国立大学法人 岡山大学

LANGUAGE
ENGLISHCHINESE
MENU

No.26 「味」を感じる体の仕組み

focus on - YOSHIDA Ryusuke

No.26 「味」を感じる体の仕組み

大学院医歯薬学総合研究科(歯) 吉田 竜介 教授

 口内に入ったものに含まれる化学物質を感知するシステム、味覚。これと同様のしくみは実は全身に存在し、神経やホルモン、免疫系などを介し、さまざまな方法で体の恒常性や健康を維持しています。大学院医歯薬学総合研究科の吉田竜介教授は、口内にある味細胞の活性を測定するオンリーワンの実験手法や器具を開発するなどして、全身の化学物質センサーの詳しいはたらきを調べています。

―先生の研究内容について教えてください。

吉田教授
吉田教授

 味覚というのは、口の中に入ったものに含まれる化学物質を感知するシステムですが、同様の化学物質を感知するシステムは全身にあります。糖の吸収を例に挙げると、まず口に食べ物を入れると、味蕾という組織にある味細胞が食物中の糖を感知して反応し、その刺激が脳に伝わり「甘い」と感じます。実は、糖を感じるセンサーとなる分子は腸や膵臓などさまざまな場所にあり、腸では糖の吸収量をコントロールしたり、膵臓では糖の取り込みに関わるインスリンというホルモンの分泌をコントロールするほか、脳にあるセンサーでは、十分な糖を感知すると摂食をやめさせようとするよう働きかけるなど、さまざまなはたらきをしています。他にも苦味をもたらす物質は基本的には毒物ですので、それらを感知して免疫系の活性化や抗菌物質の分泌を促すセンサーが体内にあり、全身の恒常性や健康の維持に貢献しています。

 これらのセンサーはさまざまな種類が存在します。甘味を感じるセンサーは、人工甘味料などエネルギーとして利用できない物質にも反応しますが、それとは別に、ブドウ糖やグルコースなど人体が利用可能な糖だけに反応するセンサーも口内にあることが、最近分かってきました。こちらが具体的にどのような役割を果たしているかはまだ明らかになっていませんが、糖に関連するセンサーだけでも複数あるように、全身には数多くのセンサーが存在し、それらは互いに連携しあってはたらいているのかもしれません。

 また、味覚と、さまざまな全身の機能が密接に結びついていることが分かっています。脂肪細胞から分泌されるレプチンというホルモンは、体内にあるエネルギー量(脂肪の量)を表していて、脳やさまざまな全身の器官に働きかけ摂食を抑えたり代謝を亢進させたりするはたらきがありますが、2000年頃、レプチンが味覚にも影響を与えることが分かりました。レプチンによって甘味の感受性が下がり、甘味を感じにくくなるのです。これは、体内のエネルギーが十分に足りているときに「甘い物を食べてもそれほどおいしくはないな」と思わせ、摂食を抑え、適正な体重を保たせるための仕組みだと思われますが、現代の飽食の時代では逆効果にはたらく可能性もありますね。

―エネルギーの摂取状況によって味覚の感受性が変化するというのは面白いですね。甘味以外でも同じような現象は起こるのでしょうか。

 はっきりとは分かっていませんが、「塩分と塩味」、「タンパク質とうま味」など、体に必要な物質については同じような現象が起こっている可能性はあります。体内の浸透圧を調節するアンギオテンシンというホルモンがありますが、これがマウスにおいて塩味の感受性に影響しているという研究結果を我々のグループが出しています。もしかしたら、ヒトにおいても、塩分が不足しているときには塩味をより鋭敏に感じているのかもしれません。もっとも、それほど大きな変化ではないと思います。

―味覚の感受性はどのように測定するのでしょうか。

実験の様子。中央が味細胞で、上の管から糖などの化学物質、下の管からホルモンなどを味細胞に与えることができ、その際に発生した電位を測定する。

 味細胞が化学物質を感知して活性化すると、味細胞に電位変化(活動電位)が生じ、その情報が味神経へと伝達され、これが脳に伝わって味を認識することができます。私の行っている研究では、味細胞を取り出して、そこに化学物質を与え、発生した活動電位を測定するという手法を用いています。この活動電位がたくさん発生しているほど、強い味覚を感じているというわけです。この手法では味細胞に化学物質だけでなく、ホルモンなども与えることができるため、実際の体内で特定のホルモンが分泌された際、味覚がどう変化するのかを測定することが可能です。

 この手法は我々のグループが独自に開発したもので、世界で唯一のものです。味細胞の応答については、厳密に測定する方法がそれまでなく、作り上げるのにとても苦労しました。実験器具も全て手作りです。その甲斐もあって、今では世界中のさまざまな研究者から技術提供の要望があり、教えにも行っています。実験のやり方自体が技術的になかなか難しく、うまく教えられないこともありますが(笑)。

 そのようにして個々の細胞のはたらきやその違いなどを明らかにし、それを元に個々の細胞が体全体の機能とどのように結びついているかを追っていく、という流れで研究を行っています。

―味覚に関する研究を始めたきっかけは。

 味覚の研究は大学の頃から行っていましたが、大学院まではずっと軟体動物のアメフラシについて研究していました。元々は、生物の中で起こるさまざまな現象について研究したいと思っており、その中でも神経系が一番機能が多彩で面白そうだと思って、神経生物学を志しました。大学で神経生物学を専門にしていたのが、たまたまアメフラシの研究をしている研究室でした。アメフラシにも好き嫌いがあって、好きな食べ物はよく食べるし、嫌いな食べ物は吐き出すんですよ。その行動の違いを生み出している神経の回路はどうなっているのかを研究していました。その際、電気生理学という手法を使っていたのですが、九州大学の歯学部の先生から、味覚の研究をするので電気生理学に詳しい研究者にぜひ来て欲しいとお誘いを受け、ほ乳類の味覚について研究するようになりました。

 アメフラシとマウスでは全然違うように感じるかもしれませんし、実際に実験手法も異なるのですが、それまで行ってきたことの延長上にあり、研究としてはつながっていると思います。

―今後の研究予定を教えてください。

吉田教授その2

 現在は、レプチンが味細胞に影響を与える具体的なメカニズムや、血糖値やインスリン分泌と味覚の感じ方との関連などを調べています。研究が進み、味覚のセンサーをコントロールすることができるようになれば、糖の吸収を防ぐなどして肥満防止に役立てられるかもしれません。なかなか困難な研究だとは思いますが、まずは地道に成果を積み重ねていく必要があります。

 また、全身にある化学物質を感じるセンサーの中に、これまで知られていなかった機能をもつものがないかなども合わせて調べているところです。例えば、甘味や脂肪の味は肥満防止など、塩味は高血圧防止など健康増進のために活用できるかもしれません。

 より基礎的な研究も予定しています。熱いものを触ると思わず手を引っ込めてしまうような、脳を介さない「反射」と呼ばれる反応がありますが、味覚における反射の仕組みにつては、よく分かっていないことも多くあります。だ液や消化液、インスリンなどのホルモン分泌などに関わっているのではないかと考えていますので、神経科学の観点で研究してみたいと思っています。

略歴
吉田 竜介(よしだ・りゅうすけ)
1973年生まれ。神戸大学自然科学研究科博士課程修了。理学博士。九州大学大学院歯学研究院にて博士研究員、助教、講師、准教授を経て、2018年より現職。専門は口腔生理学。

(20.09.09)