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がんを効率的に標的する技術を開発 副作用も抑える新たなドラッグデリバリーシステム

 岡山大学大学院自然科学研究科ナノバイオシステム分子設計学研究室の妹尾昌治教授、岡山理科大学理学部の濱田博喜教授と塩水港精糖株式会社(東京都中央区)の共同研究グループが、糖を付加した水に溶けやすいがん治療薬パクリタキセル1)を、脂質二重膜リポソーム2)へ効率良く封入する技術を世界で初めて開発。このリポソーム表面にがん細胞を認識する抗体を付加する処理を施し、担がんマウスモデルに投与したところ、正常細胞には影響が少なく、がん細胞に高い細胞毒性を発揮することを確認しました。
 本研究成果は2014年9月29日(米国東部時間12:00am)に米国科学誌『PLoS One』で公開されました。
 代表的ながん治療薬パクリタキセルは、種々のがん治療で、標準薬として広く使用されていますが、難溶性であり、水への溶解度も低いため製剤化が難しく、用いる溶剤に起因した種々の副作用が知られています。また、近年ドラッグデリバリーシステム(DDS)3)で、広く使用されているリポソームへの封入も、同様の理由から実用化に至っていません。
 水溶性を高めたパクリタキセル誘導体を効率よくリポソームに封入し、がん細胞を特異的に認識する抗体を結合させる本技術は、がん治療薬の副作用を抑制しつつ、がん細胞への集積効果を高めることのできる新たなDDSです。さらに、高い制がん効果が動物モデルで確認できたことから、臨床での応用が進めば、これまで抗がん剤の効果が不十分だったがん患者でも、治療効果の増強が大いに期待されます。
パクリタキセルは、広範囲ながんに有効で汎用(はんよう)されるがん治療薬ながら、毒性に起因する副作用が強く、難溶性で、水にも解けにくいためヒマシ油とエタノールを含む液に溶解させ、ブドウ糖液に分散させたものを点滴により投薬する方法がとられています。岡山理科大学の濱田教授は、倉敷芸術科学大学及び塩水港精糖株式会社と20年に渡り、この水溶性の低い著名ながん治療薬パクリタキセルに糖分子を付加し誘導体に変換して水溶性を付与する共同研究を行って、利用し易いがん治療薬とする研究開発を行ってきました。
 今回、研究グループに岡山大学の妹尾教授のグループが参画。水溶性の高くなったパクリタキセル誘導体を用い、溶媒に対する溶解度の差を利用し効率よくリポソーム内へ封入する技術を発見し、その技術の開発に世界で初めて成功しました(図1, 2)。
 さらに、リポソームの表面にがん細胞を特異的に認識する抗体を結合させる処理を行い、抗腫瘍活性での奏効率4)を上げることを試みました。その結果、通常では、マウスに致死量に相当する水溶性パクリタキセル誘導体を与えてもマウスは死なず、移植したヒト腫瘍の増殖を抑制させる事に成功しました。
 パクリタキセルは細胞膜を透過して細胞の中に入り、チューブリン重合5)に作用する事で、その細胞毒性(抗腫瘍活性)を発揮します。本研究で使用した糖鎖を付加したパクリタキセル誘導体は、水溶性を向上したため、細胞膜透過性が低下し、同誘導体では、細胞毒性、すなわち、抗腫瘍活性も低下します。しかし、当該誘導体をがん細胞指向性の高い抗体でその表面処理をしたリポソームに封入することで、正常な細胞に比べ、がん細胞内への取り込みが増加し、誘導体としての抗腫瘍活性の低下を補い期待通りの抗腫瘍活性が発揮されます。リポソームにがん細胞を指向する抗体処理を行う事により、正常細胞には影響が少なく、がん細胞に高い細胞毒性を発揮することができるようになります。仮に、リポソーム製剤ががん細胞に取り込まれる前に崩壊し、内部から水溶性パクリタキセル誘導体が血中に漏れ出ることがあっても、単体では正常細胞の浸透性が低いので、正常細胞での毒性による、副作用発現は低いと予測されます。

図1.溶解度勾配を利用するリポソーム封入法


図2.水溶性パクリタキセルを内包したイムノリポソーム(電子顕微鏡観察像)


<見込まれる成果>
 リポソームと水溶性パクリタキセルの組み合わせは、同パクリタキセル自身の毒性が低いこととリポソーム製剤が持つ腫瘍血管からの漏出性およびがん細胞を標的する抗体による細胞選択性が備わることで、正常細胞での毒性が抑えられ、結果として患者での最大耐量(MTD)をこれまでよりも格段に上げる事が可能になると考えられます。これにより、従来効果が不十分だったがん患者でも、その治療効果増強が期待できるようになります。さらに、リポソームはコレステロールを多く含むので過剰量の投与を行った場合は、肝臓を介して胆汁として腸管へ排出されることになります。パクリタキセルは腸管からの吸収は起こらない事がすでに知られており、胆汁と一緒に腸管内へ排出されたパクリタキセルが副作用を起こすことは考え難く、分解と排泄の運命を辿るという非常に安全な製剤が可能となることが期待されます。
 また、がん細胞の表面抗原を特異的に認識する抗体の種類を変えることにより、様々ながん細胞に適用可能な各種製剤を調製することができ、広範囲のがん患者に処方される封鎖用の低いがん治療薬となることが期待されます。

<発表論文/登録特許情報>
論文発表:Shigehiro, T, Kasai T, Murakami M, Sekhar SC, Tominaga Y, Okada M, Kudoh T, Mizutani A, Murakami H, Salomon DS, Mikuni K, Mandai T, Hamada H, Seno M. Efficient drug delivery of paclitaxel glycoside: a novel solubility gradient encapsulation into liposomes coupled with immunoliposomes preparation. PLoS One , 2014, in press.
学会発表:米国癌学会2014年4月5〜9日、サンディエゴ
登録特許:特許第5490326号


報道発表資料はこちらをご覧ください

<お問い合わせ>
 岡山大学大学院自然科学研究科(工学系)
教 授  妹 尾 昌 治
(電話番号) 086-251-8216
(FAX番号)   同 上


<用語解説>
1)パクリタキセル:
広範囲ながんに有効で汎用されるがん治療薬。毒性に起因する副作用が強く、難溶性で、水にも解け難いためヒマシ油とエタノールを含む液に溶解させ、ブドウ糖液に分散させたものを点滴により投薬する方法がとられている。
本研究に使用した水溶性パクリタキセルは、パクリタキセル分子の7位にグルコース分子1個を位置選択的に付加したもの。

2)リポソーム:親水基を付加した脂質化合物を用いて、細胞膜と同様の脂質二重膜を人工的に作成した小胞。内部の水層に薬剤を封入することで、薬剤の拡散を防ぎながら安定した状態を保てるため、DDSに適した剤形のひとつである。

3)ドラッグデリバリーシステム(DDS):薬剤送達システム。適量の薬剤を患部に特異的に送達することで、副作用を低減しながら治療効果を高めることが可能になる。

4)奏効率:がん治療薬(抗がん剤)の治療効果。がんの成長抑制や縮小への効率。

5)チューブリン重合:チューブリンは微小管や中心体を構成するタンパク質であり、細胞分裂の際には重合と脱重合を繰り返す。重合が安定化して退縮が出来なくなると細胞分裂が阻害され細胞死が誘導される。