炭酸基を含む銅酸化物超伝導体
     
           
   

 1988年にSr2CuO2(CO3)という炭酸基を含む銅酸化物の存在が報告され、後にその結晶構造が通常の銅酸化物超伝導体と同様にCuOから成るCuO2面を持ち、Sr2CO3と交互に積層した構造を持つことが解りました。その後、炭酸基を含む超伝導体としてTc~30K(Ba0.55Sr0.45)2Cu1.1O2.2+δ(CO3)0.9が発見されて以来、当研究室においても炭酸基を含む銅酸化物超伝導体の開発が精力的に行われてきました。 ここでは当研究室において発見された以下の物質について紹介します。

1. 1992   (Y,Ca)Sr2Cu3-x(CO3)xOy        Tc〜63K

2. 1992   (Bi,Pb)-Sr-Cu-(CO3)-O        Tc〜41K , 54K

3. 1993   Ca(Ca,Sr)2Cu2(CO3)1-x(BO3)x        Tc〜33K , 55K , 105K , 115K

4. 1993   Tl(Ba,Sr)4Cu2(CO3)O7-δ        Tc〜73K

5. 1993   Hg(Ba,Sr)4Cu2(CO3)O6-δ        Tc〜67K

 

1. (Y,Ca)Sr2Cu3-x(CO3)xOy

 炭酸基を含む超伝導体の探索は東大の十倉・有馬らによるブロック層の概念に端を発します。上述した Sr2CuO2(CO3)という物質の発見により当研究室ではSr2CO3を新しいブロック層と定義し、炭酸分圧下での合成を行って来ました。
 
Fig.1として(Y,Ca)Sr2Cu3-x(CO3)xOyの結晶構造を示してあります。この物質はY3+2価のCa2+で置換することでTc〜63Kの超伝導体となります。またYEr,Ho,Dy,Gd,Eu,Smなどのランタノイド元素に置換してもTc50K程度の超伝導体となることがわかっています。この物質はCu-O鎖の一部を炭酸基で置換した構造をとり、このような構造が可能であることは炭酸基の大きさとCu系のペロブスカイトの大きさがほぼ同じである事に因ります。つまり、炭酸分圧下での銅酸化物合成は多様な超伝導体が存在する可能性があると考えられます。

 

2. (Bi,Pb)-Sr-Cu-(CO3)-O

 炭酸基含有超伝導体において見られる特徴には頂点酸素を供給するブロック層同士の組み合わせが実現している、という点が挙げられます。このようなブロック層の構造は通常の銅酸化物においては安定に存在しないと考えられてきました。この事を考えると炭酸基ブロック層はどんなブロック層との組み合わせも許容され、物質開発には非常に幅があると言えます。
 
Fig.2-12-2には(Bi,Pb)2Sr2+nCu1+n(CO3)nO6+2n の結晶構造を示してあります。Fig.2-1n=1の場合に対応し、Bi-2223と同様の結晶構造を取ります。また、n=2の場合はBi-2245と同じ構造になります。これらは既に述べたように頂点酸素を持たないCuO2面が炭酸基に置き換わり、ピラミッド型のCuO6の正八面体が積層するという通常では安定でない構造を取っています。化学的見地からこの炭酸基と共有した頂点酸素が通常の頂点酸素と同様に考えられるか、についてはわかりませんが、こういった構造が存在するという事は物理的に非常に興味深いものであると言えるでしょう。
 この系の超伝導は
Bi3+Pb2+で置換することで得られます。Tcn=1の時、( (Bi,Pb)2Sr3Cu2(CO3) O8の時)41K , n=2の時( (Bi,Pb)2Sr4Cu3(CO3)2 O10の時)では約54Kです。通常のBi-2223等の転移温度と比較すると低い値となっていますが、これは決して炭酸基が高温超伝導に向かない、と言う事ではありません。これは後に紹介しているホウ酸基置換の系で見られる超伝導体の転移温度を見れば解るでしょう。

 

3. Ca(Ca,Sr)2Cu2(CO3)1-x(BO3)x

 Caの酸素欠損型ブロック層を含む構造では、これを多層積層させることが出来、これに伴い単位格子中のCuO2面の数を増やすことが出来ます。当研究室においても右のFig.3に示すような積層構造を持つCa(Ca,Sr)2+ nCu1+ n(CO3)1-x(BO3)xOy という物質群を合成することに成功しました。(n=1~3)これらの系におけるキャリコントロールはCO3BO3に置換する、というものです。これは炭酸基とホウ酸基のサイズや化学結合の様式が類似しており、この2つの価数が違うという事から非常に有効な方法と言えます。
 
n=13の超伝導転移温度はそれぞれ55K (n=1),105K(n=2),115K(n=3)です。このうち、n=1のものに関してはCaではなくBaを用いて合成するとTc60Kまで上昇します。これはイオン半径の大きいBaが固溶することでCuO2面が平滑化することに起因すると考えらます。n=3のものは高温超伝導体の中でも相当高い転移温度をもつ物質であり、HgTlといった危険な元素を用いない超伝導体では最高に近いものになっています。この系は炭酸基をホウ酸基で置換できる点からキャリアコントロールに適した系であると考えられ、今後多層構造を有する炭酸基を含んだ銅酸化物がHg系の転移温度を越えることが期待されます。

 

4. Tl(Ba,Sr)4Cu2(CO3)O7-δ

  Tl は非常に毒性の強い元素ですが、Tl を含んだ銅酸化物はHg系についで高い転移温度を示すということが知られています。このような背景からTl系の物質設計は盛んに行われてきました。炭酸基を含んだ超伝導体もTc~70Kを示すTl0.5Pb0.5Sr4Cu2(CO3)Oyという物質が発見され、Tl系での炭酸基を含む物質設計の発端となりました。当研究室ではTl(Ba,Sr)4Cu2(CO3)O7-δという非常に特異な超格子構造を有する超伝導体を発見しました。この物質はそもそも酸素欠損が起こりやすい、つまりキャリア過剰になりやすいのが特徴です。この結果、超伝導の発現にキャリアドープは必要なく、Tc73K程度の超伝導が発現します。
 
Fig.4にその結晶構造を示してあります。この物質は透過型電子顕微鏡を用いた電子線回折、及び、高分解能電子顕微鏡像の観察からa軸方向に(C-C-C)-(Tl-Tl-Tl)-(C-C-C)というような周期構造を持つ事が解りました。この周期構造はBaの置換量によって現れる場合と現れない場合があります。
 また、
Sr2価でありBa2価を取ることからBa置換という操作はキャリアコントロールにはなりません。ですが、Ba置換量により転移温度が変化する、という結果が得られています。これは置換によって酸素量が変化した結果と考えられます。
 こういった
Ba置換による周期構造や酸素量の変化といった結晶構造への影響は結晶学的にも物理的にも非常に興味深い現象である、と言うことが出来るでしょう。

 

5. Hg(Ba,Sr)4Cu2(CO3)O6-δ

 1993年にHgBa2CuO4+δという組成のHgを含む新たな超伝導体が発見されました。この物質は単位構造に1枚しかCuO2面を持たないのにTc~94Kの超伝導を示します。この物質のCuO2面の枚数を増やした構造を持つHgBa2Ca2Cu3OyTc~134Kで現在最も高い転移温度を持つ超伝導体であり、この物質は圧力を加えることで転移温度が164Kまで上昇するという特徴を持ちます。
 この特徴は
HgBaO2+δというHgOの酸素がほぼ欠損している新たなタイプのブロック層が起因しているのではないかと考えました。 このHgBaO2+δという新たなブロック層とSr2CO3という炭酸基を含むブロック層を組み合わせてHg系の物質設計を行った結果、当研究室において発見されたHgSr2Ba2Cu2(CO3) O6+δの結晶構造をFig.5に示します。この図からは見て取れないかもしれませんが、CuO2面は完全な二次元平面になっておらず、非常に波うった構造をしています。それが原因であるのかはわかりませんが、Tcは酸素アニールを施した試料で約67KHg系では比較的低い値となっています。 ですが、これだけCuO2面が波うっているにもかかわらずTc67Kと高い転移温度を持つ、と考えることも出来ます。
 いずれにせよ
Hg系における炭酸基を含む物質は通常のHg系銅酸化物の結果からも高い転移温度の期待される系であると言えるでしょう。