国立大学法人 岡山大学

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シャペロンがB12酵素のラジカル状態を維持する

2013年07月31日

 アメリカの研究者らが行った、Gタンパク質シャペロンによるビタミンB12関与酵素の活性維持機構に関する研究の成果が、イギリスの国際科学雑誌『Nature Chemical Biology』誌に2013年7月21日、発表されたことを受け、岡山大学の虎谷哲夫名誉教授は同誌にNews & Viewsとして招待コメンタリーを発表しました。その中では、本研究の内容と意義を解説するとともに、世界に先駆けて3種のビタミンB12関与酵素の触媒活性維持に関わるシャペロンを発見し、この分野の研究を先導してきた同名誉教授らのグループによる成果も紹介しながら洞察を加え、将来への期待と展望を論じています。
<業 績>
 岡山大学の虎谷哲夫名誉教授は、アメリカの研究者らがイギリスの国際科学雑誌『Nature Chemical Biology』誌に、Gタンパク質シャペロンによるビタミンB12関与酵素の活性維持機構に関する研究成果を発表したことを受け、同誌にNews & Viewsとして招待コメンタリーを発表しました。その中では、本研究の内容と意義を解説するとともに、この分野を開拓してきた同名誉教授とその共同研究者である、岡山大学大学院自然科学研究科の飛松孝正准教授、森 光一助教、兵庫県立大学大学院生命理学研究科の柴田直樹准教授らによる研究成果も紹介しながら洞察を加え、将来への期待と展望を論じています。
 ビタミンB12はコバルトを含む錯体で、生体内では補酵素型(B12補酵素、図1a)に変換されて酵素の「助っ人」として働きます。B12補酵素はコバルトー炭素(Co-C)結合を含むその複雑な構造と重要な生理機能により、理学、工学、農学、薬学、医学など多くの分野の研究者を魅了してきました。B12補酵素が関与する酵素(以下、B12酵素)は、化学的に起こり難い反応を触媒するため、ラジカル*1という超活性種を利用しています(図1b)。ラジカルは反応性が高い反面、副反応を起こして消滅し易く、その結果損傷を受けた補酵素が酵素から離れないため、B12酵素は不活性化され易いという傾向があります。虎谷名誉教授らの研究グループは、B12酵素の触媒機構を詳細に研究する過程で、不活性化された3種のB12酵素を再活性化する3種のタンパク質を世界に先駆けて発見し、「再活性化因子」または「再活性化酵素」と名付けました(図1b)。作用機構を調べた結果、これらのタンパク質はシャペロン*2の1種で、ヌクレオチド依存的にB12酵素と固く結合し、損傷補酵素を解離させることで、B12酵素を再活性化することを突き止めました。さらには再活性化タンパク質の立体構造を解明し、酵素との間でサブユニットスワッピング*3により複合体が生成すること、およびこの複合体中で誘起される立体反発により損傷補酵素が解離するという分子機構を明らかにしました。しかし、ヌクレオチド依存的に酵素との結合性が変化し、シャペロン機能が発現するという「ヌクレオチドスイッチ」の分子機構は不明なままでした。
 「ヌクレオチドスイッチ」の分子機構の一端を、別のB12酵素メチルマロニルーCoAムターゼ(MCM)を再活性化するシャペロンを用いて解明したのが、今回のアメリカの研究者らによる研究成果です。彼らは細菌のMeaBというGタンパク質*4の結晶構造を解析・比較し、ヌクレオチドによりコンホメーションが変わる可動性ループ部分(図1c)がシャペロン機能を決定することを明らかにするとともに、そのループ領域がヘテロ3量体Gタンパク質*5に固有のものとされていたスイッチIII領域に対応すると同定しました。MCMとMeaBとは相互に影響を及ぼし合うので、スイッチIII領域は双方向のシグナル伝達に重要です。MeaBは、突然変異によりヒトのメチルマロン酸尿症という代謝異常症を引き起こすMMAAタンパク質の細菌オルソログ*6の1つなので、スイッチIII領域がシグナル伝達に重要であるという結論はMMAAにも当てはまる可能性が高いと思われます。実際にメチルマロン酸尿症患者のMMAAで見られるスイッチIII領域の変異に相当する変異をMeaBに導入したところ、機能低下が確認されました。一方、シグナル伝達後に何が起こるかは未だ不明であり、その解明は将来、B12酵素とGタンパク質シャペロンとの複合体の立体構造が解析されるまで待たなければなりません。その意味では、B12酵素を再活性化するシャペロンの「ヌクレオチドスイッチ」機構の全容解明の研究はまだ緒についたばかりと言えます。



a:B12補酵素(アデノシルコバラミン; AdoCbl)。コバルト原子とアデノシル基とを赤で示す。
b:触媒機構と補酵素リサイクリングの概略。B12補酵素(AdoCbl)が関与する酵素はラジカル機構で触媒する(基質はSH、生成物はPH)。いずれかのラジカル中間体が副反応を起こしてラジカルが消滅すると、補酵素が再生されず、生じた損傷補酵素(X-Cbl)が酵素から離れないため酵素は不活性化される。再活性化酵素として働くシャペロンはATP存在下で、強固に結合しているX-Cblを識別して酵素から解離させる。生じたアポ酵素(E)はAdoCblと結合して活性なホロ酵素を再構成する。X-Cblはコバラミン還元酵素とアデノシル基転移酵素によりAdoCblに再生される。
c:MeaBの可動性スイッチIII領域(今回のLofgrenらの論文より引用)。ヌクレオチド非結合型(緑色)、2GMP-PNP(非加水分解性GTPアナログ)結合型(青色)、2GDP結合型(黄色)、1GDP結合型(赤色)2Pi結合型(橙色)。
図1. B12補酵素関与酵素とそのシャペロン

<見込まれる成果>
 B12酵素には有用な反応を触媒するものもあるが、不活性化され易いことが産業応用を阻んできました。虎谷名誉教授らが発見した再活性化酵素(シャペロン)を応用すれば、原理的にはこの問題が解決できます。1例を挙げれば、植物油からバイオディーゼル燃料を製造した後の廃液から夢の繊維PTT*7の原料を製造するなど、廃油の完全再資源化も可能になると期待されます。

<脚 注>
  *1 不対電子をもつ化学種のこと。一般に反応性がきわめて高い。
  *2 「若い貴婦人が社交界にデビューするときの介添え役」というのがもともとの意味であるが、転じて分子の
    世界で「タンパク質が正しく折り畳まれて立体構造を形成するのを助けるタンパク質」を分子シャペロン
    または単にシャペロンと呼ぶ。
  *3 2つのタンパク質の間でサブユニットの交換が起こること。
  *4 GTP結合タンパク質のこと。
  *5 α、β、γの3種の異なるサブユニットから構成されるGタンパク質のことで、細胞膜に存在し、細胞内への
    シグナル伝達において情報変換器として働く。
  *6 共通の祖先遺伝子から種分化に伴って派生した対応する遺伝子(またはその産物)のこと。
  *7 優れた物性をもつ合成繊維材料ポリトリメチレンテレフタレートのこと。

発表論文はこちらからご確認いただけます

発表論文:Toraya T. G-protein signaling: A switch saves B12 radical status. Nature Chemical Biology, in press (2013). doi:10.1038/nchembio.1314. Published online 21 July 2013.

報道発表資料はこちらをご覧ください

<お問い合わせ>
 岡山大学名誉教授
 虎谷 哲夫
 E-mail:pekotora2007@ ※
          ※ @の後に yahoo.co.jp を付加してください

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