国立大学法人 岡山大学

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悪性脳腫瘍が脳内を動き回り広く散らばるしくみを解明 -新しい治療戦略確立へ-

2014年01月16日

 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科細胞生理学分野の松井秀樹教授、道上宏之助教、藤村篤史研究員らの研究グループは、悪性脳腫瘍が脳内に拡がるメカニズムを世界で初めて特定しました。
 悪性脳腫瘍では、がん細胞が脳内に拡がることが多く、そのために手術による根治が困難となるなど、治療方法が限られます。また、他のがんに比べて再発が多いこともよく知られています。
 今回明らかにされたメカニズムに基づいて治療戦略を立てれば、既存の治療方法を格段に向上させ、術後の再発防止もできると期待されます。
 本研究成果は2013年11月15日、アメリカの癌研究専門雑誌『Neoplasia』に掲載されました。
<業 績>
 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科細胞生理学分野の松井秀樹教授、道上宏之助教、藤村篤史研究員、熊本大学大学院生命研究科分子生理学教室の富澤一仁教授、魏范研助教らの共同研究グループ10人は、悪性脳腫瘍が脳内組織に広く拡がるメカニズムにおいてCyclin G2というタンパク質が中心的な役割を果たしている事を世界で初めて突き止めました。
 悪性脳腫瘍は他のがんに比べて、正常な組織(脳組織)に拡がる性質が強く、そのため非常に質の悪いがんです。その原因はいろいろ提唱されていますが、現在最も有力な説が『低酸素仮説』です。悪性脳腫瘍では、がん細胞が増えすぎて血管が破綻し、腫瘍全体に酸素が届きにくくなります。その結果、がん細胞の周辺が通常の脳組織と比べて低酸素状態になり、これをきっかけとしてがん細胞が動き回るようになり、脳内に広く散らばるとする考えです。しかし、がん細胞が動くためには細胞骨格*1という細胞の梁のような構造がうまく制御されていなければなりませんが、「低酸素環境」と「細胞骨格の制御」という2つの現象をつなげる因子が何なのか、全く不明でした。
 この研究ではCyclin G2と呼ばれるタンパク質がこの2つの現象をつなぐ重要な因子であることを見いだし、またその働き方を明らかにしました。すなわち、がん細胞が低酸素にさらされると、がん細胞内でCyclin G2が急激に増え、細胞骨格に関連するたくさんのタンパク質をがん細胞の移動に適するようにコーディネイトします。つまり、サイクリンG2は低酸素環境での細胞骨格制御における指揮官の役割を演じる事を見いだしたのです(図1)。
 さらにこの研究では、Cyclin G2タンパク質がコーディネイトしている細胞骨格制御を阻害する薬剤を発見し(図2)、実際にマウス脳内でがん細胞が拡がることを抑制することにも成功しました。

図1 Cyclin G2がコーディネイトする低酸素による細胞移動の概略図

がん細胞が動けなくなる
がんの進展が止まり、治療成績が格段に向上する
図2 Cyclin G2の関与するメカニズムを標的とした治療戦略
<見込まれる成果>
 悪性脳腫瘍の予後(病気の経過)は、一般的に他のがんと比べて著しく不良です。それは、発生する組織が脳であり必然的に手術で摘出できる範囲が限られてしまうこともありますが、特にがん細胞が正常な脳組織に拡がる傾向が強いためでもあります。
 前述のように、悪性脳腫瘍でがん細胞が脳内を動き回るしくみにおいては「低酸素環境」と「細胞骨格の制御」が強い影響力をもちます。
 今回の研究結果では、これらの現象を統べる因子としてCyclin G2を世界で初めて特定しました。このことは、悪性脳腫瘍の治療戦略を立てる際に新たな展望を提供するという点で、非常に大きな成果であると言えます。実際に、上記のメカニズムに基づく観点から選択された薬剤がマウスを用いた実験で有用であることがわかりました。このメカニズムをさらに解析することで、今後患者さんへの臨床応用が可能な薬剤を開発し、悪性脳腫瘍の治療成績を格段に向上させることが期待されます。

<補 足>
 本研究は文部科学省科研費、厚生労働省科研費の助成を受け実施しました。
 また藤村篤史研究員は、医師卒後臨床研修/大学院教育の改革プログラムとして岡山大学が日本で先駆けて実施してきた『ARTプログラム』*2のサポートを受け研究に従事しました。

*1 細胞骨格:細胞内で梁の役割を果たす線維状のタンパク質群のこと。アクチン線維や微小管、中間径フィラメントなどがある。これらの線維群が協調してダイナミックに働くことで細胞の移動が可能となる。
*2 ARTプログラム:岡山大学が開発した大学院教育改革プログラムの名称。Advanced Research Trainingプログラム。医学部入学直後から大学院教育を開始し、卒業後も大学院と医師卒後臨床研修とを並行して実施することにより、研究マインドを有する優れた研究医を育成するプログラムである。現在、岡山大学での先行実施例を基に全国で10を超える大学で採用されている。

発表論文はこちらからご確認いただけます
発表論文:Fujimura A, Michiue H, Cheng Y, Uneda A, Tani Y, Nishiki T, Ichikawa T, Wei FY, Tomizawa K, Matsui H. Cyclin g2 promotes hypoxia-driven local invasion of glioblastoma by orchestrating cytoskeletal dynamics. Neoplasia. 2013 November; 15(11): 1272–1281. (doi:10.1593/neo.131440).

報道発表資料はこちらをご覧ください


<お問い合わせ>
 (所属)岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 細胞生理学分野 教授
 (氏名)松井 秀樹
 (電話番号)086-235-7105
 (FAX番号)086-235-7111
 (URL)http://seiri1.med.okayama-u.ac.jp/

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