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No.22 動けば肥大し、動かなければやせる心臓の仕組み

focus on - KATANOSAKA Yuki

No.22 動けば肥大し、動かなければやせる心臓の仕組み

大学院医歯薬学総合研究科
 片野坂 友紀 講師

 アスリートや高血圧の人のように、心臓に高い負荷がかかっている人の心臓は肥大することが知られていますが、心筋細胞がどのようにしてその負荷を感知し、肥大するのかという仕組みは明らかになっていませんでした。大学院医歯薬総合研究科の片野坂友紀講師は、心臓において力学的刺激を感知する分子「TRPV2」を発見。決定的な治療法のない心不全の治療・予防につながることが期待されるほか、力という目に見えないものを体がどのようにして感知しているのか、そのメカニズムに迫っています。

―心臓は動けば肥大し、動かなければやせるというのはどういうことでしょうか。

片野坂講師
片野坂講師

 心臓は、全身に血液を送り出すポンプとして働いています。激しい運動をするアスリートや高血圧の方など、強い力で血液を送り出している人の心臓は、その圧力を受け止め、送り返すために大きな物理的負荷(メカニカルストレス)がかかります。負荷に対応するために、ひとつひとつの心筋細胞が大きくなり、心臓は肥大します。逆に寝たきりの人など、負荷が小さい人では心臓は小さくなっていきます。心臓には物理的な負荷を感知し、心筋細胞を負荷に見合うように再構成する仕組みがあると考えられています。
 心筋細胞は生後すぐに分裂を止め、それ以降新たに分裂することはありません。そのため負荷に対して、他の臓器や筋肉のように新しい細胞を増やして対応するという手段がとれません。アスリートのような運動による生理的な負荷程度ではまず問題はありませんが、遺伝的疾患がある場合や高血圧など病的な原因によって、負荷が肥大で対応できる限界を上回ってしまうと、心不全といった疾患につながります。
 心不全は心臓が十分に血液を送り出せなくなった状態を指します。日本では75歳以上の約10%が心不全患者であり、発症後の5年生存率は約50%という重篤な疾患です。現状では心移植以外に決定的な治療法はありませんが、肥大の仕組みを解き明かすことができれば、その仕組みを利用して心不全の予防・治療に役立てることができると考えられます。

―心臓において、メカニカルストレスを感知する分子(メカノセンサー)を発見されたと聞きました。

 私たちの研究グループが発見したのは、TRPチャネルという陽イオンチャネル分子のグループに属する分子のひとつ「TRPV2」で、細胞膜の変形を感知します。2014年ごろ、TRPV2が常に動き続ける心臓にとって必須の分子であることを解明しました。
 メカノセンサーとして働く物質を探すため、心臓において機能が未知であるタンパク質を発現させる遺伝子を一つ一つ洗い出し、それを心臓以外の細胞に導入し、メカニカルストレスに対して応答を示すかどうかを検証しました。また、特定の遺伝子を働かなくしたノックアウトマウスも作成しました。その結果、新生児の心筋細胞でTRPV2を欠損させると正常な心臓へと発達できないことと、成体でTRPV2を欠損させると心機能を維持できずに、重篤な心不全を呈しマウスは死んでしまうことがわかりました。現在は、心臓が肥大するうえでTRPV2がどのように関与しているかを調べています。長年続けていた研究であり、生体でのTPRV2の機能解明にたどり着くまで20年近くかかりましたね。

研究内容

―研究に際して苦労した点は。

 なんといっても、細胞のメカノセンサーの分子実体を明らかにすることです。化学的刺激と異なり、メカニカルストレスは定量的な計測が困難です。細胞自体が大きさも形も一つ一つ違うので、同じ大きさの力を同じ向きで加えても、当然細胞ごとに反応の仕方は異なってしまいます。現在でも、TRPV2がどのような仕組みでメカニカルストレスを感知するのかは不明のままであり、今後私たちは、TRPV2の細胞内でのパートナーとなる分子を探索することで、これらの問題を解き明かそうとしています。分かっていないことを一つ一つ明らかにしていくことで、心筋細胞がどうしてメカニカルストレスを感知するかの謎が解けると考えており、全容の解明にはまだ道半ばというところです。

―たくさん動かせば大きくなるのは当たり前のように思っていましたが、その仕組みは明らかになっていなかったのですね。

 「たくさん動くことで大きくなる」というシステムを機能させるためには、どれだけ動いたかを体が感知する必要がありますよね。しかし実は、物理的刺激を感知する仕組みというもの自体、心臓に限らず未知の部分が多いのです。生体のセンサー分子はさまざまなものが明らかになってきましたが、触覚のセンサーについては未だに完全には解明されていません。例えば、同じ場所に同じような種類の刺激を加えていても、叩かれると不快で、なでられると気持ちいいのはなぜでしょう。触覚のしくみは最近はかなり解明されてきましたが、とても面白い研究ジャンルです。
 私は大学院生時代に感覚生理学を専攻しており、網膜について研究していました。TRPチャネルは元々ショウジョウバエの網膜から見つかった分子で、その後、哺乳類でもTRPチャネルに属するTRPV1という分子が、唐辛子の成分であるカプサイシンや熱を感知するはたらきを持つことが分かりました。熱は膜分子の流動性を変えるので、TRPV1に類似した分子がメカノセンサー機能をもつのではないかという発想がわきました。残念ながら哺乳類のTRPチャネルは、膜の変形を直接感知するタイプではなさそうですが、細胞内のパートナーとなる何かから力を伝達されているのではないかと考えています。ヒトの触覚にも関わっているかもしれませんね。一例を挙げると、昨年論文として発表しましたが、TRPV2は感覚神経にも存在することがわかり、感覚神経のTRPV2をノックアウトしたマウスは、痛みを感じるほどの機械的な刺激に対して鈍感になっていました。
 また、現在研究を進めているところではありますが、TRPV2は一般的に筋肉と呼ばれる骨格筋などでも「動かせば肥大する」仕組みに関わっている可能性があります。運動したら筋肉が大きくなるという当たり前に思えることについても、これから仕組みを解き明かすことができるかもしれません。

―今後の研究予定は。

 現在2つのテーマに取り組んでいます。一つは先ほどもお話しした、心臓以外の臓器や筋肉などでもTRPV2がメカノセンサーとして働いているかを明らかにすることです。もう一つは、心臓の「動けば肥大し、動かなければやせる」仕組みが、心臓が発生する途中のどの段階から機能するようになるのかについて調べています。
 私は「大人の心臓が負荷に対応する力(予備力=最大能力と通常使用している力の差)は、幼少期から心筋細胞が動き(拍動し)、心筋細胞の成熟が促進されることによって形成されているのではないか」と仮説を立てています。心臓はメカニカルストレスに依存して肥大し、ストレスに適応しようとします。そのため肥大はストレスに対する予備力を獲得するための機構といえます。成長過程で、適切なストレスにさらされて適度な予備力を獲得しておくことは、病態への抵抗力となるのではないかと考えています。成長期の運動は、このような面からも良いのかもしれませんね。我々のグループでは、マウスの成長過程のさまざまな段階でのTPRV2の役割を検討していく予定です。

―心不全の治療・予防にはどのように役立つと考えられますか。

 強く丈夫な心臓ほど心不全になりにくくなると考えられますので、心不全を予防するための生活習慣づくりなどの構築に役立つと思います。また、TRPV2がどのように心臓を肥大させているか、具体的なメカニズムはまだまだ解明途中です。TRPV2の働きを介して心臓を成長させる因子が分泌されているということは判明しつつあるため、具体的な機構が分かれば治療薬の開発につながるかもしれません。

―研究を進めるうえで大切にしていることを教えてください。

澁谷さん
指導学生の澁谷慎さん(右)は、「実験結果が得られた後も、結果だけでなくその先の考察について丹念に質問をして下さるなど、研究の面白さを実感できるような指導を、熱意をもってしていただいていると感じます」と話す

 研究をするうえで一番重要なのは、見えない不思議に対する強い好奇心をもつことだと思っています。私は「生体の中に備わったルールを理解する研究をしたい」と常々考えており、見えない世界を何とか可視化しようと挑戦しています。心臓に備わった可塑性の分子基盤やメカノセンサーの研究を続けられたのもその思いがあったからでしょうね。
 学生の指導の際も、その学生が何に興味を持っているかをじっくり観察するようにしています。生命科学に対する確かな興味を育てるためには、物事を正確に判断できるようになるためのトレーニングが不可欠です。地味で大変なことではありますが、これを基にして自分の興味に従った研究をすることができれば、生体の不思議を明らかにすることがきっとできるだろうと思います。学生さんやこれから研究者を志す方には、ぜひ好奇心を大切にして、自分の研究に取り組んでほしいです。

○片野坂講師の最近の研究成果として、筋ジストロフィー症発症のしくみを明らかにした論文が2019年12月17日、Nature Communications紙に掲載されました(Ujihara et al., 2019, Nature
Communications)。興味のある方は、こちらも併せてご覧ください。
 プレスリリースおよび連絡先はこちら
 ご質問や研究室の見学など、ご要望があれば片野坂講師宛てにご連絡ください。

略歴
片野坂 友紀(かたのさか・ゆき)
大阪大学大学院理学研究科博士後期課程修了。理学博士。専門は循環分子生理。国立循環器病センターにおいて日本学術振興会SPDとして勤務の後、2007年から岡山大学助教。2019年から現職。

(20.02.10)