インタビュー 創造性教育と社会
大人たちが創造性教育に期待すること
受け身じゃなくて,能動的なことをやってほしい
清田先生(以降清):今,お子様と学校の中でのお話とか家でされますか。どんな話されますか?
川道さん(以降川):たわいもないことを話します。逆に,子供の中のデリケートな部分は話さないですね。自分たちの世界みたいなのをもっている気がします。ただ,気を付けているのは,関心をもっているよっていうのは伝えるようにしています。無関心じゃなくて,何かあったらほんとに何かあったら相談ができるような親でいたいし,常に君たちのことは関心持っているよっていうのは,態度で伝えときたいと思っています。
清:子供たちにスマホを持たせるのは反対派とのことですが,理由が何かあるのですか?
川:できるだけ受け身じゃなくて,能動的なことをやってほしいなっていう思いがあります。例えば工作でもいいし,プラモデルを作るでもいいんですけど。自分が子供の頃は,自分たちでアイデアを出してビー玉で遊んだり,メンコで遊んだりとかルールも作ったりとかしていました。ゲームが出てくると,やっぱりどうしてもゲームの中でのルールなので。否定はしないんですけど,ある程度時間は決められた中でやるっていうほうがいいかなと思っています。
ICTを学ぶことより,それを使ってどうしたいか
清:大事なのは,そのツールの向こう側に人がいることの意識,コミュニケーションだと思います。人がいますからね,人がどんな思いでいるのかっていうことをまず考えるっていうことは大事ですね。今学校はでGIGAスクール構想,ICTを使った教育活動などが,全体に進んでいるのですが,どのように考えておられますか?
川:学校の状況だからなのか,社会の情勢だからなのかわからないですけど,子供たちがICTを使って活躍していく世の中を,つくっていかないとなと思う反面,親として,怖いなとかいう思いもちょっとしているんですよ。英語が受験にしか役立たなかったという感じがあるように,ICT化も生きた学問として使えないケースがでてくるんじゃないかなって気がします。自分自身はICTでごはん食べてきた身ですが,心の中ではICTって言っても,そこだけじゃないし,それをやれば世界に追いつくとかという話でもないと思います。
清:ICTが人間の営みの中で,人間のツールとして生きていくっていうことは,すごく大事なことですよね。では,生きた学びにするには,どうしたらいいと思われますか?
川:そうですね,英語で考えると,英語は手段なので,目的があってはじめて生きてくるものだと思います。だから外国に行きたい,仕事に就きたいという目的を持てたときに,はじめてその国の言語を学んで生きてくるんじゃないかなってきがします。ICTも,それを学ぶことが目的というより,それを使ってどうなりたい,どうしたいっていうのがあったときにはじめて,手段として,道具として,生きてくるんじゃないかなと思います。じゃあ教育はどうしたらいいかっていうと,自分が何をやりたい,どうしたい,どんな暮らしをしたいとか,そういう思いがあるかどうかが大切だと思います。
清:今は将来何になりたいかって聞くとYouTuberという子が多いそうですが,それは方法ですよね。その先に何がしたいかっていうのがなくって,その方法だけに憧れているんだろうなと思います。方法ではなくて,自分がどうなりたいとか,どう生きたいんだとかっていうことをつくっていくためにどうしたらいいのか,ご提案みたいなのがもしあれば教えていただけないでしょうか?
川:やっぱり小学校や中学校のときに自分があこがれたものとか,好きだったもの,楽しかったものの延長線上にあると思います。例えば僕がそのなぜこういうコンピューターのとこに来たかっていうと,映画の影響なんですよね。小学校の頃かな,スターウォーズに感銘を受けて。あとバックトゥーザフューチャーとか,インディージョンズとか。世界観がすごいなあと思ったんですよね。まずそれがあった気がします。中学校では,数学とか理科系に興味がある子供でした。一方で,中学2年生の時の英語のテストが100点満点中8点だったんですよ。それで,個人の塾に通ったんです。そこの塾の先生が,ちょっと変わっていたんです。「川道くんは何が好き?」って聞いてきて,僕はもうスターウォーズですって言ったら,よしじゃあスターウォーズの台詞を英語でしゃべろう,それを訳して勉強しよう。他にも,好きな洋楽の曲持ってきて,それを日本語に訳そうとか,そういうことをやってくれて,そこから英語がすごく大好きになって,面白くなって,急に8点から90点以上取る得意科目になってきたんです。自分の中で「スターウォーズの世界を知るには英語がしゃべれないといけないんだ」とか「あの人たちが言っていることを英語で理解したい」っていう気持ちがすごくあった気がします。そこで出会った人とか,大きな出来事とか,たった一日,たった一回かもしれないけど,起こったことが,ずっと残っていて,それが大人になったときに,自分の核になってることっていうのは,ある気がします。小さいときに,面白いって経験をたくさんできればいいなと思いますね。
先生の好きなもの,面白いものを語ってほしい
清:その「面白い」をその学校の中でどれだけたくさん子供たちが見つけてくれるかですね。自分だけの面白いものっていうものが必ずあるんだろうと思うんです。それに気づけることが重要なのかもしれないなあと思います。
川:先生に求めることとしては,例えばさっきの英語の先生みたいに,個別に,この子の好きなことをこれで授業をやるっていうのは難しいと思うので,逆に先生の好きなもの,面白いものを語ってほしいと思います。例えば,美術で言うと,私はこの作家のこの作品が大好きなんだ,それはこういう理由で,こういうとこがいいんだよっていうことを,熱く語る授業があってもいいのかなと,と思ったんです。面白おかしく本気で熱をもって話すと,聞いている子もいるし,何言ってんだろうっていう子もいるかもしれない。でも,一人二人はその先生の熱にほだされるというか,影響を受けるというか。この先生には,こんなに面白いと思えることがあるんだなっていうことを伝えてほしいんですよね。生徒も面白がって,家に帰って「今日先生がこんなこと話しとったよ」とか話すかもしれません。ちょっとしたきっかけかもしれないけど,影響を受けることはあるのかなっていう気がします。誰かが面白がってる姿も面白いんですよね。そういうのが実はクラス,教室の中に集まっているんだと思うんです,本当は。それをオタクだと思われるのが嫌で,恥ずかしがるんじゃなくって,語ってみても面白いと思いますね。先生も含めて41人が,みんなでオタクになって喋るっていうのは,めちゃめちゃ面白いよね。
清:川道さんは,ご自身のお仕事の中で,創造性とか創造力っていうのはどんなふうにこう活用されていると思っておられますか。
川:そうですね,僕は0から何かをつくれるとは思ってなくて,何かと何かをかけあわせるんですね。自分なりの創造力というか,アイデアというか。今はコロナで大変ですけど,過去にもこういう疫病が流行ったことはあるだろうし,歴史を紐解けばそのときに何か解決法が出てくるんじゃないかとか。そもそもこういう変わるタイミングで,自分もいいように変われるんだっていう考え方さえ持っておけば,アイデアがふっと出てくると思うんです。何かあるだろう,何かできるだろう,何か面白いことないかな,何かチャンスなのではないか,とか。そうやって思い返してみたら自分にそういう問いかけはよくしていると思います。落ち込んでいるとやっぱり心も脳み,働かないので,あえてそういう時ほど,ちょっと山歩きにいこうかとか,自分の足を動かしたり,自分のすきなことしたりしようかとか,意外と仕事と離れた遊びをしている気がします。ついつい人間って脳で考えていると思っちゃうんです。でも,脳の中で行き来している情報は電気信号なので,神経を通って体全体にいっているはずなんです。体全体で思考しているはずなんですよ。手とか皮膚とか筋肉も実は思考をして,脳だけがその役割を担っているわけではありませんよね。そういうのはすごく大事にしているなと思います。
子供たちの仕草ひとつひとつが創造性の源
清:すばらしいですね。「授業中はじっと座って,前を見て」という話とは逆の話ですよね,これ。
川:そうですよね,僕はじっとできてない子だったんで,じっとものを考えることもありますけど,それ以上にこうクリエイティブなこととか,これから将来のことを考えるときっていうのは動かします。
清:ですよね。でも両方大事なんですよね,きっと。子供たちの動きって人それぞれだし,貧乏ゆすりする子もいるし,なんか嬉しいときに飛び跳ねる子もいるし,そういう子をひとつひとつ,仕草ひとつひとつが創造性,創造の源なんだろうなと,思います。一方で,やっぱり教科の授業の限られたスペースの中で,全員が安全で安心に過ごそうと思えば動いてばっかりもいられないですよね。
川:そうですね。そこが,難しいですよね。PTA会長の立場で小学校も中学校もさせてもらいながらも,この教育のほんと現場の難しさがありますね。一つの教室にまあ30人から40人も一緒に同じレベルで同じことを教えていくっていうことはいい部分とやっぱり,プラスがあればマイナスもあるので,その子供たちの多様な考え方を引き出して,それを認め合うこと。パラリンピックで活躍してるみなさんもそうだと思いますけど,そういう方が学校の中で,輝くにはどうしたらいいか,考えています。
清:子供たちに聞いてみたいことがありますか?
川:今の10代が感じているものとか,いいなと思っているものが,次の世代になっていくんじゃないかなっていう気がします。将来は,おそらく今の10代の子たちが考えているような未来がかたちになるんじゃないかと思います。子供たちに将来どんな世の中になっていたら面白いと思う?とか,こんな仕事で生活してみたいとかある?とか,そういう子供たちの将来の暮らし方は聞いてみたいなと思います。
本当の働き方改革は,働くと遊ぶの境目をなくすこと
清:では,先生方に聞いてみたいことってありますか?
川:先生方に聞いてみたいことは,若いころに先生になってこういうことやってみたいっていう思いがあったことと,いまとの思いでずれている部分についてですね。
清:いわゆる理想と現実ですよね。
川:例えば先生にアンケートをとって,今仕事に対してどう思いますかと聞いたときに,仕事と遊びの区別がつかないくらい先生の仕事って面白いんだよって答えてくれる先生がどれぐらいいるのかなって。疲弊していたりとか,悩みがあったり,自分の思いと教育現場がやっぱ違うってなったりとか,いろいろあると思うので,そこを聞いてみたいし,そういう声を,もっと話すことができる場があるといいなと思いますね。
清:多くの中学校の先生方もおっしゃるように,部活とか,学校の仕事を仕事だと思ってない人がいますね。仲間の先生と一緒に,今日こんなことがあったって伝えあうことが,実は教員の心を保つためには重要だったりするのかなって思います。僕も長いこと教員やっていましたから,それはよくわかるんですね。だから,遊びがなくて,全てを職業として割り切ろうといったときに違和感とか,社会での職業観とのずれがあって,うまいこといかない理由のひとつになっている気がします。
川:「働き方改革」=「時間を短くすること」という捉え方もありますが,僕は寝ている時間以外は仕事のことを考えて,ずっとやってきているんです。だから働き方改革の話でいうと超ブラック企業,ブラック会社です。もう寝ても覚めても,ご飯食べているときも気になっています。働き方改革と真逆のことやってますけど,僕はそれが本当の働き方改革というか,働くと遊ぶとか,その境目をなくすことなんじゃないかなと思うんですよね。
清:今おっしゃったことを幸せというのだと思うんです。でも別の圧力もあって,例えば本当にやりたくてやってる人はいいんですけど,周りがやってるから帰れないとか。
川:極端なことを言ったら,普通の会社で9時から来て,2時,3時に自分の仕事終わっちゃったっていう人もいるわけですよ。でもみんなが5時まで帰らないから帰れないっていうのは,おかしいですよ。それだったらさっと帰って好きなことした方がいい。そのときにまたアイデアがでてくるかもしれない。圧力で「いなきゃいけない」とか,「先生たちが残ってるから残ってないといけない」とか,そういう心が苦しい時間の使い方っていうのはよくないですよね。
清:コロナだからという制限,同僚であるからという制限,自分の家族という制限,いろんな制限の中で人は生きていて,その制限を上手に,場合に合わせて変えていけることが思考力だと思うし,判断力なんだろうなと思います。そういう力をつけていけるのは,創造性があるっていうことなんだろうと思います。本日はありがとうございました。