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固体酸素の8つ目の顔-超強磁場中で発見した新しい固体酸素-

1.発表者:松田康弘(東京大学物性研究所附属国際超強磁場科学研究施設 准教授)
野村肇宏(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 博士課程2年)
小林達生(岡山大学大学院自然科学研究科 教授)
嶽山正二郎(東京大学物性研究所附属国際超強磁場科学研究施設 教授)
松尾 晶(東京大学物性研究所附属国際超強磁場科学研究施設 技術専門職員)
金道浩一(東京大学物性研究所附属国際超強磁場科学研究施設 教授)
Her Jim-Long(Chang Gung University, Taiwan Assistant Professor)

2.発表のポイント
◆ 最大193テスラという極限的な強磁場において、固体酸素の新しい相を発見した。
◆ この固体酸素の結晶構造と磁気特性は、これまで知られていた7つの相とは大きく異なることが予想される。◆ 超強磁場技術は、通常は現れない新たな物質相を実現させる可能性がある。

3.発表概要:
 東京大学物性研究所の松田康弘准教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科の野村肇宏(としひろ)博士課程2年生は、岡山大学大学院自然科学研究科の小林達生教授らと共同で、酸素分子の新規な固体相を超強磁場下で発見しました。
 酸素は低温や高圧力下で固相になり、これまでに7種類の相が見つかっています。固体酸素の結晶構造はその磁気的性質と深く関連することが知られていますが、酸素の性質が強い磁場中でどのように変化するのかは分かっていませんでした。今回、特殊な技術により最大193テスラ(注1)の超強磁場を発生させ、それにより酸素の相転移(注2)を起こすことに成功しました。今回発見された8番目の相は、固体酸素でこれまで知られていた7つの相とは異なった結晶構造をもち、磁気的にも強磁性の特性をもつ酸素であると予測されます。
 酸素は身近でかつ重要な元素であり、今回の発見は酸素の理解を深める上で重要な知見であることは間違いないでしょう。今後、酸素分子の有する機能への磁場効果を理解する上で、今回の発見が重要な役割を果たすと期待されます。

4.発表内容:
 酸素分子は生命活動に必須の最も身近な分子の1つですが、同時に磁気的性質に大きな特徴があります。1850年に英国のファラデーが酸素分子の磁性を発見して以来、多くの科学者が酸素の示す多彩な磁気現象に興味を持ち、現在も精力的に研究が行われています。大気圧において酸素は-183℃で液化、-219℃で固化しますが、さらに温度を下げると-229℃と-249℃でそれぞれ別の結晶構造に変わり、低温で1種類の液相と3種類の固相(低温からアルファ、ベータ、ガンマ)が存在します。3つの固相では結晶構造が変わることによって、磁気的性質が変化しますが、基本的に2分子間の相互作用は反強磁性です。
 外部磁場は物質の磁気的性質を変化させるため、酸素の研究においても1980年代に磁場の効果が詳しく調べられました。当時行われた実験では、液相及び3種類の固相は磁場中でも安定であり、隣接する相へ、または新たな相への変化は見出されることはありませんでした。しかし一方で次の2つの理由から、新しい結晶構造を持った酸素の新規相が非常に強い磁場下で現れる期待がありました。1つ目の理由は、「酸素分子の対(O2-O2ペア)では、磁気エネルギーを下げるために、幾何学的な結合配置が磁場中で変化することが理論計算から予想される」ためです。2つ目の理由は、「固体酸素の分子配列は、局所的に見ればO2-O2ペアの最安定配置と同じ配置をとっている」ためです。 固体酸素はファンデルワールス力(注3)によって酸素分子が凝集していますが、この結合力は比較的弱いために磁気的エネルギーを下げるように結晶構造が変化するという発想です。強磁場下で期待される酸素分子の配列変化を図1に模式的に示しました。1980年代当時は、実験に用いることのできた最大磁場は50テスラであり、酸素の新規相の探索にはさらに強い磁場が望まれます。しかし、そのような強磁場発生とそれを用いた計測は技術的に困難であり、長年にわたり酸素の強磁場効果の研究は休止状態にありました。
 今回、東京大学物性研究所の松田康弘准教授らは、破壊型パルス磁場発生技術の1つである“一巻きコイル法”と呼ばれる世界的にもユニークな技術を用い、最大193テスラの超強磁場を発生させて固体酸素の磁場効果を探索しました。採用した実験手法は、磁化測定と光透過スペクトル測定であり、最低-269℃までの極低温下で実験を行いました。その結果、固体酸素アルファ相に約120テスラ以上の強磁場を加えると、磁化の急激な増大と光透過スペクトルの劇的変化がほぼ同時に観測されることがわかりました。磁場をゼロに戻すと磁化と光スペクトルは共に初期状態に戻ることから、可逆的な現象です。これらの実験結果は、図2と図3にそれぞれ示されています。図4には一巻きコイル法装置の写真を示しています。実験結果において、磁場を加えた時の変化が観測される臨界磁場をHc1、磁場が減少していく際に元の状態に戻る臨界磁場をHc2とすると、Hc1とHc2は大きく値が異なり、Hc1>Hc2であることもわかりました。これは明らかな履歴(ヒステリシス)現象(注4)であり、観測された変化が一次の相転移であることと一致します。Hc1とHc2の差ΔHは履歴現象の強さを表しますが、最大磁場を193テスラまで強くしていくとΔHが増大します。これは、磁場の上昇速度が1マイクロ秒あたり100テスラと高速であるために、観測している現象の応答速度と磁場の変化速度が近くなったためと予想できます。結晶格子の変形にはマイクロ秒程度の比較的長い時間が必要になることは希でなく、観測された現象は、固体酸素アルファ相が別の結晶構造を持った新規相に一次相転移することの明確な証拠であると示唆されます。光透過スペクトルの結果から、この新規相の固体酸素の結晶構造は高い対称性を持つ立方晶が期待され、磁気的には強磁性の特性をもつ可能性が高いと予測されます。固体酸素は高圧下での相も含めるとこれまでに7つの相が知られていましたが、酸素分子間は全て反強磁性的であるため、強磁性酸素の実現は画期的な発見と言えます。
 酸素は身近でかつ重要な元素であり、今回の磁場効果による新規相の発見は酸素の理解を深める上で重要な知見であることは間違いないでしょう。もっとも、発見された新規相の性質は未だ十分明らかになっていません。特に、詳しい結晶構造を明らかにする必要がありますが、120テスラを超える極限磁場下では、構造決定のためのX線回折実験は現時点では非常に困難です。大型計算機を用いた理論計算が重要な役割を果たすと推測されます。また、別の観点からは、今回観測されたアルファ相だけでなくベータ相、ガンマ相、または液相における磁場効果を明らかにし、これまで全く知られていなかった酸素の磁場-温度相図を完成させることも重要です。さらに、酸素分子の磁場による再配列の微視的な機構やダイナミクスまで明らかになれば、化学反応や生命現象における酸素の機能に対して、積極的に磁場を使って働きかける技術を開発できる可能性もあると考えられます。

5.発表雑誌:
雑誌名:「Physical Review Letters」 6月30日(米国東部時間) オンライン版掲載予定
Editors’ Suggestion (注目論文)に選出 『注:掲載日は変更になる可能性があります。』

論文タイトル:Novel phase of solid oxygen induced by ultrahigh magnetic fields
著者:T. Nomura*, Y. H. Matsuda*, S. Takeyama, A. Matsuo, K. Kindo, J. L. Her,
T. C. Kobayashi*

6.問い合わせ先:
東京大学物性研究所 准教授 松田康弘
TEL: 04-7136-5329 FAX: 04-7136-3220

岡山大学大学院自然科学研究科 教授 小林達生
TEL: 086-251-7826 FAX: 086-251-7830

報道発表資料はこちらをご覧ください


8.用語解説:
(注1)テスラ
磁場の強さを表す単位。1テスラは10000ガウス。(地磁気は約0.4ガウス。)100テスラの磁場を発生させると内部に約4万気圧の磁気圧力が生じ、通常は100テスラを超える磁場はコイル破壊を伴う破壊型の磁場発生手法により得られる。

(注2)相転移
物質の均一な状態を相と呼ぶ。温度、圧力、磁場などの物理量が変化する際に1つの相から他の相に移り変わることがあり、その現象を相転移と呼ぶ。

(注3)ファンデルワールス力
電荷を持たない中性の原子または分子の間に働く凝集力(引力)の総称。ポテンシャルエネルギーは距離の6乗に反比例し、力の到達距離は短い。この凝集力によって形成される結合はファンデルワールス結合と呼ばれるが、他の化学結合と比べて弱い結合である。

(注4)履歴(ヒステリシス)現象
ある物理量yが他の物理量xによって変化する場合に、xの変化の経路に依存して同じxの値であってもyの値が異なる現象。

9.添付資料: http://ymatsuda.issp.u-tokyo.ac.jp/oxygen/oxygen.html

図1.酸素分子の対(O2-O2 ペア)が取り得る配列の型。通常はH型を取るが、非常に強い磁場の下ではS型やX型に変化すると予想される。


図2.固体酸素アルファ相の磁化の磁場依存性(磁化曲線)。測定温度は-269℃。磁場上昇時、120テスラ付近での急激な増加(赤の上向き矢印)が新規相への相転移を表している。70テスラ近傍で元のアルファ相に戻る(青の下向き矢印)。

図3.(上)横型一巻きコイル法によって得られた磁場の時間依存性。(下)固体酸素アルファ相の光透過スペクトルの2次元画像。
強磁場下で新規相出現に伴うスペクトルの劇的変化が観測されている。


図4.

a 一巻きコイル法における磁場発生コイル。磁場発生前(奥)、磁場発生後(手前)。
b 横型一巻きコイル法装置。 (光学スペクトル測定に使用)
c 縦型一巻きコイル法装置。 (磁化測定に使用)