国立大学法人 岡山大学

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器官の形を制御するリンパ管の新機能を発見 短時間で組織が消失する謎を解明

2014年03月18日

 岡山大学大学院環境生命科学研究科動物生殖生理学分野の奥田潔教授らの研究グループは、正常な黄体細胞がリンパ管を通じて卵巣外へ流出することによって黄体が卵巣から消失することを発見しました。
本研究成果は2014年2月20日、アメリカのオンライン科学雑誌『PLoS One』に掲載されました。
 多くの哺乳類において排卵後の卵巣に形成される黄体は、黄体ホルモンを分泌することで雌の体を妊娠可能にします。妊娠に至らなかった場合、黄体は卵巣から消滅し (黄体退行)、妊娠可能な状態が解除され (ヒトでは月経が起こる)、次の排卵が起こります。このように妊娠していない哺乳動物の卵巣では、黄体の形成と消失が絶えず繰り返され排卵周期が保たれています。
 これまで黄体退行は、黄体を構成する黄体細胞のアポトーシス (プログラムされた細胞死) によると考えられていました。しかし奥田教授らのグループは「黄体細胞がリンパ管を通じて卵巣から流出する」という新規の黄体退行メカニズムの関与を見出しました。畜産現場ではウシの人工授精のために排卵のタイミングをコントロールする必要がありますが、排卵には前の排卵時に形成された黄体の消失が必須の条件となります。大量の黄体細胞を任意のタイミングでリンパ管へ流出させる技術を開発することで黄体退行を人為的に制御できれば、効率的に排卵を促し人工授精を行うことが可能となります。
<業 績>
 岡山大学大学院環境生命科学研究科動物生殖生理学研究室の奥田潔教授らの研究グループは、黄体退行にはこれまでに知られていた黄体細胞のアポトーシス以外に、卵巣外へのリンパ管を介した生細胞流出が重要であることを明らかにしました。
 これまで卵巣からの黄体*1の消失 (黄体退行) は、黄体を構成する黄体細胞のアポトーシス (プログラムされた細胞死) ならびに黄体へ侵入したマクロファージによる貪食作用 (死細胞の除去) によると考えられていました。健康なウシを観察するとアポトーシスと貪食による卵巣からの黄体細胞除去には 5 日程度掛かります。しかし薬剤 (プロスタグランジン F2α*2) を用いて人為的に黄体退行を誘導した際には約 24 時間で黄体が卵巣から消えてしまうにもかかわらず、黄体細胞除去に働くマクロファージの数は生理的な黄体退行時と変わらなかったことから奥田教授らはこの定説に疑問を持ち、新たな黄体細胞消失メカニズムとしてリンパ管*3に着目しました。その結果、卵巣から採取されたリンパ液中に多数の生きた黄体細胞を発見しました。また、リンパ液中の黄体細胞の数は黄体退行時に急激に増加し、特に黄体が卵巣上から完全に消滅する際に黄体細胞の流出が重要であることが分かりました。
 これまでにも治療の一環としてプロスタグランジン F2α投与により誘導された黄体退行に掛かる時間が短いことは臨床獣医師の間ではよく知られていましたが、その仕組みは謎でした。今回リンパ管を通じて大量の黄体細胞が卵巣外へ流出していることが明らかになり、奥田教授らのグループはこの謎に答えを示しました。またリンパ管を通じて細胞が流出する現象は癌転移の際に観察されますが、この細胞流出が生理的な器官の消失に関与するという報告はなく、リンパ管が卵巣形態に関与することを明らかにした今回の発見は生物学的に非常に重要なものです。

*1黄体:排卵後の卵巣上に形成される内分泌器官。妊娠の成立と維持に必須の黄体ホルモンを分泌する。妊娠が成立しない場合、黄体は卵巣上から速やかに消失し、次の排卵に伴い新たな黄体が形成される。

*2プロスタグランジン F2α:子宮から分泌される強力な黄体退行誘因作用を有する物質。畜産現場では、プロスタグランジン F2α 製剤を投与することによって人為的に黄体退行を誘発し、早急に次の排卵周期を誘起するために用いられている。

*3リンパ管:血管系に次ぐ循環系。血管から出た水分の一部や免疫細胞はリンパ管からリンパ節を経て循環に戻る。癌転移において、癌細胞はリンパ管を介して癌原発巣からリンパ節へ移動する。

<見込まれる成果>
 現在の畜産現場では、牛の生産はほぼ100%が人工授精に依存しています。効果的なタイミングで人工授精を行うためには、プロスタグランジン製剤などを用いて人為的に黄体を退行させ、次の排卵を誘起する必要があります。これまでの黄体退行に関する研究の多くは黄体細胞が起こすアポトーシスの制御機構を明らかにし、黄体退行を制御する技術の開発を目的としていました。今回の成果はリンパ管に着目した新しい黄体退行制御技術開発の可能性を示しています。もし大量の黄体細胞を制御されたタイミングで人為的にリンパ管へ流出させることができれば、黄体退行を短時間の内に誘導・達成することが可能となり、排卵のタイミングがより正確にコントロールされた状況下での人工授精が可能となります。

<補 足>
 黄体からのリンパ管は腹部のリンパ節と連絡しています。リンパ節はフィルターのような構造をしており、体内の異物 (微生物や癌細胞) はリンパ節でキャッチされ免疫細胞により適切に処理されることで体を感染や癌転移から保護しています。黄体から流出した黄体細胞はリンパ管を介してリンパ節に流れつき、リンパ節においてアポトーシスや免疫細胞による排除を受けることで体内から消滅していると考えられます。黄体退行は次回排卵に先立つ必須の現象であり、哺乳類が繰り返し生殖の機会を得るうえで黄体退行を素早く達成することは非常に重要です。今回の発見に関して、奥田教授は「哺乳類において妊娠が達成されなかった場合、いかに早く次の排卵を迎えるか=いかに黄体を早く体内から消し去るか?というのは、一生の間に子どもを得ることができる回数に直結する重要な問題であり、リンパ管を介して黄体細胞を素早く卵巣外へ出してしまう方法はシンプルかつ巧妙な生殖戦略である」と話しています。

 本研究は独立行政法人日本学術振興会(JSPS)科研費 (挑戦的萌芽研究: No. 25660212) の助成を受け実施しました。

発表論文はこちらからご確認いただけます
発表論文:Abe H, Al-zi’abi MO, Sekizawa F, Acosta TJ, Skarzynski DJ, Okuda K. Lymphatic involvement in the disappearance of steroidogenic cells from the corpus luteum during luteolysis. PLoS One, 2014, 9 (2) (doi: 10.1371/journal.pone.0088953)


図 : ウシにおける黄体退行機構モデル
(上)従来の考え方では黄体退行はアポトーシスにより達成されていた。 (下)これまでの黄体退行機構に加え、本研究は黄体退行におけるリンパ管の役割を明らかにした。黄体退行時に黄体細胞はリンパ管へ流入する。黄体細胞はそのまま卵巣外へ流出し、リンパ節へと運ばれる。これら機構により黄体は卵巣から速やかに消失する。

報道発表資料はこちらをご覧ください


<お問い合わせ>
岡山大学大学院 環境生命科学研究科
動物生殖生理学分野 教授
奥田 潔
(電話番号)086-251-8333
(FAX番号)086-251-8349

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