岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 創薬研究推進室

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室長からのメッセージ

特任・特命教授あいさつ

 疾患治療のための細胞外標的に対する薬創りを目指して、約20年が経過した。Damage-associated Molecular Patterns (DAMPs) の代表と目されるようになった High Mobility Group Box-1(HMGB1) や酸化ストレス修飾タンパク構造に対する単クローン抗体作製に取り組み、これまでに動物モデル実験レベルで幾つかのよい適応疾患を同定することができた。これらの研究途上で、一般に「炎症反応」と呼ばれる生体反応に強く惹かれることとなった。その理由は、敗血症や現下のCOVID-19で見られる生命維持を脅かすようなARDS病態から、怪我に代表される局所的な創傷に至るまで、おおよそあらゆる疾患病態の基底に炎症反応が存在していることと、前者の場合には、適切な薬物介入の方法を見出せば、命を救う治療法につながると考えるようになったからである。全身性炎症を解析する中で、血球細胞(白血球、赤血球、血小板)と血管内皮細胞の相互作用という生理機能維持に必須に違いないシステムの破綻型を扱うようになり、血漿タンパク群の調節因子としての重要性に気づくこととなった。現在企業と取り組んでいる血漿タンパクHistidine-rich Glycoprotein (HRG) の製剤化研究は、成果の一つである。血液凝固・線溶系がよく知られている血漿タンパクの代表的な機能であるが、生体恒常性維持の観点から、血漿タンパク群によって血液・血球細胞・血管内皮細胞インターフェイスの全体がコントロールされていると考えると、血漿タンパク群について我々がまだ知らない未開の領域が大きく拡がっていると感じられる。生体由来のDAMPsや病原微生物由来のPAMPsも、その一次受容構造が血漿タンパクにあると考えることは、ごく自然なことである。血漿タンパク群が各インターフェイスの恒常性維持機能を担う「川の流れ」のごときものであると、時に想像してみる。

 約10年前、スーパーコンピュータ会社の研究者と話をする機会があり、新しい疾患診断法としての網羅的血中因子の解析への取り組みとその実現可能性につき話を聞き、驚いた記憶がある。網羅的測定法の開発との考えに驚いたということもあるが、実現が近いという自信に驚いた。私たちが準拠する疾患定義や疾患診断は、おそらく血中因子の測定で代表されるような因子解析の大規模データ集積とコンピュータアルゴリズムの開発で可能になっていくであろう。ところが、そのような方法で診断が容易になることと、治療法を見出すこととの間には、簡単には埋めることができない距離が相変わらず存在すると感じている。依然として薬創りの難しさは変わっていない。

 今世紀初頭にヒューマンゲノムプロジェクトは終了し、ゲノムレベルの遺伝子解析技術の急速な進展とそれらの研究によって得られた2次データベースの爆発的増加を目の当たりにすることとなった。そうした状況において、私たちが「疾患の病態生理」と呼んできたプロセスに対する理解は複雑化こそすれ、容易になったとは言い難いように思う。20世紀末から登場した抗体医薬が、新しい薬の地平を拓き、さらに修飾抗体や低分子核酸医薬、ペプチドアプタマー、天然化合物など、多くのライブラリーが新しい薬物候補探索の宝庫とみなされる中で、先端的技術を取り込みながら多様な創薬アプローチを工夫し、薬創りの挑戦を続けていきたい。

令和3年11月9日
創薬研究推進室
特任・特命教授
西堀 正洋

主要文献

  1. Liu K, Mori S, Takahashi HK, Tomono Y, Wake H, Kanke T, Sato Y, Hiraga N, Adachi N, Yoshino T, Nishibori M. Anti-high mobility group box 1 monoclonal antibody ameliorates brain infarction induced by transient ischemia in rats. The FASEB Journal, 21:3904-16, 2007.
  2. Zhang J, Takahashi HK, Liu K, Wake H, Liu R, Maruo T, Date I, Yoshino T, Ohtsuka A, Mori S, Nishibori M. Anti-high mobility group box-1 monoclonal antibody protects the blood-brain barrier from ischemia-induced disruption in rats. Stroke, 42(5):1420-8, 2011.
  3. Okuma Y, Liu K, Wake H, Zhang J, Maruo T, Date I, Yoshino T, Ohtsuka A, Otani N, Tomura S, Shima K, Yamamoto Y, Yamamoto H, Takahashi HK, Mori S, Nishibori M. Anti-high mobility group box-1 antibody therapy for traumatic brain injury. Ann Neurol, 72(3):373-84, 2012.
  4. OkumaY, Liu K, Wake H, Liu R, Nishimura Y, Zhong H, Teshigawara K, Haruma J, Yamamoto Y, Yamamoto H, Date I, Takahashi HK, Mori S, Nishibori M. Glycyrrhizin inhibits traumatic brain injury by reducing HMGB1-RAGE interaction. Neuropharmacology, 85:18-26, 2014.
  5. Wake H, Mori S, Liu K, Morioka Y, Teshigawara K, Sakaguchi M, Kuroda K, Gao Y, Takahashi H, Ohtsuka A, Yoshino T, Morimatsu H, Nishibori M. Histidine-rich glycoprotein prevents septic lethality through regulation of immunothrombosis and inflammation. EBioMedicine, 9: 180-94, 2016.
  6. Kuroda K, Wake H, Mori S, Hinotsu S, Nishibori M, Morimatsu H. Decrease in histidine-rich glycoprotein as a novel biomarker to predict sepsis among systemic inflammatory response syndrome. Crit Care Med., 46(4): 570-576, 2018.
  7. Gao S, Wake H, Gao Y, Wang D, Mori S, Liu K, Teshigawara K, Takahashi H, Nishibori M. Histidine-rich glycoprotein ameliorates endothelial barrier dysfunction through regulation of NF-κB and MAPK signal pathway. Br J Pharmacol, 176(15): 2808-24, 2019.
  8. Gao S, Wake H, Sakaguchi M, Wang D, Takahashi Y, Teshigawara K, Zhong H, Mori S, Liu K, Takahashi H, Nishibori M. Histidine-rich glycoprotein inhibits high-mobility group box-1-mediated pathways in vascular endothelial cells through CLEC-1A. iScience, 23(3): 101180, 2020.
  9. Nishibori M, Wang D, Ousaka D, Wake H. High mobility group box-1 and blood-brain barrier disruption. Cells, 9(12): 2650, 2020.
  10. Kamiya M, Mizoguchi F, Kawahata K, Wang D, Nishibori M, Day J, Louis C, Wicks LP, Kohsaka H, Yasuda S. Targeting necroptosis in muscle fibers ameliorates inflammatory myopathies. Nat Commun., 13(1): 166, 2022.

略歴

1980(昭和55)年3月岡山大学医学部卒業
1980(昭和55)年5月医師免許取得
1985(昭和60)年12月医学博士(岡山大学)
1980(昭和55)年4月岡山大学医学部助手(薬理学講座)
1988(昭和63)年12月岡山大学医学部講師(薬理学講座)
1995(平成7)年4月岡山大学医学部助教授(薬理学講座)
1990(平成2)年4月~
1992(平成4)年3月
カナダ・マニトバ大学医学部マニトバ細胞生物研究所
1991(平成3)年4月~
1992(平成4)年3月
カナダ・マニトバ大学医学部 (客員教授)
2001(平成13)年4月岡山大学大学院医歯学総合研究科生体制御科学専攻
機能制御学講座薬理学教授
2005(平成17)年4月岡山大学大学院医歯薬学総合研究科生体制御科学専攻
生体薬物制御学講座薬理学教授
2021(令和3)年3月定年退職
2021(令和3)年4月岡山大学名誉教授
岡山大学学術研究院医歯薬学域
(大学院医歯薬学総合研究科)
特任・特命教授

受賞歴

1983(昭和58)年6月昭和57年度岡山医学会賞(結城賞)
1990(平成 2)年2月上原記念生命科学財団 海外留学助成リサ−チフェロ−シップ
2009(平成21)年7月社団法人発明協会主催 平成21年度全国発明表彰
21世紀発明奨励賞
「抗体医薬による脳梗塞の新規治療法の発明」
2010(平成22)年2月平成21年度 岡山県文化賞(学術部門、医学分野)
2012(平成24)年1月山陽新聞賞(学術功労)「抗体医薬の研究」
2012(平成24)年2月バイオビジネスアワードJapan 2012 彩都賞
「炎症性サイトカインHMGB1をターゲットにした新規脳梗塞治療抗体 –抗体治療の展開–」
2014(平成26)年3月ライフサイエンス振興財団 設立30周年特別研究助成 研究奨励賞
「抗HMGB1抗体医薬による脳血管疾患、脊髄損傷と癌性疼痛治療法開発」
2015(平成27)年2月セコム科学技術振興財団 研究奨励賞
「予防医学的な健康状態把握のための方法確立」
2020(令和2)年12月公益社団法人日本薬理学会 第14回江橋節郎賞
「炎症病態をターゲットとしたトランスレーショナルリサーチと創薬」

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