定東塚・西塚古墳の発掘調査の結果、古墳の外形は、従来考えられていたような前方後円墳や前方後方墳ではなく、2基の方墳の連接したものであることが明らかになった。 墳丘そのものは東塚が先行して築かれているが、もともと2基を構築する企画であったと推定される。
東塚の列石は、石垣状に積み上げられているが、小規模な石材を用いているため、かなり崩壊しやすかったようであり、数次の修築の存在が確認された。東塚全体では、少なくとも5段の列石が確認されているが、必ずしもすべて当初から存在していたとはいえないであろう。
西塚の石室からも、6基分の陶棺と、多量の副葬品を確認することができた。今後、東塚や定北古墳の資料との詳細な比較検討を通じて、古墳の築造や追葬の、より厳密なプロセスが明らかになるであろう。
写真:見学に来た地元小学生のみなさん
岡山大学文学部考古学研究室copyright,1997
制作者:寺村