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有機薄膜トランジスタを室温印刷によって初めて形成 1℃の昇温も行わない室温プリンテッドエレクトロニクスを確立

独立行政法人 物質・材料研究機構
国立大学法人 岡山大学     
株式会社コロイダル・インク   
独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構

概要
1.独立行政法人物質・材料研究機構(理事長:潮田資勝)国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(拠点長:青野正和)の三成剛生MANA独立研究者と、国立大学法人岡山大学(以下「岡山大学」という)異分野融合先端研究コア助教および株式会社コロイダル・インク代表取締役社長の金原正幸博士からなる研究チームは、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)若手研究グラント事業の支援を受け、大気下・室温での完全印刷プロセスによって、有機薄膜トランジスタ(TFT)(1)を形成するプロセスを確立しました。また、室温印刷プロセスによってフレキシブル基板上に形成した有機TFTにおいて、平均移動度7.9 cm2 V-1 s-1を達成しました。

2.インク状にした機能性材料の印刷によって電子素子を作製するプリンテッドエレクトロニクス(2)は、大規模で高価な製造装置を必要としないため、低コスト・大面積の新しい半導体素子形成技術として近年注目を集めています。プラスチック等のフレキシブル基板を用いることによって、Roll-to-Rollによる素子の大量生産や、ウェアラブル素子等の新しいアプリケーションが期待されています。しかし、従来のプリンテッドエレクトロニクスの欠点は、100~200℃以上での高温プロセスが多く用いられていることでした。PETフィルムのようなプラスチック基板の多くは耐熱性が低いため、高温プロセスを使わず、幅広い材料に適応可能な低温印刷プロセスの開発が望まれていましたが、これまで実現されていませんでした。

3.今回、研究チームは、すべての印刷プロセスを大気下・室温で行い、1℃も昇温することなくエレクトロニクス素子が製造可能な「室温プリンテッドエレクトロニクス」を確立させました。これまでのプリンテッドエレクトロニクスに高温プロセスが必要であったのは、主に電極として用いる金属ナノ粒子インク(3)に焼成が必要であったためです。従来の金属ナノ粒子には、インクに分散させるための配位子(4)として絶縁性の材料が用いられており、導電性の金属皮膜を得るにはナノ粒子を焼結させる必要がありました。今回、金属ナノ粒子の配位子として導電性を有する芳香族性の分子(5)を用いたことで、塗布後に焼成することなく金属皮膜を形成させることに成功しました。形成した薄膜は、抵抗率9 × 10-6 Ω cmを達成しています。また、表面に微細な親疎水パターンを形成することで、常温導電性金属ナノ粒子および有機半導体を室温プロセスによってパターニングし、ソース・ドレイン電極、有機半導体、ゲート電極のすべてを室温印刷によって形成した有機薄膜トランジスタを作製しました。プラスチックおよび紙基板上に形成した有機TFTは、それぞれ平均移動度(6)7.9および2.5 cm2 V-1 s-1を示しています。これは、アモルファスシリコンTFT (7)の平均的な移動度0.5 cm2 V-1 s-1を大きく上回り、量産品のIGZO TFT (8)の移動度(~10 cm2 V-1 s-1)にも匹敵する値です。

4.プリンテッドエレクトロニクスによってディスプレイ等を製造する場合、フレキシブル基板上に数ミクロンより高い位置精度で回路を印刷する必要があります。プラスチックや紙といったフレキシブル基板は熱に弱く、これまでのプロセス温度では変形や歪みが生じ、精度よく作製することができませんでした。製造工程をすべて室温で行うことによって、熱による基材の変形を完全に抑制し、微細な回路を高精度で印刷することが可能になります。さらに、大気下・室温で行う作製プロセスを用いれば、原理的には生体材料のような環境変化に極めて弱いものの表面にも電子素子を作製することが可能です。医療やバイオエレクトロニクス等、様々な分野への応用に繋がるものとして期待されます。

5.本研究成果は、Advanced Functional Materials誌に近日掲載予定です。
研究の背景
 可溶な有機半導体や金属インクを様々な印刷技術でパターニングするプリンテッドエレクトロニクスは、現状の半導体エレクトロニクスの製造コストを劇的に引き下げ、環境にやさしいボトムアップ方式(9)による素子の作製が可能になると期待されています。特に、有機TFTを印刷で製造することが可能になれば、フレキシブルな電子ペーパーやディスプレイといった従来にないエレクトロニクス製品が、低コストの印刷で可能になると考えられています。
 その一方で、TFTはソース・ドレイン電極、半導体層、絶縁層、ゲート電極と最低でも4層の積層構造を持ち、素子の製造にはミクロンオーダーの精密な印刷が要求されます。そのため、プラスチックや紙といった耐熱性の弱いフレキシブル基板上に素子を作製する場合は、プロセスが基板の伸縮や破壊を起こさない低温であることが必須の条件でした。しかし、現状で用いられている塗布式導電材料はすべて高温(100~200℃以上)での焼成が必要であるため、基板としては耐熱性を有する特殊なプラスチックかガラスのような材料を用いるしかありませんでした。そこで、室温~60℃程度の低温でプリンテッドエレクトロニクスを行うことが可能な新しい手法の開発は、実用化を進める上で不可欠であると考えられていましたが、これまで実現されていませんでした。

研究内容と成果
 今回の研究では、有機TFTを構成するすべての部材を室温で成膜可能なインクとし、熱処理が不要なプロセスを用いることによって、1℃の昇温も行うことなく印刷で素子を作製する「室温プリンテッドエレクトロニクス」を実現しました。特にネックとなっていたのは電極を構成する材料であり、従来の金属ナノインクや導電性ポリマーは100~200℃以上の熱処理が必須とされていました。我々は、高温プロセスが必要な理由を材料にまでさかのぼって追求し、金属ナノインクが熱処理を必要とするのは絶縁性の配位子を用いているためであることに着目しました。そして、金属ナノ粒子に芳香族性の配位子を導入することによって、室温で塗布乾燥するだけで金属レベルの導電性を発現する金属ナノインクの開発を行いました (図1(a))。その結果、金属インクは塗布後に焼成することなく金属皮膜を形成し、抵抗率9 × 10-6 Ω cmの薄膜を得ることに成功しました。室温導電性インクを用いて、電極、半導体層をすべて印刷で形成した有機TFTをプラスチックおよび紙基板上に作製し (図1(b))、それぞれ平均移動度7.9および2.5 cm2 V-1 s-1を達成しました。

図1 本研究で作製した室温導電性金属ナノ粒子と、室温印刷による有機トランジスタ(a) 室温導電性金属ナノ粒子の模式図と走査電子顕微鏡写真。導電性を有する芳香族性の配位子を用いることによって、室温乾燥で金属並みの導電性を発揮することができます。
(b) 室温印刷プロセスによって形成した有機TFTの模式図。1℃の昇温も行うことなくTFTのすべての層を形成できるため、耐熱性を持たない材料でも基材として用いることが可能です。さらに、従来の有機TFTと比較して、非常に高い移動度を発揮します。

 さらに、印刷による電極の精密パターニング技術として、表面に微細な親水・疎水領域を形成し、濡れ性の違いを用いて親水領域にのみインクを塗布する選択的成膜技術を確立しました。表面に微細な親水・疎水領域を形成するために、エキシマ光照射装置(10)を有するマスクアライナ (図2(a)、(b))を開発し、真空紫外光(VUV)照射による撥水性ポリマーの表面改質処理を用いました。親水・疎水パターンを実用レベルの微細なものとするため、ウシオ電機製のエキシマ光照射ユニット(波長172 nm)を用いて、短波長のVUV光をフォトマスクを通して選択領域にのみ照射しました。本技術の優れた点は、大気下プロセスによって全く昇温を伴うことなく基板表面に微細な親水・疎水性パターンを形成し、真空蒸着を用いることなく電極を印刷で形成できることです (図2(c))。金属ナノインクは親水領域のみに塗布・成膜されるため、VUVを照射した形状で電極が形成されます。常温導電性金属インクで形成した電極の例を図2(d)、(e)に示しますが、最高で線幅10 μm程度の配線が形成可能であることを確認しています。

図2  表面選択的成膜法による室温導電性金属ナノ粒子のパターニング(a) マスクアライナ付エキシマ光照射装置の模式図。フォトマスクを介して波長172 nmのVUV光を表面に照射できる。(b) 実際の装置の外観。(c) 表面選択的塗布技術の模式図。VUV照射によって、撥水性ポリマー表面の電極を形成したい領域のみを親水化し、選択的にインクを塗布することができる。(d)、(e) 室温導電性金属ナノ粒子によってプラスチック基板上に形成した微細配線。

 前述した選択的塗布技術を用いることで、有機TFTのすべての層をフレキシブル基板上に室温で印刷することが可能になります。以下の例では、室温印刷プロセスを用いて、数100個の有機TFTをプラスチック基板上に一括で印刷しています (図3(a))。ソース・ドレイン電極、有機半導体層、ゲート絶縁層、ゲート電極の4層を、完全なパターニングを行った上で積層していますので、素子間のクロストークやリーク電流といった問題を生じることなく、各素子を独立して動作することができます (図3(b))。室温印刷による有機TFTの出力特性 (図3(c))と伝達特性 (図3(d))を示します。これらの特性は、印刷有機TFTが理想的な薄膜トランジスタとして動作していることを示しています。素子の移動度の平均値は、7.9 cm2 V-1 s-1と見積もることができました。

図3 室温印刷による有機TFTの動作特性(a) プラスチック基板上に室温印刷プロセスで形成した有機TFTアレイ。(b) 単一の素子の拡大図。すべての素子は完全にパターニングされ、独立に動作します。(c) 室温印刷プロセスで形成した有機TFTの出力特性。(d) 室温印刷プロセスで形成した有機TFTの伝達特性。


 今回開発した室温プリンテッドエレクトロニクスでは、素子の作製に際して一切の加熱を行う必要がありません。基材に熱ダメージを全く与えないため、あらゆる材料の表面に素子を印刷することが可能です。以下に、熱に弱い紙基板に有機TFT素子を印刷した例を示します。基材として市販のインクジェット用紙(耐熱温度50~60℃程度)を用いました。この用紙は60℃程度の加熱でも著しく劣化しますので、室温プロセスによって初めて素子の印刷が可能になります。インクジェット用紙であることを示すため、用紙の表面に家庭用インクジェットプリンターでNIMSのロゴマークを印刷し、その後に有機TFTをマトリックス状に500個程度形成しました (図4(a)、(b))。素子の拡大写真を見ると、家庭用インクジェットのドットと比較してかなり微細な素子が印刷できていることが分かります (図4(c))。紙の表面に印刷した有機TFTの動作特性を図4 (d)に示します。紙表面の凹凸のためプラスチック基板上の素子に多少劣りますが、素子の平均的な移動度は2.5 cm2 V-1 s-1と見積もることができました。

図4 紙に印刷した有機TFT(a) 市販の写真用紙の表面に室温印刷プロセスで形成した有機TFTアレイ。(b) マトリックス状に印刷した有機TFT。家庭用インクジェットプリンターでNIMSのロゴマークを印刷した上に、室温印刷で素子を形成している。(c) 素子の拡大図。 (d) 室温印刷で形成した有機TFTの伝達特性。

波及効果と今後の展開
 本研究で開発した室温プリンテッドエレクトロニクス技術は、世界で初めて実現された究極の低温プロセスです。従来のプリンテッドエレクトロニクスで有機TFTのような電子素子を作製するには、100~200℃以上の焼成が何回も必要でしたが、本研究のプロセスでは一切の加熱を行う必要がありません。プリンテッドエレクトロニクスでは幅1 m以上の大型フレキシブル基板の使用が想定されており、熱による基材の伸縮は致命的な問題でした。本提案の室温プリンテッドエレクトロニクスを用いることによって、熱による基材の変形は完全に抑制されますので、大面積に高精度な印刷を行うことが初めて可能になりました。このことから、プリンテッドエレクトロニクスの研究が飛躍的に加速すると期待されます。
 また、一切の加熱を行なわず、大気下で素子を作製できるという本研究のメリットによって、これまではプリンテッドエレクトロニクスの対象として考えられていなかった材料の表面にも、自由に素子が作製できるようになります。具体的には紙や布、人間の皮膚といった生体材料が挙げられ、様々な応用展開が可能になります。

 なお、研究チームの金原正幸助教は、代表取締役として、株式会社コロイダル・インクを2012年8月29日に設立し、燃結フリーナノインクを販売しています。

掲載論文
 題目:Room-Temperature Printing of Organic Thin-Film Transistors with π-junction Gold Nanoparticles
 著者:Takeo Minari*, Yuki Kanehara, Chuan Liu, Kenji Sakamoto, Takeshi Yasuda, Asuka Yaguchi,
    Shigemi Tsukada, Kei Kashizaki, and Masayuki Kanehara*
 雑誌:Advanced Functional Materials
 掲載日:近日掲載予定

用語解説
(1) 有機薄膜トランジスタ(Organic thin-film transistor)
 活性層として有機半導体を用いた薄膜トランジスタの一種。薄膜トランジスタとは、基本的にソース、ドレイン、ゲートの3端子からなるスイッチング素子であり、主にディスプレイのバックプレーン等に用いられる。

(2) プリンテッドエレクトロニクス(Printed Electronics)
 従来の半導体作製技術とは異なり、印刷技術を用いて電子素子や回路等を形成するエレクトロニクス作製技術。金属や半導体材料をインク化し、基材の表面にパターニングすることで行う。高価な真空装置を用いず、スループットも高いと想定されることから、エレクトロニクスの低コスト化が見込まれる。

(3) 金属ナノ粒子インク(Metal nanoparticle ink)
 金属を1-100 nm程度のサイズの粒子にし、配位子によって溶液に分散させたもので、金属インクとしてプリンテッドエレクトロニクスに使用できる。一般的には絶縁性の配位子が用いられるため、塗布後に焼成することで金属皮膜を得ることができる。

(4) 配位子(Ligand)
 配位結合と呼ばれる結合によって、金属と錯体を形成する化合物のこと。金属ナノ粒子においては、コア周辺に配位子が結合することで、ナノ粒子を溶液中でも安定に存在させ、凝集を防ぐ役割がある。

(5) 芳香族性の分子(Aromatic molecule)
 ベンゼンやチオフェンに代表される、環状不飽和有機分子。芳香環上に存在するπ電子の働きによって、導電性を示す材料がある。

(6) 移動度(Mobility)
 物質の中を電子(あるいは正孔)が移動する速度のことであるが、薄膜トランジスタの動作速度の指標としても用いられる。一般的に用いられる単位はcm2 V-1 s-1である。

(7) アモルファスシリコンTFT(Amorphous silicon thin-film transistor)
 非晶質シリコンを半導体層に用いた薄膜トランジスタ。非晶質シリコンは成膜が比較的容易であるため、薄膜トランジスタの材料として広く用いられている。

(8) IGZO TFT(IGZO thin-film transistor)
 In、Ga、Zn、Oから成る酸化物半導体を活性層に用いた薄膜トランジスタ。アモルファスシリコンTFTと比較して高移動度であるため、近年ではスマートフォン向けのハイエンドディスプレイ等に用いられている。

(9) ボトムアップ方式(Bottom-up method)
 必要な材料を積み上げていくことで、半導体素子を作製しようとする手法のこと。従来のトップダウン方式では、材料の不要な部分を削って捨てていくことで素子を作製していた。プリンテッドエレクトロニクスに特有なボトムアップ方式では、必要な材料のみを無駄なく用いるため、環境にやさしい作製プロセスであると言える。

(10) エキシマ光照射装置(Excimer)
 希ガスのエキシマ発光を利用した短波長紫外光の照射装置。ここではXeガスランプを用いており、波長172 nmの単色光が照射できる。

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<本件に関するお問い合わせ先>
(研究内容に関すること)
独立行政法人 物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点
MANA独立研究者 三成 剛生(みなり たけお)
TEL: 029-860-4918
URL: http://www.nims.go.jp/group/minari/

岡山大学 異分野融合先端研究コア
助教(特任) 金原 正幸(かねはら まさゆき)
TEL: 086-251-8709
URL: http://www.nanokanehara.com

株式会社コロイダル・インク
代表取締役社長 金原 正幸(かねはら まさゆき)
URL: http://www.cink.jp/

(報道担当)
独立行政法人 物質・材料研究機構 企画部門 広報室
〒305-0047 茨城県つくば市千現1-2-1
TEL: 029-859-2026, FAX: 029-859-2017

岡山大学 総務・企画部 企画・広報課
TEL:086-251-7293

新エネルギー・産業技術総合開発機構 広報部
遠藤 勇徳
Tel:044-520-5151

(若手研究グラント事業に関すること)
新エネルギー・産業技術総合開発機構 イノベーション推進部
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