国立大学法人 岡山大学

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微生物が作る酸化鉄で、電池の特性が向上 高機能・低コスト・エコな次世代材料に期待

2014年06月12日

 自然界の地下水が湧き出る場所(湧水や溝など)で褐色の沈殿物がしばしば見られますが、これは微生物が作る酸化鉄の集合体で、従来美観を損ねて役に立たない不要物と思われていました。
 本学大学院自然科学研究科の高田潤特任教授の研究グループは、この酸化鉄が、現在スマートフォンやノートパソコンで利用されているリチウムイオン二次電池の負極材として優れた特性を示すことを世界で初めて発見するとともに、そのユニークな充放電機構を明らかにしました。本研究成果は、2014年4月1日、米国の科学雑誌『ACS Applied Materials & Interfaces』に掲載されました。
 今後、微生物を利用して人工的には合成困難な様々な酸化鉄材料を作り出し、さらに優れた電極材料の開拓ができるものと期待されます。
<業 績>
 岡山大学大学院自然科学研究科の高田潤特任教授、橋本英樹助教(共にJST-CREST「元素戦略」)らの研究グループは、東京工業大学、京都大学と共同して、自然界の地下水中で微生物が作るチューブ形状の酸化鉄(図1)が現行のリチウムイオン二次電池の負極材料(炭素材料)よりも優れた電池特性を示すことを世界で初めて発見しました。さらに、不活性で望ましくない不純物と思われたシリコンとリンが非常に重要な役割を果たすというユニークな充放電機構を明らかにしました。

(優れた電池特性)
 微生物由来材料のリチウムイオン二次電池の負極特性を調べたところ、現行の負極材料(炭素材料)の場合よりも約3倍も多くの電気容量を蓄えることができるばかりでなく、充放電を繰り返しても高い電気容量が維持される(良好なサイクル特性)ことを見出しました。特に、大電流で充放電しても高い電気容量を示すことは驚きであり、高速充放電も期待できます(図2)。このように、微生物由来の酸化鉄はリチウムイオン二次電池の負極の原料(活物質)として高機能で低コストかつエコな次世代材料であるといえます。

(ユニークな充放電機構)
 微生物由来材料のリチウムイオン二次電池充放電中の鉄、シリコン、リンの化学的変化を調べたところ、充放電過程中のナノ粒子とアモルファス相の変化により、充放電を繰り返しても優れた特性を示すことを見出しました。
一般に、リチウムイオン電池の充放電の過程では、活物質中でリチウムイオンの挿入および脱離が起こります。本活物質中(微生物由来酸化鉄)では、第1回目のリチウムイオンの挿入過程で、酸化鉄チューブ中の鉄(3価)は還元されて金属鉄(0価)に変化し、挿入されたリチウムイオンは酸素を介してシリコンやリンと結合してアモルファスな酸化物の母相を形成します。つまり、アモルファス酸化物母相中に金属鉄ナノ粒子(直径:約2nm)が分散した状態になります。次にリチウムイオンの脱離過程では、リチウムイオンがアモルファス母相中から抜け出すとともに、リチウムイオンから離脱した酸素によって金属鉄(0価)は酸化されて酸化鉄(鉄:3価)のナノ粒子(直径:2~3nm程度)に変化します。同時に、母相はシリコンやリンのアモルファス酸化物に変化し、酸化鉄ナノ粒子がこの母相中に分散した状態になります。さらに、第2回目以降の可逆的な充放電過程では、『酸化鉄(鉄3価)ナノ粒子とそれが分散したシリコン、リンの酸化物アモルファス母相の共存状態』と『金属鉄(0価)ナノ粒子とそれが分散したリチウム、シリコン、リンの酸化物アモルファス母相の共存状態』の間で可逆的な変化を示します。
 アモルファス相の形成は、金属鉄、酸化鉄のナノ粒子の凝集や粒子成長を防いで安定に存在させ、ナノ粒子の変化(酸化鉄⇔金属鉄)による体積変化を吸収緩和し、さらに、リチウムや酸素イオンの移動経路および貯蔵庫として働く、二つの重要な効果をもたらすと考えられます。
 充放電を繰り返しても優れた充放電特性を持つアモルファス相の重要な効果は、今後のリチウムイオン二次電池の負極材料の開発に大変役立つと考えられます。

<見込まれる成果>
 微生物由来の材料は、従来の炭素材料や酸化物材料とは全く異なった特徴を有する低コストでエコな魅力的な材料であり、未開拓材料と位置づけられます。微生物を活用すれば、化学的に作製する従来の酸化鉄とは異なるユニークな酸化鉄材料を作り出すことができます。得られる新規な酸化鉄材料は未知材料ですが、今回以上に優れた性質を示すことが期待され、さらに、負極の構成材料である導電材や粘着材の選択や配合比率などで様々な工夫を加えれば、充放電性能の格段の向上が期待されます。つまり、次世代の電池負極材料が開拓できる可能性を秘めています。

<補 足>
 自然界で地下水が湧き出る場所(湧水、小川や溝など)では、地下水中に溶けている鉄(2価)イオンを酸化して生命活動をしている鉄酸化細菌(バクテリア)が多数生息しています。これらのバクテリアが酸化した鉄イオン(3価)は酸化鉄を作り、それらが集団として集まって水中に褐色の酸化鉄沈殿物を形成します。あるバクテリアは、中空のチューブ形状の酸化鉄を作ります。チューブの形成過程で地下水中のシリコンを20%程度取り込みます。この褐色沈殿物は身近に頻繁に観察されますが、美観を損ない不要なものであって、従来は嫌われモノでした。本グループは、この不要廃棄物の褐色沈殿物の酸化鉄が機能性材料になるのではないかと考えて、約15年前から研究を始めたところ、様々な驚くべき機能(触媒活性、赤色顔料、植物成長促進など)を見出してきました。
 また、数年前に自然界から酸化鉄チューブを作る細菌を1種類抽出(単離)することに成功し、これをOUMS1と名づけました。この単離菌OUMS1を用いると、培養条件を調整することが可能となります。例えば、培養液成分の鉄とシリコンの比率を調整すると、自然界にない鉄/シリコンの比率を持った新しい酸化鉄チューブを人為的に作ることが出来ます。これらの培養系の酸化鉄は、この比率の変化に伴ってナノ構造を制御できる可能性があり、その結果充放電特性が更に向上することが期待できる画期的な新材料です。
 その常識を超えた独創性が世界から注目されています。

<用語説明>
リチウムイオン二次電池:携帯電話・スマートフォン、ノートパソコン、ビデオカメラなどの電子機器用に使われている充電可能な電池です。最近では車載用としても利用されています。主に、正極(プラス極)、電解質、負極(マイナス極)から構成されています。現在、正極にはコバルト酸リチウムが、負極には炭素材料(グラファイト)が使われています。リチウムイオンは、充電時には正極から脱離し、負極に挿入されます。逆に放電時には、負極から脱離し、正極に入ります。コバルト酸リチウムおよび炭素材料は、リチウムイオンの挿入脱離がスムースに起こる結果、繰り返し充放電しても特性が劣化しない(サイクル特性が良い)特徴を持ちます。
アモルファス構造(非晶質構造ともいう): 固体物質中で原子やイオンが規則的には並んでいない構造。代表的には、窓ガラスなどで用いられているシリコン酸化物ガラスがよく知られています。多くの酸化鉄や水酸化鉄は、鉄と酸素/水酸化物イオンが規則的に並んで周期性があり、固有の結晶構造を持ちます。これに対して、自然界でバクテリアが作る酸化鉄は、鉄と酸素/水酸化物イオンの並び方に規則性がなくアモルファス構造をとっているのが大きな特徴です。
活物質: 電池の電極材料の中で、リチウムイオンを挿入・脱離する物質。現行の一般的なリチウムイオン二次電池では、正極と負極の活物質はそれぞれコバルト酸リチウムと炭素材料(グラファイト)です。
1μm(マイクロメートル): 千分の1mm (1/1000 mm)
1nm(ナノメートル): 百万分の1mm (1/1,000,000 mm)

 本研究は、文部省特別教育研究経費(研究)ならびにJSTのCREST「元素戦略」研究領域の支援を受けて実施しました。

<発表論文>・著者: Hideki Hashimoto*, Genki Kobayashi, Ryo Sakuma, Tatsuo Fujii, Naoaki Hayashi, Tomoko Suzuki*, Ryoji Kanno, Mikio Takano, and Jun Takada*・論文タイトル: Bacterial Nanometric Amorphous Fe-Based Oxide; A Potential Lithium-Ion Battery Anode Material・掲載雑誌 : ACS Appl. Mater. Interfaces, 2014
・Digital Object Identifier (DOI): 10.1021/am500905y
・所属(*):  岡山大学大学院自然科学研究科、 JST CREST

報道発表資料はこちらをご覧ください

<お問い合わせ>
 岡山大学大学院 自然科学研究科
 特任教授 高田 潤
(電話番号)086-251-8106
(FAX番号)086-251-8106
(URL)http://achem.okayama-u.ac.jp/iml/takadalab/index.html


図1 電子顕微鏡写真:(a)微生物(鉄酸化細菌)が作るチューブ状酸化鉄。(b)チューブ状酸化鉄中に微生物が1列に並んでいる(縦断面写真)。



図2 充放電曲線とサイクル特性(挿入図): 大電流(666mA/g)でも高い電気容量を示し、さらに充放電を繰り返しても高容量を維持する。

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