◆発表のポイント
- ラットがヒトの手に懐くプロセスを支える、脳内のオキシトシン神経回路メカニズムを明らかにしました。
- 特定脳領域(VMHvl)がオキシトシンを介して、心地よい触覚刺激の効果を仲介することを発見しました。
- 種を超えた社会的絆形成の神経基盤を明らかにし、動物介在療法(アニマルセラピー)や愛着障害の理解に新たな視点をもたらしました。
岡山大学大学院自然科学研究科博士後期課程の林姫花大学院生(研究当時。現、学術研究院環境生命自然科学学域(理)助教(特任))、学術研究院環境生命自然科学学域(理)の坂本浩隆教授(神経内分泌学)と、自治医科大学、島根大学、日本医科大学、独国ハイデルベルク大学などの国際研究グループは、ラットがヒトの手に懐くプロセスを支える脳内のオキシトシン神経回路メカニズムを明らかにしました。
本研究では、若年期〜思春期のラットの同腹仔間にみられる「じゃれあい」を模した、ヒトの手による「ハンドリング」を連続して行うと、ラットがヒトの手に強い愛着を示すようになることを見いだしました。この過程で、視床下部腹内側核腹外側部(VMHvl)のオキシトシン受容体が活性化し、それがラットの愛着行動に不可欠であることを発見しました。
実験では、ハンドリングを受けたラットは快感の証拠である50kHzで超音波発声し、自らヒトの手に近づくようになりました。また、条件付け場所選好試験においても、ラットはハンドリングを受けた場所を好むようになりました。
さらに、研究チームは薬理遺伝学(DREADDs)技術を用いてVMHvlのオキシトシン受容体を持つニューロンの機能を一時的に抑制すると、ラットのヒトの手に対する愛着行動が減少することを発見しました。加えて、解剖学的解析により、視索上核(SON)からVMHvlへの直接的な神経連絡を同定し、この神経回路がラットとヒトの手との間の愛着形成を調節していることを示しました。
この研究成果は、心地よい触覚刺激がオキシトシンを介して種を超えた社会的絆を形成するという新たな知見を提供するものであり、動物介在療法(アニマルセラピー)や愛着障害の理解、さらには新しい治療法開発に貢献することが期待されます。
この研究成果は、2025年6月5日付で国際学術誌「Current Biology」電子版に掲載されます。
◆研究者からひとこと
ラットがヒトの手に懐くという身近な現象の裏に、脳内の精巧な“愛着回路”が隠れていたとはっ!ふと思い返せば、どんな動物も最初は警戒心を示しますが、私たちが根気強く優しく接すると次第に懐いてくるものです。実は、人間も動物もオキシトシンという分子が紡ぐ、見えない赤い糸でつながっていたのです。 この研究は、単にラットの行動を説明するだけでなく、種を超えた絆がどのように形成されるのか、その普遍的なメカニズムに光を当てています。愛情ホルモンが仲介する脳の変化を理解することで、アニマルセラピーの効果から自閉症の新たな支援法まで、幅広い応用が期待できるかもしれません。 | ![]() 坂本教授 |
ずっと不思議に思っていた「動物同士が仲良くなる仕組み」が、ほんの少し解明できたのではないでしょうか!くすぐりでさえラットの脳内化学を変えるなら、誰かと懇ろになったり、誰かに恋焦がれたりするとき、私たちの脳内でもオキシトシンが化学反応を起こしているのかもしれません…。古の詩人が言霊で表現してきた絆の神秘を、科学がようやく分子レベルで追いはじめたのかもしれません。 | ![]() 林助教(特任) |
■論文情報
論文名: Oxytocin facilitates human touch-induced play behavior in rats
「オキシトシンはラットとヒトの種を超えた絆形成を促進する」
掲載誌: Current Biology
著 者: Himeka Hayashi, Sayaka Tateishi, Ayumu Inutsuka, Sho Maejima, Daisuke Hagiwara, Yasuo Sakuma, Tatsushi Onaka, Valery Grinevich & Hirotaka Sakamoto*(*責任著者)
D O I:https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.05.034
発表論文はこちらからご確認いただけます。
https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.05.034
■研究資金
本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科学研究費助成事業(#23K23919; #22H02656; #22K19332)、岡山大学次世代研究拠点形成支援事業(拠点代表者:坂本浩隆)、武田科学振興財団、内藤記念科学振興財団、両備檉園記念財団、ウエスコ学術振興財団、東洋水産財団、日本応用酵素協会、岡山大学次世代研究者挑戦的研究プログラム(OU-SPRING, #JPMJSP2126)からの支援を受けて実施されました。また、本論文は「岡山大学 インパクトの高い国際的な学術誌へのAPC支援」を受けています。
<詳しい研究内容について>
ラットがヒトの手に懐く神経回路メカニズムを解明~「愛情ホルモン」オキシトシンが鍵!~
<お問い合わせ>
岡山大学 学術研究院環境生命自然科学学域(理)
教授 坂本浩隆
助教(特任) 林姫花
(電話番号)086-251-8656