国立大学法人 岡山大学

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人口内生化世代重複シミュレーションモデルを構築 ―学際的ツールで少子高齢化・人口減少問題を分析―

2015年07月24日

 岡山大学大学院社会文化科学研究科(経)の岡本章教授と自然科学研究科(工)の乃村能成准教授は、「人口内生化世代重複シミュレーションモデル」を構築しました。
 現在わが国では少子高齢化・人口減少が急速に進行しており、この問題は喫緊の最重要課題の一つとなっています。本研究では、少子化対策としての育児支援政策が、今後の人口動態に与える影響を定量的に分析できる分析モデルを構築。無限の将来まで見据えて経済学的観点から政策を分析し、さらに政策の政治的な実現可能性も検討しています。
 本研究は、経済学と工学という分野の異なる研究者が垣根を越えて学際的共同研究を行うことにより、海外の著名な研究者からも高く評価される研究成果を上げることができました。2年以上にわたる歳月をかけて構築に成功した有用な分析ツールを使って、今後、わが国の少子高齢化・人口減少に関わる諸問題について精力的に分析を行い、積極的に政策提言を行っていきます。
 本研究成果は、5月に日本経済学会春季大会で口頭発表しました。近日中に査読付きの国際的な学術雑誌に投稿する予定です。
<背 景>
 少子高齢化・人口減少という構造変化を厳密に取り入れた分析を行う場合、Auerbach=Kotlikoff (1983) によって開発されたライフサイクル一般均衡モデルによるシミュレーション分析の手法がよく用いられます。この研究手法の有用性から、これまで国内外において数多くの研究が行われてきました。しかし、そのほとんどの先行研究において、将来の人口動態が政府による人口予測のデータを用いて外生的に与えられてきました。現実には、少子化対策の実施はもちろん、税制度や社会保障制度の改革も個人の子供の数の選択に影響を与え、将来の人口動態を変化させるはずですが、これまでその影響を取り入れることができませんでした。

<業 績>
 本研究では、人口内生化世代重複シミュレーションモデルの構築に成功し、将来の人口動態がモデルにおいて内生的に決まるように拡張。少子化対策や税制度・社会保障制度のような政策が変更されると出生率が変化し、将来の人口動態が変化するというプロセスを分析に取り入れることができるようになりました。このモデルの拡張は大変画期的なものであり、公共経済学の分野における世界的な第一人者であるAlan Auerbach教授(The University of California, Berkeley)からも高く評価されています。
 本研究は、経済学と工学という分野の異なる研究者が、垣根を越えて学際的共同研究を行ったことによりはじめて可能となりました。実際にシミュレーション分析を行うためには、高度な計算プログラム構築技術と、それを検証する経済学的な専門知識の双方を兼ね備えたチームが必要です。プログラム構築を乃村准教授とその研究室が担うことで、本研究成果を得ることができました。

 育児支援政策の促進が将来の総人口の推移に与える影響に関しては、少しの促進では効果はそれほど大きくありません。しかし、大幅に促進すると総人口がそれ以上の割合で、累増的に増加することが定量的に示されました(図1参照)。
 また、育児支援政策の促進と年金給付の削減といった政策は、若年世代・将来世代の厚生を改善する一方で、老年世代の厚生を悪化させます(図2参照)。全体の経済厚生への影響を調べるためにLSRA1を導入して分析を行った結果、これらの政策は「パレート改善」2を達成することが示されました(表1・2参照)。これら2つの政策は経済学的な観点から望ましく、実施するべき政策であることが明らかになりました。
 さらに、本研究では、これらの推奨される政策の政治的な実現可能性についても検討。その結果、現行の投票システムの下でこれらの政策を実施することは大変困難であり、わが国がいわゆる「シルバー民主主義」3と呼ばれる状況に陥っていることが明らかとなりました。このような問題の解決策として、「ドメイン投票方式」4・「世代別選挙区制度」5・「余命別選挙制度」6などが考えられます。本研究では、各投票方式を導入した場合の効果について、それぞれ分析を実施。わが国における少子高齢化の進行は非常に深刻なものであり、この場合でもこれらの政策の実現は難しい状況にあることが示されました(表3・4参照)。「シルバー民主主義」を克服するためには、ドラスティックな投票方式である「余命別選挙制度」の導入が最も有効ですが、それだけでは不十分で、さらに「ドメイン投票方式」や「世代別選挙区制度」など、いくつかの投票方式を組み合わせる必要があることが明らかになりました。

 2015年5月23日に2015年度日本経済学会春季大会(新潟大学)において、本研究成果について口頭発表を行いました。
  報告者:岡本 章 題目:Child Allowances and Public Pension: Welfare Effects of their Reforms and Political Feasibility under the Silver Democracy  指定討論者:岩本康志教授(東京大学大学院経済学研究科)

 本研究は、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金の助成(基盤研究C:課題番号23530370、直接経費390万円)を受け実施しました。また、これまでの研究成果と今後の研究計画が認められ、今年度から新たに同様の助成(基盤研究C:課題番号15K03514、直接経費350万円)を引き続き受けており、さらなる研究の進展が見込まれています。

本研究プロジェクトのURL:
 http://www.swlab.cs.okayama-u.ac.jp/lab/nom/research/other/index.html
図1:育児支援政策(増・減額)が将来の総人口に与える影響

図2:各経済政策案(育児支援政策・年金給付政策)が各世代の厚生に与える影響

表1:育児支援政策(増・減額)が経済厚生全体に与える影響

表2:年金給付政策(増・減額)が経済厚生全体に与える影響

表3:育児支援促進政策の投票結果

表4:年金給付削減政策の投票結果


用語解説)
1) LSRA:Lump Sum Redistribution Authorityの略。無限先の将来世代を含む全ての世代の厚生を総合的に考慮して、ある改革案が全体として経済厚生を改善(悪化)させるのかどうかを厳密に表す指標を計算します。また、その厚生の改善(悪化)の度合が、将来世代一人当たりについて、金額(日本円)に換算していくらに相当するのかを定量的に示すことができます。

2) パレート改善:ある集団に対するある資源の分配を変更する際に、誰の効用も悪化させることなく、少なくとも一人の効用を高めることができるように資源配分を改善することです。経済学の観点から、これが達成できれば望ましいとされています。

3) シルバー民主主義:少子高齢化の進行で有権者に占める高齢者(シルバー)の割合が増加し、高齢者層の政治への影響力が増大する現象のことです。少数派である若年・中年層の意見が政治に反映されにくくなり、世代間の不公平につながるとされています。

4) ドメイン投票方式:ハンガリー出身のアメリカの人口学者ポール・ドメイン(Paul Demeny)氏により1986年に考案された投票方式で、投票権を与えられていない未成年に投票権を与えるというものです。実際には、親が子供に代わって投票を行います。この投票方式は、近年の先進諸国での低出生率を上昇させる効果があるとして期待されています。

5) 世代別選挙区制度:東京大学教授の井堀利宏氏により提唱された投票方式で、有権者を年齢階層別にグループ分けし、例えば20-30代を青年区、40-50代を中年区、60代以上を老年区とします。各グループから有権者数に比例した定数の議員を選ぶため、たとえ青年区の有権者の投票率が低くても人口比に応じた議員が青年区から選ばれます。

6) 余命別選挙制度(余命投票方式):一橋大学准教授の竹内幹氏により提唱された投票方式で、投票権を余命に応じて重みをつけるという制度で、若い人の1票を高齢者の1票よりも重くする投票方式です。例えば、20歳の有権者の1票を64票とカウントし、80歳のそれを10票とカウントする方式が考えられます。



<お問い合わせ>
岡山大学大学院社会文化科学研究科(経済)
教授 岡本 章
(電話番号)086-251-7539
(URL)http://www.cc.okayama-u.ac.jp/~okamot-a/okamoto.html

岡山大学大学院自然科学研究科(工)
准教授 乃村 能成
(電話番号)086-251-8186

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