第1次調査 | |||
平板・レベルを用いて等高線測量図を完成させました! これによって本格調査にうつるための基本的なデータが揃いました。 |
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第2次調査 | |||
主軸沿いに小さなトレンチを開けることによって前方部の有無を明らかにしようと試みました。また、周溝や堤の有無を明らかにしようと北側トレンチをあけています。 この時の成果は前方部の存在については明らかにはなりませんでした。また、東側では周溝状の遺構が確認されたものの、墳丘との関係が明らかでなく、時期決定の根拠となるような出土状況を示す遺物もなかったことからその後の調査に多くの課題が残されました。
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第3次調査 | |||
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第4次調査 | |||
本調査三度目。いよいよ墳頂部に調査区がもうけられました。地表下ごく浅いところで検出した掘りこみは乱掘坑であることが明らかになりました。確認のためにタチワリを入れたところ地表下約3.4mでレキと粘土から構成された遺構の存在が明らかになりました。 墳形確認の調査ではA・Bトレンチのふたつをあけることによって最終的な確認を試みました。Aトレンチでは比較的最近の池の存在が明らかとなり、またBトレンチでは溝状の遺構が確認され、埴輪は多数出土したものの、周溝の存在を決定付けることはできませんでした。
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第5次調査 | |||
第4次調査の成果をもとに、埋葬施設に関する情報・墳形に関する情報を得るための調査が始まりました。 墳頂部トレンチでは埋葬施設に関する情報は十分に得られなかったものの、墳丘の築造方法についての多くの情報をえることができました。昨年度一部分を確認していたドーム状の盛土は上面が平坦で中心はほぼ墳丘の中心と一致すること、ドーム状盛土までの段階と、それよりあとの段階の大きく二つに分かれることなどです。 墳形に関しては、Bトレンチの墳丘側にトレンチをあけ(Cトレンチ)墳丘との関係の把握を試みました。また、第3トレンチの西側に再度周溝確認のためのトレンチ(後円部北トレンチ)を設けています。Cトレンチでは盛土の可能性のある土層を確認していますが、後世の改変が著しく、周溝と墳丘との関係の把握はできませんでした。また後円部北トレンチでは第3トレンチと同様の周溝状の遺構を確認しました。 |
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第6次調査 | |||
第5次調査で検出されたドーム状盛土の掘り下げを行い、石室の被覆粘土を検出しました。その後、未盗掘の竪穴式石室を発見しました。竪穴式石室は内法で長さ約3.6m、幅約1.2m、高さ約0.7mで8枚の蓋石を持っており、東から2枚目の蓋石が割れて落下しているほかは完全な姿を保っていました。石室の中からは鏡や短甲、馬具などの豊富な副葬品が発見されました。副葬品は蓋石を除去したに記録して取り上げ、現在詳細な分析を行っています。しかし、石室の構造については解明されていない点あり、第8次調査に課題が残されました。 |