数値気候モデルにおける雲・降水スキームの高度化

エアロゾルと複雑に相互作用する雲・降水プロセスは、気候モデルにおける最大の不確実要素として認識されているものの、その定量的な見積もりには、未だにモデル間のばらつきが非常に大きく信頼性も低いままになっています(IPCC AR5; Boucher et al., 2013)。その原因の一つに、モデル内における降水の簡素な取り扱いが指摘されています(Wang et al., 2012)。現状の気候モデルにおいて、計算コストの節約のため降水を診断的に取り扱うモデリング手法がほとんどですが、これは雲の“履歴”に応じた降水生成ができないことになるため、雲場と放射場の間には根強い誤差補償問題が存在します(Nam et al., 2012; Suzuki et al., 2013)。
本プロジェクトでは、降水を陽に予報する新しい雲・降水スキームを開発し、誤差補償バイアスの改善を目指した物理ベースな気候モデルの高度化を推進しています。具体的には、現在下記の4つの研究テーマに取り組み、衛星観測データと数値気候モデルの双方の特性を生かした不確実性の理解を目指しています。

1. 降水予報型スキーム“CHIMERRA”の開発

図1:MIROCに適用する予報型降水スキーム“CHIMERRA”の概念図.

従来型の降水を診断するスキームを見直し、降雨・降雪をGCMの複数時間ステップにまたがり陽に表現する、降水予報型スキーム“CHIMERRA (Cloud/Hydrometeors Interactive Module with Explicit Rain and Radiation)”を開発し、MIROCに適用しました(Michibata et al., 2019)。このスキームでは、降雨・降雪の質量および数濃度をそれぞれ予報する、2 moment法で降水粒子を取り扱っており、それによって各凝結生成物間の相互作用を非常に精緻に解くことが可能になりました(図1)。従来型スキームでは見逃されてきた降水粒子の放射計算も陽に考慮しており、より現実的な物理過程の再現が期待されます。
モデルの再現性をさらに向上させるには、観測データとの比較をうまく活用し、ターゲットとなるプロセスを拘束した上でモデルの振る舞いを現実的なパフォーマンスに近づけていくことが重要であるため、様々な観測データの特性を生かした素過程レベルでのモデル開発を推進しています。

2. サブグリッドにおける雲・降水の変動性の精緻化

気候モデルの標準的な水平解像度は約100 km 程度のオーダーであるため、個々の雲システムを解像できず、パラメタリゼーションによって表現しています。しかしながら、現実大気における雲や降水は、GCMスケールのグリッド全体に均一に分布していることはほとんどないため、それらのサブグリッド内での変動も考慮することが重要な課題となっています。
MIROCでは、格子内の総雲水量に対する確率密度関数(PDF)を陽に考慮することで、凝結する雲水の格子内変動を表現していますが、降水生成に対しても同様に雲の不均一性を考慮した定式化で取り扱う必要があり、気候モデルにおける重要な課題となっています(Morrison and Gettelman, 2008; Lebsock et al., 2013)。
また、鉛直方向の雲・降水の降水の重なりをどのように表現するかについても、気候モデルにおいていくつかの流儀があり、重要なテーマの一つです。格子内をどれくらいの割合の雲が占めていて、雲のどれくらいの面積から降水が形成されるか、に関わるモデル表現は降雨・降雪の蒸発・昇華を介した力学場との相互作用に直接リンクしているため、気候モデルのパフォーマンス全体に対して密接に関わります。降水粒子の鉛直落下のモデリングにもいくつかの手法があり、計算コストとパフォーマンスの両面で実用的なスキームへと改良を継続する必要があります。

3. 新しいautoconversionパラメタリゼーションの開発

バルクモデルにおいて、雲水から雨水への変換はautoconversionというパラメタリゼーションで表現しています。一般に、図2の赤枠に示したように、雲水量qcと雲粒数濃度Ncの関数でパラメタライズされることが多く(Khairoutdinov and Kogan, 2000)、Ncに対する指数部β(< 0)により、エアロゾル数濃度の増加時に降水生成効率を抑制し雲寿命を延ばす、いわゆる雲寿命効果(Albrecht, 1989)を表現しています。

図2:エアロゾルの摂動に対する雲水量の応答の全球分布図. Michibata et al. (2016) を改変.
しかし、衛星観測データおよび数値気候モデルを用いた最近の研究によると、エアロゾル数への依存性の大きさは一様に記述できるものではなく、周囲の環境場や雲のタイプなどによって強く特徴づけられることがわかってきました(Wood, 2012; Michibata et al., 2016)。図2は、エアロゾルの微小変化があった時の雲水量の応答の全球分布を描いたもので、雲寿命が延びる効果を赤色で示しています。MIROCを用いたシミュレーションでは、先述のautoconversionスキームにより単調に雲寿命を伸ばすパラメタ化が導入されているため、全球で雲寿命効果のシグナルが現れるのに対し、現実大気ではその効果がモデルよりも小さいことに加え、低緯度では負の応答も現れていることがわかります。これは、大気が熱力学的に不安定なレジームにおいては、エントレインメントと雲粒径減少の効果が雲水の蒸発を促進し(Small et al., 2009)、正味で雲量の減少に寄与することを示唆しています。
本研究課題では、このような“レジーム依存のエアロゾル・雲相互作用”をより物理的に表現するために、衛星観測データを活用した素過程の解析を通して、新しいautoconversionスキームの開発を実施しています。

4. 雲氷の成長過程をシームレスに記述するモデリング手法の開発

図3:高次モーメントを予報する新しい固体降水スキーム.

気候モデルは、観測と比較し過冷却水滴の割合を系統的に過小評価する傾向があり、ほとんど全ての気候モデルに見られる共通バイアスの一つとなっています(Cesana and Storelvmo, 2017)。その原因として、雲氷の成長過程に関わるモデリング手法の枠組み自体に問題があることが指摘されており(Tan et al., 2016)、こうした雲のフェーズ(液相・固相)のバイアスは、温暖化時の気温変化の再現性に強く影響するため、気候モデルのパフォーマンスにとって極めて重要な要素です。
現状のモデリング手法における問題点は、µmスケールの氷晶核・雲氷とmmスケールの降雪粒子の2つのカテゴリを集団としてモデル内で記述しているため、カテゴリ間の不連続が生じる点です。本来、雲氷・降雪・雹・あられといった固体降水の粒子系は、雲粒と雨滴のような明確な区分はなく連続的に表現する方がより現実的であり、バルクのモデリング手法そのものを再検討する必要があります。
そこで本研究課題では、雲氷と降雪という2つのカテゴリでモデリングしていたこれまでのバルク法に対し、これらを区別することなく1つのカテゴリとしてモデリングする、新しいバルク法を開発しています。取り扱うカテゴリを減らす一方で、予報変数として考慮する情報として、バルクの質量・数濃度に加え、従来型スキームでは予め規定していた粒径分布の広がりに関する情報を新たに予報する3 moment法を導入することで(図3)、スキームに内存する恣意的な閾値に起因する不確実性をなくし、シームレスに成長過程を記述できる第一原理的枠組みを構築することを目標としています。


引用文献

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Small, J. D., Chuang, P. Y., Feingold, G., and Jiang, H. (2009). Can aerosol decrease cloud lifetime?, Geophys. Res. Lett., 36, L16806, doi:10.1029/2009GL038888.

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Wang, M., Ghan, S., Liu, X., L'Ecuyer, T. S., Zhang, K., Morrison, H., et al. (2012). Constraining cloud lifetime effects of aerosols using A-Train satellite observations. Geophys. Res. Lett., 39, L15709. https://doi.org/10.1029/2012GL052204

Wood, R. (2012). Stratocumulus clouds. Mon. Wea. Rev., 140, 2373–2423.