国立大学法人 岡山大学

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No.17 肝臓からみる心血管疾患へのアプローチ

focus on - Shogo Watanabe

No.17 肝臓からみる心血管疾患へのアプローチ

大学院保健学研究科 渡辺 彰吾 准教授

 ヒトの体で最も大きい臓器であり、全身の代謝やエネルギー貯蔵を司る肝臓。脂肪肝の人は動脈硬化や心筋梗塞になりやすいという統計的なデータがあるなど、肝臓と心血管疾患には密接な関係があると考えられていますが、そのメカニズムは未だ明らかになっていません。大学院保健学研究科の渡辺彰吾准教授はこの謎に挑み、より効果的な動脈硬化の治療法などにつなげるために研究を進めています。

-肝臓と心血管疾患との関係について教えてください。

渡辺准教授

 肝臓は糖や脂肪、コレステロールの代謝に関わっているほか、有害物質の解毒・分解など、非常に大きな役割をもつ臓器です。そのため、肝臓が他の臓器などに与える影響も強いと考えられます。例えば、非アルコール性の脂肪肝が悪化して炎症を起こした状態をNASH(非アルコール性脂肪肝炎)と呼びますが、NASHの罹患者は動脈硬化や心筋梗塞といった心血管疾患の発症率が2倍以上高くなるという統計があります。NASHは過食やストレスなどの生活習慣の悪化によって発症しやすく、近年メタボリックシンドロームの増加に伴って罹患者数は増えており、国内に200万人以上いるといわれています。かつて脂肪肝は軽度であれば放っておいても問題がないと考えられていましたが、肝硬変や肝がんにつながりやすいということも分かっており、今日では治療すべき疾患であるという認識に変わってきています。

 しかし、そうした統計的データがあるにもかかわらず、脂肪肝やNASHと心血管疾患がどのように結びついているかは、これまでほとんど研究されてきていません。動脈硬化や心筋梗塞の治療の際に脂肪肝について考慮されることはなく、要因である高血糖、高脂血症、高血圧などを投薬治療で改善する対症療法がとられています。しかし2010年ごろ、一つの有力な論文が発表されました。「NASHが、高血糖や高脂血症を介して動脈硬化を引き起こす原因となっている」というものです。脂肪細胞が中性脂肪をため込むと悪性のサイトカインを分泌し、それによって肝臓が炎症を起こしてしまい肝臓の正常な機能が損なわれ、糖代謝や脂質代謝の状況を悪化させて動脈硬化に至るという考えです。

 この説はまだ十分なエビデンスが集まっていませんが、私は臨床検査技師として循環器系の検査を行っていたことがあり、そのときの経験からもこの説が正しいのではないかと思っています。脂肪肝をもった患者の経過を観察していると、その後、動脈硬化や循環器系の疾患が悪化する人が明らかに多かったのです。私はこの経験をもとに、心血管疾患に肝臓からアプローチする研究を進めています。

―「脂肪肝やNASHを治療すれば、動脈硬化や心筋梗塞の改善にもつながる」とお考えなのですね。

板書する渡辺准教授

 そのとおりで、この説が正しければ、動脈硬化を一時的に防いでも、その原因である脂肪肝を改善しないと意味がないということになりますよね。目下取り組んでいる研究では、「脂肪肝を引き起こさない、動脈硬化の新治療薬」の開発を目指しています。

 動脈硬化は血管の内皮にLDL(悪玉)コレステロールやマクロファージがたまった状態を指します。心筋梗塞の原因となりますが、現状根本的な治療法がなく、予防することしかできないのですが、近年、有力な治療法が見つかりました。全身に存在する受容体の一つ、LXRを活性化させると、脂質沈着ができた病巣からコレステロールの回収を促進するというものです。しかしこれにも欠点があります。LXRは肝臓にも多く含まれ、肝臓のLXRが活性化すると、コレステロールの脂質への合成が促進され、脂肪肝を悪化させてしまうのです。そのため、肝臓のLXRを活性化させず、血管中のアテローム層のマクロファージが持つLXRのみを活性化させる方法の研究が世界的競争下にあります。

 LXRは、肝臓に存在するものとそれ以外では、構造が少し異なります。東北大学の研究グループが開発したウアバゲニンという薬品が、肝臓以外に存在するLXRのみを選択的に活性化させることが分かり、動脈硬化の治療薬として実用可能かどうかを私の研究室で実験しているところです。ウアバゲニンは既に医薬品として使用されている薬剤をベースに開発されたものなので、一から合成する薬剤に比べて実用化へのハードルは低いと考えられます。成功すれば、動脈硬化治療の夢の新薬となり得ます。

―世界的な競争下にあるとのことですが、渡辺先生の研究室ならではの研究の強みは何でしょうか。

 新薬のテストにはほ乳類での実験が不可欠です。しかし実験用動物としてよく用いられるラットは、元々LDLコレステロールが少ないうえに血管の内皮が丈夫なため、非常に動脈硬化を起こしづらいという難点があります。しかし私たちの研究室では、交配を重ねてNASHを起こしやすくしたラットに、血管内皮の耐久性を落とす薬剤を投与することで、世界で初めて、NASH病態と虚血性心疾患を同時に引き起こすことに成功しました。

 実は、希望する研究者にこのラットの臓器標本を無償で提供しますと、研究室のHPで呼び掛けています。私は循環器系の出身ということもあり、肝臓についてはまだまだ分からないことがたくさんあります。専門家の研究に役立ててもらい、この分野の発展につなげられればうれしいです。

―今後の研究の予定は。

エコー検査
ラットのエコー検査用の機器

 肝臓と心疾患の関係について、引き続き研究を進めていく予定です。NASHが動脈硬化を引き起こすメカニズムを解明するため、両者をつなぐものが何かを探っていますが、私が現在注目しているのは胆汁酸です。

 胆汁酸は肝臓でコレステロールを原料にして作られ、肝臓に蓄えられており、摂取した食物に含まれるコレステロールを体内に吸収しやすくする役割を持っています。ただし胆汁酸は毒性をもち、特に腸まで達した胆汁酸は腸内細菌の影響を受けて毒性が増します。メタボリックシンドロームの人など元々コレステロールの摂取量が多い人は、胆汁酸も多く産生され、その分腸まで達する胆汁酸の量も増えるため、腸から吸収された胆汁酸の毒性によって肝臓がダメージを受けてNASHを引き起こすのではないかと考えています。さらに、肝臓に毒性のある胆汁酸が多量に蓄えられると、一部が血液中へと流れ、血液を通じて全身の血管にもダメージを与えて動脈硬化を起こしやすくするという流れで、胆汁酸がNASHと動脈硬化の両方に関わっている可能性があります。

 まだ仮説に過ぎず、同じ発想による研究もほとんどされていませんが、もし立証されれば、胆汁酸を介することでNASHと動脈硬化の両方に対処できるようになるかもしれません。

―研究を続けていく上での目標を教えてください。

 岡山大学は医学部医学科が全国的にも有名ですが、保健学科のもつ実力も、世界中にアピールしていけたらと思っています。国際交流も盛んに進めており、この研究室にもONEXの留学プログラムによる留学生を迎えています。世界中の研究者たちと協力して、この分野の研究を進めていきたいですね。

略歴
渡辺 彰吾(わたなべ・しょうご)
1980年生まれ。岡山大学大学院保健学研究科博士前期課程、同博士後期課程修了。博士(保健学)。東京大学医学部循環器内科非常勤研究員、名古屋大学医学部保健学科助教を経て、岡山大学大学院保健学研究科講師、准教授に着任、現在に至る。専門は生理機能検査学、循環器内科学。

(19.3.20)