国立大学法人 岡山大学

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No.6 データ科学で食糧危機に対抗する

forcus on - Takashi Hirayama

No.6 データ科学で食糧危機に対抗する

資源植物科学研究所
環境応答機構研究グループ
 平山隆志 教授

 私たちの生活に必要不可欠な植物。しかし近い未来、地球規模の温暖化が農業に及ぼす悪影響や人口爆発により、食糧危機に直面する可能性が高いといわれています。岡山大学は、資源植物科学研究所が2017年文部科学省NISTEP調査のTop10%補正論文割合の最も高い(31.4%)組織に選ばれるなど、植物に関する研究が活発です。同研究所の平山教授は将来訪れるであろう食糧危機に対し、「先制育種」という技術で対策しようと研究を重ねています。

―資源植物科学研究所での研究について教えてください。

 当研究所では主に、植物のストレス応答、つまり劣悪環境でも生育可能な作物の創出に向けて研究をしています。今のままでは人口爆発や温暖化により、50年後、100年後には地球の環境が大きく変わり、現在と同じ様な農業が成立しなくなるといわれています。この問題を回避するには、乾燥や塩分が多いなどの理由で作物が作られていない「耕作不適地」でも生育可能な作物を作る、そして、冷害や干ばつなどの環境変動に強い作物を作るなどの策が挙げられます。これは昔からいわれていることで、多くの研究がなされてきましたが、なかなか実際の圃場の作物へ研究成果が反映されていませんでした。

―何か理由があるのでしょうか。

 理由の一つといわれているのが、遺伝子と圃場の環境変化の相互作用がまだよく分かっていないということです。遺伝子というのは、そのものが変わることはほとんどありませんが、さまざまな環境でその発現の仕方が変わってきます。季節や天候の変化、朝晩など時間帯の違い、病気にかかったとき、ウイルスが蔓延する土地…。そしてその環境変化の積み重ねによっても、遺伝子の発現は異なってきます。つまり遺伝要因と環境要因の“相互作用”を履歴とともに見ていかなければならないのです。人が60歳の時にどんな状況かということは遺伝子だけでは説明できませんよね。その人がどういう人生を送ってきたか、履歴を調べないと分かりません。植物でも、今までの研究は、環境や遺伝子などの要因から、いきなり作物の出来、不出来を結びつけようとしていました。私たちの研究では、作物の収量に影響する、生まれつき植物が持つ遺伝要因と気温や天候の変化などの環境要因だけでなく、その二つの関係を明らかにし、任意の環境に適した作物を育種する技術開発を目指しています。

―実際にどのように研究を進めているのでしょうか。

 現在、私たちの研究グループでは、倉敷と横浜の2カ所の圃場で作物を育て、データを収集しながら圃場作物の生育を捉えています。倉敷と横浜では、気温はもちろん風の強さなど、環境の差も大きく、葉の生えるタイミングや伸びるスピード、出穂の時期も異なります。それを調べるため、私たちはさまざまなデータを取得します。まず、植物が生育する様子をカメラで撮影し、生長段階を追っています。また、RNA-seqという手法を用いて遺伝子の発現を調べるほか、高速液体クロマトグラフ質量分析装置(LC-MSMS)という機器を使い、植物の生理状態を左右するホルモンの精密な質量解析を行います。さらに、遺伝子の発現のしやすさを制御するエピゲノムの解析や環境センサーによる気温や降水量、日照時間、風量、土中温度、湿度などの計測も行っています。これらのデータを蓄積し、さまざまなデータ解析技術を用いて、植物の生長または有用農業形質の鍵となる環境や遺伝子発現の変動、ホルモンの変動を見つけ、それらを元に農業形質を予測するモデルを構築するのが私たちの目的です。現在はオオムギでのモデル構築を進めていますが、将来的には、オオムギモデルを元に近縁のコムギの生育を推定し、モデルの汎用性を追究していきたいです。

―研究室の中ではなく、実際に圃場で調査をするんですね。

圃場

 そうですね。実験室では温度や湿度など細かく調整することはできますが、突然冷え込んだり、雨が降ったり、自然界に似せようとしても完璧に再現できないのが現状です。また、一口に「高温」といっても、他の要因もあるかもしれませんよね。例えば高温が原因で水が無いかもしれないし、土の中ではバクテリアが繁殖しているかもしれない。さらにウイルスが蔓延しているかもしれない。自然界では、実験室で想定していなかったさまざまな環境の変化が起きているので、実験室での研究結果を圃場に応用しようとしても当てはまらないことが多いんです。また、それがだめだと分かっていても、これまで圃場でその植物の応答や変化を環境変化と一緒に捉える方法が無く、捉えたとしてもその膨大なデータを解析する技術が確立していませんでした。しかし近年、センシング技術や、コンピューターで解析する情報処理技術・統計技術が急速に向上し、圃場での研究も進んできています。

―さまざまな技術を使って調査をしているんですね。

 はい。植物=生物系と思われがちですが、実際に生物系の専門家は半分くらいです。情報解析専門の研究者や統計学、画像処理の専門者、開花の生理学者など、さまざまな分野のエキスパートが関わって研究を進めています。こういった方々の協力によって、圃場での研究の幅が大きく広がったのではないかと思います。

―最後に、今後の展望を教えてください。

平山教授

 まずは、収集しているデータを解析し、環境に合うモデルを構築できるような基盤を作ることです。現状では単純に、この時期にこう生長しているから収穫はこのくらい、という予測ですが、私たちの強みは、遺伝要因がこうで環境要因がこうで、その相互作用がこうだから、こういうモデルになった、という遺伝子のはたらきを加味したモデルを構築できることです。私たちの研究が進んでも、それだけで全てのことが解決するわけではありません。この研究を基盤に、今後データ科学や植物科学が手を結び、「先制育種」技術を確立させ、将来予測される気候に対応できるよう、最適化した作物の設計を可能にしていく必要があると思います。

略歴
平山 隆志(ひらやま・たかし)
1963年生まれ。名古屋大学、京都大学大学院。専門は植物分子遺伝学、特に植物の環境応答機構、植物ホルモン応答機構を対象とした研究。博士取得後(京都大学理学)、京都大学化学研究所教務職員、理化学研究所研究員および専任研究員(この間米国ペンシルバニア大学博士研究員、横浜市立大学客員教授等兼任)を経て、現職。

(18.02.28)