国立大学法人 岡山大学

LANGUAGE
ENGLISHCHINESE
MENU

No.1 身近な液体「水」の謎に迫る

forcus on prof. Matsumoto

No.1 身近な液体「水」の謎に迫る

異分野基礎科学研究所理論化学研究室
 松本正和 准教授

 宇宙から地球を見ると、見えるのは雲、氷、海…つまり、ほとんどが水。さらに人体の60%は水でできており、全ての生物は水に依存しています。私たちにとって水は最も身近な液体であるため、液体といえば誰もが「水」をイメージします。しかし最も身近でありながら、その性質の多くはまだ謎に包まれています。「化学の目で見れば、水ほど“異常”な液体はほかにありません」、そう話すのは異分野基礎科学研究所の松本正和准教授。計算機シミュレーションと理論により水や氷、ハイドレートを研究する松本准教授に、その変わった性質について聞きました。

―水の“異常”な性質とは、どういった性質なのでしょうか。

 水分子は水素原子2個と酸素原子1個が結合している非常に単純で小さな分子ですが、水分子が多数集まると、分子1つだけでは予想できない水独特の性質が出現します。冷やすと膨張する、表面張力が大きい…など、その“異常”な性質は40にも上ります(https://youtu.be/5cv_hNYPfwk)。 水は塩や砂糖など、さまざまな物質を溶かしますが、それも異常な性質の一つです。味噌のようないろいろな物質が入ったものを溶かす液体は水以外にほとんどなく、味噌汁が美味しく飲めるのも水が“異常”であるおかげなのです。本研究室では、これらの性質を分子の目線で説明しようと、さまざまな方法でアプローチしています。

―計算機でどのようにシミュレーションして解明するのでしょうか。

研究室に飾られた分子模型
研究室にはさまざまな分子模型が並ぶ

 計算機シミュレーションは、分子にはたらく力が分かれば、座標(分子の位置)の時間変化が分かるため、海底や宇宙まで行かなくてもコンピュータ内で、圧力や気温変化をシミュレーションできるのが特徴です。例えば、氷の結晶構造が変わり始めるのは2000気圧からですが、地球では深海底でも1000気圧程度しかありません。他の惑星に行けば10万気圧の超高圧環境が存在していますが、到底行くことができないので、コンピュータ内でシミュレーションを行います。現在では計算機も高速化し、今まで見えなかった現象を今までにない規模(100万原子、10億ステップ)でシミュレーションできるようになってきました。一方で、再現できてもすぐに理解につながるわけではなく、計算機が生み出すビッグデータから、本質を見極める地道な努力が必要です。

―シミュレーションの強みはどういった点でしょうか。

 実験では実現が難しいような条件で、分子一つ一つの動きが捉えられる点ですね。例えば、水を深く過冷却(氷点下まで液体のまま冷やすこと)すると、水と油のように2種類の液体に分離するといわれています。この現象は、実験から予測されていたものの、実現するのがとても難しいため、長らくその真偽が議論されてきました。私たちは、計算機シミュレーションにより、過冷却した水が自発的に二つに分離するさまを、はじめて再現しました(https://youtu.be/dGG8qxfjvyQ) 。シミュレーションでは、途中のプロセスを実況中継のように見ることができるので、水が凍ったり氷が融けたりするような日常的な現象でも、実験では見られなかった一瞬の間に、こんなに複雑なことが起きているのか、と気付くこともあります(https://youtu.be/dGG8qxfjvyQ)。

―計算機シミュレーションで得られた結果は。

 本研究室では、スーパーコンピュータ「京」を使った計算機シミュレーションで、水や氷の性質の研究をしています。極低温超低圧から高温超高圧までさまざまな条件での水と氷の間の相変化(凍結・融解)や性質の変化を再現し、その場で観察して仕組みを解明しています *1。最近の研究では、コンピュータ上で凍り方を制御することで、結晶構造の異なる新種の氷をシミュレーションで予測しました*2(https://youtu.be/dGG8qxfjvyQ)。さらに水の結晶の中に、他の分子が入り込んだ構造のハイドレートについての研究も進めており、シミュレーションを用いて、新しいエネルギー源として注目されているメタンハイドレートの研究にも取り組んでいます。

―メタンハイドレートとはどのようなものなのでしょうか。

研究室に飾られた分子模型

 水とメタンガスが一緒に凍ったもので、低温高圧下の環境(海底や永久凍土層など)で生成されます。通常食塩や砂糖などは水によく溶けますが、水溶液を冷やすと食塩や砂糖を排出しながら水だけが凍っていきます。しかしメタンガスの場合には全く逆で、液体の水には溶けないのに、冷やすと水に取り込まれて一緒に凍ります。メタンハイドレートは火を近づけると燃え、燃えた後は水しか残りません。天然資源の少ない日本では新しいエネルギー源として注目が高まっています。本研究室でも、淡水と塩水でのメタンハイドレートの分解のされ方の違いや、どうすれば速く分解されるのかなどといったシミュレーションを行っています(https://youtu.be/XVMZklJgIHk)。

―水の研究の魅力はどういったところでしょうか。

 「水が変」というためには「水以外が変ではない」ということを示さなければなりません。つまり、「水を知る」ということは、結局「水以外の物質を広く知る」ことになります。水の世界はまだまだ謎が多く、未発見の構造の氷がまだあるのか、液体の水にも氷のように複数の構造があるのか、なぜメタンは水と一緒に凍るのか…一つ解決してもその答えが新たな謎を次々に生み出します。水は単純な分子構造ですが、非常に奥の深い世界です。

―今後の展望は。

  水に新しい性質を見つけることは惑星探査、地震、医療、エネルギー、気象、気候変動、生命科学、化学、スポーツ、農業、産業など、さまざまな分野に直接的な影響を及ぼします。水は生命維持に直結し、他の物質にない性質を多数持っているのに、安価で当然のように身の回りに大量に存在しています。どこにでもある、“奇跡の物質”なのです。今後、研究を進め、新たな性質や使い道を見つけていきたいです。

*1 異分野基礎科学研究所理論化学研究室の田中秀樹教授、矢ヶ崎琢磨講師、理論物理化学研究室甲賀研一郎教授、望月建爾助教および学生との共同研究によるものです。*2 大学院自然科学研究科博士前期課程の平田院生、松井院生の研究です。

略歴
松本 正和(まつもと・まさかず)
1967年生まれ。京都大学大学院工学研究科修士課程修了、 総合研究大学院大学大学院数物科学研究科博士後期課程、博士(理学)、専門は統計熱力学。名古屋大学理学部助手を経て現職。

(17.08.10)