込み、独立したウイルスになったのかもしれません。

 これを検証するための研究も進めています。宿主であるカビに、ヤドヌシウイルスの殻を合成する遺伝子を埋め込むことで、ヤドヌシウイルス不在で「ヤドカリウイルスと殻」のみの状態を作り出して長期間観察を行う予定です。ヤドカリウイルスが宿主から遺伝子を取り込み、自分で殻を作るようになるのか、ウイルスの進化を解き明かしていきたいです。

―ウイルスにも分かっていないことがたくさんあるのですね。

 その通りです。殻をもたないキャプシドレスのウイルスも近年、宿主がカビのものに限らず、昆虫や植物のものなど多数発見されています。しかし、これらがどうやってその宿主に感染し、どうやって増殖しているか、宿主に何かしらの影響を与えているのか、実はほとんど分かっていません。キャプシドレスのウイルスは空気を通して、あるいは宿主と直接に接触して感染することは基本的にありません。植物あるいはカビのキャプシドレスのウイルスが、種子あるいは胞子を通じて次世代に伝搬することはわかっています。現在、感染植物から感染していない植物へ、あるいは感染しているカビから感染していないカビへの水平伝染が起こるのかどうかを明らかにすべく世界中で研究が進められていますが、これからの成果が待たれるところです。

―研究を進める上で苦労されていることを教えて下さい。

カビやウイルスに感染させた植物
カビやウイルスに感染させたエンドウとフダンソウ。葉に白い模様が入っている

 たくさんありますが(笑)、実はそもそもカビにウイルスを感染させるのが一苦労です。ウイルスとカビを接触させたりする程度では感染しないため、細胞壁を壊してカビの細胞を一つ一つ取り出し、そこにウイルスの粒子やRNA、DNAを導入して培養します。そうしてできたカビを、必要に応じてさらに果樹などに感染させて様子を見る、というわけですね。感染性RNAやDNAができていないウイルスの場合は、感染しているカビと感染していないカビの細胞どうしを融合することでウイルスの感染を広げていく必要があり、さらに手間がかかります。うまくいかず実験を繰り返すことも多いです。

―大変なことも多いのですね。そんなウイルスを研究する魅力は。

 ウイルスは細胞からできている生物に比べて構成要素が少なく、簡単に遺伝子の配列を操作したり、一部のウイルスは人工的に化学合成することもできるため、自由自在にデザインすることが論理的に可能です。一万以上ある遺伝子配列のうち一つを変えただけで、複製できなくなったり、病気を起こせなくなったりといったように性質が変わったりします。ヤドカリウイルスが他のウイルスの殻を利用していることを実証した際も、ヤドカリウイルスのゲノムを合成して実験を行いました。その一方で、ウイルスについて分かっていないことは山ほどあります。一見単純そうなのに、付き合うほど奥が深いところが魅力でしょうか。

―今後の研究予定は。

 先ほどヤドカリウイルスがヤドヌシウイルスの増殖を促進すると言いましたが、その機構はまだ分かっておらず、興味があります。この共存関係をうまく利用できれば、より効率的にカビへのダメージを高めることができ、果樹のカビ防除にもつなげられると思います。

―学生へのメッセージをお願いします。

学生と鈴木教授

 誰かの真似でないオリジナルの研究を行ったり、論文を書いたりするのはとても大変です。研究者間の競争もありますし、失敗することも幾度となくあります。それでも、自分だけの成果を形にできたときの感動は他に代えがたいので、打たれ強く頑張って下さい。

略歴
鈴木 信弘(すずき・のぶひろ)
1960年生まれ。東北大学農学部卒業、東北大学農学研究科博士課程修了。博士(農学)専門はウイルス学、植物病理学。秋田県立農業短期大学生物工学研究・助手・講師、メリーランド州立大学生物工学研究所・客員准教授、岡山大学資源生物科学研究所・助教授を経て2007年より現職。

(19.6.07)