遺伝子を操作する“人工転写因子”でがんの増殖を阻害
~がんの増殖を担う遺伝情報を読めないようにする革新的技術を開発~
本研究室の世良貴史教授、森友明特任助教らの研究グループは、川崎医科大学の猶本良夫教授、深澤拓也准教授との共同研究により、がんの遺伝情報のひとつである「がん増殖遺伝子」を読めなくする、テーラ
ーメイドの人工タンパク質『人工転写因子』の開発に世界で初めて成功しました。この人工転写因子は、世良教授が開発した、標的のがん増殖遺伝子に特異的に結合する人工
DNA結合タンパク質に、遺伝子を読めないようにするタンパク質を融合させた人工タンパク質です。本研究成果は2017年10月5日、がん治療分野の総合科学雑誌「Oncotarget」のオンライン版に公開されました。
本研究では、デザインした人工転写因子を用いて、肺がんと食道がんで高発現し、がん化を促進する「SOX2 遺伝子」の発現を効果的に抑制できることを細胞レベルだけでなく、
動物レベルでも確認しました。この手法は、ほかのがん関連遺伝子に適応可能であり、それらの遺伝子の働きによるさまざまながんの予防や創薬への応用が期待されます。また、
本技術は、がん関連遺伝子だけではなく、あらゆる疾患関連遺伝子にも応用が可能である ため、革新的な技術として私たちの生活に大きく役立つことが期待されます。
<背 景>
がんは、さまざまな要因によって引き起こされ、多様なメカニズムで進行しますが、その中で、がんの誘発や増殖に関与する遺伝子が増幅されたり、遺伝子の変異により活性化されることにより、正常な状態よりも当該タンパク質が過剰に生産され、最終的にがんに
なることが知られています。この場合、増殖に関係する遺伝子が読み取られないようにで きれば、その遺伝子は発現することなく、結果がんの進行を食い止めたり、がんそのものを予防し、生活の質(Quality
of life ; QOL)を向上させることが可能となります。 私たちヒトの体内でも、健康の維持のためにたくさんの遺伝子が正常に発現されることが必要で、そのために多種多様な「転写因子」が働いています。この転写因子というタン パク質は、標的遺伝子の発現に大事なプロモーターと呼ばれる DNA
領域に結合する結合部位とその標的遺伝子の発現量を調節する転写調節ドメインという、2 つのドメインが融 合されたものです。私たちの体の中で働いている転写因子のDNA結合部位は、数塩基対の短い配列しか読めず、しかもその結合場所はヒトゲノム内にたくさん存在するため、ほ かの転写因子と協同して、複数の遺伝子発現を制御しています。しかし、もし
16 塩基対以上の長い DNA 配列に結合できるような人工の DNA 結合タンパク質を自由にデザインできるようになれば、そのタンパク質に天然の転写調節ドメインを融合させることにより(私たちは、この融合したタンパク質を「人工転写因子」と呼んでいます)、ヒトの体内で、たった 1つの狙った遺伝子の発現量を自由に制御できるようになります。そのため、このよ
うな人工転写因子を手に入れることができれば、ほかの正常な遺伝子には影響を与えずに、 狙ったがん関連遺伝子のみの発現を抑制することができ、副作用のない革新的ながんの予防・治療法を開発することが可能となるのです。
今回、世良教授らのグループは、ヒトゲノム上の特定の遺伝子のプロモーターに結合できるような人工DNA結合タンパク質のデザイン法を開発しました。さらに、世良教授らは、この人工DNA結合タンパク質に転写活性化ドメイン、あるいは転写抑制ドメインを 融合させることにより、植物およびヒト・動物細胞内で、狙った遺伝子の発現を活性化したり、あるいは抑制できる人工転写因子(図)を開発してきました。
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図.肺がんおよび食道がんの原因遺伝子である SOX2 の発現を抑制できる「人工転写因子」を作製。その人工転写因子遺伝子を導入することにより、がん原因遺伝子の発現を抑えることでがんの誘発に働くタンパク質の産生が抑えられ、がんは増殖することができない。また、人工 DNA 結合タンパク質を換えることにより、あらゆる疾患の予防・治療にも応用することが可能である!
<業 績>
今回、肺がんや食道がんの原因遺伝子「SOX2 遺伝子」に結合し、その発現を抑制するようにデザインされた人工転写因子を作製しました。この人工転写因子遺伝子を導入することにより、SOX2
遺伝子の発現量が効果的に抑制されることをさまざまな肺がんや食道がん細胞において確認しました。さらに、この人工転写因子遺伝子の導入により、肺がんや食道がん細胞の増殖も効果的に抑制できることも確認しました。また、実際にこの効果
が動物の個体でも発揮されるかどうかを検証するため、ヒトのがん化のモデル動物であるヌードマウスを用いて実験を行ったところ、何も処理をしていないがん細胞を移植した場
合には、従来の報告通り大きな腫瘍が形成されました。しかし、移植前に人工転写因子遺 伝子を導入し、一晩培養したがん細胞を移植すると、全く腫瘍が形成されないという驚くべき結果でした。これは、導入された人工転写因子が
SOX2 遺伝子の発現を効果的に抑えることにより、ヌードマウス体内での腫瘍の形成が完全に阻害されたことを示しています。
開発した革新的な技術「人工転写因子」は、今回のSOX2 遺伝子だけでなく、(レゴのブ ロックのように)人工 DNA 結合タンパク質を換えることにより、ほかのがん関連遺伝子の発現抑制にも適応が可能です。つまり、がん化の原因遺伝子が分かってさえいれば、肺
がんや食道がんだけでなく、乳がんや大腸がんなど、私たちの生命の存在を脅かすどのがんにも応用が可能です。また、がんだけでなく、ほかの疾患関連遺伝子の発現抑制も応用
が可能です。さらには、遺伝子発現の抑制だけでなく、転写活性化ドメインに交換した人工転写因子を用いることにより、遺伝子発現が低くなることで発病する疾患(例えば、血管が作られなくなって発症する虚血性疾患など)を予防・治療することも可能です。
<見込まれる成果>
世良教授らのグループは、すでに人工転写因子をタンパク質として導入し、標的遺伝子の発現をコントロールすることにも成功しており、新しいタンパク質医薬の開発も期待さ
れます(参考)。
今回、細胞レベルの研究だけではなく実際の動物(マウス)を用いた実験において、人工転写因子の技術が、がん化の予防に強力な武器となることが判明しました。これは今までにない技術の成果であり、今後は形成された腫瘍の増殖を抑制、さらには消失させるこ とができるように技術改良を行う予定です。また、さまざまな産業界とのパートナー連携を探索しつつ、いち早く社会や医療現場に実用化できるようにしていきたいと考えています。
なお本研究は、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)科学研究補助金 JP26462141(代表 者:猶本良夫教授)および国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「橋渡し研究 戦略的推進プログラム」において、岡山大学が運用を行っている「健康寿命の延伸を目指 した次世代医療橋渡し研究支援拠点」のシーズ A , No.084(代表者:世良貴史教授)の支援を受けて、実施されたものです。
<参 考>
ウイルスの遺伝情報を切断し、増殖を防ぐ革新的技術を開発 “人工のハサミ”でインフル エンザウイルスを 5 分で切断(岡山大学プレスリリース 2016
年 10 月 28 日)
http://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id422.html
【論文情報】
タイトル:Targeted silencing of SOX2 by an artificial transcription factor showed
antitumor effect in lung and esophageal squamous cell carcinoma
著 者:Etsuko Yokota, Tomoki Yamatsuji, Munenori Takaoka, Minoru Haisa, Nagio
Takigawa, Noriko Miyake, Tomoko Ikeda, Tomoaki Mori, Serika Ohno, Takashi
Sera*, Takuya Fukazawa*, Yoshio Naomoto
掲 載 誌:Oncotarget
掲 載 号:Volume 8, (No.61), Pages 103063-103076
DOI:https://doi.org/10.18632/oncotarget.21523
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