国立大学法人 岡山大学

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津島で新たに前方後円墳を発見!

2023年01月20日

◆発表のポイント

  • 1908(明治41)年に撮影された陸軍駐屯地造営時の写真に前方後円墳が写りこんでいるのを発見しました。
  • 既に失われていますが、津島には前方後円墳を含む古墳群があると知られていました。今回、既往の研究、地籍図と照合した結果、写真のものは新たな前方後円墳と認定しました。
  • 津島を含む旭川西岸平野部で5世紀後半に複数の前方後円墳が作られていたことが明らかになりました。造山古墳以後、吉備の集団が複数の小規模集団へと分裂したことを示しています。

 2022年3月、岡山大学埋蔵文化財調査研究センター(現 岡山文明動態学研究所文化遺産マネジメント部門)に陸軍第十七師団造営時の古写真が持ち込まれ、半田山の裾部に前方後円形に地割された高まりがあることを発見しました。半田山裾部の津島福居には、前方後円墳を含む数基の古墳が群集していたことが知られています。そのうち、お塚様古墳という前方後円墳については、詳細な報告があり、全長約30m、古墳時代中期後葉(5世紀後半)と推定されています。
 今回、発見された前方後円形の地割が前方後円墳と認定できるか検証し、結果として前方後円墳と認定することが妥当との結論に至りました。次に、この前方後円墳がお塚様古墳であるか否かを照合し、お塚様古墳とは別の前方後円墳であることが判明しました。
 遺跡の名称を付す際に小字名を用いるという通例にしたがい、発見した前方後円墳を「塚前(つかのまえ)古墳」と命名しました。
 今回の発見で、旭川下流の平野部では、古墳時代中期後半(5世紀後半)に複数の前方後円墳が継続して築造されていたことが推測されるようになりました。造山古墳(岡山市北区)以後、吉備の集団が複数の小規模な集団に分裂しながら自立していく過程がより鮮明になりました。

◆研究者からひとこと

1908(明治41)年の陸軍第十七師団造営時の写真に前方後円墳が写りこんでいるとは予想もしていませんでした。戦後の開発によって失われてしまい、ほとんどの人が姿を見たこともない古墳ですから、本当に古墳なのか、新発見の前方後円墳なのか、悩みに悩みました。地番の不一致という問題が解けると、次々に問題が解決し、ようやく新発見の前方後円墳という結論にたどり着くことができました。
野﨑貴博助教

■研究成果の発表
本研究の成果は、岡山大学文明動態学研究所第1回特別展「津島から世界へ、世界から津島へ」(会場:岡山シティミュージアム、会期:2023年2月10日~3月19日)において速報展示いたします。展示会の詳細は文明動態学研究所HPからご確認できます。

<詳しい発表内容について>
津島で新たに前方後円墳を発見!


<お問い合わせ>
岡山大学 文明動態学研究所
助教 野﨑貴博
(電話番号)086-251-7290
(FAX)  086-251-7290

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