平成23年度 老人保健事業推進費等補助金(老人保健健康増進等事業分)「地震による津波で被災した一人暮らし高齢者・高齢者世帯の生活再構築のための支援過程の構造化」事業報告

保健師による東日本大震災復興支援プロジェクト

被災者支援

B1.津波災害後の大槌町全戸家庭訪問で見出された早急に対応が必要な者の健康問題

 研究の目的は、東日本大震災で津波被害に遭った大槌町で全戸家庭訪問調査を行った中でどのようなケースが早急な対応や支援を必要としたのかについて検討することです。
 対象は、全戸家庭訪問調査で個票を作成した住民5,082人のうち、調査担当保健師が面接調査の結果、「調査者所見」の欄で「早急に対応が必要(2週間以内)」とした53人、「支援の必要あり(3ヶ月以内)」とした229人の合計282人です。分析では、その282人について、保健師記録および健康調査票の基礎情報、健康情報を整理することにより、その特徴と必要な支援について検討しました。
 結果として「早急に対応が必要」な健康問題は、多い順に〈治療中断〉25.0%、〈要・心のケア〉、〈介護問題〉でした。一方、「支援の必要あり」の健康問題は、〈要・心のケア〉39.7%、〈治療中断〉、〈介護問題〉でした。「早急に対応が必要」では、医療・介護面の問題が大きく、医療機関の被災、交通手段の途絶により受診が困難になり、緊急に医療を必要とする住民が家庭訪問を通して浮き彫りになったと言えます。
 今後、この結果より波災害時にアウトリーチで支援が必要な対象者像と求められる支援内容について検討することが期待されます。

(文責 寺本千恵、村嶋幸代、永田智子)
日本在宅ケア学会(東京)2012.3.18

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B2.津波災害後の大槌町全戸家庭訪問で見出された在宅高齢者の健康・生活支援課題

 本研究の目的は、津波で被災した大槌町の在宅高齢者が健康を維持し、生活を再構築するのに必要な支援方法の検討に資するために、彼らの健康および生活課題を明確にすることです。
 対象は、災害後も大槌町で暮らし訪問時に面接調査に応じることができた65歳以上の者であり、大槌町がボランティア保健師らに依頼して行った4月23日~5月8日の全戸訪問による健康生活調査結果を二次データとして用いました。
 分析は、安否情報のみで健康上の記載がなかった者を除く65歳以上75歳未満群(以下A群)1,057人、75歳以上群(以下B群)1,144人、合計2,201人で行いました。
 日常生活の状況(複数回答)で「やや問題がある」・「問題がある」と答えたのは639人(29.0%)であり、両群を比較すると、B群が515人(45.0%)と、A群の124人(11.7%)より有意に高い値でした(p<0.05)。問題がある項目では、歩行を挙げた者が最も多く165人(7.5%)で、次いで多かったのは入浴で101人(4.6%)でした。
 自覚症状「あり」と回答した者は、A群104人(9.8%)、B群142人(12.4%)であり、B群が有意に高い値でした。(p<0.05)。その内訳は、A群では不眠を含む精神症状が最も多く、B群では筋骨格系の症状でした。
 受診・服薬状況について回答があった者911人中、両群ともに大半が継続していると回答していました。この時期、中断になっていたのは少数でした。服薬についても同様に、大半の者が継続できていました。薬の管理に問題ありと回答した63人の内、被災後悪化した者はA群が12人中10人、B群が51人中18人と、A群に高い割合でした。
 心理的初期対応を要する状況の有無では、状況の詳細別では、A群の方にありを回答した割合は高く64.0%で、B群の58.8%に比べて有意に高い値でした(p<0.05)。両群ともに「家屋の喪失」を挙げたものが最も多く、いずれも約36%でした。次いで多かったのは「大切な人の喪失」で両群1割余りでした。
 調査者が判断した所見では、何らかの対応が必要な「経過観察」「支援の必要あり」「早急に対応が必要」の率は、A群では順に12.5%、4.0%、0.6%、B群では15.4%、7.6%、2.3%と、いずれもB群に多い割合でした。
 被災後2ヶ月近く経っても、高齢者が、自分の健康への関心よりも、家屋や大切な人の喪失感を強く示したのは、津波による被災の特徴と考えられます。生活再構築支援のためには潜在する大きな問題に継続的に関わっていく必要があります。

(文責 多田敏子、岡本玲子、村嶋幸代)
日本在宅ケア学会(東京)2012.3.18

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B3.津波災害が大槌町にもたらした血圧の変化

 本研究の目的は、東日本大震災における津波災害が大槌町の人々にどのような血圧の変化をもたらしたかを明確にすることです。これを基礎資料として、改善に向けた支援方法や体制づくりを検討することが期待されます。
 データは、大槌町が町民の安否確認と健康状態の把握を目的に全国のボランティア保健師に依頼して行った健康生活調査(2011年4月23日~5月8日)の結果です。匿名化したこの調査の有効回答4,952件を、研究者が大槌町より二次データとして提供を受け、現病歴の有無と疾患名、血圧値分類別に分けた血圧の実態について分析しました。
 現病歴では、高血圧が4,952人中1,123人(22.7%)と最も多く、次いでうつ病以外の精神面241人(4.9%)、糖尿病204人(4.1%)、心疾患ほか循環器171人(3.5%)でした。その他の精神面には不眠症と自律神経失調症が多く含まれていました。現病歴の循環器系疾患は65歳以上からの率が多くなっていました。
 現病歴の生活習慣病関連疾患を統合すると1,515人(30.6%)と3人に1人であり、男性27.0%よりも女性が34.2%と多いこと、被害状況別には被害なし地区が33.1%と全壊地区の30.2%より多いことが特徴でした。現病歴・既往歴に高血圧がある者は全体(n=4,952)の25.0%であり、男性20.2%に比べ女性が29.8%と多く、年齢区分が高くなるほど率が高まっていました。
 血圧測定は1,113人(全体の22.5%)に行われました。1至適血圧と2正常血圧は合わせて240人(21.6%)とわずか5人に1人であり、高血圧予備軍の正常高値血圧が185人(16.6%)、高血圧症(Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ度高血圧、収縮期高血圧の合計、以下これに同じ)は688人(61.8%)でした。被害状況別に見てみると、全壊地区と半壊・浸水地区では、被害なし地区よりも高血圧症の割合が高い状況でした(順に63.0%、65.9%、58.2%)。特に着目したいのは、Ⅱ度とⅢ度高血圧の率が全壊地区で順に13.6%、8.5%、半壊・浸水地区で12.1%、8.3%、と平均の11.9%、6.3%を超えていた点です。
 全国の高血圧症割合(20歳以上総数の平均)の全体45.1%、男性53.2%、女性39.6%(国民健康栄養調査、2006年)と比べると、震災後の大槌町では全体61.9%、男性65.0%、女性60.0%と、大槌町のポイントが順に16.8、11.8、20.4高く、とりわけ女性の率が高いことが特徴でした。高血圧予備軍である正常高値血圧の率についても17.8%と全国平均の13.9%よりも高率でした。年齢別の高血圧症割合を見ると、20代・30代は母数が少ないので一概には言えないものの、20代16.7%(全国3.3%)、30代26.1%(全国9.5%)、40代56.8%(全国21.9%、震災前28.1%)、50代60.4%(全国47.2%、震災前50.1%)、60代63.7%(全国61.4%、震災前61.2%)と、70歳以上を除いて全国平均・震災前の大槌町(2007年)の値を上回っていました。
 高血圧症の有無別に、心理的初期対応psychological first aidを要する状況4項目との関連を見た結果では、高血圧症者は正常よりも有意に不眠、過去のトラウマ・心理的問題、災害による負傷の率が高く(p<0.05)、経済的な問題を持つ者も高血圧症者である率が高い傾向にありました(p<0.1)。
 大槌町は今回の震災で、町の中心部に壊滅的な被害を受け人口の約1割を失う大打撃を受けています。
 結果は、もともと大槌町では高血圧症・生活習慣病関連疾患が多かった上に、今回の震災の影響を受けたことを顕著に示唆していました。特に働き盛りの若手世代、女性に高率であったことから、今後は産業保健と地域保健双方の対策が必要です。全壊地区、半壊・浸水地区居住者に重度の高血圧が見られ、その背景要因には不眠、過去のトラウマ、災害による負傷、経済的な問題があったことも、対象や地区特性に応じた継続的な健康管理の必要性を示唆しています。

(文責 岡本玲子、鈴木るり子、村嶋幸代)
日本在宅ケア学会(東京)2012.3.18

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B4.外部支援保健師が捉えた津波被災地の健康課題

 本研究の目的は、東日本大震災による津波災害で被災した地域に、外部から支援に入った保健師が捉えた住民・地域の特性と健康課題を明らかにすることです。
 方法は、インタビューによる質的研究です。震災後半年が経過した2011年9月に、自治体派遣保健師54人と全戸訪問ボランティア保健師39人の計93人に面接しました。
 分析では、逐語録を分析単位に整理したデータから住民の健康に係る記述を抽出、支援時期別に健康課題を読み取りました。
 ここでは震災後1ヶ月以内をⅠ期、2-3ヶ月をⅡ期、4-6ヶ月をⅢ期とします。
1)外部支援保健師が捉えた津波被災地の住民特性
 「歴史的に繰り返す中で形成・伝承される固有の津波文化」を有し、「中枢機能/生活基盤を一瞬にして根こそぎさらった津波」による「喪失感と絶望感が中長期に続く」中、「急激な人口減少/生産年齢層の死去・転出による経済不活性/格差拡大のおそれ」「長期のライフライン切断/避難所格差が健康に与える影響の大きさ」「がまん強い、住民気質によるニーズの潜在化」が危惧されました。また、「家族を探して多くの遺体を見続け/弔いに苦心/行方不明のまま遷延する悲嘆」「流されたのは自分だけではないという救いと損壊を免れた人の葛藤」「避難行動/過去の訓練/居住場所の選択などの後悔に苛まれる悼み」を抱え、「風景が一変しても変わらぬ町への愛着をもち、安全な家の再建に向かう」「知恵や力を結集し、自然の力を借りてつながりながら前を向く」人々であると捉えていました。
2)外部支援保健師が捉えた津波被災地の健康課題
 『津波による直接的健康被害』は、Ⅰ期「低体温/肺炎」「薬流出や医療資源被災による病状悪化」Ⅱ期「がれき・損壊家屋からの粉塵による呼吸器症状」、Ⅲ期「ハエ/カビ/悪臭など不衛生な環境によるアレルギー症状の悪化」でした。「ライフライン切断と集団生活による感染症」は気温・湿度の影響を受け「食中毒/胃腸炎等の感染症/熱中症リスク」へと変化し、避難所の「不衛生なトイレ/土足環境による感染症リスク」はⅢ期まで続きました。
 『公衆衛生』の中で、精神保健は大きな課題でした。「尋常でない被災体験による種々のストレス反応(罪悪感/不安/悲嘆/抑うつ/映像や音への怯え)」「遷延する睡眠障害」が人々に共通する健康問題でした。また、「飲酒等の不適切なストレス対処行動」が「アルコール依存症」へとリスクを高め、「経済/交通/情報格差拡大による健康悪化リスク」の長期化が危惧されました。
 『個別(要援護者)』では、高齢者の健康が危惧されました。全期を通じて「意欲/活動量低下による機能低下」「認知症の悪化/発症」が認められ、Ⅲ期には「家族関係のこじれ/家族の分離/新しい人間関係作りへのストレス」「役割衰退/存在価値の喪失不安/孤独/孤立化」が健康課題でした。成人では「ストレスによる血圧上昇や体調不良」「元々あった健康障害の悪化」、避難所リーダーや現地職員たちの健康問題が抽出されました。
 精神保健やコミュニティ再生への長期支援の必要性とともに、医療福祉サービス全体量と質の変化を監視し、資源へのアクセスによる健康格差の拡大に注意する必要があります。

(文責 野村美千江、岡本玲子、佐尾貴子、倉田朋子、菅玲子)
第1回日本保健師学術集会(東京)2012.3.8

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B5.津波被災地における外部支援保健師の対応

 本研究の目的は、東日本大震災による津波災害で被災した地域に、外部から支援に入った保健師が捉えた住民・地域の特性と健康課題を明らかにすることです。
 方法は、インタビューによる質的研究です。震災後半年が経過した2011年9月に、自治体派遣保健師54人と全戸訪問ボランティア保健師39人の計93人に面接しました。
 分析では、逐語録を分析単位に整理したデータから保健師の対応に係る記述を抽出、研究者3人で支援時期別に健康課題を読み取りました。
 ここでは震災後1ヶ月以内をⅠ期、2-3ヶ月をⅡ期、4-6ヶ月をⅢ期とします。
 保健師93人の年齢は、20代7人、30代14人、40代32人、50代以上40人、平均年齢は47.0歳でした。所属は、保健所23人、市町村40人、教育機関22人、その他8人。支援に入った被災地は、岩手県79人、宮城県14人。過去に被災地支援の経験ありは27人(29.0%)でした。支援被災地は岩手県と宮城県の2県です。
 分析結果から、津波災害被災地に外部から支援に入った保健師は、探索と察知を繰り返しながら、単独で、あるいは自チームや他チームと協力して見当をつけた健康課題(人・物・こと)に対して、できることから対応している現地活動の実態が明らかになりました。
 今後、津波災害時の健康課題とそれへの対応、平時の保健師活動との共通性・相違性、地震災害支援時の対応との比較を行い、考察を深め、活用できる形にしていくことが期待されます。

(文責 野村美千江、田中美延里、奥田美恵)
日本地域看護学会(東京)2012.6.23-24

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