国立大学法人 岡山大学

LANGUAGE
ENGLISHCHINESE
MENU

No.23 放射性元素「ラドン」の健康増進・症状緩和効果

focus on - KATAOKA Takahiro

No.23 放射性元素「ラドン」の健康増進・症状緩和効果

大学院保健学研究科 片岡 隆浩 助教

 放射線は「危険なもの」というイメージが強いかもしれませんが、実は微量の放射線には健康増進・症状緩和効果があることが分かっています。大学院保健学研究科の片岡隆浩助教らは、ラドン温泉が豊富に湧く鳥取県三朝町などにおいて、放射性元素「ラドン」による健康増進・症状緩和効果を研究。古くから「不老長寿の湯」として知られる、ラドン温泉に秘められた可能性を探っています。

―放射線というと「危険なもの」という印象がありますが、どのように健康増進などに役立つのでしょうか。

片岡助教
片岡助教

 放射線は特定の物質が放つ相対的に高いエネルギーの粒子や電磁波の総称です。体に放射線を浴びると、体内で活性酸素種が産生し、これがDNAや細胞膜などを長年損傷させることで害を及ぼします。しかし、活性酸素種は日常生活でも呼吸で取り入れた酸素から絶えず発生しており、体は抗酸化作用やDNA損傷修復機能などにより、活性酸素種で受けたダメージを修復する機能を持っています。そこで、意図的に低線量の放射線を浴びることにより、生体防御機能の亢進を引き出して健康増進効果などが得られるのではないかと考え、研究しています。具体的なテーマは、放射線の一種であるα線を発生させる元素「ラドン」の気体を吸入することによる健康増進効果です。

―ラドンといえば、鳥取県三朝町のラドン温泉が世界的に有名です。

 中国山地の地盤に豊富に含まれる花こう岩には、ラドンの元となる元素ウランが多量に含まれており、三朝町はラドン温泉が湧く世界的にも有数の地域となっています。実際、850年以上前から三朝町のラドン温泉は万病に効く「不老長寿の湯」として知られており、岡山大学でも三朝町に設置していた「三朝医療センター」で、当地のラドン温泉を利用した治療の実施や研究をしていました。センターは2016年に閉院しましたが、現在でも私たちの研究チームは日本原子力研究開発機構・三朝町と共同で研究を続けています。

―これまでの成果は。

 例えば、マウスによる実験では、神経性障害疼痛やアルコール性肝障害などさまざまな疾患において、通常の薬剤治療に加えてラドンを吸入させると、薬剤のみの場合に比べて治療効果が高くなることが分かっています。抗酸化作用をもつ栄養素としてビタミンCやEなどがありますが、ビタミンCとラドンを併用することで、治療効果がさらに高まるという結果も出ています。上手に利用することで薬物の使用量を減らし、副作用の低減や医療費の抑制につながると考えられます。

 三朝町の温泉施設では、健康増進を意図した食事を提供するプランを用意するなど、私たちの研究によって得られた知見を取り入れています。もちろん人間での効果が充分に実証されているわけではありませんが、温泉に入ってラドンを吸入する場合は、温泉自体の血行促進やリラックス効果もあるため、もしかしたらまた違った効果が得られるかもしれません。

―ラドン以外にも放射線を出す元素はあると思いますが、その中でもラドンが優れているのはどのような点でしょうか。

 ラドンは質量数228のウラン元素が崩壊し、さまざまな元素を経て最終的に質量数206の鉛となる過程で発生する元素の一つであり、この過程で唯一、常温・常圧において気体で存在する元素です。また、ラドンは身近にある自然放射線源の約半分を占め、私たちと共存しています。α線は届く距離が非常に短く、数個の細胞しか通過できないため、全身に効果を及ぼすには気体として吸入することが不可欠であり、ラドンが最適といえます。

 X線やγ線といったより透過作用の高い放射線による健康増進効果なども、現在世界中で研究が進められていますが、ある程度高い線量でないと効果が確認されておらず、健康へのリスクも無視できないのではないかと思います。その点、適量のラドンを用いた場合の副作用は現状確認されておらず、健康へのリスクは極めて低いと考えられています。

―今後の研究予定を教えてください。

実験装置
マウス実験の装置。ケースにつながった管からラドンが含まれた気体が送り込まれる。

 ラドンが放出するα線によって、具体的にどのようなメカニズムで健康増進効果などがもたらされるのか、未だ明らかになっていないテーマについて検証していく予定です。

 また、ビタミンCなどの食物摂取の他に抗酸化作用が確認されているものとして、有酸素運動があります。ラドンと有酸素運動とを併用した場合の健康増進効果などについても研究を進める予定で、スポーツ医学や健康食物科学などと連携した予防医学を通じて総合的な健康長寿社会の実現に結びつけたいと考えています。

 最初の質問のように、一般的に放射線には「危険なもの」というイメージがあります。現在の放射線研究も「どの程度の線量までなら健康への影響がないか」というリスクに関する研究が主流で、健康増進などに向けた利活用の研究をする研究者は少数です。実際に私も、ラドンの研究と平行して、東電福島第一原発事故における放射性元素プルトニウムの健康影響に関する研究も行っています。もちろんリスクに関する研究は重要ですが、放射線を「危ないもの」として一律に遠ざけるのではなく、使い方次第では健康増進などにも役に立つということを明らかにしていきたいと考えています。

―このテーマで研究を始めたきっかけや、普段の研究の様子を教えてください。

 学部生時代に岡山大学医学部保健学科の山岡聖典教授の講義で「微量の放射線は体に良い」と教わったのが、このテーマの研究を始めたきっかけでした。「そんなはずはないだろう」と思い、反論しようと思ったので(笑)。しかし実際に研究を進めていくと、健康増進・症状緩和効果が明らかになってきて、興味深いと感じるようになってきました。医学部保健学科の第1期生だったこともあり、山岡教授から自身の研究室で研究を続けないかと誘われ、今に至っています。

 もう18年にわたってこのテーマで研究を続けており、大部分はラドンを吸入させたマウスの各臓器中の生体指標をひたすら分析することを繰り返す単純作業です。昔からこつこつ作業をすることが得意で、夏休みの宿題もきっちり40日かけて終わらせるタイプだったので、自分の性には合っているかなと思います。

略歴
片岡 隆浩(かたおか・たかひろ)
1979年生まれ。岡山大学大学院保健学研究科博士後期課程修了。専門は放射線健康科学・酸化ストレス医学。日本放射線影響学会奨励賞(2012年)、放射線影響協会放射線影響研究奨励賞(2019年)他受賞。

(20.02.27)