新しい雲・降水プロセス診断ツールの開発

気候モデルの性能をより向上させるためには、衛星観測データをうまく活用した比較・検証を行うことが重要です。本プロジェクトでは、気候モデルの最大の不確実要素である雲・降水プロセスに焦点を当て、観測データを有効に活用した気候モデルの改良を推進するための、新しい評価指標の提案および診断ツールの開発を行っています。

衛星観測シミュレータCOSPを用いた気候モデルの評価

気候モデルの性能評価として、全球を高分解能で観測している衛星データは非常に有効な検証材料となっています。しかし、衛星プロダクトは観測体からの放射輝度もしくはレーダー反射因子から逆推定した、いわゆる“リトリーバル”であるため、モデルネイティブな物理量と衛星プロダクトが示す物理量を直接比較する場合、それは厳密には整合的な比較ではないことになります。そのため、モデルネイティブな物理量に対し、各種衛星センサーと同様のリトリーバルアルゴリズムを用いて“順問題”を解くことで変換された値が、衛星プロダクトと整合的に比較できる物理量となります(図1)。

図1:衛星観測シミュレータの概念図. Masunaga et al. (2010) より引用.
エアロゾル・雲・降水を観測する衛星センサーには、MODIS, MISR, CloudSat, CALIPSOなど様々なものがあります。数値モデルの検証のため、これら複数のセンサーによる人工的リトリーバルの作成をアシストするツールをパッケージングしたものが、衛星観測シミュレータと呼ばれるものです。気候モデルコミュニティにおいては、CFMIP(Cloud Feedback Model Intercomparison Project)が中心となって開発した、CFMIP Observation Simulator Package(COSP; Bodas-Salcedo et al., 2011)という衛星シミュレータパッケージが主流となっています。
衛星観測シミュレータは、数値モデルの性能評価において、いわば“雲の共通言語”を提供する必要不可欠なツールとしての役割を担っています(Swales et al., 2018)。

“解析バリアフリー”を目指した診断ツールの開発

衛星シミュレータCOSPは、GCMにおける100 km オーダーの解像度の出力を用いて雲スケールでのリトリーバルを作成するにあたり、GCMグリッド内にサブカラムを生成する手法が用いられ(Klein and Jakob, 1999; Webb et al., 2001)、モデルの格子平均量を雲ピクセルに分配します。これにより、CloudSatやCALIPSOのような能動型衛星センサーのリトリーバルも雲スケールで作成することが可能となっています(図2)。

図2:COSP2衛星シミュレータの解析アルゴリズムと新たに導入した雲・降水診断ツールの概要.
一方、このようなサブカラムの配列を持ったパラメータは出力サイズが膨大になるというデメリットがあります。雲・降水プロセスの解析に際しては、レーダーやライダーによる鉛直構造に関する情報が極めて重要であるため、サブカラム変数は解析を実施する際のボトルネックとなることが大きな懸念要素です。
そこで、サブカラムの情報を用いた雲・降水プロセスの評価において重要な統計解析を、ホストモデルがCOSPを呼び出す際にインラインで診断することにより、サブカラム変数を出力することなく必要な統計情報が得られるツールをCOSPに実装しました。このインライン診断ツールは、MODIS・CloudSatのリトリーバルの情報を複合的に組み合わせることで、解析ターゲットである水雲を抽出したうえで統計ダイアグラムを作成するため、ユーザーは解析の手間をかけることなく素過程に根ざした診断情報を得ることができるようになります。

出力される診断例を図3に示します。これは、Contoured Frequency by Optical Depth Diagram (CFODD) と呼ばれる解析手法で、CloudSatレーダー反射率dBZの鉛直プロファイルを、雲頂からの光学的深さ(in-cloud optical depth; ICOD)で規格化した2次元頻度分布図です(Nakajima et al., 2010; Suzuki et al., 2010)。MODISによりリトリーブされた雲粒径でCFODDを分類すると、粒径が大きくなるに従い非降水性の雲レジームから降水性に変遷していく様子が衛星観測では明瞭に示されている一方、モデルでは降水の生成が系統的に早いバイアスを抱えていることがわかります。
これは、衛星観測により拘束した素過程レベルでの情報を数値モデルの改良に直接リンクさせる機能を果たすため、今後のモデル開発をさらに加速させるツールとして利用されることが期待されます。このような、ツールとしてのユニバーサルデザインを開発・提供したことにより、ストレージの節約や解析負荷の軽減につながるだけでなく、各モデリングセンターが共通の解析を同一条件で実施することが可能になるため、モデル間相互比較や複数の感度実験なども非常に効率的になることが期待されます。

図3:CloudSatおよびMODISから複合的に診断される統計ダイアグラムCFODD(Contoured Frequency by Optical Depth Diagram)を用いた(上段)衛星観測と(下段)数値モデルの比較.
今後は、解析の対象を水雲だけでなく氷雲や混相雲のフェーズの診断などへの拡張を予定しています。またCOSP以外の、雲解像モデル向けに提供されている衛星シミュレータパッケージにも同様のツールを実装することにより、世界中の様々な数値モデルユーザーが利用可能なソフトウェアの提供を目指しています。ソースコードはGitHub上で公開中です。
本プロジェクトは、英国UK Met Office, 米国コロラド大学, NOAAなどの研究グループとの国際共同研究として推進しています。


引用文献

Bodas-Salcedo, A., Webb, M. J., Bony, S., Chepfer, H., Dufresne, J.-L., Klein, S. A., Zhang, Y., Marchand, R., Haynes, J. M., Pincus, R., and John, V. O. (2011). COSP: Satellite simulation software for model assessment, Bull. Am. Meteorol. Soc., 92, 1023–1043, https://doi.org/10.1175/2011BAMS2856.1.

Klein, S. A. and Jakob, C. (1999). Validation and sensitivities of frontal clouds simulated by the ECMWF model, Mon. Wea. Rev., 127, 2514–2531.

Masunaga, H., Matsui, T., Tao, W.-K., Hou, A. Y., Kummerow, C. D., Nakajima, T., Bauer, P., Olson, W. S., Sekiguchi, M., and Nakajima, T. Y. (2010). Satellite Data Simulator Unit A multisensor, multispectral Satellite Simulator Package, Bull. Am. Meteorol. Soc., 91, 1625–1632, https://doi.org/10.1175/2010BAMS2809.1.

Nakajima, T. Y., Suzuki, K., and Stephens, G. L. (2010). Droplet Growth in Warm Water Clouds Observed by the A-Train. Part II: A Multisensor View, J. Atmos. Sci., 67, 1897–1907, https://doi.org/10.1175/2010JAS3276.1.

Suzuki, K., Nakajima, T. Y., and Stephens, G. L. (2010). Particle Growth and Drop Collection Efficiency of Warm Clouds as Inferred from Joint CloudSat and MODIS Observations, J. Atmos. Sci., 67, 3019–3032, https://doi.org/10.1175/2010JAS3463.1.

Swales, D. J., Pincus, R., and Bodas-Salcedo, A. (2018). The Cloud Feedback Model Intercomparison Project Observational Simulator Package: Version 2, Geosci. Model Dev., 11, 77–81, https://doi.org/10.5194/gmd-11-77-2018.

Webb, M., Senior, C., Bony, S., and Morcrette, J.-J. (2001). Combining ERBE and ISCCP data to assess clouds in the Hadley Centre, ECMWF and LMD atmospheric climate models, Clim. Dyn., 17, 905–922.