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No.25 複数の金融商品を組み合わせ、価格変動の要因を分析する

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No.25 複数の金融商品を組み合わせ、価格変動の要因を分析する

大学院社会文化科学研究科 酒本 隆太 准教授

 為替を中心にさまざまな金融資産の価格変動を分析している、大学院社会文化科学研究科の酒本隆太准教授が現在取り組むのは、原油や鉄、小麦といった商品先物「コモディティ」の研究。複数のコモディティの価格変動から共通要因を抽出するという手法を用いて、コモディティ価格と経済指標のつながりや、リスクを分散させる投資戦略などを探っています。

―先生の専門を教えてください。

酒本准教授
酒本准教授

 計量ファイナンスや、国際金融などを専門としています。金利や国ごとの経常収支といったさまざまな経済指標の変化を基に、株価や為替といった金融商品の価格がなぜ・どのように変動するかを説明することが目的です。実際のデータを使わず、理論を中心に経済変動のモデルを作成するタイプの研究者もいますが、私は株価や為替などの価格変動や、経済指標のデータなど実際のデータを集め、統計的手法を使って分析する研究がメインです。主なターゲットは為替の変動です。

 もう少し具体的に表現すると、投資を行う際、たとえば為替ならこの経済指標が高い時にはドルをこれだけ買い、下がってきたらユーロをこれだけ売って・・・などといった戦略を組みますよね。過去の為替変動や経済指標などを基に投資戦略をモデル化し、その戦略が成功するかどうかを検証する、といった研究を行っています。
 

―「コモディティ」に着目されていると聞きましたが、これはどのようなものでしょうか。

 コモディティとは、原油や金属、小麦、貴金属といった、エネルギー源や原材料などとして使われ、先物市場で取引が行われる商品のことを指します。世界各地で取引可能な株式や為替などの金融商品と異なり、コモディティは採掘・収穫できる地域が偏っているため、各国の通貨への影響が大きく、為替に強い影響を与えます。コモディティの価格変動の要因を予測することは、為替をはじめとした投資戦略にとって重要な役割を果たします。

 しかし、個々のコモディティ価格は、気候変動、国際情勢、その年の各国の採掘量などそのコモディティ特有の要因によって大きく影響されます。そのため単一のコモディティに着目して金融商品との関係性を分析しようとしても、ノイズが大きくうまくいかないことが多いです。そこで私は、鉄とアルミニウムのように関係の深いコモディティ同士の価格変動を組み合わせ、それらの「共通要因」と呼ぶべき変動パターンを抽出するという手法を使っています。共通要因を用いることで、ノイズが軽減され、他の経済変数とコモディティとの関係性を説明しやすくなります。さらに使用する情報の種類が集約され、モデルが簡潔になるというメリットも大きいです。

―具体的な研究の流れを教えてください。

共通要因
共通要因抽出のイメージ

 コモディティに関する研究ですと、まず関係性の深そうなコモディティの組み合わせを探します。これは先行研究を参考にしたり、IMF(国際通貨基金)や世界銀行が公表しているデータの中で、コモディティをいくつかの種類にグループ分けしているものがあるのでそれをヒントにしたりします。次に、統計分析の手法を利用して、それらのコモディティの価格変動のデータから共通要因を数値化されたデータとして取り出します。さらにこの情報を用いて、金融資産(為替など)の価格変動を説明するモデルを構築します。そしてコモディティの価格変動における共通要因のデータが、金融資産の価格変動をどの程度統計的に説明できるかを検証する、という流れになります。

 直近の大きな研究成果としては、為替の投資戦略の中に、コモディティの一つである貴金属を組み込むことで、資産が目減りしにくくなることを示しました。これは2018年に上げた成果ではありますが、現状のコロナ禍でも、市場が混乱しているとき、貴金属への投資にリスクを減らす効果があることが示されています。

―為替だけでなく、コモディティへも分散して投資することでリスクの低減につながるのですね。

 確かにそのとおりです。しかし、コモディティへの分散投資によるリスク低減効果は、実は年々弱まっているという見方があります。かつてはコモディティを取引するのは、実際にその商品を必要とする業者だけに限られていたため、金融市場の変動とはある程度独立していました。しかし、2000年頃から、コモディティ価格に連動した金融商品が現れ始め、トレーダーの売買の対象となったことで、その独立性が弱まってきたからと考えられます。私が2018年に行った研究でも、コモディティが金融市場に組み込まれつつあるという結論が出ています。

―今後の研究予定は。

 リスクの評価の仕方について、新しい方法の検証にこの1、2年ほど力を入れています。金融論の基本的な教科書では、リスクとは価格の変動であるとされ、上昇・下落問わず価格変動が大きい資産はリスクが大きいと定義されます。そしてリスクが大きいほど平均的なリターンも大きいとされます 。しかし実際には、そのような資産は短期的にはリスクとリターンの大きさが釣り合わないケースが多いのです。どのような状況であれば教科書に書いてあるように釣り合いがとれ、どのような状況であれば釣り合わないのか、その条件を解き明かすことができれば、リスク評価の方法に大きな変革をもたらすことができます。

 また、これは今後取り組む予定ですが、自然現象や環境問題がコモディティ価格、さらには経済活動にどのような影響を与えているのかを分析してみたいと考えています。ペルーとエクアドルの国境付近の海域の海水温は、世界的な気温や気候と大きく関連していることが知られており、これが高い状態を「エルニーニョ現象」と呼びますが、この気象状況がコモディティ価格や経済活動に与える影響を調べる予定です。海外ですでに取り組んでいる研究者はいますが、私はその人たちとは違う統計手法を用いる予定ですので、また違った結果が出てくるかもしれません。

―金融に興味を持ったきっかけを教えてください。

エディンバラ
酒本准教授が博士課程を過ごした、イギリス・エディンバラ中心部の公園

 私が大学に進学した2003年頃は景気が悪く、周りでも就活が大変だ、などとよく話題に上がっていました。そこで「なぜ景気が悪いんだろう?」と疑問に思い、大学の商学部で金融政策などを勉強していくうちに、関連の深い株価や為替などにも興味を持つようになりました。修士まで終えた時点で民間企業のアナリストに就職したのですが、民間企業だと研究をチームで行うことが多く、一つの研究に自分で最初から最後まで携わりたい思いがあったため、イギリスの大学の博士過程に進みました。コモディティの研究を始めたのも、イギリスでの指導教員から「為替とコモディティは関連が深いので、為替を研究するなら視野に入れたほうがいい」とアドバイスをもらったのがきっかけです。

―金融を研究する魅力はどんなところですか。

 一見しても分からない関係が、統計処理を通して浮かび上がってくるのは面白いですね。実生活に生かしやすいのもメリットでしょうか。実際に、研究成果は私個人の資産運用にも活用しています。

 また、金融という学問は、特別な設備が不要なうえ、どの国・地域でも必要な分野なので、海外の研究者と共同研究を行いやすいのも良いところだと思います。経済学の中でもファイナンス分野は、誰もが価値を認める普遍的な研究成果というものが少ないため、結果が出ても、それがこれまでの研究の流れの中でどのように位置づけられ、どのような意義があると解釈するかが重要な学問です。研究のうえで、その解釈の検討に長い時間を割くことが多いため、共同研究によって多様な視点を共有できるのは、大きな魅力ですね。

略歴
酒本 隆太(さけもと・りゅうた)
1983年生まれ。慶應義塾大学商学部卒業、東京大学大学院(公共政策修士)、筑波大学大学院(経営学修士)、英国エクセター大学大学院(優等経済学修士)を経て、英国ヘリオットワット大学大学院(Ph.D. in Economics)を修了。複数の金融機関でのアナリスト経験を経て2020年より現職。専門は計量ファイナンス、アセットプライシング、国際金融。

(20.07.30)