国立大学法人 岡山大学

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コムギの温暖地適応遺伝子を発見

2015年10月23日

 岡山大学大学院環境生命科学研究科(農)植物遺伝育種学分野の加藤鎌司教授、カリフォルニア大学デービス校のJorge Dubcovsky教授らの共同研究グループは、コムギの春化要求性に関わる春播性遺伝子Vrn-D4の特定に世界で初めて成功。本遺伝子がコムギの温暖地適応に重要な役割を果たしたことを明らかにしました。本研究成果は9月29日、「米科学アカデミー紀要」に掲載されました。
 高品質コムギの安定生産のためには、その地域で確実に越冬し最適な時期に出穂・開花する品種の開発が必要であり、地球規模での環境変動下においてその重要性は増す一方です。本報告の成果によりムギ類における出穂期調節機構の解明が加速されるとともに、気候の温暖化に対応できるコムギの育種に貢献するものと期待されています。
<業績>
 加藤教授らの共同研究グループは、コムギの春播性遺伝子Vrn-D4の特定に世界で初めて成功し、Vrn-D4による春化要求性の調節機構を明らかにしました。さらに、世界各地のコムギを用いた多様性解析により、本遺伝子がコムギの温暖地適応に重要な貢献をしたことを示しました。
 Vrn-D4遺伝子型だけが異なる同質遺伝子系統(Vrn-D4系統(春播型)、vrn-D4系統(秋播型))の遺伝子発現を比較したところ、Vrn-D4系統ではVrn-A1(Vrn-1遺伝子の一つ)が高発現していることが判明。この原因を調べたところ、Vrn-D4系統ではVrn-A1遺伝子が重複して2つあること、そして重複したVrn-A1は第4エクソンの一塩基置換(A367C)により区別できること、さらにVrn-D4系統で高発現していたのは重複したC型Vrn-A1であることを突き止めました。そこでゲノム配列を解析したところ、Vrn-A1を含む5A染色体長腕の約290kbの相同配列が5D染色体短腕に存在することが明らかになりました。これらの結果より、5D染色体短腕の動原体近傍に挿入されたC型Vrn-A1がVrn-D4であると結論しました。
 Vrn-D4(C型Vrn-A1)による春化要求性の調節機構については、第1イントロンのRIP-3領域における2つの塩基置換に注目しています。RIP-3領域はVrn-1の抑制因子TaGRP2の結合サイトでありますが、2つの塩基置換(図1)により親和性が低下し、TaGRP2による抑制がかからないために春播性を示すと考えています。
 さらに、世界各地のコムギを用いた多様性解析により、Vrn-D4が南アジアに多く分布することを確認しました。特筆すべきは、南アジアの固有種であるT. sphaerococcum(インド矮性コムギ,図2)の全系統がVrn-D4を持っていたことであり、この結果より、5A染色体部分配列の重複・5D染色体への挿入・Vrn-D4の誕生が本種の成立に密接に関わっていることが示され、さらに本種が南アジアの温暖環境に適応する上でVrn-D4が不可欠であったことが明らかになりました。
<背景>
 コムギは幼苗のときに一定期間の低温を経験することによって幼穂形成のスイッチが入ります。この春化とよばれる性質により寒さが和らいでから幼穂形成するので、冬の寒さで幼穂が障害を受けることはありません。北海道のように冬の寒さが厳しい地域でのコムギ栽培には、この性質が大きく貢献しています。逆に、低温が不十分だと幼穂形成・出穂には至りません。しかしながら、コムギは冬季がないエチオピアや冬季でも温暖なインドなどでも栽培されています。これらの地域で栽培されているのは春化を必要としない春播型コムギであり、春化を必要とする秋播型コムギと区別されています(図3)。両者の違いを決めているのが春播性遺伝子であり、コムギではVrn-1 ~Vrn-4の4遺伝子が知られています。先行研究によりVrn-1 ~Vrn-3の3遺伝子が特定されており、Vrn-1 はAP1/FUL遺伝子、Vrn-2はZCCT1遺伝子、Vrn-3はFT遺伝子であることが明らかにされています。
Vrn-D4は1972年に発見されましたが、その後、“Vrn-1の間違いではないか?”とする研究報告や“実在しないのでは?”という研究報告も発表され、研究が遅れました。しかし、加藤教授の研究グループの地道な研究により、Vrn-D4が他の3遺伝子と異なること、5D染色体に座乗すること、そしてVrn-D4をもつコムギ品種がインド周辺地域に多く分布していることが明らかにされてきました。さらに、最近、Dubcovsky教授との共同研究によりVrn-D4遺伝子領域を5D染色体短腕の動原体近傍に絞り込むことに成功しました。

<見込まれる成果>
 先行研究および本研究の成果により、4種類の春播性遺伝子がすべて特定されました。このうち、Vrn-1、Vrn-4はシロイヌナズナにオーソログ遺伝子がありますが、機能が異なります。また、Vrn-2はムギ類に固有の遺伝子であります。従って、これら4遺伝子間での相互作用を解析することにより、ムギ類に固有の春化要求性調節機構が解明されるものと期待しています。
 また、地球環境の温暖化・不安定化により、コムギの凍霜害や穂発芽などの被害が発生しており、激甚化が懸念されています。気候変動下での安定生産を確実なものとするためには、出穂期遺伝子を組み合わせて各地域の適期に出穂・収穫できる品種を育成する必要があります。このようなコムギ育種において、温暖地適応を可能にしたVrn-D4遺伝子の利用が期待されています。

図1.Vrn-1、Vrn-D4(C型Vrn-A1)遺伝子の構造模式およびRIP-3配列

図2.パンコムギ(左、Triple Dirk)およびインド矮性コムギ(右、KU-161)の種子

図3.幼苗期に低温を経験しない温暖地域でも正常に出穂する春播型コムギと出穂せずに栄養成長を続ける秋播型コムギ

<補足・用語説明>
同質遺伝子系統;特定の遺伝子座において異なる対立遺伝子を持つが、他のすべての遺伝子座(遺伝的背景)については同一の対立遺伝子を持つ系統。本研究では、コムギ品種Triple Dirkを遺伝的背景とし、Vrn-D4遺伝子型だけが異なる(Vrn-D4、vrn-D4)系統を用いた。

TaGRP2;RNA結合タンパク質の一種。シロイヌナズナにおいて開花期の調節に関わるAtGRP7のオーソログ。

RIP-3領域;RNA immunoprecipitation-3の略称。Vrn-1の第1イントロンにはTaGRP2タンパクが結合する配列が3ヶ所あるが、そのうちでもっとも親和性が高い領域。

T. sphaerococcum(インド矮性コムギ);草丈が低く、穀粒が丸くて小さいコムギ種で、インド周辺地域に局在している。パンコムギと同じく6倍性で、古い時代にインド周辺において突然変異によりパンコムギより分化したと考えられている。本研究で用いたT. sphaerococcumはすべてVrn-D4を持つ春播型でだった。

<論文情報>  
雑 誌 名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (2015) 112, E5401–E5410 論 文 名: Identification of the VERNALIZATION 4 gene reveals the origin of spring growth habit in ancient wheats from South Asia 著 者 名: Nestor Kippes, Juan M. Debernardi, Hans A. Vasquez-Gross, Bala A. Akpinar, Hikment Budak, Kenji Kato, Shiaoman Chao, Eduard Akhunov, and Jorge DubcovskyURL: http://www.pnas.org/content/112/39/E5401.abstract

<お問い合わせ>
岡山大学大学院環境生命科学研究科(農)
教授 加藤 鎌司
(電話番号)086-251-8323
(FAX番号)086-251-8388

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