金属間化合物超伝導体
     
           
   

 金属間化合物の超伝導は、単体元素超伝導体とともに、古くから注目されて探索されてきた物質です。 Fig.1は、金属間化合物超伝導体のTcの推移を示しています。金属間化合物超伝導体は、銅酸化物超伝導体ほど高いTcを持つものはまだ発見されていませんが、元々金属であるだけに加工しやすいという利点を持っており、広く応用に向けた研究が進んでいます(銅酸化物超伝導体は元々御茶碗のようなセラミックスのため展性・延性に乏しい。そのため加工が大変難しい)
 超伝導の理論である
BCS理論も、金属間化合物超伝導体の発見がなければ進まなかったでしょう。また、近年、比較的高いTc = 39 Kで超伝導を示す物質MgB2が発見されたことから、今までよりもさらに精力的に研究が進められています。

 

BCS理論と探索の指針!?

BCSTc決定方程式とMcMillan方程式が示すTcを高くする条件!!

 1957年に発表されたBSC理論により、超伝導の基本的な機構が解明され、どのような観点から超伝導探索を行えばいいかということがわかってきました。BCS理論では@式のようなTc決定方程式が導かれています。この式では、初期の超伝導体の多くを表現することができました。しかし、Matthiasらにより発見されたA15型超伝導体をこの式で表現することはできませんでした。そのそも@式は電子間相互作用:V V<<1と近似して導出されたものです。そのため、無視出来ない程度にVが大きい物質では、うまく表現できなかったのです。そこで登場したのがB式のMcMillan方程式です。この式は、@式における無視出来ないVN(0)の情報をλの中に取り込んで表現しています。これにより、さらに高いTcを持つものまで表現できるようになりました。
 @式
, B式ともに、Tcを高くする条件として、まず格子振動数(デバイ振動数): ωDを大きくすればいいということがわかります。また、フェルミ面近傍の状態密度: N(0)、そしてVを大きくすればいいということがわかります(McMillan方程式では、λの中にこの情報が含まれている)Vの値は実際に測定する方法がないため、有効な超伝導探索の指針とはなりません。また、他の2つのパラメータも実際に測定するとなると難しいです。しかし、現在まで発見された超伝導体の傾向を見ると、確かにデバイ振動数が大きい質量の軽い元素(A式より)ではTcが高く、A15型の超伝導体の中でも、フェルミ面近傍の状態密度が高い元素の組み合わせのほうがTcが高くなります。しかし、ここで挙げたものではうまく当てはまっただけで、完全にすべての超伝導体にあてはまるわけではありません。例えば、高いTcをほこる銅酸化物超伝導体にはここで挙げたものがほとんど該当しません。しかしながら、金属間化合物においてこれだけあてはまることを考えると、一概に方針として無意味と捨ててしまうのはあまりにもナンセンスといえるでしょう。BSC理論より導かれるTcに有利な条件も、立派な超伝導探索の指針になりえるのです。

 

質量の軽い元素( 軽元素 )Tcに有利に働く!?

 BCS理論において、デバイ振動数が大きい質量の軽い元素はTcに有利であると示されました。質量の軽い元素は軽元素と呼ばれ、特に規定はありませんが、周期表上で水素(H)からカルシウム(Ca)がそれに相当するとされています。
 格子振動を担う元素は、結晶中でイオン化しています。クーパーペアの形成を引き起こす電子
-格子相互作用は、この格子を形成しているイオンと伝導電子の相互作用です。イオンが重い元素の場合(Fig.3(a))、格子中に伝導電子がやってくると、強く引き付けられます。また、質量が大きいため、今度は格子がもとの形に戻るのにも時間がかかります。しかし、イオンが軽い元素の場合(Fig.3(b))、格子が適度にひずみ、また質量が小さいことから、格子がもとの形に戻るのにもそれ程時間がかかりません。そのため、重い元素の場合よりも短い間隔で早くクーパーペアを形成することができます。軽元素が有利というのは、このようなことに起因しています。
 このように超伝導に一見有利に思える軽元素ですが、現実の系で見てみますと、ベリリウム
(Be)などはデバイ振動数が大きいにもかかわらず、Tc = 0.03 K程度です。また、デバイ振動数が小さい鉛(Pb)Tc = 7.19 Kとなっており、一概に有利とは言いがたい部分もあります。しかしながら、金属間化合物で最高のTcをほこるMgB2は、B元素に起因した大きい格子振動が超伝導発現と深く結びついていることが示唆されています。このことから考えてもやはり、軽い元素を含む物質には、まだまだ高いTcを持つ超伝導体が残されている可能性があります。

 

フェルミ面近傍の高い状態密度はTcに有利!?

 多くの超伝導体を発見することに成功したマチアス(B. T. Matthias)は、金属間化合物の平均荷電価とTcとの間にはFig.4のような相関があることを提唱しました。これは、Matthiasの荷電価則(Matthias rule)と呼ばれています。後に、多数の遷移金属超伝導体によく当てはまる経験則であることが分かりましたが、これは、先ほどのBSC理論でTcに有利になると示唆された、フェルミ面近傍の状態密度を高くする効果を利用したものです。
 常伝導状態では、
Fig.5のようにフェルミ面より下は電子で満たされており、それより上は電子がいない状態になっています。超伝導状態になると、フェルミ準位より下に電子がボーズ・アインシュタイン凝縮します。つまり、クーパーペアを形成できる電子はフェルミ面近傍にいる電子だけということです。BCS理論では、N(0)を大きくすることが高いTcを実現させることに有利であるとされていますが、これは超伝導電子になれる電子の数を増やし、より多くの電子を超伝導発現に関係させることに相当します。
 このようなN(0)を増やすという方法は、
Matthiasのように超伝導探索の中で類縁のより高いTcを持つ超伝導体を探す方法として役立ちます。NaCl(B1)型やA15型なども、この考え方によって類縁で多くの超伝導体が発見されました。今後も同様な方法で、高い超伝導体の類縁でより高いTcをもつ物質が発見されるかもしれません。

 

金属間化合物超伝導体の結晶構造
 金属間化合物超伝導体は、現在1000種近くのものが発見されています。また、超伝導探索の歴史も長いことから、応用の面でも使用されているものも存在します。ここでは、その中でTcを更新していった物質を中心に、その結晶構造の特徴を示していきます。

NaCl(B1 type)超伝導体

 超伝導の歴史の中で、最初に10 Kを越えたのがこのNaCl(B1 type)超伝導体です。主なものは、遷移金属(Ti, Zr, Hf, V, Nb, Mo, W)と炭素(C)あるいは窒素(N)との組み合わせです。この系で最高のTcを持つ超伝導体は、NbN17.7 Kです。
 この超伝導体では
TMC(TM: transition metal)の炭化物のときよりもTMN(TM: transition metal)の窒化物としたほうが、どの遷移金属の場合でもTcが高くなりました。これは、構成する元素がCからNに変わることによって、フェルミ面近傍の状態密度が上がった効果によるものと解釈することができます。その中でMoでは、MoCTc = 13 Kと当時としては高いTcを示したことから、MoNの室温超伝導が出るのでは?と予想されました。残念ながらMoNは、単相で合成することが難しく、超伝導を確認したと報告されているものでも、NbNよりも低く、期待されたほどの高い温度での超伝導の報告はなされていません。また、組成をNbN1-xCxとした系では、NbN17.7 Kを少し上回る超伝導も発見されています。
 この系の超伝導体の発見をきっかけに、金属間化合物での超伝導探索も活発になりました。

 

A15型超伝導体

 A15型超伝導体は、初めて20 Kを越えるTcを示した物質群です。1954年に最初のA15型超伝導体が登場すると、Matthiasらの研究グループによって勢力的に研究され、類縁物質でも数多くの超伝導体が発見されました。この系で最高のTcを有する超伝導体は、Nb3Ge23.5 Kとなっています(但し、薄膜試料です)
 
A15型超伝導体はA3Bの組成比を持ち、Fig.7のような結晶構造をとっています。大体Aサイトが遷移金属でBサイトがGeSnとなっています。
 
A15型超伝導体は、その比較的高いTcと扱いやすい金属の性質を生かして、Nb-Ti合金などと共に応用の面でも勢力的に研究されています。Nb3Snなどは、超伝導電磁石のコイルとして研究されてきました。病院などにあるMRI(Magnetic Resonance Imaging)などでも、A15型超伝導コイルが使用されているものがあります。当研究室でも、MPMS (Magnetic property measurement system)SQUID素子(Superconducting QUantum Interference Device)として、合成した試料の物性測定にその威力を発揮しています。

 

A3C60 (A : alkali metal)超伝導体

 銅酸化物超伝導体が脚光を浴び始めた頃に発見されたのが、C60(フラーレン : Fullerene)の超伝導体です。フラーレンはC60個集まって、サッカーボール型をとったものです。以前よりこの構造ができることは予想されていましたが、実際に発見されると、その構造の面白さから多くの研究がなされてきました。
 フラーレン自体Tc = 17 Kの比較的Tcの高い超伝導体ですが、単体元素の中で一番大きいイオン半径を持つアルカリ金属
(Alkali metal)と、A3C60(A: alkali metal)という組成比の化合物を形成します。アルカリ金属も自身が超伝導を示さないのに、イオンとして巨大なC60と結晶を形成することで超伝導を示す点が興味深いところです。この系で最高Tcを持つ超伝導体は、RbCs2C60Tc = 33 Kです(高圧化では、Cs3C60Tc = 40 Kで超伝導を示します)
 炭素からなる物質としては、フラーレンのほかにグラファイト、ダイヤモンド、カーボンナノチューブなどがあります。最近、ホールをドープしたダイヤモンドで超伝導が発現するなど、何かと超伝導研究の世界を賑わせている系です。いずれは炭素化合物で室温超伝導が発見されるかもしれません。

 

硼炭化物YPd2B2C, YNi2B2C超伝導体

 銅酸化物超伝導体フィーバーによって何かとにぎやかだった1994年に、Cavaと高木らによって報告されたのが、この硼炭化物超伝導体YPd2B2C(Tc = 23 K)YNi2B2C(Tc = 15.6 K)です。結晶構造はFig.8のようになっており、YC層とNi2B2層からなる一種の層状構造とみなすことができます(電気伝導は3次元的です)Tcが高いのはYPd2B2Cの方なのですが、単相試料の合成が困難なこともあり、現在、主に研究されているのはYNi2B2Cの方です。この超伝導体では、状態密度の計算などから、遷移金属: Ni3d電子が比較的高いTcに起因していると考えられています。また、トンネル分光などの結果から、従来のBCS超伝導であることが示唆されていました。しかし、最近の熱伝導度の実験から、BCS超伝導とは異なる超伝導ギャップの形状が提案され、注目されています。
 
YNi2B2Cの系では、Yサイトを希土類元素で置換した系でも超伝導が報告されています。Yサイトを希土類元素で置換した結果、本来超伝導状態を壊す働きをする磁性と超伝導が競合するという興味深い系となります。そのためRENi2B2C(RE: Ho, Er, Tm)系ではリエントラント型超伝導(超伝導状態が一度壊れ再び超伝導に戻る)と呼ばれる面白い超伝導転移も観測されています。

 

層状窒化物超伝導体

 1998年に報告されたのが、層状窒化物と呼ばれる一連のハロゲン窒化物の超伝導体です。この系で一番高いTcを示すものの一つが、Fig.10に示したLixHfNClTc = 25.5 Kの超伝導です。
 この物質の特徴として、
Cl-Cl間にLiがインターカレートされることで超伝導発現に至るということが挙げられます。母物質HfNCl2重ハニカム(蜂の巣)構造を形成するHfN層とCl層からなる層状構造を形成しています。また、Cl-Cl間が結合力の弱いファン・デル・ワールス結合で構成されているのが大きな特徴です。Graphite(グラファイト)などで有名ですが、このような層間には結晶構造を保ったまま他元素を挿入することができ、さらに物性の変化を与えることができます。LixHfNClLiインターカレートによってHfN層にエレクトロンがドープされ、超伝導発現に至ったと考えられています。
 この系では、類縁物質の超伝導体が多数見つかっています。
HfNClと同時期に発見されたZrNClでは、インターカレートによるエレクトロンドープ超伝導とCl元素を抜いたZrNCl1-xのホールドープでも超伝導が確認されています。また、Cl-Cl層間に有機物をインターカレートした物質でも、20 K級の超伝導が確認されています。
 層状窒化物系はまだまだ発展途上段階であり、より高いTcを有する物質の発見が期待されています。

 

硼化物MgB2の超伝導

 21世紀の幕開けと共に報告されたのが、硼化物MgB2の超伝導です。Tc = 39 Kという銅酸化物超伝導体に匹敵するTcを示したことから、大変注目されました。また、この物質は、銅酸化物超伝導体と比べると、軽量且つ原料コストが安く、加工プロセスでのコストダウンが可能というメリットを持ち合わせていることから、超伝導線材としての応用的側面からも非常に関心が集まっています。現在、~20KでのMRI、各種デバイスや液体ヘリウム冷却下での従来材料(Nb-Ti, Nb3Sn)の代替をターゲットとして、MgB2線材の開発が日本、アメリカ、ヨーロッパで行われており、正に開発競争といった様相です。
 
MgB2の結晶構造は、Fig.10のように三角格子からなるMg層と六員環からなるB層がc軸方向に交互に積層した2次元性の強い構造となっています。このため、MgB2の物質的性質にも次元性を強く反映した結果が観測されています。
 この超伝導体の発見以降、再び金属間化合物が脚光を浴び、類縁の硼化物や炭化物の超伝導探索が盛んになってきました。その結果、様々な超伝導体が発見されましたが、
MgB2Tcを越えるような超伝導体は類縁物質では発見されていません。

[1]  J. Nagamatsu, N. Nakagawa, T. Muranaka, Y. Zenitani and J. Akimitsu, Nature. 410 (2001) 63
[2]  J. Bardeen, L. N. Cooper and J. R. Schrieffer, Phys.
Rev. 108 (1957) 1175
[3]  Matthias. Bernd T et al, Science 156 (1967) 645
[4]  W. L. McMillan, Phys. Rev. 167 (1968) 331
[5] 
Aschermann, Friederich, Justi and Kramer, Z. Phys. 42 (1941) 349
[6]  K. Tanigaki et al., Nature 352 (1991) 222
[7]  R. J. Cava, H. Takagi, H. W. Zanbergen, J. J. Krajewski, W. F. Peck, T. Siegrist, B. Batlogg, R. B. van Dover, R. J. Felder, K. Mizuhashi, J. O. Lee, H. Eisaki and S. Uchida, Nature 367 (1994) 252
[8]  S. Yamanaka et al., Nature 392 (1998) 580