ウイルスの遺伝情報を切断し、増殖を防ぐ革新的技術を開発
“人工のハサミ”でインフルエンザウイルスを5分で切断


本研究室の世良貴史教授、森友明助教(特別契約職員)らの研究グループは、標的ウイルスの遺伝情報である「ゲノムRNA」を短時間で切ることのできる“人工のハサミ”『人工RNA切断酵素』の開発に世界で初めて成功しました。この“ハサミ”は、標的ウイルスの遺伝情報であるRNAに特異的に結合するようにデザインされたタンパク質で、ウイルスのRNAを消化する酵素を融合させた人工タンパク質です。本研究成果は2016年9月28日、バイオテクノロジーの総合科学雑誌「Biochemical and Biophysical Research Communications」のオンライン版に公開されました。 本研究では、デザインした人工RNA切断酵素を用いて、ヒトや鳥に感染して問題となっているインフルエンザウイルスのRNAを5分以内に切断できることを確認。この手法は、ゲノムがRNAからなるすべてのウイルスに適応可能であり、インフルエンザウイルスだけでなく、エイズウイルス(HIV)やエボラウイルスなど、RNAウイルス感染によって引き起こされるさまざまな疾患の予防や創薬への応用が期待されます。また、本技術は、動物だけではなく、植物に感染するあらゆるRNAウイルスにも応用が可能であり、私たちの生活に大きく役立つ革新的技術といえます。

 <背 景>
微生物の一つであるウイルスは、ヒトだけではなく、動物や魚類などにも感染し、さまざまな病気を引き起こします。また、私たちが飼っている家畜や家禽類にも感染することで、社会的不安を生むだけではなく、経済的に大きな打撃をもたらします。このような脅威あるウイルスに対して、これまでにさまざまな対策が講じられてきましたが、依然としてその脅威は衰えることがありません。そのため、ウイルス感染を防ぐ効果的・革新的な技術の開発が世界的に望まれています。 ウイルスはさまざまなルートを介して、体内に侵入してきます。侵入後、自分を覆っている殻を脱ぎ、むき出しになった自分の遺伝情報を元に、侵入した細胞の仕組みを利用し自分のコピーをたくさん作らせて、体内で爆発的に増えることにより、最終的に病気を引き起こします。 ウイルスは、自分のコピーを作るために数種類のタンパク質が必要です。そのため、感染した細胞内でそれらを作らせるのに必要な遺伝情報(ゲノム)を持ち、そのゲノムをタンパク質からなる殻で覆って保護した状態で存在しています。そのゲノムとして、DNAあるいはRNAからなる、「DNAウイルス」と「RNAウイルス」の2種類が知られています。私たちに深刻な被害をもたらすウイルスとしてなじみのある、インフルエンザウイルスやエイズウイルス(HIV)、C型肝炎ウイルス(HCV)、今年世界を震撼させたエボラウイルスは、すべてRNAウイルスに分類されています。  

 <業 績>
ウイルスはとても危険な微生物ですが、体内に侵入しても増えなければ病気になりません。私たちは、ウイルスの遺伝情報であるRNAを侵入した細胞内でズタズタに切ってしまえば、自分のコピーを増やすことが不可能になり、私たちに深刻な被害をもたらしているRNAウイルスを不活性化できると考えました。このウイルスのRNAを切る“ハサミ”が、今回世界で初めて開発に成功した「人工RNA切断酵素」です。 本研究で標的にしたウイルスは、RNAウイルスであるインフルエンザウイルスです。人工RNA切断酵素は、インフルエンザウイルスの遺伝情報に特異的にくっつく人工タンパク質(人工RNA結合タンパク質)とRNAをズタズタに切る酵素を連結したものです。この人工RNA切断酵素を試験管内でインフルエンザウイルスのRNAに混ぜると、ウイルスのRNAを5分以内に完全に切断することに成功しました(図)。現在、細胞内でウイルスの増殖を阻害できることを調べています。


図.ウイルスの遺伝情報を解析し、「人工RNA切断酵素」を作製。ウイルスの遺伝情報であるRNAを切断することで、ウイルスは増殖することができない(病気を引き起こさない)。動物や植物などのあらゆる「RNAウイルス」に応用することが可能。


<見込まれる成果>
今回開発した革新的な技術は、インフルエンザウイルスだけでなく、ウイルスの遺伝情報がRNAからなる「RNAウイルス」であれば、どのウイルスにも適応が可能です。すなわち、人工RNA切断酵素内の人工RNA結合タンパク質の部品を交換するだけで、エイズの原因ウイルスであるHIVや致死率が極めて高いことで有名なエボラウイルスなど、私たちの生命の存在を脅かすウイルスにも応用が可能です。また、新種のウイルスが出現しても、その遺伝情報の一部であるRNA配列さえ分かれば、そのウイルスに対する人工RNA切断酵素をすぐに作り出すことができ、実用性が極めて高いという特徴があります。 今後、動物のみならず植物への応用研究などを積極的に進めるとともに、さまざまな産業界とのパートナー連携を模索しつつ、いち早く社会に実用化できるように取り組んでいきます。

なお、本研究は、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センター「革新的技術創造促進事業(異分野融合共同研究)」の支援を受けて、実施されました。

10月定例記者会見で新技術の説明をする世良教授

【論文情報】
タイトル:Cleavage of influenza RNA by using a human PUF-based artificial RNA-binding protein–staphylococcal nuclease hybrid
著  者:Tomoaki Mori, Kento Nakamura, Keisuke Masaoka, Yusuke Fujita, Ryosuke Morisada, Koichi Mori, Takamasa Tobimatsu, Takashi Sera
掲 載 誌:Biochemical and Biophysical Research Communications
掲 載 号:Volume 479, Issue 4, 28 October 2016, Pages 736–740
DOI:10.1016/j.bbrc.2016.09.142.
URL:http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0006291X16316163

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