◆発表のポイント
- 卵子に豊富に含まれるミトコンドリアは、受精後の卵割で娘割球に分配されます。
- ミトコンドリア分裂を制御するタンパク質Drp1を枯渇させると、ミトコンドリアが受精卵内で顕著に凝集し、卵割の際に娘割球へ不均等に分配されました。
- Drp1が枯渇した胚では、ミトコンドリアの分配異常に加えて、小胞体や染色体の分配にも異常が生じ、受精卵の発生が早期に停止することが分かりました。
岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域(農)の若井拓哉准教授および学術研究院共通教育・グローバル領域の舟橋弘晃教授らの研究グループは、ミオ・ファティリティ・クリニックの見尾保幸院長、東京農業大学の河野友宏教授(当時)、オーストラリア・モナシュ大学生命医科学部門のジョン・キャロル(John Carroll)教授らとの共同研究により、細胞小器官であるミトコンドリアの適切な動きが、受精後の胚発生にとって極めて重要であることを明らかにしました。本研究成果は、2025年8月11日にアメリカの科学雑誌「eLife」に掲載されました。
ミトコンドリアは、細胞内でエネルギーを生み出す重要な細胞小器官であり、分裂と融合を繰り返す“動く細胞小器官”としても知られています。受精卵では、ミトコンドリアは活発に分裂し、小さく断片化された状態で細胞内に広く分布しています。
ところが、ミトコンドリアの分裂を制御するタンパク質「Drp1」を欠く受精卵では、ミトコンドリアが凝集し、細胞分裂(卵割)の際に娘割球間で均等に分配されないことが明らかになりました。さらに、この異常なミトコンドリアの分布は、ミトコンドリア以外の細胞小器官、たとえば小胞体や染色体などにも影響を及ぼし、胚の発生が早期に停止する原因となることが分かりました。なお、ヒトの体外受精卵でも、類似した細胞内構造の異常が観察されることがあり、今回の成果は生殖補助医療(ART)の安全性や効率性を高めるための基礎知見として、今後の技術改善に貢献する可能性があります。
◆研究者からひとこと
ミトコンドリアは、お母さん(卵子)から子どもに遺伝します。受精卵が分裂する過程では、娘細胞にミトコンドリアを均等に分配することが本質的に重要なようです。まるで「財産の相続」のようですね。なお、本研究は、研究室に所属する大学院生が中心となって実験を進めてくれた成果です。また、お世話になった共同研究者の方々にも感謝です。 | ![]() 若井准教授 |
■論文情報
論 文 名:Redistribution of fragmented mitochondria ensure symmetric organelle partitioning and faithful chromosome segregation in mitotic mouse zygotes
掲 載 紙:eLife
著 者:Haruna Gekko, Ruri Nomura, Daiki Kuzuhara, Masato Kaneyasu, Genpei Koseki, Deepak Adhikari, Yasuyuki Mio, John Carroll, Tomohiro Kono, Hiroaki Funahashi and Takuya Wakai
D O I:https://doi.org/10.7554/eLife.99936
U R L:https://elifesciences.org/articles/99936
■研究資金
本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科学研究費助成事業(課題番号:17K17905; 20K06627; 23K0886905)の支援を受けて実施しました。
<詳しい研究内容について>
“母の財産”はどう分けられる?~初期胚におけるミトコンドリアの分配機構を解明~
<お問い合わせ>
岡山大学 学術研究院環境生命自然科学学域
准教授 若井拓哉
(電話番号)086-251-8302
(FAX)086-251-8302