MgB2の超伝導
     
           
   

 

1. 発見に至る背景

2. 六方晶二ホウ化物

3. MgB2の電子状態

4. MgB2の超伝導ギャップ

5. MgB2の超伝導機構 −電子格子相互作用−

6. MgB2の臨界温度向上の可能性と周辺新超伝導物質探索

7. 終わりに

 

 

1. 発見に至る背景

 超伝導の歴史が、1911年のH. Kameringh OnnesによるHg(Tc=4.2 K)の発見から刻み始められ、これまでに実に多くの超伝導体が単体元素、金属間化合物において発見されてきました。金属間化合物の超伝導体としてはA15型超伝導体が最も良く知られており、その多くは1950年代のB. T. MatthiasJ. K. Hulmらの研究によるものです。これ以後の精力的な研究の結果、Nb3Ge(Tc=23 K)が、金属間化合物超伝導の中では最高のTcとなっていました。また、それまでに発見された超伝導体は、概ねBCS理論によって説明することができることも確かめられていました。ところが、1986年のJ. G. BednorzK. A. MüllerによるLa-Ba-Cu-O系の発見から始まった一連の銅酸化物超伝導体の登場によって、この記録が次々と更新されると共に、従来のBCS理論では説明出来ないことが示されていく一方で、金属間化合物超伝導体のTcはほぼ頭打ちの状態でした。研究者の間では、BCS理論によるTcの限界値「BCSの壁」が約30K程度と一般に信じられていたため、金属間化合物ではこれ以上高いTcは望めないだろうと考えられていました。そのような状況の中、新超伝導体MgB2(Tc=39 K)の第一報が、科研費特定領域研究「遷移金属酸化物」研究成果報告会(200118日〜10日、東北大学金属材料研究所)において、青山学院大学、秋光 純教授によって発表されました。MgB2は、これまでの金属間化合物超伝導体のTc2倍近く上回り、基本的にはBCS機構でありながら、いわゆる「BCSの壁」を越えた物質なのでは?という期待感も相まって、発見直後からその超伝導発現機構に関して多くの研究者の興味を集めました。また、この物質は@軽量且つ原料コストが安い、A結晶粒間の弱結合が存在しないため銅酸化物超伝導体よりも加工プロセスが簡便、B銅酸化物超伝導体よりも曲げ特性に優れるというメリットを持ち合わせており、超伝導材料としての応用的側面からも非常に関心が集まっています。

 

2. 六方晶二ホウ化物

  MgB2は古くから知られた化合物で、その結晶構造をFig.1に示します。この構造はAlB2型構造と呼ばれ、グラファイトと酷似した蜂の巣格子状のネットワークを組んだホウ素の層が、三角格子を組んだMgの層によって挟まれた層状構造になっています。AlB2型構造をとる物質の超伝導特性も古くからよく調べられており、1970年には、Cooperらが同様の結晶構造をとる一連の物質(YB2, ZrB2, NbB2, MoB2)の超伝導(B-richNbB2: Tc=3.87K, Zr0.13Mo0.87B2: Tc11K)を報告しています。また1979年には、LeyarovskaらがMB2(M: Ti, Zr, Hf, V, Nb, Ta, Cr, Mo)化合物の超伝導(NbB2: Tc=0.62K)を報告しています。このように多くの研究があるにもかかわらず、MgB2のみがその超伝導特性が測定されずに取り残されていたわけで、大変不思議なことと言わねばならないでしょう。

 

3. MgB2の電子状態

 MgB2の発見の報告後、間もなく、J. KortusらによるMgB2のバンド計算の報告がなされました。MgB2中でのホウ素は蜂の巣型格子層を形成しており、一方のMgはほぼ+2価でイオン化してその中に充填されていて、ホウ素1個あたり1個の電子を供給しています。つまり、ホウ素によって形成される2次元面は、ホウ素より電子が1個多い炭素(C)によって形成されるグラファイトと同じことになり、MgB2のバンド構造はグラファイトと対応させることが出来ます。
 バンド計算によって得られたフェルミレベル近傍の電子状態は、sp2軌道によって構成されるpδバンドとpz軌道によって形成されるpπバンドから成っており、グラファイトではpδバンドの位置がフェルミレベルに対して深く、すべて電子で埋められているの(Fig.3(a))に対して、MgB2ではpδバンドがフェルミ面近傍に位置していて(Fig.3(b))、円筒状のホールのフェルミ面を形成しています。一方、pπバンドは3次元的ネットワークを有するフェルミ面を形成し、pδバンドのホールによりpπバンドには電子が供給されていて、電子面はホール面に比べて肥大しています。青と緑の円筒状のフェルミ面(pδ)と青の管状のフェルミ面(pπ)はホール面を表し、赤の管状のフェルミ面(pπ)は電子面を表しています(Fig.4)。このように計算によって得られたバンド構造の特徴は、放射光X線回折を用いたMEM(Maximum Entropy Method: 最大エントロピー法)/Rietveld(リートベルト)解析によって得られた電荷分布図から、その妥当性が示されています。発見後の多くの実験によって、MgB2の超伝導はpπバンドを通して、キャリアがホウ素の二次元面(pδバンド)に供給され、主にpδバンドが超伝導を担っていることがわかってきました。それと同時に、銅酸化物超伝導体との類似点と相違点が浮き彫りにされてきました。大きな類似点は、MgB2と銅酸化物とも電荷供給層がMg2+とブロック層とそれぞれ存在していることです。一番大きな相違点は、MgB2では結合に関与しているpδバンドに直接キャリアが注入されていることです。もう一つの大きな相違点は、超伝導を担っているバンドがpδバンドとpπバンドの両方であるという点です。このように2つのバンドが同時に超伝導を担っているのは一見不思議に思えますが、比熱, 光電子分光, トンネル分光,ラマン散乱等の多くの測定手段によって確認されています。

 

4. MgB2の超伝導ギャップ

 エネルギーギャップに関する研究から、超伝導ギャップがフォノンによる超伝導体において仮定されることの多い等方的s波超伝導ギャップとは異なり、多重ギャップ(2ギャップ)であることが理論、実験の双方から示唆されるようになりました。それを契機に、MgB2の電子状態の特徴である性格の異なる2種類のバンドと超伝導ギャップの大きさとの関係を知ることが、高いTcの発現のメカニズムを理解するための鍵を握ると考えられるようになりました。初期の頃の研究の多くは、運動量を積分した形の情報が得られる実験手段であったため、2種類のバンドと超伝導ギャップとの関係を明らかにするには至ってはいませんでした。そのため、運動量に分解した電子状態を知ることの出来る測定手段による研究が不可欠となりました。中でもARPES(Angle Resolved Photoemission Spectroscopy: 角度分解光電子分光)を用いることによって、MgB22ギャップ超伝導体であることに対し最も直接的な証拠を与えました。また、STS(Scanning Tunneling Spectroscopy: 走査型トンネル分光)による実験結果も有力な2ギャップ超伝導の証拠となりました。高い転移温度(Tc=39 K)に対応する大きな超伝導ギャップ2L(4kBTc)は、電子格子相互作用の強いδバンドに開き、一方のπバンドには、これの約1/3の小さなギャップが開きますが、πバンドが超伝導対形成に積極的役割を果たしているとは現在のところ考えられていません。
  フォノンによる超伝導では、電子格子相互作用の運動量依存性を無視する近似が、多くの場合により良い説明を与えることができますが、MgB2では、電子格子相互作用の運動量依存性が、その高いTcも含めた超伝導特性に重要な役割を果たしている超伝導体であることがわかってきたと言えます。一般に2ギャップ超伝導体のTcはあまり高くないと言われてきましたが、MgB2の場合は、δバンドとπバンドとの相互作用があまり大きくないために、δバンドはπバンドによる影響をさほど受けることなく、大きなギャップを保持できたのではないかというのが一般的な解釈となってきています。また、ラマン分光実験の結果からは、電子散乱がバンドごとに異なる可能性も指摘され、次元性の異なる2種類のバンドが僅かに相互作用しているが、ほぼ独立に振る舞うというのがMgB2の超伝導の最大の特徴です。

 

5. MgB2の超伝導機構 −電子格子相互作用−

  これまでに報告されてきた多くの研究により、
MgB2における超伝導発現にフォノン(格子振動)が、何らかの形で関与していることは想像に難くない状況にあります。その最も直接的な証拠として、発見後ほどなく、同位体効果の実験が報告されました。10B11Bに置換することによってTcが約1K低下し、TcM-としたときの係数B0.26が得られています。また、他の研究グループによって、Mgの同位体効果(24Mg, 26Mg)はホウ素の場合に比べると非常に小さく、Mg0.02となることが報告されました。このことから、ホウ素に起因する強い電子格子相互作用が重要な役割を演じていることが実験的にわかりました。
  理論計算から得られている
MgB2のフォノンは、ゾーンセンター()においてE1u(30-40meV), A2u(40-50meV), E2g(60-70meV), B1g(80-90meV)4つのフォノンモードが存在することが知られています。E1uMgBのそれぞれの面がab面方向にスライドするモード、A2uMgBのそれぞれの面がc軸方向に振動するモード、E2gは隣り合うBが逆方向に面内で振動するモード、B1gは隣り合うBが逆方向にc軸に沿って振動するモードに対応しています。
 
この中でも、ホウ素の2次元面内の格子振動に対応するE2gモードが、最も重要な役割を果たしていて、電子格子結合定数は約1程度と大きな値となることが理論的に考えられました。このフォノンに関する理論からの見解の妥当性は、非弾性中性子散乱実験、ラマン分光実験、dHvA(de-Haas van Alphen)実験の結果から概ね確かめられ、MgB2の電子格子相互作用つまり超伝導機構の主役を演じているのが、δバンドとB元素の面内フォノンモードであることが実験的に確立されました。

 

6. MgB2の臨界温度向上の可能性と周辺新超伝導物質探索

 MgB2の発見以降、新物質開発の観点から最も注目を集めたのは、MgB2が氷山の一角であるのか、それとも極めて特殊な一例であるのかという点でしょう。超伝導研究の歴史を紐解いてみると、A15型超伝導体や銅酸化物超伝導体がその時代の注目を集め、精力的に研究が行われた背景には、もちろんそのTcの高さも要因の一つとして挙げられますが、関連した類似物質が次々と発見されてゆく中で、一連の物質群による系統的な研究が可能であったことが何より重要な要素であったためでしょう。同様に、MgB2を始めとするAlB2型の物質群に対しても、物質群としての系統的な理解を指針とした研究が求められました。
 
古くからAlB2型の物質群の研究が行われていたことは、先にも述べましたが、最近では、関連物質として、BeB2, ZrB2(Tc=5.5 K), TaB2(Tc=9.5 K), NbB2の超伝導が報告されました。BeB2に関しては、BeB2.75というAlB2型よりも複雑な結晶構造をとる物質がTc=0.72 K(10Bへの置換によってTc=0.79 Kに上昇)を示し、BeB2は超伝導を示さないと報告されました。TaB2に関しては、Tc=9.5 Kという報告がありましたが、一方では4.4Kまでの温度領域では超伝導は示さないという報告もあり、真偽に関しては定かではありません。ZrB2に関しては、報告されたTcが他の硼素化合物(ZrB12: Tc=5.9 K)Tcに非常に近く、試料中に若干ではありますがその不純物相が確認されているという問題点が残されています。NbB2に関しては、合成条件の違い等から構成元素が定性比(1:2)からずれることによってTcが変化する(0.629.2 K)と報告されている一方で、超伝導を示さないという報告もあり、この原因については未だ解決には至っていません。現在、組成比と結晶構造との関係からのアプローチが試みられています。
  さらに、
MgB2のキャリアはホール(正孔)であることから、ホールドープによって有効キャリア数が増加するとTcの上昇が期待できるので、多くのグループによって他元素置換が試みられました。Fig.6に、これまでに報告された置換効果の結果を示します。まず、Mgサイトへの他元素置換は、Li, Mn, Al等に関する報告がなされており、いずれの報告においてもTcの上昇は観測されず、他元素置換によるTcの抑制という結果になりました。しかし、Zn3%置換した系において、Tcが約0.2 K上昇したという報告もありましたが、比較に用いた置換されていないMgB2Tcが若干低い(~38 K)ため、今後の更なる検証が必要でしょう。また、他の遷移金属を置換した報告もありますが、著しいTcの上昇は観測されていません。一方、Bサイトへの置換は、C, Beに関する報告がなされており、これらの元素の置換によっても、Tcの低下が報告されています。キャリアがホールであるという観点から、他元素置換によって電子状態密度を上昇させることができますが、δバンドのキャリア数が減少してしまえばTcは抑制されてしまうため、固溶系で合成に成功している他元素置換は、この点で言えばTcの上昇に失敗しているといえます。
 Tc上昇への別のアプローチとして、圧力効果の実験から格子の収縮に伴ってTcの抑制が報告されたことや理論計算の結果等を受けて、格子を積極的に広げることを方針とした実験が、薄膜育成技術を利用して行われました。炭化珪素(SiC)やサファイア(Al2O3)基板上に格子が広がったMgB2を育成し、さらに膜厚を制御することによって、41.8 KにまでTcが上昇したと報告されました。さらに、第一原理計算とラマン分光実験との比較から、このTc上昇はMgB2に働く張力によってE2gフォノンモードのソフトニングが引き起こされることが原因であることが報告されました。また、C置換試料の実験などから、E2gフォノンモードのハードニングによってTcの抑制が引き起こされることがわかっているため、より格子を拡張させることが出来れば、更なるTc上昇の可能性を期待することが出来ます。


  理論計算からは、特にアルカリ土類金属
(Na, Li, Ca)を置換した場合に、高いTcが実現するという予測が報告されていますが、実際にはアルカリ土類金属を使用した合成は非常に困難であり、固溶系物質が非常に得られにくい状況にあります。また、固溶系以外にも関連物質としてAuB2, AgB2, CuB2, LixBC(x~0.5)という化合物で高いTcが実現するであろうという、非常に魅力的な予想が報告されています(Table 1)。もし合成できたらという期待感はまだ残されてはいますが、現実の物質として合成された報告はありません(LixBCは除くが、Tcは観測されていません)
  しかし、軽元素の高い周波数と強く結合するバンドをもつ物質に着目した路線での物質開発には、十分意味があると考えられます。そのような観点から、私たちの研究グループは、軽元素(BC)を含む物質群の中には未だ興味深い物質が眠っている可能性が高いと考え、新物質開発を行ってきました。その過程において、Y2C3Tc=18Kという金属間化合物としては比較的高い温度で超伝導を示すことを発見しました。

 

7. 終わりに

 予想外に高いTcを示したMgB2の出現によって、「BCSの壁」という概念が消滅しつつあるのは確かです。物質のパラメータに関して現実的な条件を考えた場合には、BCS超伝導機構による Tcの上限が存在するはずですが、その条件から逸脱した場合には、Tcはその上限を越えることが出来るはずです。MgB2は正にその一例となったと言えます。しかし、AlB2型構造の六方晶二ホウ化物というカテゴリーの中では、この物質だけが特異な存在なのだろうという考えが一般的です。MgB2は、δバンドにキャリアが存在し、高いTcを発現するために必要な光学フォノンとの強い結合が可能となっており、正に絶妙なバランスの上に成り立っている超伝導なのでしょう。
 このような観点から見ると、類縁物質とは別の方向での模索が必要であり、Y2C3という軽元素を含んだ物質における比較的高いTcを持つ新しい超伝導体の発見は、このような軽元素を含む物質群において、未だ発見されていない魅力的な物質が多数存在するという兆しであるように思われます。軽元素(BC)を含む化合物が多くの夢を含んだ物質群であり、多くの方々が興味を抱いていただければ幸いです。