天然歯の生理機能を有する『次世代型口腔インプラント治療』の実証に成功
2014年09月25日
東京理科大学 総合研究機構の辻 孝教授(現、理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター)および岡山大学大学院医歯薬学総合研究科インプラント再生補綴学分野の大島正充助教らの研究グループは、天然歯と同等の歯周組織を有するバイオハイブリッドインプラントを開発し、歯科矯正学的な移動や神経伝達といった歯の生理機能を再現しうる「次世代型の口腔インプラント治療」の実現可能性を実証しました。本研究成果は、2014年8月13日に国際的な科学雑誌『Scientific Reports』に公開されました。
本研究は、将来の歯科再生治療のコンセプトを提唱するばかりでなく、多臓器にも応用可能な生物工学的アプローチによるバイオハイブリッド人工器官の可能性を示すものとして期待されます。
<業 績> 本研究は、将来の歯科再生治療のコンセプトを提唱するばかりでなく、多臓器にも応用可能な生物工学的アプローチによるバイオハイブリッド人工器官の可能性を示すものとして期待されます。
私たちの歯ならびに歯周組織は、互いに連携して咀嚼機能を担うと共に、外部刺激を受容する知覚器官としての役割も果たしています。う蝕や歯周病などの口腔疾患に罹患して歯を失ってしまうと、これらの生理機能が障害されて健康な生活が脅かされることも少なくありません。歯の喪失に対する歯科治療として、口腔インプラント治療は健康な隣在歯に侵襲を与えることなく咬合機能を果たすことから、歯科臨床に広く応用されるようになりました。しかしながら、現在の口腔インプラントは天然歯が有する歯周組織が欠如しているため、顎の骨格が成長過程にある若年者に適応できないことや、天然歯のように生理的な移動(歯科矯正治療と同じ)が不可能であるという課題が残されています。また最近では、インプラント体の破損や細菌感染(インプラント周囲炎)による重度の歯槽骨吸収※1といった、口腔インプラント治療に関わるトラブルも多く報告されるようになってきています。
これらの問題を解決するために、東京理科大学 総合研究機構の辻 孝教授(現、理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター)および岡山大学大学院医歯薬学総合研究科インプラント再生補綴学分野の大島正充助教らの研究グループは、天然歯と同等の歯周組織を有するバイオハイブリッドインプラントを開発し、歯科矯正学的な移動や神経伝達といった歯の生理機能を再現しうる「次世代型の口腔インプラント治療」の実現可能性を示しました。さらに、このバイオハイブリッドインプラントは、重度の歯槽骨吸収も回復可能な技術として実証されています。研究結果の詳細につきましては、下記の資料をご参照ください。
本研究成果は、立川哲彦教授(昭和大学歯学部 口腔病態診断科学講座)、齋藤正寛教授(東北大学大学院歯学研究科 歯科保存学分野)、春日井昇平教授(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 インプラント・口腔再生医学分野)、山本照子教授(東北大学大学院歯学研究科 顎口腔矯正学分野)、井上 孝教授(東京歯科大学 臨床検査病理学講座)、窪木拓男教授(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 インプラント再生補綴学分野)、山口 朗教授(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 口腔病理学分野)との共同研究によるものです。本研究は、主として「株式会社オーガンテクノロジーズ 研究補助金」により推進されたものであり、また研究成果の一部は、「厚生労働省・厚生科学研究費補助金 先端的基盤開発研究事業・再生医療実用化研究事業」(研究代表者:山口 朗教授)と、「独立行政法人日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究A」(研究代表者:辻 孝教授)により推進されました。
【研究成果の内容】
1.歯周組織を有するバイオハイブリッドインプラントの生着 歯周組織を有するバイオハイブリッドインプラントの実現可能性を明らかとするために、歯周組織を形成可能な胎齢18日目(鐘状期)のマウス歯小嚢組織※2を摘出してインプラント周囲に付与し、マウス顎骨に移植を行うことにより生着を評価しました。本研究においては、インプラント表面に付着する歯小嚢細胞の細胞活性を賦活化させるために、骨芽細胞での細胞活性の向上が報告されているハイドロキシアパタイト(HA)をチタンインプラント表層にコーティングして、その周囲に歯小嚢組織を巻き付けた後(図1)、マウス下顎骨に作製した歯牙喪失モデルに移植を行いました。 移植30日目において、従来型のインプラントである骨結合型HAインプラントでは、表層に直接歯槽骨が結合するオッセオインテグレーション※3を呈していました(図2)。それに対して、歯小嚢組織を付与したバイオハイブリッドインプラントでは、インプラント表層からセメント質・歯根膜・歯槽骨で構成される歯周組織の形成が認められました(図2)。さらに、走査型および透過型電子顕微鏡解析※4を行ったところ、インプラント表層と連結された歯根膜線維の走行が確認されるばかりでなく(図3)、インプラント表層には歯根膜シャーピー線維※5を封入する層板状のセメント質形成が示されました(図4)。これらのことから、歯小嚢組織を付与したバイオハイブリッドインプラントを移植することにより、生物学的な歯周組織形成を伴って顎骨に生着することが示されました。 |
2.歯周組織を有するバイオハイブリッドインプラントの生理機能
天然歯の歯根膜組織には、歯の移動能(歯科矯正治療に利用される)および恒常性維持のために末梢神経が侵入しており、中枢への刺激伝達を担っています。そこで、天然歯ならびに移植30日後の骨結合型HAインプラント、バイオハイブリッドインプラントの3群に対して実験的矯正を行ったところ、歯周組織を有するバイオハイブリッドインプラントは、生理的な移動を可能とする天然歯と同等の歯根膜機能を有することが示されました(図5)。
次に、上記3群に対して歯根膜領域の末梢神経線維の免疫染色を行ったところ、歯根膜領域の存在しない骨結合型HAインプラントにおいては、抗Neurofilament(NF)抗体※6で染色される神経線維の侵入は一切認められなかったのに対して、歯周組織を有するバイオハイブリッドインプラントの歯根膜組織内にはNF陽性の神経線維が認められました(図5)。さらに、バイオハイブリッドインプラントに矯正力による侵害刺激を与えると、天然歯を刺激したものと同様に、三叉神経脊髄路核の一部の神経線維でc-Fosタンパク質の産生が認められたことから、外部侵害刺激を中枢に伝達可能な神経機能が回復していることが判明しました。これらのことから、顎骨に生着したバイオハイブリッドインプラントは、移植部位に適合して周囲組織と連携機能する可能性が示されました。
3.バイオハイブリッドインプラント移植による歯槽骨再生
歯の喪失部位は歯根膜による歯槽骨の垂直的維持がされなくなることから、歯槽骨の吸収が認められ、現在の歯科臨床においてもインプラント移植や歯牙移植などの移植治療が困難となる場合が少なくありません。そこで、歯槽骨を大きく失った歯の喪失部位に歯周組織を形成しうるバイオハイブリッドインプラントを移植することにより、歯槽骨の回復を伴う顎骨生着が可能であるかを解析しました。マウス顎骨に骨欠損モデルを作製し、バイオハイブリッドインプラントを移植したところ、インプラント体の脱落や沈下などもなく、歯槽骨の垂直的再生が可能であることが明らかとなりました(図6)。このことから、深刻な骨欠損を伴う歯の喪失部位に対してバイオハイブリッドインプラントを移植することにより、歯槽骨の回復を伴う生着が可能であることが示されました。
<見込まれる成果>
本研究における組織工学的手法による治療概念は、口腔インプラントと歯周組織を結合させることによって歯根と同等の機能再生を図る方法であり(図7)、幹細胞による組織再生療法、機能発現に適した人工材料開発、さらには、現在の歯科治療技術を統合しうる次世代再生医療技術のひとつになることが望まれます。
今回の成果は、将来の歯科再生治療のコンセプトを提唱するばかりでなく、多臓器にも応用可能な生物工学的アプローチによるバイオハイブリッド人工器官※7の可能性を示すものとして期待されます。今後は、歯周組織を形成可能な成体由来の細胞シーズ探索研究を推進することにより、臨床実用化が可能な技術となるよう研究開発を進めたいと考えています。
<補足>
*1歯槽骨吸収:
生理的または病的な要因により、歯槽骨に見られる骨吸収のことである。病的な吸収とは主として垂直性・水平性に分類される。
*2歯小嚢組織:
歯の発生過程において、歯胚周囲に形成される袋状の組織。歯小嚢組織から、歯周組織の構成成分であるセメント質・歯根膜・歯槽骨すべてが分化する。
*3オッセオインテグレーション:
光学顕微鏡レベルで、歯槽骨とインプラント体表面が何組織を介在せずに接触維持する様相をさす。
*4走査型/透過型 電子顕微鏡解析:
観察したい対象に電子をあてて拡大する顕微鏡のこと。高分解能の解析が可能であり、電子線の利用・観察方法によって、走査型と透過型の大きく2種類に分類される。
*5シャーピー線維:
歯根膜線維の中で、歯根表面のセメント質や歯槽骨内に侵入・封入されている結合組織性線維をさす。歯と歯槽骨とを固定して植立させるのに重要な構造である。
*6抗Neurofilament(NF)抗体:
中間径フィラメントのひとつで、神経細胞に特異的に発現していることから、免疫染色による神経線維マーカーとして利用される。
*7バイオハイブリッド人工器官:
再生医学と(機械)工学の融合により、幹細胞とデバイスを組み合わせて、生体機能を高度に再現させることを目的とした人工器官のこと。現在のところ、バイオハイブリッド人工眼や人工内耳、人工腕などの研究開発が進められている。
<採択研究費について>
●株式会社 オーガンテクノロジーズ 研究補助金
・所在地:〒101-0048 東京都千代田区神田司町2-2
・代表取締役:朝井 洋明
・ホームページ: http://www.organ-technol.co.jp/
・主な事業概要: 再生医療向け医薬品および材料の製造・販売および輸出入、治療用細胞、組織、器官の受託製造、販売、および輸出入
●厚生労働省・厚生科学研究費補助金、先端的基盤開発研究事業・再生医療実用化研究事業
「実験的再生歯の臨床応用に関する研究」平成21-23 年度
研究代表者:山口 朗(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科、教授)
●独立行政法人日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(A)
「歯の再生医療システムに向けた基盤技術の開発」平成20-22 年度
基盤研究(A)、研究代表者:辻 孝
<発表論文>
Masamitsu Oshima, Kaoru Inoue, Kei Nakajima, Tetsuhiko Tachikawa, Hiromichi Yamazaki, Tomohide Isobe, Ayaka Sugawara, Miho Ogawa, Chie Tanaka, Masahiro Saito, Shohei Kasugai, Teruko Takano-Yamamoto, Takashi Inoue, Katsunari Tezuka, Takuo Kuboki, Akira Yamaguchi, Takashi Tsuji; Functional tooth restoration by next-generation bio-hybrid implant as a bio-hybrid artificial organ replacement therapy.
Scientific Reports 4: 6044, 2014
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<お問い合わせ>
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科(歯)
助教 大島 正充
(電話番号)086-235-6682
(FAX番号)086-235-6684