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光通信デバイスに“透磁率”の概念を導入-メタマテリアルを実装した光変調器開発に成功-

東京工業大学
理化学研究所
岡 山 大 学 

【要点】
◆ InP系光通信プラットフォームに透磁率の概念を導入することに成功
◆ 光周波数帯において電圧制御可能な特殊なメタマテリアルを実現
◆ 光変調器のサイズを現在の1/100程度まで小型化可能

【概要】
 東京工業大学量子ナノエレクトロニクス研究センターの雨宮智宏助教と荒井滋久教授、理化学研究所の田中拓男准主任研究員、岡山大学自然科学研究科の石川篤助教らの共同研究グループは、インジウム・リン(InP)系光通信プラットフォーム[注1]に “透磁率” [注2]の概念を導入することに世界で初めて成功した。
 具体的には、InP系マッハツェンダー光変調器をベースとして、デバイス内部に特殊なメタマテリアルを実装。電圧印加に伴う透磁率の変化を利用して、透過光の強度を変調することに成功した。ナノスケールの金属構造で構成されたメタマテリアルに3次元トランジスタの技術を組み合わせることで、光周波数帯において電圧印加による透磁率の制御を可能とした。
 現在の光通信デバイスは“誘電率”[注3]の制御によって、所望の動作を得ているが、そこに透磁率の概念を加えることで、既存技術を凌駕する小型かつ高性能なデバイスが実現可能となる。本技術は、光変調器に限らず光通信プラットフォームにおいて広く利用できるため、将来、さまざまなデバイスへの応用が期待される。
 研究成果は3月23日 午前10時(英国時間)に、英国科学誌ネイチャー(Nature)姉妹誌のオンラインジャーナル『Scientific Reports』に掲載された。
●研究の背景と経緯
 すべての物質は、その物質を特徴付ける何らかのパラメーターを持っているが、誘電率と透磁率の2つの概念は、電磁波(光)にとって特に重要である。しかし、一般的な光通信の教科書には誘電率の記述はあるものの、透磁率については一切登場しない。これは「光通信で用いるような高周波の光にとっては、すべての物質の比透磁率は1である」という純然たる事実が存在するためである。裏を返せば、現在の光通信では、本来であれば制御できる可能性のあるパラメーターをまったく利用していないことになる。
 従来の光通信で用いられているレーザーや変調器、光スイッチなどの各種デバイスは、主にInP系の材料でできているが、このプラットフォームにおいて、前述した「透磁率一定」の制約を超えることは、大きな意味を持つ。特に以下の2点において、光通信の世界に新たなフロンティアを拓くことに寄与する(図1参照)。
  1. 既存デバイスの大幅な小型化・高性能化
    誘電率と透磁率、2つのパラメーターを同時に制御することで、本来、屈折率の可変幅が狭いInP系デバイス内において、極めて大きい屈折率変化を持たせることが可能となる[注4]。これは、既存デバイスの大幅な小型化・高性能化に繋がる。
  2. 既存技術の枠組みを超える性質を実装可能
    誘電率と透磁率を適当な値に設定することで、負の屈折率に代表されるような従来技術の枠組みを超えた性質をInP系プラットフォーム上に作り出すことが可能となる。この応用先として、光メモリーや光無線アンテナなどが考えられる。

●研究成果
 同研究グループは、光通信で最も一般的なInP系プラットフォームにおいて、透磁率の概念を導入することに世界で初めて成功した。具体的には、InP系マッハツェンダー光変調器[注5]をベースとして、デバイス内部に特殊なメタマテリアル[注6]を実装。電圧印加に伴う透磁率の変化を利用して、透過光の強度を変調することに成功し、デバイスの大幅な小型化が可能であることを示した。
 キーとなる主な成果は下記のトライゲート(Tri-gate)メタマテリアルとメタマテリアル集積型マッハツェンダー変調器の2つ。

 ①トライゲート(Tri-gate)メタマテリアル:InP系化合物半導体上に浅い溝を掘り、その内部にナノスケールの金属構造を作りこむことで、電圧制御が可能な特殊なメタマテリアルの開発に成功(図2参照)。この構造では、上部から電圧を印加することで、半導体内のキャリア密度を変化させることができ、それに伴って金属微細構造の応答(=メタマテリアルの特性)に変化が生じる(キャリア発現の原理は3次元トランジスタと同一)。これにより、電圧印加の有無によって、透磁率の値を制御できることになる。
 ②メタマテリアル集積型マッハツェンダー変調器:トライゲートメタマテリアルの技術を光通信デバイスへ実装することで、「透磁率制御によるメタマテリアル装荷型変調器」を実現(図3参照)。この素子は、マッハツェンダー干渉器の各アームにトライゲートメタマテリアルが一列に埋め込まれた構造となっており、素子上部から電圧をかけ、アーム部の透磁率を変化させることで強度変調を行う。
 透磁率を制御することで、本来、屈折率の可変幅が狭いInP系デバイス内において大きな屈折率変化を持たせることが可能となり、200 μmのデバイス長において約7.0dB(デシベル)の変調特性を得ることに成功した。誘電率と透磁率を両方使うことにより、さらなる高性能化を図ることができ、将来は、実用化されている既存デバイスと同じ性能を維持しながらサイズを1/100程度まで小型化できることが予想される。

●今後の展開
 現在のメタマテリアル研究の大部分は、物性物理学、あるいは基礎工学の領域で行われている。特に2010年ころまでは、「メタマテリアルの材料としての固有特性」に研究の重きが置かれていたが、現在はその多くがデバイス応用へ向かっている。実際、米国ではKymeta社、カナダではMTI社(Metamaterial Technologies Inc)などのベンチャー企業も立ち上がっており、いよいよ実用化へ向けて動き出している。こうした流れからも分かるように、今後、工学的な立場の研究がますます重要となってくることは明らかである。
 今回の研究はレーザー・変調器をはじめとするInP系光通信プラットフォームで透磁率の概念を世界で初めて導入したことに特徴がある。光変調器に限らず、InP系光デバイスに広く利用できるため、さまざまなデバイスの小型化・高性能化・特殊動作化に寄与するものと期待される。

【用語説明】(注1) InP系光通信プラットフォーム:レーザーに代表される光通信デバイスの多くはInP基板上にインジウム(In)、ガリウム(Ga)、アルミニウム(Al)、ヒ素(As)、リン(P)などの所望の元素を組み合わせた化合物半導体を成膜して作られる。(注2) 透磁率:入射電磁波(本研究では光)に対して、物質の磁化のしやすさを表す定数(物質固有の磁気的性質を表す)。比透磁率とは,真空の透磁率との比をとったもの.(注3) 誘電率:入射電磁波(本研究では光)に対して、物質の分極のしやすさを表す定数(物質固有の電気的性質を表す)。比誘電率とは,真空の誘電率との比をとったもの.(注4) 「屈折率」と「比誘電率・比透磁率」の関係:屈折率nと比誘電率ε・比透磁率μの間には、という関係がある。比誘電率と比透磁率、2つのパラメーターを同時に制御することで、従来の比誘電率のみを用いる屈折率変化()に比べて、遥かに大きい変化()が望める。(注5) マッハツェンダー変調器:電気信号により透過光強度を変化させる外部光変調器の一種。2つの光路の干渉を利用することで、光の強度を変化させる。(注6) メタマテリアル:「メタ」は「超越」、「マテリアル」は「物質」を意味する言葉で、メタマテリアルは人工的に作り出した「超物質」あるいは「疑似物質」といった意味になる。つまり自然界にはない性質を備えた人工の「物質のようなもの」。自然界の元素や化合物に固有の性質を変えるには化学的組成を変える必要があるが、メタマテリアルは原材料の物性はそのままに、超微細な形状パターン、つまりカタチによって性質を変化させることができる。今回の発表では、自然界では制御できないといわれていた透磁率をメタマテリアルによって制御可能にした。
【論文情報】
掲載誌:Scientific Reports
論文タイトル:Permeability-controlled Optical Modulator with Tri-gate Metamaterial: Control of Permeability on InP-based Photonic Integration Platform
著者:T. Amemiya, A. Ishikawa, T. Kanazawa, J. Kang, N. Nishiyama, Y. Miyamoto, T. Tanaka, and S. Arai

報道発表資料はこちらをご覧ください


【問い合わせ先】
東京工業大学 量子ナノエレクトロニクス研究センター
雨宮智宏 助教、荒井滋久 教授

理化学研究所 田中メタマテリアル研究室
田中拓男 准主任研究員

岡山大学 大学院自然科学研究科(工)
石川篤 助教
TEL: 086-251-8140

図1 透磁率で拓く、光通信デバイスの2つのフロンティア


図2 電圧制御が可能なトライゲートメタマテリアル


図3 メタマテリアルを実装した光変調器