はじめに


 岡山大学考古学研究室が1990年から7年間にわたって実施してきた、岡山県上房郡北房町上中津井の終末型古墳群の発掘調査は、今回の定東塚・西塚古墳第4次調査をもってひとまず終了することになった。

 はじめに実施した、定北古墳の調査においては、全国的にも例の少ない整った終末型の方墳であることが明らかになり、陶棺の編年等においても、重要な資料を提供した。

 その過程で、従来は前方後円墳と考えられていた定古墳についても、2基の連接した方墳である可能性が大きくなり、定北古墳に先行することが推定された。そこで、厳密な年代と墳丘の構造を明らかにするために、1994年3月から、墳丘と石室の発掘調査を実施した。

 第3次調査までに、定東塚古墳と西塚古墳は、いずれも方墳であり、東塚古墳がやや先行して築かれたことは明らかになっていたが、東塚古墳の墳丘をめぐる列石は、数次にわたって修築が行われるという複雑な構造のために、各トレンチ間の列石の対応関係に問題を残していた。また、定西塚古墳の石室内においても、床面の完掘と6基の陶棺の搬出の作業が残されていた。

 今回は、定西塚古墳の横穴式石室と前庭部の発掘を中心に、定東塚古墳の前庭部の補足調査や、定東塚古墳の西側墳丘と、定西塚古墳の北側の墳端の確認などの調査を実施した。その他、昨年度に続き、土井横穴墓群の略測をはじめ、周辺古墳の分布調査を行った。

 現地の調査は新納泉が担当した。調査に際しては、土地所有者の田井隆氏のほか、平方吉太郎氏をはじめとする定地区の方々にお世話になった。7年間にわたって調査を支援していただいた地域の方々に厚くお礼を申し上げたい。また、宿舎の確保などでは、北房町教育委員会の協力を得た。

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岡山大学文学部考古学研究室copyright,1997

制作者:寺村