私たちが研究に主に使っている生物材料は単細胞緑藻クラミドモナス(Chlamydomonas reinhardtii)です。この生物は高等植物と同じ酸素発生型光合成反応を行い、光捕集系のアンテナ複合体の構造もよく保存されています。さらに、研究室で細胞を容易に培養できます。さらにこの生物を研究に用いると有利な点がいくつかあります。

(1)核、葉緑体、ミトコンドリアの3つの遺伝系の形質転換が可能。

(2)従属栄養条件下で生育するため、光合成変異株の培養が可能。

(3)表現型がよく分かっている光合成変異株のコレクションの利用が可能。

(4)タンパク質の精製などの生化学的解析が容易。

(5)分子生物学的解析が可能。

(5)ゲノムなどの解析が進み、遺伝情報の蓄積が豊富。

クラミドモナスの光学顕微鏡写真

主な研究プロジェクト

 光合成で光エネルギーを酸化還元エネルギーへ変換する場は、光化学系と呼ばれるクロロフィルタンパク複合体です。葉緑体のチラコイド膜を温和な界面活性剤で可溶化し、ショ糖密度勾配超遠心法で分離すると、クロロフィルタンパク複合体は緑色のバンドとして分かれてきます(図)。ここで見えるのは、光化学系1と2コア複合体と、集光性クロロフィルタンパク複合体です。チラコイド膜を可溶化する時の界面活性剤の濃度を変化させると、緑のバンドのパターンが変化する様子が観察されます。

ショ糖密度勾配超遠心法によるクロロフィルタンパク複合体の分離

1 光化学系1複合体のダイナミクスの解析

光化学系1複合体のダイナミクスのモデル図

★★★★光化学系1複合体の分子集合過程の解析★★★★

 数多くの構成サブユニットやコファクターが機能的な複合体へ形成される分子機構(メカニズム)を明らかにします。これらの分子集合過程は速やかに進むため、分子集合中間体の検出は容易ではありません。しかし、私たちは以下のアプローチでこの困難な課題の解決を目指します。

1)暗所で黄化し光合成器官を形成しないが、光照射下では急速に光合成器官を合成するy-1変異株を用いて、緑化過程で合成される光化学系複合体の分析をします。

2)光化学系複合体の構成サブユニットの一部が欠損した変異株に蓄積する光化学系複合体の解析を行います。

3)分子集合に必須な因子Ycf3とYcf4の特定のアミノ酸残基を欠損もしくは置換させた突然変異株を作出し、光化学系1複合体の分子集合への影響を解析します。2つの因子は葉緑体ゲノムにコードされるため、特異的な形質転換が可能です。

★★★★光化学系1複合体の分子集合装置の解析★★★★

 光化学系1複合体の分子集合に必須な因子であるYcf4は大きな複合体の成分であることを明らかにしてきました。この複合体は光化学系1複合体の分子集合装置であると考えられますが、その構造は明らかではありません。そこで、Ycf4を含む複合体を精製し、そこに含まれるポリペプチドやコファクターを分析する研究を行っています。

1)Ycf4複合体はチラコイド膜上に存在するが、その量は少ないため高度に精製することは容易ではありません。そこで、葉緑体形質転換法によりYcf4にタグを融合し、アフィニティクロマトグラフィーを用いる手法を用いたところ、精製に成功しました。高度に精製した標品のポリペプチドの組成やコファクターを分析中です。

2)野生株のチラコイド膜からYcf4を含む複合体の精製も同時に進めています。アフィニティクロマトグラフィーを用いた方法より温和な条件で精製できるので、分子集合途中の複合体を結合した分子集合装置を精製することを目指しています。

★★★★光化学系1複合体のアンテナ複合体のダイナミクス★★★★

 生育の光条件の変化に応答して光化学系1複合体のアンテナ複合体の組成がどの程度変化するかはあまり分かっていません。異なる光条件下ではアンテナ複合体の量はどの程度変化するのでしょうか?この疑問に答えるため、異なる光条件下で培養したクラミドモナスの光化学系1複合体の量やそこに結合するアンテナ複合体(LHCIとLHCII)の種類や量を解析します。これらの解析に必要な抗体も作成中です。

2 光化学系2複合体のダイナミクスの解析

 光化学系2複合体の分子集合も複雑なステップを経ると予想されます。光化学系2は光阻害を受けやすいというユニークな特徴があります。これは、一部のサブユニット(D1とかD2などの反応中心サブユニット)だけが特異的に損傷を受ける現象です。

図は作成中

光化学系2複合体のダイナミクスのモデル

★★★★光化学系2複合体の分子集合過程の解析★★★★

 一部のサブユニットを欠損させた変異株での分子集合の様子を解析したり、放射性同位元素でパルスラベルしたタンパクの複合体への取り込まれる様子を観察することにより、解析を進めている。

★★★★光化学系2の光阻害と修復の解析★★★★

 緑藻クラミドモナスを用いると光阻害と修復の過程の解析は、他の材料に比べて様々な手法を用いることができるため有利であると考えられます。特に様々な光化学系2の変異株が手に入るので、光阻害と修復の分子機構の解析に用います。また、光阻害後に損傷を受けた光化学系2反応中心タンパクを分解するプロテアーゼ(FtsH)の構造と機能の解析も進めています。