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No.13 光による生命現象の制御 -「光をくすりに」を目指して-

focus on - Sudo Yuki

No.13 光による生命現象の制御
-「光をくすりに」を目指して-

大学院医歯薬学総合研究科・
生体物理化学研究室
 須藤雄気 教授

 光を当てるだけで、たちどころに病気を治療できる―。大学院医歯薬学総合研究科の須藤雄気教授は、光による生命現象の制御をテーマとした研究を通して、そんな未来を実現させようとしています。鍵を握るのは、光に反応して構造を変えるタンパク質「ロドプシン」。創薬開発や植物への応用など、幅広い活用が期待されています。

―「光をくすりに」とは、具体的にはどのようなことでしょうか。

須藤教授

 光エネルギー、それも生体にダメージを与えない可視光程度の光を利用して病気の治療に役立てることです。光に反応するタンパク質「ロドプシン」を利用した生命現象のコントロールを目指した研究をしています。

 ロドプシンは光を当てると構造が変化する「光反応性タンパク質」で、動物では目の網膜に含まれており、光を感知する役割をもっています。ロドプシンは細胞膜に存在する「膜タンパク質」でもあり、光が当たってロドプシンの構造が変化すると、膜を出入りできる物質や情報も変化します。そのため、送り込みたい物質などに対応する種類のロドプシンを利用することで、光を当てた箇所に特定の物質や情報シグナルを送り込むことができるようになります。これによってDNAの転写因子を制御することで、遺伝子の発現を光でコントロールすることも可能です。また、構造が変わる際に起きる電位の変化を利用して、脳や神経のはたらきを制御することもできます。生命現象であれば、ほとんどのことを操作できるといえるでしょう。
 
 マウスに光を当てている間だけ興奮させて走り回らせる、光を当てた線虫をまひさせる、光を当てた細胞の細胞死を引き起こす、などといったことが技術的に可能となってきました。光を用いて生命現象を操作する基盤的な手法自体はほぼ完成しているといっていいと思います。

―「光をくすりに」することには、どのようなメリットがありますか。

 作用する場所や時間を細かくコントロールできるのが大きな利点であり、全く新しい創薬研究につなげられると考えられます。新薬開発にかかるコストや期間は年々膨らんでおり、新薬を開発・販売するまでに数千億円もの費用と10年以上の期間が必要となります。その上、それだけ多大な労力をかけても発売までに至る確率は約3万分の1と非常に低いのが現状です。しかし、例えばロドプシンを組み込んだ膜で薬を包んで体内に取り込み、適切なタイミングで光を当てれば、最適な場所や時間で薬を作用させられるため、既存薬であっても劇的に効果が高まる上、副作用も大幅に減らせます。創薬研究に革新をもたらせるでしょう。 

―今後の課題を教えてください。

装置
ロドプシンの光反応性を調べる過渡吸収解析装置

 実用上の最大の課題は、生体内の任意の場所に光を当てる方法です。可視光は生体を透過しないため、消化器内にLEDや光ファイバーなどを導入し、体内から光を当てる方法の研究を進めていますが、体外から直接光を当てる方法も模索しています。光の波長の中には、「生体の窓」と呼ばれる、生体の深部まで透過する波長が存在します。約700~1000ナノメートル(ナノは10億分の1)の波長がこれにあたります。この波長の光に反応するロドプシンを開発できれば、体外から光を当てるだけで病気の治療が可能になるのですが、量子化学の観点から実現が非常に難しく、知恵を絞っているところです。

 そのほかにも、ロドプシンによる生命現象の制御は、さまざまな技術に応用できます。植物では、普段光合成に利用している光の波長(主に青色と赤色)や量は限られていますが、緑色を主に吸収するロドプシンを使えばより広い波長や量の光で光合成を行える「ハイパー植物」を作出できると考えています。現在、農学部や理学部の先生方と共同で取り組んでいます。実現すれば光合成の効率を大幅に高められ、過酷な環境でも生育できると思います。幅広い波長の光を吸収させるため、見た目が真っ黒になってしまいますが(笑)。

―多くの可能性を秘めているのですね。このテーマに取り組むようになったきっかけは。

ロドプシン
須藤教授らが発見したロドプシンの一部。種類ごとにさまざまな色をもつ

 「光をくすりに」というテーマに着目したのは、1997年ごろ、まだ私が大学生だった時です。薬学部に入学し、物理学、生物学、化学、臨床医学など、幅広い学問を学びました。その際、生物学の授業で生体内のエネルギー伝達に使われるATP(アデノシン三リン酸)、物理学の授業で光についてそれぞれ勉強し、可視光程度の光であってもATPよりずっと大きなエネルギー量をもつと知り、「光エネルギーを利用して生命現象をコントロールできないか」という考えが浮かびました。さらに勉強を進めていくうちに、光エネルギーを直接利用するのではなく光反応性タンパク質を介してはどうか、構造が単純で応用性の高そうなロドプシンを使ってはどうか…というふうに、少しずつピースがはまっていった感じですね。

 私が研究を始めた頃は、光を用いた生体操作というジャンルはほとんど着目されておらず、ロドプシンについても、動物以外でも細菌などが保有することは発見されていましたが、生命現象を制御できる可能性については知られていませんでした。周りに理解してもらえないことも多かったです。そこでまず私が着手したのは、世界各地のさまざまな環境下における生物からロドプシンを採取し、ロドプシンに多様な機能を持つものが存在することを示すことでした。米国の温泉、紅海、イギリスのカーペット工場など、いろいろな場所から今までに約100種類以上の新規ロドプシンを発見してきました。当時は本当にロドプシンが多様な性質をもつかどうかも確証はなく、手探りでのスタートでしたが、苦労の甲斐もあって、今ではロドプシンのもつ多機能性は教科書にも載るくらいの常識になりました。光による生体操作の研究も広がり、ほ乳類を対象にした研究などが海外でも盛んに行われています。

―研究に取り組む上で心がけていることを教えてください。

 いろいろなことに興味をもち、楽しんで研究をするようにしています。興味を持ってさえいれば、世の中に面白くない研究というのは存在しないと思っていますし、今のテーマでも農学や物理学などいろいろな分野に手を出しており、やりたいことは尽きません。そのおかげか、学会発表などの場でも「楽しそうに発表されますね」とよく声を掛けられます。研究室の学生とも、「明るく、楽しく、笑顔で過ごすこと」、「広く・深く興味を持つこと」を合い言葉にしています。

略歴
須藤 雄気(すどう・ゆうき)
1977年生まれ。北海道大学薬学部卒、同大大学院薬学研究科修了。博士(薬学)。専門は生物物理学。テキサス大学ポスドク、名古屋大学助教・准教授などを経て2014年より現職。

(18.11.05)