国立大学法人 岡山大学

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No.28 点数化できない能力「非認知能力」

focus on - NAKAYAMA Yoshikazu

No.28 点数化できない能力「非認知能力」

全学教育・学生支援機構 中山 芳一 准教授

 これからの子どもたちに必要な力として世界各国から関心が集まっている「非認知能力」。
amazon bookランキングで1位となった『東大メンタル―「ドラゴン桜」に学ぶ やりたくないことでも結果を出す技術』の共著者でもある全学教育・学生支援機構の中山芳一准教授に非認知能力の解説をしてもらいます。

―非認知能力とはどのような能力ですか。

 ひとことで言ってしまえば、非認知能力とは、客観的な数値にして測定できない能力の総称です。具体的に挙げるなら、意欲や楽観性、忍耐力や自制心、コミュニケーション力や共感性・・・など、個人の内面や特性を能力としてとらえたものです。一方の認知能力は、読字力・書字力・計算力、IQ(知能指数)・・・などのように、客観的な数値にして測定できます。

―非認知能力が注目されるようになった理由は何ですか。

 非認知能力は、もともとアメリカの経済学者であるサミュエル・ボウルズとハーバート・ギンタスによって、1976年に「非認知的個人特性」として提唱されたといわれています。その後、2000年にノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・J・ヘックマンが、幼児期の非認知能力に対する教育が、以降の基礎学力や年収などにプラスの影響をもたらすという検証結果を「ペリー就学前プロジェクト」などから示したことで、世界的に注目を集めるようになりました。
 以降、急速に変化する時代の中で、非認知能力の育成はますます重視され始め、我が国でも2017年3月の新しい学習指導要領(文部科学省)において、これからの時代を生きる子どもたちに必要な力の一つとして「学びに向かう力・人間性等」が掲げられましたが、この力はまさに非認知能力に該当しています。

―非認知能力を研究しようとしたきっかけを教えてください。

中山准教授
中山准教授

 私は、子供のときから地元の岡山で小学校教師になりたいと考えていましたので、研究者になることは全く視野にありませんでした。しかし、1999年当時、岡山大学教育学部を卒業した私は、結局のところ小学校教師にならず、学童保育指導員(現在は、放課後児童支援員)という仕事に没頭し始めていたのです。その頃の、岡山県内の学童保育指導員といえば、社会保険もなく、年収200万円も程遠い処遇だったこともあり、私は岡山県内でただ一人の(学童保育を生業とする)男性指導員でした。
 話が逸れてしまいましたが、そんな私が、学童保育指導員として放課後の生活と遊びの場で子どもに育みたかった「人として大切な力」こそ、小学校の教科教育における認知能力ではなく、まさに非認知能力だったわけです。その後、私は学童保育、特に学童保育指導員の専門性に関する研究の必要性を強く感じて研究者の道へ方向転換しました。以降は、教育方法学を専門として、学童保育だけでなく、幼児教育から学校教育や社会教育まで、様々な教育現場での実践研究にかかわらせていただきました。そして、岡山大学でキャリア教育の担当教員を仰せつかったことで、私は研究者であると同時に学生に対するキャリア教育の実践者となったのです。ちなみに、文部科学省は学生の社会的職業的自立のためにキャリア教育を通じて獲得・向上させたい力を「基礎的・汎用的能力」と明示していますが、この力もまた非認知能力に該当します。
 つまり私は、非認知能力について研究したくて研究者になったのではなく、私が実践者として小学生や大学生に育みたかった力が非認知能力と呼ばれていて、その育成のあり方に関する実践の理論化を試みるようになったということになるのです。

―具体的にはどのような研究をされていますか。

 例えば本学では、キャリア教育の実践の一環でもあるのですが、学生たちが部活動などの正課外活動に取り組むことで生じる非認知能力の変容について独自の質問紙を作成して調査するような研究をしています。
 また、学外では幼稚園・保育園・認定こども園の現場、小中学校や高等学校の現場、さらには市町村単位へ赴き、そこで先生方や関係者の方々と協働して非認知能力の育成について方法の開発や検討に取り組んでいます。特に、興味深いのは各教育現場が掲げられている理念や校訓、目指す対象者像などの多くが非認知能力と関連していることです。学校の校門に入ってすぐに石碑があって、そこに「心豊かで たくましく」と書かれてはいても、「読み 書き 計算」と書かれている学校なんて見たことないですよね。つまり、非認知能力という言葉は使わなくても、これまでも教育現場では「非認知能力に関連しているもの」を重要視してきたことがわかります。
 しかしながら、こうした理念や校訓などは抽象度が高いために現場を共にする先生方の間でさえ認識のギャップが生まれやすく、結局「画餅(絵に描いた餅)」のままにとどまってしまっている状況が少なくありません。このようなことが起こらないためにも、先生方と共に抽象度の高い理念や校訓を具体化する試みを行っています。先ほど例に挙げた「たくましく」ですが、この「たくましく」とは一体何なのでしょうか。といっても、決して辞書に書いてある意味ではなく、その現場で先生方が共有されている具体的なイメージを言語化していくわけです。その上で、「たくましく」育っていく子どもにはどのような行動が見られるようになり、そのような行動を引き出すために必要な教育は何かを具体的に考え、言語化していきます。
 このように私は、先生方や関係者の方々とのワークショップや対話を通して、抽象度の高い理念や校訓に内包されている非認知能力を構成要素として抽出し、各非認知能力が育成されたことを示す行動指標にまで具体化するサポートをしているのです。

図:中山芳一『家庭、学校、職場で生かせる!自分と相手の非認知能力を伸ばすコツ』(2020年、東京書籍)

 例えば、岡山県井原市が市をあげて取り組んでいる「井原“志”民力(※図を参照)」があります。この「井原“志”民力」を構成する非認知能力の1つとして「やり抜く力(忍耐と向上心)」を抽出し、その力を定義づけた上で、3つの行動指標へと具体化していきます。他の2つも同様の手続きを踏んでいくのですが、ここで特に重要なのは、この過程をこちらから一方向的に提示してはならないという点です。繰り返しますが、最も大切なのは抽象的な理念や校訓を「画餅」にしないことなので、こちらからの提示ではなく、できる限り現場の方々と共に作成していかなければなりません。ちなみに、この井原市では市民の方々へ広くアンケート調査を行い、実行委員会で取りまとめ、最終的には中高生たちに集まってもらい子ども視点を取り入れながら、約半年もの期間をかけて完成させていきました。
 井原市のような市町村単位から各学校園単位まで、各現場によってやり方は異なりますが、このような作成過程においてより多くの方々が当事者となり、「画餅」にしない取り組みを進めているところです。

―各現場で抽象的な理念や校訓を具体化された後のかかわりは。

 実は、先ほどの取り組みは、各現場で非認知能力を育成するための実践ステップ1.0なのです。ここからさらに5.0まで実践ステップは続きます。例えば、各非認知能力や行動指標を活用して対象者をオンタイムで見取ってフィードバックすることで、行動強化や行動弱化を促したり、授業や学校行事の中で非認知能力の育成を間接的に支援するための教材開発や環境構成を加えたり、といったステップへとつなげていきます。
 その上で、先ほどの行動指標を活用して対象者の変容をアセスメントするとともに、教師側の実践の改善へとつなげていく一連の流れをつくり出しています。先ほどの井原市でも9つの行動指標から18の自己評価項目を作成し、年間2回、定期的に市内すべての小中高生へ自己評価を実施しているところです(ただし、小学生は中学年以上)。
 私は、とりわけ斬新なことを現場の先生方へ提案するというよりも、これまで現場で構築されてきた実践の蓄積を非認知能力の視点から捉え直して理論化するといった取り組みを重視しています。その方が、より現実的に教育現場で展開しやすいと考えているからです。そして、このような取り組みを始める中で、全国40近くの都道府県の様々な現場に、何らかの形でかかわらせていただいてきました。

―40近くの都道府県ですか。全国で活動されていますね。

研究成果物
研究成果物

 研究成果の一つとして、2018年に東京書籍から出版した『学力テストで測れない非認知能力が子どもを伸ばす』が、大変ありがたいことにご好評をいただき、翌年1月にはamazonのbookランキングでベストセラー1位を獲得しました。この本もきっかけの一つとなり、全国各地の教育現場の方々とより一層つながれるようになりました。
 そして、現場の先生方と協働して取り組んだことを、できるだけ早く論文や報告書、そして書籍にまとめて発信するようにしています。現在は、特に現場の方々へリーチしやすい書籍での発信が増えたように思います。

―今後の展望は。

 私は、非認知能力育成に関する実践研究を通して「日本の教育をよりよくしたい」と考えています。これは、私の子どもの頃からの夢でもあるのです(本当は小学校教師になって叶えたかったのですが…)。そのためにも、教育現場に必要なのは特別なスーパーヒーローではなく、あちこちにヒーローがいることだと思っています。コロナ禍でやりにくさはありますが、現場でしか感じ取れないリアルを大切にしながら、より多くのヒーローたちと連携していきたいです。そして、そんなヒーローたちと共に生み出した実践と理論の成果を書籍などによって発信して、さらに拡げていきたいと思っています。
 最後になりましたが、これからの未来を担う学生のみなさんには、「先を見通せない世の中で、大切なのは自分で考えて行動し、その行動に自分で責任を持つこと。同時に、困ったときには、自分の弱さを受け入れて周囲に助けを求めること。」を伝えていきたいですね。

略歴
中山 芳一(なかやま よしかず)
1976年生まれ。岡山大学教育学部卒業後、1999年当時は岡山県内の学童保育所で唯一の男性指導員。
9年間の現場経験を経て、岡山大学大学院教育学研究科修士課程を修了。以降は、中国学園大学非常勤研究員を勤めた後、2010年に現職へ。学外での主な役職としては、岡山県生涯学習審議会及び社会教育委員委員長などがある。

(21.09.01)