岡山大学 農学部

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糸状菌 Trichoderma viride 由来の抗腫瘍性酵素L-リシンα-オキシダーゼの組換え発現,分子特性及びX線結晶構造の解析

2016年09月26日

 L-リシン α-オキシダーゼ (LysOX)(EC 1.4.3.14)は,補酵素にFADを有するフラビン酵素で,L-リシンの酸化的脱アミノ反応を触媒し,α-ケトε-アミノカプロン酸,過酸化水素,アンモニアを生産するL-アミノ酸オキシダーゼ(LAO)の一種である。一般に知られている蛇毒由来LAOは, 基質特異性が低いがL-リシンにはほとんど作用しない。しかし糸状菌 Trichoderma viride 由来LysOX (Tv LysOX)は,他のLAO とは違い,L-リシンに対して高い基質特異性(Km=40 µM)を持っている。さらに,本酵素は温度やpHに対しても高い安定性を有しており,60℃,20分間の熱処理でも90%以上の残存活性を示す。このため,食品工業分野においてバイオセンサーとしてL-リシンの微量定量や検出に実用化されている。また,Tv LysOXはマウスの腫瘍細胞に対して強い抗腫瘍性を示し,ヒトのガン細胞においても顕著な抗腫瘍性を持っていることがこれまでの研究によって明らかとなっている。著者らはヒトの肺腫瘍細胞(RERF-LC-AI)と子宮頸がん細胞(Hela)を用い,正常細胞のHUVECにTv LysOXの細胞毒性を検討した。腫瘍細胞のRERF-LC-AIとHelaは,3 mU/mlのLysOXの添加で4日後には多くの細胞が死滅していた。一方正常細胞では,同じ3 mU/mlのLysOXの添加でも80%の生存率であり,腫瘍に対する選択毒性を示した。腫瘍細胞は正常細胞よりL-リシン要求性が高い。そのためTv LysOX は培地中のL-リシンレベルの減少による強い増殖抑制効果が働き,酵素反応により生成した過酸化水素による殺細胞効果も加わって抗腫瘍性を示したと考えられる。腫瘍細胞ではカタラーゼ,グルタチオンペルオキシダーゼやスーパーオキシドジスムターゼ等の抗酸化酵素レベルが低いことが知られており,選択毒性を強めた要因と考えられる。今後,抗腫瘍性酵素として医療分野での利用が期待される。そこで,次に異種宿主による発現系構築を行った。従来のLysOXの生産は T. viride をふすま培養という個体培養法で約2週間生育させ,菌体外にTv LysOXを分泌させることが必要であり,この方法によるその酵素の生産及び精製は困難で,回収も微量である。そこで本研究で著者らは,放線菌 Streptomyces Liviadans TK24を用いた異種発現系の構築を試みた。ニトリルヒドラターゼ(H-NHase)プロモーターを有する放線菌用構成型高発現プラスミドpHSA81を使用し,今回取得した完全長のLysOXのcDNA (DDBJ AB937978)を用い,放線菌用で発現しやすいようにコドンの最適化を行いGC含量を52%から65%に増加させた遺伝子を作製した。その結果Tv LysOXの異種発現系の構築に始めて成功した。更にこの発現系では菌体外に酵素活性が見られたことから,非常に簡便な精製系を確立できた。(精製酵素の比活性は80 U/mg)。また本研究では分解能1.9 ÅでLysOXの立体構造を初めて決定できた。LysOXは非対称単位に2分子存在しており,Glu4からLeu512までのアミノ酸残基が決定できた(PDB:3X0V)。その構造を見ると,活性ポケットへの入口付近の酸性残基数と塩基性残基数は蛇毒由来Cr LAOで7:8であったのに対して,LysOXでは10:5と酸性残基が倍量存在し,酸性アミノ酸を基質とするL-グルタミン酸酸化酵素(LGOX)で6:8と塩基性残基が多かった。低基質特異性であるCr LAO酸性残基と塩基性残基の割合がほぼ同じであり,入口付近における分布にも偏りは見られなかった。これに対し,LysOXは酸性残基が多くかつ入口付近の電荷によって基質の選択が行われていると示唆された。次にLysOXの活性中心残基とL-Lysがどのように相互作用しているかをドッキングシミュレーションで計算し,モデルを得た。Asp212が基質L-Lysと相互作用を形成しており,重要な残基と考えられた。以上のように基質入口の酸性環境と活性中心残基の配置に,LysOXの厳格な基質特異性に関与する構造的特徴が認められた。

日本生化学会英文誌 J. Biochem., 157, 549-559 (2015)
糸状菌 Trichoderma viride 由来の抗腫瘍性酵素L-リシンα-オキシダーゼの組換え発現,分子特性及びX線結晶構造の解析(Recombinant expression, molecular characterization and crystal structure of antitumor enzyme, L-lysine α-oxidase from Trichoderma viride

天野万里,水口春香,佐野宰久,近藤裕輝,新屋敷健吾,稲垣純子,田村隆,川口辰也,日下部均,今田勝巳,稲垣賢二

※上記の発表論文は「2016年度日本生化学会JB論文賞」を受賞しました


【連絡先】
稲垣 賢二
岡山大学大学院環境生命科学研究科(農学部)
Email: kinagaki (a) okayama-u.ac.jp
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